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117.魂を燃やすべき事案発生……

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 気がつけば夜である。

「……」

 差し込む月明かりを睨み、まず現状を確認……するまでもないんだわなぁ。

「……ギリだったな」

 恐らく、ぶっ倒れてから、丸一日が過ぎている。それでも身体が痛いし、身体の芯に鉛でも詰められたかのように全身が重い。……というか、まともに動けない。

 ――これが限界まで魔法を、魔力を回復しながら無理やり使い続けた結果である。

 最後の方は意識が朦朧としていて、ジュラルクに支えられながら、弟に『天龍の息吹エンジェルブレス』を使用していた、はずだ。
 確かに弟を完治させたことを強く確認し……それ以降の記憶がなく、今は自室のベッドの上である。夜意識を失って目が覚めたらまだ夜だ。こりゃ確実に丸一日過ぎてるだろ。

「お目覚めですか、お嬢様」

 お、っと。他に人がいたか。
 重い上半身を全力で持ち上げて見れば、テーブルに着いているダリアベリーとキーナと……ジュラルクがいた。お茶とか飲んでた。……おい。

「何してるの?」

 この状況で紅茶を飲むなよ。この庶民にもわかる気高い香りはアクロディリア用のだろ。肝心のお嬢様が倒れてるところでお嬢様のものでお茶すんなよ。

「看病ですね」

 ジュラルクはしれっと答えた。いる理由はわかっとるわ! あと「人の紅茶飲むな」とツッコミ入れても藪ヘビだってこともわかっとるわ! 絶対「何か問題でも? そんなに狭量ではフロントフロン家の者として恥ずかしいですよ」とか言われるパターンだわ! 過去アクロディリアが二、三回食らってるパターンだわ!

「お嬢様もどうです? 月を見ながらの紅茶というのも悪くないですよ」

 こいつはなんなんだ。わかってて言ってんだよな? 腹立つな。

「起きられないんだけど」
「そうでしたか。それは残念ですね」

 ああそうだね! 起き上がるのはマジ無理だからね! マジで全身痛くてクソ重いからね!

「もういいから帰りなさいよ」

 なんだこの構図。意味わかんねーよ。つか看病なら一人でいいわ。ジュラルク何やってんの。

「そうしたいのは山々なのですが、まあ、もう少しだけ」

 何それ……ったく。

「ダリア。ごめんなさい、この通りだから二、三日は無理かも」

 あのじいさんの治療はまだ終わっていない。だが俺は今は魔法が使えない。魔力を完全に使い果たしたせいか、魔力の回復が非常に遅いのだ。ゆっくりと戻ってきている気はするのだが……
 そして『魔力水』も、短時間に使える分量は上限があるのだろう。というか、身体が回復力についていけないのだ。最後の方なんてあんまり回復してる気もしてなかったしな。

「……私はその言葉に返す言葉を持ち合わせていません。ただ、お嬢様が謝ることなど一つもありません」

 んー……でも、一応ゆるくではあるが約束してるからな。あのじいさんにも「もうすぐ完治する」的なこと言っちゃったし、それなのにこのざまだし。治療に当たっていることと約束の反故は別の話だしな。

 ――あ、そうだ。

「クレイオルは?」

 答えたのはジュラルクである。

「学校に戻りましたよ。体調を崩して寝込んでしまった姉の見送りがないことに不満を漏らしながら」

 おう、弟らしいな。

「バレてないならいいわ」

 しばらく弟本人さえ実感がないかもしれないが、まあその方が好都合だ。「ある日、都合よく身体が丈夫になったと気づきました」くらいでいいのだ。姉が治したとバレなければな。

「――お嬢様、お客様が来ました。通しますよ」

 あ?

 すっと立ち上がったジュラルクは、俺の返答を待つまでもなく、ドアを開けてしまった。――あ、確かに誰か来たみたいだな。

「今し方目を覚ましました。どうぞ」

 俺の許可なく部屋に入ってきたのは――おまえか!

「まだ顔色が悪いな」

 第二王子ことウルフィテリアである。そりゃ悪いだろうよ。体調悪いから寝てるんだっつーの。
 ジュラルクが残っていたのは、こいつが見舞いに来ることを知っていたからだろう。夜、婚約者でも恋人でもない若い女の部屋に入るのは、問題があるからな。もちろんこっちもだ。互いに都合が悪いから、第三者としてジュラルクが間に入っていると。

 見舞いとか別にいいのに。だいたい倒れた理由もはっきりしてるから逆に心配も……あ。

「大丈夫ですかお姉様?」

 イエェア! リナティス王女もいるじゃねーか! やべえ体調すげー悪いのにテンションだけ上がってきた!

「まだ帰ってなかったのね」

 弟がもういないとなれば、お姫様もいる理由はなかろうに。

「はい。一言お姉様にお礼を言いたくて」

 と、リナティスはベッドの傍らに両膝を着き、俺の手をふわりと包み込むように握った。

「クレイオル様の病気を治してくれて、ありがとうございます」

 あ……このお姫様は、弟の虚弱体質のことを知ってたのか。
 いや、そうか。弟と親しいし将来の伴侶だ、弟だってこのお姫様には打ち明けていたのかもしれない。あるいは、婚約を決める段階で最初から知らされていた、とか。だってさすがに黙ってていい問題じゃないからな。

 うーん……まあ、俺の返事は一つしかないよな。

「何のこと? 知らないわ」

 ――昨日の晩、どこで何があったかは、墓まで持っていく秘密だからな。……ちょっと忘れてたから返答に詰まってしまったが。

「……ありがとうございます、お姉様」

 涙まで浮かべたリナティスは囁くようにもう一度告げ、そして離れた。おいおい……もし俺が元気だったらたまらず抱きしめちゃうような魅力的な笑顔だったぜ。
 もうそれだけで充分だわ。がんばった甲斐があった。

 あと、弟はその内タイミングがあれば、殴りたい。婚約者が可愛すぎるという罪でな!




 今本気出さないでいつ本気出すわけ?

 ――燃えろ俺! 弓原陽! この男の魂よ! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!

「お嬢様、生まれたての牛のようですよ。体調が優れないなら寝ていた方がいいでしょうに」

 うるせージュラルク! ……想像したら笑っちまうから余計なこと言うな! 立つだけで必至なんだよ! つかアレだ!

「手を貸しなさい! 早く!」

 今だ、今がんばるのだ! 弟の治療の時より今がんばりたい! 俺は……俺は今ここでテーブルに着かないと、本当に、本当に、本当に一生後悔する! 這ってでも行くんだ! そこにある夢のような空間に!

 ――お姫様の座るテーブル、お茶、談笑、軽いセクハラもきっと許される……もう男が燃えない理由がないだろ!

 とりあえず俺の体調は、病気的なものではない。はっきり言ってしまえば体力の消耗に近い。寝てれば治る類のまるで心配のいらないものだ。
 なので「せっかく来られたのですからお茶でもいかがです?」と、ジュラルクが紅茶を淹れ始めて、深夜のお茶会がなんとなーく始まってしまうのも、俺に不都合はない。というか大歓迎と言わざるを得ない。だっておまえ、ようやくお姫様とトークするチャンスが巡ってきたんだぜ? 目の前にぶら下げられたんだぜ? ここでこのビッグウェーブに乗らなくていつ乗るんだって話だろうが!

「何をそんなに必死に……」

 ジュラルクは必死すぎる俺を見て呆れたように首を傾げ、キーナに目配せした。どうやらキーナが手を貸してくれるらしい。

「うふふ、お姉様ったら」

 俺の心を燃え上がらせるテーブルに着いたお姫様は、お上品な声でうふふと笑った。

「どうしてもお兄様と一緒にいたいのね」

 なんの勘違いだよ! 俺の目的はおめーだよ! 王子はなんか苦手だし正直微妙な関係になってるから帰ってほしい! つか帰れ!

「お邪魔するのも悪いし、私は部屋に戻りますね」

 えっ!?

「ちょっ……ま……」

 パタン。

 扉の閉まる音とともに、俺の心を照らし……いや、燃やしてくれた光は去ってしまった。
 そして俺の心は燃え尽きた。

 ……マジかよ。

「そんなに私と話したいのか?」

 寝ぼけたこと言ってる王子だけが残ってしまった。
 ……視察に出ている数日でおまえとはもう散々話しただろ。何を堂々と椅子に座ってやがる。

「キーナ。あとよろしく」
「え?」

 もうゴールしていいよね?
 もうがんばらなくていいよね?

「あ、ちょっ、お嬢様っ……ダリア手伝って!」

 糸が切れた操り人形のごとく崩れた俺は、肩を貸していたキーナに寄りかかるようにして、お姫様に向けた強い意志だけで保っていた意識を手放した。




 そして翌日、昼を少し回った時に目覚め。

 お姫様が帰ったことを聞いて、再び不貞寝した。





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