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115.もう一つの問題が……
しおりを挟むあ、起きてる。
「…………」
でもってすげー見てる。すげー俺見られてる。敵意はないが、心の奥底まで見抜かんばかりの強い眼差しだ。
というか、意外と若いのか?
寝ている時は老人にしか見えなかったが、この力強く精悍な面構えは老人には見えない。おっさんだ。
今日は果実系の畑の視察とその果実から作られるジュースと酒と、それ以外の酒蔵の視察だった。さすがの俺もこればかりはちょっとだけ飲ませてもらった。舐める程度にな。
うん……ジュースみたいな酒だったから、普通に飲みやすかったな。あんまりアルコールも強くないらしい。……後者のは効いたがな。あれってパパが好きなウイスキー的なものだろ? 飲み慣れても飲み比べてもいないから善し悪しがわからん。少量だから酔うこともなかったぞ。
いつも通りウルフィテリアと一時的に別れて、例のじいさんの治療に来たのだが……
そのじいさんが、今日は起きているのだ。ベッドで上半身起こして。かれこれ何度か治療に来ているが、このパターンは初めてだ。
まあ、起きれるくらいには良くなってきているってことだと思うが。
「……おう、おまえら外せ」
低くしゃがれた声で、じいさんは俺を見ながら、案内してきたダリアベリーと常に傍にいるのだろう大男に退室を命じた。
「何かあったら呼んでくれ」
大男が俺とじいさんに言い残し、二人は部屋を出て行った。
気配が遠ざかるのを確認して――じいさんは頭を下げた。
「すまねえ。迷惑かけた」
――これ、たぶん結構な問題行動なんじゃなかろうか。日常の何気ないことではなく、正式なそれだ。VIPがはっきりと謝罪を口にするってのは、きっと、俺みたいな庶民が想像する以上に大きな意味があるはずだ。
それこそ、本当に弱味を見せたくらいに。
……まあ、何を言われようが、俺の答えは変わらないんだけどね。
「うちの者の頼みだから。別にあなたのためじゃないわ」
何か言われたらこう言おうってずっと思っていたし、何度言われてもこれで返すつもりだ。
「わたしはダリアに頼まれたからやっているだけ。あなたが誰かなんて興味ないし、お礼も謝罪も受け入れる気はないわ。どうしても言いたいならダリアに言って」
と、俺はじいさんに歩み寄り、手を差し出した。
「わたしの意向を踏まえてくれるなら、手を。嫌なら無理やりやるわよ。あなたの意思も聞かない」
一瞬の沈黙の後――じいさんは笑った。
「おもしれえな、あんた。じゃあまあ頼むわ」
乗せられた手から、じいさんの体調が伝わって……お?
「いいわね」
「ああ。ここまでよくなりゃ、身体が魔法薬を受け付けてくれてな」
ああ、魔法薬使ったのか。ある程度なら魔法薬で病気を治せるんだよな。じいさん瀕死レベルだったから、あの状態では効果がなかったんだろう。
「ちょいちょい飲んでたが、一時的にしか効かなくてよ。たぶん病の根っこには効かない……いわゆる死病なんだろうよ」
「そのようね。――まあ、今度から『死病だった』と言えばいいわ」
この分ならあと一回か二回で完治するだろう。『天龍の息吹』を掛けて俺の消耗がなければ、もう安心だ。
「これが例の禁呪かよ。恐ろしいまでの効果だな」
……やっぱ知ってたか。冒険者ギルドの長なら、冒険で知りうるいろんな秘密を知っててもおかしくないと思っていた。それこそ有名無名問わない伝承や逸話や、有益有望にして危険な世界の謎とかな。
「口止めなんてしないわよ。言わないのわかってるから」
「そうかい」
――よし、これで今日の治療は終わりだ。
「あと一息ね。また明日来るわ」
俺は踵を返し、部屋を出ようとして――こんな言葉を投げかけられた。
「俺が謝ったのは、俺のことじゃねえ。あんたがうちの馬鹿どもの誘拐を成立させなかったからだ。犯罪にしなかったからだ。あの馬鹿どもはきっちり説教しとくからよ」
ああ、そっちのそれか。
「怒るのと同じくらい感謝しておいて。彼らがいなかったらわたしはここにいないんだから」
特にジェスの涙は効いたからな。女の子に泣かれると困るよなぁ……
ウルフィテリアが待っている喫茶店に向かう途中、「もうすぐ治療が終わりそう」と言えば、ダリアベリーは喜んでいた。
「あの人って意外と若いの?」
「どうでしょうね。旦那様と同じくらいだったと思いますが」
だとすると……50手前か? 前後くらいか? あ、なら俺の印象より10歳は若いな。そうか、じいさんと言うほどではなかったか。
「これに関わった奴は説教してやるって言ってたわよ?」
「それは恐ろしいですね。でも待ち遠しい」
はいはいそーですか。
「ところでお嬢様、クレイオル様の方はいかがですか?」
へ? 弟の方?
「クレイオルがどうしたの?」
「――ああ、失言でした。これはハウルさんに口止めされていました」
……なるほど。
失言を装いつつ、弟に関して俺に言いたいことがあると。
「じゃあ今度は独り言が言いたくなるんじゃない?」
「そうですね。そんな気分になりますね」
話を聞いてちょっと納得した。
「そうだったの……」
だからあいつあんな弱かったんだな。いや、待てよ?
「それってわたし以外はみんな知っているの?」
「奥様も知らないかと。あのお身体で心労まで負わせるのは酷だと旦那様が判断されたのでしょう。クレイオル様はお嬢様に後継の座を取られまいとしていて、旦那様も奥様もその気持ちを知っていましたので」
そうか……だとすればアクロディリアは知らないはずだわな。それにママが知ってりゃ、それこそダリアベリーではなくママが俺に言ったはずだからな。
「……そうね。もしわたしが後継として婿養子を迎える、みたいな話になったら、クレイオルの婚約も破棄になるかもしれないものね」
もちろん、弟はそれだけが理由でフロントフロン家を継ぎたいわけではないだろうが。ただ弟の立場からすれば不穏なものは感じるんだろうな。この歳まで婚約者がいない姉が何を考えているのか。おまけに自分には負い目があるわけだから。
「ちょっと悪いこと言ったわね」
できないことをしろって言うのは、酷だもんな。
強くなれる身体じゃないのに「おまえは弱い」とか、言われたくないよな。
――弟は、軽度ではあるが、母親の病を受け継いでいるらしい。いわゆる運動のできない虚弱体質だそうだ。
ま、アレだわな。
理想を言うなら、弟が知らない間にやってしまうのが一番早いだろうな。
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