上 下
94 / 184

110.飾り気なくただの利害の一致である、と言い張り……

しおりを挟む





「ここでいいでしょ。早く話しなさい」

 ここはただの木陰だが、幸いというか逆にというか、見通しが良いので秘密の話をするだけなら安全である。話してる姿を見られたって別に不思議はないしな。むしろ変に隠れる方があやしいだろ。

「そちらは……」
「私のことは気にしないでくれ。他言はしないし口も出さない」

 ダリアベリーはやはり第二王子を気にしたが、王子はここから動く気はまったくないようだ。

 彼女からすれば、それはもう大事な大事な話をするつもりなのだろう。主人の娘を騙して誘拐まがいな罠を仕掛けたくらいだからな。軽い気持ちでしていないのは容易に想像がつく。
 そりゃ第三者には絶対に聞かせたくない話だろうよ。

 だからこそ、俺は言う。

「いいから話しなさい。そもそもを言えば、あなたが場所や相手を選べる立場にあるとは思えないわ」

 俺が話をしたいわけじゃないし、事情を知りたいとも思わないからな。あくまでも「ダリアベリーから話をする」という形である。こっちは被害者であり、流れからして「怒ってます」って立場だからな。

 ……まあ本音を言えば、俺は俺のことよりダリアベリーの方が心配なんだけどな。こいつがどういう立ち位置で何がどうなっているのかで、俺なりの罰なりなんなりを下さないとならない。お咎めなしでスルーはちょっと無理だろうしな。

 ただ一つ要望があるとすれば、パパが動くような案件じゃないことを望む。

 もしパパが動いたら、ダリアベリーは間違いなくクビ、場合によっては容赦なく檻にブチ込むだろうな。誘拐犯もろとも。あの人はそういうところめっちゃくちゃ厳しいみたいだからな。使用人だからこそ余計な手心も加えないだろう。

 ダリアベリーは覚悟を決めたのか、眼差しに意志の光を宿し、口を開いた。



「単刀直入に言います。彼らはかつての私の冒険者仲間です」

 冒険者仲間……か。

「そういえば、あなた昔は冒険者だったのよね」

 最初に紹介された時以降、だから……もう十年くらい前か。その頃に一度聞いただけである。どの程度の、とか、どれくらい腕があるのか、とか、まったくわからない。
 まあ、最近の動きを見る限り、かなり腕が立ったのではないかと思うが。そうじゃなければパパも雇ってないだろうしな。

「はい。『雪降る猟団』という名前の十人そこらの小さなチームに所属してました。起源は雪国生まれの三人パーティーがそのまま少し大きくなっただけのものです。主にモンスターハントを生業にしていて、実力は中堅どころだったと思います。決してトップクラスとは言い切れませんでしたね」

 ほう。猟団とな。

「お嬢様が診てくださったのは、私が猟団のメンバーだった当時の冒険者ギルド長です」

 え? あのじいさん? ……そうか、冒険者繋がりだったか。

「とある狩りでリーダーが怪我をし、年齢も加味して引退したのが猟団の終わりです。みんな『雪降る猟団』の存続は難しいと考えていたようで、すんなり解散しました。多くが他のチームに吸収され、またリーダーとともに引退する者も現れました」

 ふうん……この世界では珍しいことでもないんだろうな。
 俺らの世界だってそうだろ。有名になって成功する奴なんてひと握りで、俺みたいな凡人を含めた連中は名も無き歯車として機能し、そして社会が成り立つ。
 誰もが夢を叶えられるわけじゃないし、夢が叶ってもずっとそれで食べていけるかはわからない。

 ……まあそういうのはここで考えても仕方ないけどな。

「私はしばらく一人で行動していました。そんな折に、辺境伯から護衛の仕事が回ってきたのです。女性でそこそこ腕が立てばいいと。仕事の経歴で私が選ばれ……あとは色々あってこうしてメイドをしています」

 色々あって。ほう。気になるなぁ。要するにパパと色々あってこういうことになってるんだろ。気になるわー。

 うーん……聞きたいけど、やめとくか。
 今はそこじゃねえ。超聞きてえけど次の機会にしよう。今聞いたらグダグダになりそうだし、グダグダになったらウルフィテリアに睨まれそうだ。

「要するに、恩人を助けたいと。それだけなのね」

 あのじいさん、冒険者ギルドの長だったんだろ? ということは冒険者を束ねる人だろ? やっぱ大物じゃん。充分VIPじゃん。

「はい。彼には多くの冒険者がお世話になりました。――あの時私たちを阻んだ自警団の者、覚えていますか?」
「ああ、いたわね。彼らも?」
「正確には彼だけです。女性の方は何も知らず、その時たまたまコンビを組んでいただけです」

 あの時名乗った男はグルだった。後方に出てきた女は違ったと。
 じゃあやっぱりあの時、ダリアベリーはわざと待ち伏せがあるところを通ったわけだ。

「ちなみに彼には、ほとんど伝えていません。『やるべきことは流れでわかる』とだけ。女性には彼が『賊が通るかもしれない』とだけ伝えたみたいです」

 なるほど。確かにあの流れに自然に乗れば、俺が孤立する形になるわな。
 で、屋敷に戻る道の大元で、俺を捕まえるために別動犯が待ち受けていたと。話からするとあいつら全員冒険者ってことになるのか。

「あの中年男性は?」
「どの男ですか?」
「ヒゲ面の、すごく普通っぽい」

 俺を連れて行った男だ。本当に特徴があんまりなかったんだよな。ちょっと体格がいいくらいで。

「恐らくブルムだと思います。彼は最近引退したBランクの冒険者ですね。かつては『雪降る猟団』のメンバーでした」

 あ、そこで繋がるわけだ。ダリアベリーとあいつらが。

「……言えばよかったのに」

 なんなんだよ。もう。何この話。アホくさい。

「初めから素直にそうやって言えばよかったのに。わたしの目的はわかっていたでしょう? わたしには病人が必要で、あなたは絶対に助けたい病人を知っていた。互いに利害は一致していた。なぜ素直に言わなかったの? 
 いいえ、言わなくてもよかったわ。あなたがそこにわたしを連れていけば、それで済んだのに」

 何食わぬ顔でしれっと案内すればよかったんだ。そしたら相手の事情も名前も何もかも知らず、勝手に治療してたのに。

「……お嬢様」

 ダリアベリーの瞳に、なんとも言えない感情が揺れた。

「はっきり言いますが、私はお嬢様を信じておりません。だから『最初から話す』なんて微塵も考えつきませんでした」

 おい。こら。面と向かってなんだ。……アクロディリアのせいか。こいつほんとにろくな奴じゃねえからな。

「――だから私は選びました。今の生活、今の暮らし、今の仕事、それら全てを捨ててでもあの人を治したいと。だからお嬢様を誘拐しました」

 おい! こら! 面と向かって何言い出してんだ! ……まあ知ってたけど!




 これで一応、大まかには何があったかわかったわけだ。

「それで……お嬢様、私をどうするのですか?」

 それなりに覚悟も決めた上で話したのだろうダリアベリーに、俺は即答した。

「保留」
「はい?」
「あなたの処分は考えておくわ」

 優先順位があるからな。今ダリアベリーが抜けるのは俺も都合が悪いし、彼女の件は後回しだ。

「そんなことより先に言うことがあるんじゃないの?」
「……言うこと?」

 俺は病人が欲しいし、ダリアベリーは病人を知っている。それだけだ。

「あなたが全てを捨ててでも助けたかった人、まだ助かってないわよ? ほら、信じてないわたしに何か言うことは? たす……何? 何けてくださいとか言わないの? 今更言いよどむこともないでしょ、早く言いなさいよ」

 利害関係の一致だ。あくまでもな。本当にそれだけだからな。それだけなんだからね! 勘違いしないでよねっ!

 ――だから、泣いて感謝される筋合いは、ないんだけどなぁ……




 それにウルフィテリアから出された課題がある。
 この件、むしろ「街に俺の協力者が増えた」と考えたら、そう悪い流れではないと思うんだよな。

 ……あとは俺が何か考えつくだけだが……どうしたもんだろうなー。


 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

処理中です...