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110.飾り気なくただの利害の一致である、と言い張り……
しおりを挟む「ここでいいでしょ。早く話しなさい」
ここはただの木陰だが、幸いというか逆にというか、見通しが良いので秘密の話をするだけなら安全である。話してる姿を見られたって別に不思議はないしな。むしろ変に隠れる方があやしいだろ。
「そちらは……」
「私のことは気にしないでくれ。他言はしないし口も出さない」
ダリアベリーはやはり第二王子を気にしたが、王子はここから動く気はまったくないようだ。
彼女からすれば、それはもう大事な大事な話をするつもりなのだろう。主人の娘を騙して誘拐まがいな罠を仕掛けたくらいだからな。軽い気持ちでしていないのは容易に想像がつく。
そりゃ第三者には絶対に聞かせたくない話だろうよ。
だからこそ、俺は言う。
「いいから話しなさい。そもそもを言えば、あなたが場所や相手を選べる立場にあるとは思えないわ」
俺が話をしたいわけじゃないし、事情を知りたいとも思わないからな。あくまでも「ダリアベリーから話をする」という形である。こっちは被害者であり、流れからして「怒ってます」って立場だからな。
……まあ本音を言えば、俺は俺のことよりダリアベリーの方が心配なんだけどな。こいつがどういう立ち位置で何がどうなっているのかで、俺なりの罰なりなんなりを下さないとならない。お咎めなしでスルーはちょっと無理だろうしな。
ただ一つ要望があるとすれば、パパが動くような案件じゃないことを望む。
もしパパが動いたら、ダリアベリーは間違いなくクビ、場合によっては容赦なく檻にブチ込むだろうな。誘拐犯もろとも。あの人はそういうところめっちゃくちゃ厳しいみたいだからな。使用人だからこそ余計な手心も加えないだろう。
ダリアベリーは覚悟を決めたのか、眼差しに意志の光を宿し、口を開いた。
「単刀直入に言います。彼らはかつての私の冒険者仲間です」
冒険者仲間……か。
「そういえば、あなた昔は冒険者だったのよね」
最初に紹介された時以降、だから……もう十年くらい前か。その頃に一度聞いただけである。どの程度の、とか、どれくらい腕があるのか、とか、まったくわからない。
まあ、最近の動きを見る限り、かなり腕が立ったのではないかと思うが。そうじゃなければパパも雇ってないだろうしな。
「はい。『雪降る猟団』という名前の十人そこらの小さなチームに所属してました。起源は雪国生まれの三人パーティーがそのまま少し大きくなっただけのものです。主にモンスターハントを生業にしていて、実力は中堅どころだったと思います。決してトップクラスとは言い切れませんでしたね」
ほう。猟団とな。
「お嬢様が診てくださったのは、私が猟団のメンバーだった当時の冒険者ギルド長です」
え? あのじいさん? ……そうか、冒険者繋がりだったか。
「とある狩りでリーダーが怪我をし、年齢も加味して引退したのが猟団の終わりです。みんな『雪降る猟団』の存続は難しいと考えていたようで、すんなり解散しました。多くが他のチームに吸収され、またリーダーとともに引退する者も現れました」
ふうん……この世界では珍しいことでもないんだろうな。
俺らの世界だってそうだろ。有名になって成功する奴なんてひと握りで、俺みたいな凡人を含めた連中は名も無き歯車として機能し、そして社会が成り立つ。
誰もが夢を叶えられるわけじゃないし、夢が叶ってもずっとそれで食べていけるかはわからない。
……まあそういうのはここで考えても仕方ないけどな。
「私はしばらく一人で行動していました。そんな折に、辺境伯から護衛の仕事が回ってきたのです。女性でそこそこ腕が立てばいいと。仕事の経歴で私が選ばれ……あとは色々あってこうしてメイドをしています」
色々あって。ほう。気になるなぁ。要するにパパと色々あってこういうことになってるんだろ。気になるわー。
うーん……聞きたいけど、やめとくか。
今はそこじゃねえ。超聞きてえけど次の機会にしよう。今聞いたらグダグダになりそうだし、グダグダになったらウルフィテリアに睨まれそうだ。
「要するに、恩人を助けたいと。それだけなのね」
あのじいさん、冒険者ギルドの長だったんだろ? ということは冒険者を束ねる人だろ? やっぱ大物じゃん。充分VIPじゃん。
「はい。彼には多くの冒険者がお世話になりました。――あの時私たちを阻んだ自警団の者、覚えていますか?」
「ああ、いたわね。彼らも?」
「正確には彼だけです。女性の方は何も知らず、その時たまたまコンビを組んでいただけです」
あの時名乗った男はグルだった。後方に出てきた女は違ったと。
じゃあやっぱりあの時、ダリアベリーはわざと待ち伏せがあるところを通ったわけだ。
「ちなみに彼には、ほとんど伝えていません。『やるべきことは流れでわかる』とだけ。女性には彼が『賊が通るかもしれない』とだけ伝えたみたいです」
なるほど。確かにあの流れに自然に乗れば、俺が孤立する形になるわな。
で、屋敷に戻る道の大元で、俺を捕まえるために別動犯が待ち受けていたと。話からするとあいつら全員冒険者ってことになるのか。
「あの中年男性は?」
「どの男ですか?」
「ヒゲ面の、すごく普通っぽい」
俺を連れて行った男だ。本当に特徴があんまりなかったんだよな。ちょっと体格がいいくらいで。
「恐らくブルムだと思います。彼は最近引退したBランクの冒険者ですね。かつては『雪降る猟団』のメンバーでした」
あ、そこで繋がるわけだ。ダリアベリーとあいつらが。
「……言えばよかったのに」
なんなんだよ。もう。何この話。アホくさい。
「初めから素直にそうやって言えばよかったのに。わたしの目的はわかっていたでしょう? わたしには病人が必要で、あなたは絶対に助けたい病人を知っていた。互いに利害は一致していた。なぜ素直に言わなかったの?
いいえ、言わなくてもよかったわ。あなたがそこにわたしを連れていけば、それで済んだのに」
何食わぬ顔でしれっと案内すればよかったんだ。そしたら相手の事情も名前も何もかも知らず、勝手に治療してたのに。
「……お嬢様」
ダリアベリーの瞳に、なんとも言えない感情が揺れた。
「はっきり言いますが、私はお嬢様を信じておりません。だから『最初から話す』なんて微塵も考えつきませんでした」
おい。こら。面と向かってなんだ。……アクロディリアのせいか。こいつほんとにろくな奴じゃねえからな。
「――だから私は選びました。今の生活、今の暮らし、今の仕事、それら全てを捨ててでもあの人を治したいと。だからお嬢様を誘拐しました」
おい! こら! 面と向かって何言い出してんだ! ……まあ知ってたけど!
これで一応、大まかには何があったかわかったわけだ。
「それで……お嬢様、私をどうするのですか?」
それなりに覚悟も決めた上で話したのだろうダリアベリーに、俺は即答した。
「保留」
「はい?」
「あなたの処分は考えておくわ」
優先順位があるからな。今ダリアベリーが抜けるのは俺も都合が悪いし、彼女の件は後回しだ。
「そんなことより先に言うことがあるんじゃないの?」
「……言うこと?」
俺は病人が欲しいし、ダリアベリーは病人を知っている。それだけだ。
「あなたが全てを捨ててでも助けたかった人、まだ助かってないわよ? ほら、信じてないわたしに何か言うことは? たす……何? 何けてくださいとか言わないの? 今更言いよどむこともないでしょ、早く言いなさいよ」
利害関係の一致だ。あくまでもな。本当にそれだけだからな。それだけなんだからね! 勘違いしないでよねっ!
――だから、泣いて感謝される筋合いは、ないんだけどなぁ……
それにウルフィテリアから出された課題がある。
この件、むしろ「街に俺の協力者が増えた」と考えたら、そう悪い流れではないと思うんだよな。
……あとは俺が何か考えつくだけだが……どうしたもんだろうなー。
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