上 下
90 / 184

106.二度目の邂逅は唐突に……

しおりを挟む







 ベッドに服を並べて、下着姿で腕を組む。

「うーん……やっぱまずいよなぁ」

 身内だけならまだしも、客が来てるとなるとなぁ……ここはドレス一択か……?
 いや、でも、そこまで畏まる必要はあるのか? 自宅でダンスパーティー行けるくらいめかしこむとかおかしくないか? 自宅だぞ? そしてただの昼食だぞ?

 ……いや、わかってる。わかってるんだ。

 悩むくらいなら、ここはドレスだ。視察ってことは公務で来るんだろ? だったらこちらも正装で迎えるべきだろうからな。パパが言っていた「準備しろ」ってのは「正装しろ」って意味だしな。

 ドレス、かぁ……

 ……コルセットかぁ……

 あの苦しみを再び味わうことになるのか……

 憂鬱にはなるが、悩む余地さえない。だって他の道がないから。それしかないのだから。
 もう視察員は到着しているらしいし、俺も早く行かないと――

「お嬢様、そろそろ……」

 控えめなノックと、控えめなキーナの声。ちょうどいいところに来た。

「入って」

 やるしかない。パパに怒られる前に行かないとまずい。
 覚悟を決めて、コルセットを絞めてもらおう。




 が、実際は拍子抜けした。

「お嬢様、痩せましたね」

 うん……みんなが言う通り、本当に痩せて見えてたらしい。物証が出て初めて実感が湧いてきた。

 コルセットを絞める必要がなかったのだ。
 グイグイに締め付けなくてもドレスが入るから。少し余裕さえあるほどに。

「ドレスの直しが必要みたいですね」
「やめて」
「え?」
「そのままでいいから。やめて」

 恐ろしいことを平気で言いやがって……サイズを変えるなっつーの。なんでコルセット縛りに併せて服直すんだよ。これ絶対内臓に悪いぞ。長生きできない文化だぞ。油断してたら絞める段階でアバラ折れるぞ。
 いくらオシャレは我慢だって説があるからって、過度の無理はダメだろ。世の女性が大変だってことはわかったから勘弁してくれ。

「ところで、誰が来ているの?」

 一家が揃っている時に来たい、っていう要望で急遽決まったらしいからな。だとしたら一家全員が知っている人が来てる可能性が高いと思うんだが。

「六人ほど来ていますよ。――まあメインはリナティス様のようですが」

 リナ、ティス?

 ……あっ! リナティスか!

「クレイオルの婚約者よね」

 そうそう、フロントフロン家の後継が弟だと決まった直後に、早々に弟の婚約者も決まったのだ。貴族界隈では別に珍しい話じゃないからな。むしろこの歳まで婚約者がいないアクロディリアの方が珍しいんだよな。

 で、リナティスは、フルネームで言うとリナティス・タットファウス。この国の第三王女になる。確か弟と同い年だな。まあお姫様と言える存在だよな。王女だし。……え!? お姫様来てんの!? ガチの姫!? オタサー系の姫じゃないリアル姫!? リアルガチ姫!?

 やべえテンション上がるな! え、弟の婚約者? じゃあ俺の妹的なことになるの? おいおいマジかよ……

「何をしているの」
「は?」
「早く行くわよ!」

 服選んでる場合じゃなかった! 片付けとかいいから早く行くんだよ!

 


「あ、お姉様。お久しぶりです」

 いたー! リアルガチのマジ姫がいたー! うおおおおたぎってきたーーーー!

 この鈴を転がすような声、ふわっふわの綿菓子のような亜麻色の髪に、純度の高い大粒のエメラルドのような緑の瞳。汚れなき白いドレス……背格好は小さいが、女の子らしくて非常にいいと思う。どこからどう見てもお姫様お姫様した美少女である。

 しかも俺のことお姉様って呼んだし! ……まあ俺はお兄様と呼ばれたいんだけどね。本当は。

「ごきげんよう、リナティス様」

 内心のテンションなど微塵も見せず、辺境伯令嬢として恥じない優雅さで挨拶を返す。

 視察団はすでに屋敷に上がり、食堂に案内されていた。ここで少しお茶を飲んで、それから昼食になる流れのようだ。ちなみに天気がいいので食事は庭で食べるらしい。
 来たのは六人で、内三人は護衛らしい。視察員や姫の後ろに立っている。……品のいい私服でまとめてあるのは、格好で身分を悟らせないためだろう。兵士や騎士丸出しの格好だと誰もが身構えちゃうからな。

「ご無沙汰しておりました、お姉様。もしやお痩せになりました?」
「少しだけ」

 さすがに実感してしまったので、もう認めることにする。はいはい痩せましたよ。
 えーっと……前に会ったのは、去年末の冬休みの時だな。王都でパーティがあってそこで会ってる。

 ちなみに、あくまでもリナティスは弟の客人ということで、アクロディリアはあまり関わろうとしなかったらしい。この辺は弟の顔を立てる意味も含めていたようだ。この女身内には気を遣うんだよなぁ。……一応家族は大切にしてたみたいだぞ。ほかはまったくだがな!

「リナ、庭を歩こう。見せたいものがあるんだ」
「はい、クレイオル様」

 おい弟……おまえ今おねえちゃん話してるだろ。このタイミングで誘うとか何なの? ……行けよ早く! お姫様連れてデートとか行けよ!

 一瞬いやがらせかと思ったが、弟もお姫様も完全に恋する二人の顔してたからな……発する言葉が見つからなかったよ。二人共見向きもせずに行っちゃったし。

 …………

 貴族で恋愛結婚は珍しいが、弟とお姫様は、数少ない事例に入るようだ。まあ仲良くやってくれればいいんじゃないですかね! 弟の性格に難があるのを除けば美男美女で問題ないと思うよ!

 やれやれと自分の席に着こうとして――ふと顔を上げた。
 お姫様が行ってしまって、席に着いている客は二人だけだ。

 片方はおっさんである。視察に来るたびに会う、よく見る顔だ。爵位とかは持っていないのでアクロディリア的にはまるでどうでもいい調査員である。

 そして、もう一人。こいつに引っかかった。

 白いシャツにベスト、ズボンと、品の良い貴族らしい格好をして、そして俺が学校で愛用していたような黒縁メガネを掛けていた。
 しかし、それでも、よく見れば誰もが無視できないような線の細いイケメン男子だ。少し長めでところどころ跳ねている金髪と、アクロディリアに負けないほど白い肌。そして感情が見えない藍色の瞳。
 彼は無表情で俺の視線を受け止め、また俺を見ていた。

 ……こいつ、会ったことある……よな? 俺の記憶違いじゃないよな?

「もしかして、あの夜の?」

 学校で行われたダンスパーティの夜、月明かりの下で会った、覗き仲間のJ系アイドルじゃね?

「憶えていてくれたか。光栄だ」

 と、J系はメガネを外した。あーそうそう、この顔だ。前は暗がりで会ったから、今と若干印象が違うものの、間違いなくあの夜会ったアイドル系男子だ。

 ……そっか。国営の学校に部外者として潜り込めるくらいだから、恐らく王国の関係者か我侭が通せる貴族だとは思っていたが……
 ここにいるってことは、王国の関係者ってわけだ。
 
「そうか。アクロはすでに会っていたのか」

 俺とJ系が知り合いらしいと見て、パパが口を開いた。

「その前に会ったのは、おまえが七つになる前だ。さすがに記憶にあるまい」

 え? あの夜の前に会ってたの?




「――彼はウルフィテリア・タットファウス。ダットファウス王国の第二王子だ」

 …………え?





しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...