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82.いざ往かん、勇ましくも粛々と……

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「――では、今夜までということで」

 立食パーティーと言えど、本格的に食えるわけではない。らしい。
 「立食」なんて付いてはいるが、今回の学生パーティーでも上流階級のお貴族主催のパーティーでも、「食事」という概念で食べ物が用意されるわけではなく、あくまでも「少し摘める程度の酒の肴」くらいの認識が正解なんだそうだ。アクロディリアの記憶にもそのようにある。

 まあ、庶民もOKの学生パーティーなので、ガッツリ食い物は用意はされていて、食い物目的で参加する庶民も多いらしいが。
 でもそれでいいよね。
 今お城から呼んだ料理人たちと、有志の手伝いの女子たちが一緒になってパーティーの料理を作っているのだ。わざわざ城から料理人来てんだぞ。そりゃ食いたくもなるわ。絶対うまいだろ。

 以上が、昼食まで居座って帰った三馬鹿から仕入れたパーティーの情報である。
 アクロディリアは今回が初参加の学生パーティーだからな。意図せずとも情報が仕入れられてよかったんだろう。そう思おう。……女子トークって長いよなー。

「あなたも今の内に食べておけば?」

 というわけで、今現在は、少々早めの夕食を取っている最中である。
 パーティーの最中にはほとんど食べられないだろうことを予想し、パーティーの前に済ませておこうってわけだ。
 ちなみにレンも、アクロディリアの使用人としてではなく、給仕の手伝いでパーティーに参加することになっている。少額だがバイト代も出るらしいからレンさんは超乗り気である。

「いえ、私はパーティーで残ったものをいただく予定なので」
「その手があったか」

 いつもの味の薄いスープとかパンとか今食っているわけだが……そうか。今日はそういう方向でうまい食い物にありつく機会があったのか。

「辺境伯のご令嬢が、残り物なんて食べてはいけませんよ」

 いや、そりゃそうなんだけどさぁ……わかってんだけどさぁ……

「話を戻しますが、明日の早朝、ヨウさんを起こしてから、私は帰郷しますからね」

 あ、そうそう。その話だったな。
 レンは明日の朝、里帰りするのだ。今夜パーティーがあって、学生主催なだけにそう遅くならないはずだが、それでもゆっくり話す時間は今後作れないかもしれないので、今話を詰めている。

 といっても、もう話はまとまっているのだが。

「それで、昼にはフロントフロン家から迎えが来るのよね?」
「はい。ジュラルクさんと、メイドが一人か二人来ると思います」

 ジュラルクってのは、フロントフロン家の第二執事である。決してセバスチャンではない。密かに期待していたが……これも時代か。

 えーと、ジュラルクは第一執事である父親の息子で、今年二十五歳になるイケメン執事である。親父の方は辺境伯の付き人みたいなこともしている多忙の身なので、近年はジュラルクがメインでフロントフロン家の使用人たちを取り仕切っているはずだ。
 ちなみに母親であるマイナ、ジュラルクの妹であるキーナも、フロントフロン家に仕える使用人である。執事一家は全員フロントフロン家に仕えているのだ。

「私は今月の二十日に、ヨウさんを迎えに行きますので」

 というわけで、だいたい三週間弱のお別れというわけだ。

「レンさん」
「はい」
「三週間も会えないなんて寂しいわ」
「はは。ご冗談を」

 うわ。渇いた笑いで受け流された。

「……なんですか? 他に言葉はありませんよ」

 そのままじっとレンを見詰める俺に、レンはやはり素っ気無かった。




 ――俺は、これがレンとの今生の別れになる可能性を考えていた。
 だって、この夏休みでレンの弟の病を、アルカが治療してしまうはずである。
 レンがフロントフロン家に仕えているのは、高額の給料のためだ。そしてその給料は弟の医療費に当てられていたのだ。
 つまりレンはもう金を稼ぐ必要がなくなり、必然的にアクロディリアに仕える理由もなくなるのだ。

 面倒ばかり、ストレス溜まりまくり、性格も悪く傲慢で七年も付き合っていながら情も湧かない、そんなアクロディリアに仕える理由がなくなる。
 おまけに最近は、中身が別人になるとかいうわけのわからない現象まで起こっている有様だ。まさにKONOZAMAだ。

 だって厄介事の塊じゃん。俺の存在含めてさ。
 正直なんか逃げ出すのも無理はない気がするんだよね。俺でも逃げるかどうか考えるレベルだわ。わけわかんねーもん。

 ゲームでは「アルカのために」という名目でレンはアクロディリアの傍にい続けるが、今は状況がまるで違うからなぁ……俺とアルカの関係を考えると、もはやスパイとか必要ないからな。アルカに礼がしたいなら、それはそれで考えればいいわけだし。

 だから、これがレンとの最後の時間になる……かもしれないわけだ。
 「迎えに行く」と言いながら結局来ないなんて、よくある話だ。そんな言葉を無邪気に信じていられるほど俺は子供じゃないつもりだ。
 そして、自らの意思で俺を迎えに来ないのであれば、俺が追いかけるわけにもいかないという程度の分別も付くつもりだ。

 レンは十代のほとんどを、弟のために捧げたんだ。
 十代を捧げたような問題が無事解決するんだ、だったらあとはもう好きにしたらいい。……根本を言えばゲームの設定でしかないんだろうけど、今俺の目の前にちゃんと人として存在してるからな。さすがに「でもゲームだし」とか軽く考えることはできないぞ。レンに限らずな。そもそも今の俺にとってはゲームじゃなくて現実だしな。

 ……超悲しいけどな! レンと会えなくなるとか、そうなったら泣くけどな! 




 なんだか切なくなってしまったが、あくまでも俺個人の問題だ。レンの後ろ髪を引くわけにもいかないので、口にも態度にも出さないように注意する。
 それよりこれからだ。

「本当に制服で参加を?」
「ええ。ラインラック殿下とも示し合わせてあるから」

 一応パーティーと名が付くだけあって、正装が認められている。俺の場合はドレスってことになるが、庶民の参加もOKなだけに制服での参加も認められているのだ。いや、主に制服参加が義務で、正装も認められているって感じか。ドレスだの燕尾服だの礼服だのは少数派だからな。

 もちろんというかなんというか、下々に見せつけるかのようにこれみよがしに正装で参加するのが貴族の通例らしいが、俺とラインラックは制服で参加することを決めていた。
 なんてことはない、「正式なカップル」ではなく「同級生で一時的な関係」というのを強調するためだ。

 あとキルフェコルトと合わせたってのもある。あいつ生徒会長だから、貴族とか王族とかではなく、生徒代表として参加するんだよな。つまり生徒代表=象徴である制服で参加、が義務になっているのだ。

「アクロディリア様としては考えられませんね」
「いいじゃない。こっちの方が動きやすいし」
「そんなにコルセットが嫌ですか?」
「無理。いいとか嫌とかじゃない、無理」

 あれは内臓とアバラを破壊する危険な器具だ。正直ラインラックが「制服で参加しよう」と言ってくれて助かったよ。またしても子供を人質に取られた父親みたいな悲鳴を上げてしまうところだ。

「あの頃より身体を絞りましたし、大丈夫だと思いますけどね」
「でも痩せた分だけきっつく絞めつけるんでしょ?」
「そういうものですから」

 ああそう。絶対やだ。

 ――ここのところ三馬鹿が絡んできていたからあれだったが、本当に穏やかな時間だった。
 レンは違うだろうが、俺は最後の時間になるかもしれないと思いつつ、噛み締めるように時を過ごした。

 ヴァーサスが迎えに来て、二人きりの穏やかな時間が終わりを告げた。

「さて、行きますか」

 少なくとも、レンの後ろ髪を引かないくらいには、元気良くな。




 階下に降りると、ドレス姿がきらびやかな貴族女たちと賛美に囲まれた――一見地味な制服姿だが、しかし輝くようなイケてるメンズがいた。

「道を開けてくれ」

 俺を先導していたヴァーサス (こいつも制服だ)が、己が主までの道を開き、その道を俺に譲った。
 女たちの囀りが止んだ。

 きらびやかなドレスの女たちの間を、質素な制服姿の俺が歩む。向かう先にはとびっきりの王子様が儚げな笑みを浮かべて俺を待っている。

 ――もし俺が正常な女子で、女子として正常な思考を持ち合わせていたら、それはそれは胸が弾んだりドキドキがワクワクしたりするのだろう。漫画だったら見開きドーンみたいなアレだったりするのだろう。

 しかし残念!
 男心はまるで揺れないのです!

 それどころか「俺何してるんだろう。帰っていい?」と開口一番に言ってしまいたいくらい、場違いな気がしてならない。ドレス女子たちの嫉妬の瞳とかに優越感なんてない、むしろ後ろめたいくらいだ。ごめんなー。逆に中身が男だからこんなことになってるんだよー。ごめんなー。

「迎えに来たよ」

 異国の王子が差し出す手に、俺は手を乗せた。

「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 羨望の視線、嫉妬の視線、あるいは憧憬だったり怨嗟だったりもあるのかもしれない。
 だが、それらの瞳は強い光を放ち、宝石のように輝いて見えた。

 様々な色に輝きを放つ道を、王子様に手を引かれて歩き――俺たちは寮を出た。




「――なんかキツいっすね、この歳で男同士で手を繋ぐって……」

 後ろに控えてついてきているレンとヴァーサスにも聞こえないくらい小声でぼやくと、

「――ふふっ。私からすれば女性と手を繋いでいるだけだから、まったく気にならないけどね」

 それこそ王子様は目を細め、楽しそうに笑ってくれた。……いや笑ってんじゃねーよ。







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