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66.その魔法に込められた想い……
しおりを挟むその場所は、思ったより近かった。
縦2メートル、幅1メートルほどの狭い洞窟を行く。地面が完全に石で、湿っているせいか薄く苔が生え、滑りやすくなっている。
そんな道を、ジングルはさっき死闘を演じたドラゴンの巣で故人のランプを拾っていたようで、明かりを持って先導していく。いつの間にあさったんだろう。本人を見れば隙だらけなのに、やることなすことには隙がない。不思議な奴だ。まあ会ったばっかだし何がどうと語れるほど知らないけどさ。
どれだけ歩いたかわからないが、坂になっている道を登ったり降りたり、左に曲がったり右に曲がったり、分かれ道があったり、水の流れる音がどこかから聞こえたりと、そんな道を30分くらい行っただろうか。
「おお……」
それは、急に、目の前に飛び込んできた。
――ドラゴンの壁画だ。四足歩行で翼の生えている、ペガサス的なタイプのドラゴンが、赤い塗料で壁いっぱいに描かれている。
どれくらい昔に描かれたのだろう。かなり古いものだと思うが、今もしっかり残っている。すげー迫力だな……俺と同じくグランも圧倒されているし。おまえは本当に初心者丸出しだな。仲間意識が芽生えるじゃないか。
壁画のある行き止まりは、それなりに大きな部屋だった。十畳くらいだろうか。歪な卵型っぽくなっているので正確にはわからないが。
「目当てのものはそれだろ?」
壁画に目を奪われている俺たちに、ジングルは指を差して示した。
……あ、これ!? 意外とちっちゃいな!
壁画のインパクトが強いせいで、目的の石碑が余計小さく感じた。いや、本当に小さいのだ。ちょうど20インチのテレビくらいだから。厚みも薄型のそれにそっくりだ。
それは壁画のすぐ脇にポツンと立っていて、存在する場所からして、まるで壁画の紹介文でも書いてあるんじゃないかという感じだった。ほら、博物館なんかでよく見るあんな感じで。
ジングルが照らしてくれている中、目の前でじっくりと観察する。
石碑の表面にはびっしりと文字が刻まれているが……雰囲気ぶち壊しの日本語が書かれているわけでもなく、俺には読めない字だった。アクロディリアの記憶にもないみたいだ。何語だ? そしてなんて書いてあるんだ?
そのままじっと見ていると――
「――っ!?」
入ってきた! そう、確かに頭の中にするっと言葉が入ってきた!
石碑に刻まれた意味のわからない文字が、俺の頭の中でするすると変形し、バラバラになり、意味をなす文章として再構築されていく。
それが一番近い表現だと思う。もっと詳しくは無理だ。これ以上、頭の中で起こっている現象を、なんて表現していいのか俺にはわからない。こんな不可解な現象、明らかに魔法の一種だろう。
――うん。だいたいわかった。
「どうだ? 読めたか?」
ジングルの問いに、首を横に振る。
「アルカさん。見て」
「ん?」
俺は石碑の目の前を譲り、そして、理解した文章を簡単にまとめてみた。
1、これは確かに、光の大賢者であるエレオン=キリークが記した文字だということ。
2、この石碑は、ここで亡くなった天龍と自分の友愛の証であり、また二人の墓石でもある、ということ。
この二つは事前に調べてきた通りである。裏付けが取れたって形になるな。
新事実が書かれているのは、ここからだ。
3、この石碑は特殊な錬金術を駆使して作られており、決まった波長の魔力を持つ者にしか読み解くことができないということ。
ぶっちゃけ光属性持ち以外は読めない、って解釈でいいと思う。
4、ここに一つの魔法を残しておく、ということ。
目当ての『天龍の息吹』のことだ。自分と天龍を繋いだ大切な魔法云々と、調べてきたことがつらつら書いてある。まあ調べてきたことのままなので割愛する。
そして、5からは…………ちょっと考えさせられる内容になっていた。
掻い摘んでいうと、『光の大賢者』が生きていた時代は、今ほど光属性持ちが珍しい存在じゃなかったみたいだ。統計を取ったわけではないが、今は十万人に一人くらいの割合だと仮定して、昔は千人に一人くらいはいたのかもしれない。
『光の大賢者』は乞われれば誰にでも『天龍の息吹』を教え、病気で苦しむ人を一人でも癒せるように尽力した。
しかし、世の中ってのは善意だけで回っているわけではない。
『天龍の息吹』を商売に利用する者、貴族だかお偉いさんだかに売り込みに行く者などはまだ可愛いもので、事態は最悪の方向へ向かったそうだ。
利権を独占したい者が『天龍の息吹』の希少価値を上げるために光属性持ちを排除したり、『天龍の息吹』を他国に渡さないようお偉いさんや時の権力者が厳しく監視……どころか、監禁されることもザラだったようだ。
そんなこんなで、『天龍の息吹』の存在が多くの光属性持ちの人間を不幸にした。『光の大賢者』はそんな時代を見たから、『天龍の息吹』の存在を後生に残さなかった、と書いてあった。
要約すると、光属性持ちが不当に扱われるという背景があったがゆえに、簡単には人目に付かないこんなところに石碑を残したんだそうだ。
不幸を呼んだ魔法ではあるが、永遠に失われるのは惜しいから、と。
利権争いみたいなものに巻き込まれた時代があったとしても、『光の大賢者』でさえその魔法が持つ奇跡の力を完全に葬ることは、できなかったみたいだな。
最後に、『光の大賢者』は「もしもこの魔法を手にしたのなら、誰にも知らせてはならない。一つの善意が十の悪意を呼ぶだろう。名を伏せ、身を伏せ、魔の法の効用を伏せた上で、人知れず使いなさい。愚かな私から学び、貴方は賢明でありますように。」と文を結んでいる。
こんな危険をはらんだ場所にあることを鑑みると、残そうか残すまいか悩んだエレオン=キリークの葛藤がわかるような気がする。
病床に伏した人からすれば、『天龍の息吹』は喉から手が出るほど欲しい魔法だ。この世界より医療は進んでいるだろう俺たちの現代世界でも、まだまだ治せない病気があって、難病もあって、病で亡くなる人も多いだろう。
そんな『天龍の息吹』だが、あまりにも有用すぎるせいで、戦争を起こす可能性もあるのだ。
換えの利かない癒す力と、その癒す力を欲する者と。
ゲームでは何も考えず、ただただ「便利な魔法だなー」と言うだけで済んだのに、実際にそれが存在すれば、それは誰もが欲しがるような力で、場合によっては力ずくで奪いたくなるほどで……まあ、とにかく、色々面倒臭い、禁呪と呼ぶに相応しい魔法だと改めて思う。
もしかして、今の時代に光属性持ちが少ないのって、遺伝も関係していたりするのか? 一時期すごい、なんか、色々あって減っちゃったみたいだしよ……
うーん……俺が想像する以上に、『天龍の息吹』は厄介な魔法だったようだ。
何せ俺が危惧していた「『天龍の息吹』の確保・奪い合い」が、すでに過去起こっていたっつーんだからよ……そりゃそうだよな。絶対に欲しい魔法だし、自分のものにならないだけならまだしも誰かのものになるくらいなら消してしまいたい、と考える者も少なくないと思う。国益だかなんだかを考えると特にな。
この魔法は、絶対に隠匿すべきものであると、強く思う。
まあ色々思うことはあるが、とにかくこれで目的は果たした。
――テレッテレッテー! アクロディリアは『天龍の息吹』を習得した!
……なんて浮かれる気分じゃないんだけどさ。
恐らく俺と同じ現象を体験したのだろうアルカは、振り返って俺を見た。
「……」
「……」
なんとも言えない表情で、なんとも言えない視線を交わす。……謝った方がいいかもしれないな。こんな重いもの、アルカにまで背負わせるべきじゃなかった気がする。
「なんだあんたら。見つめ合って。なんかあったのか?」
ジングルの声も、聞こえてはいるが、なんか、反応しづらい。
「――何もないよ。何も」
アルカも俺と同じように首を横に振った、その時だ。
背後から……俺たちが来た道から走るような足音が聞こえてきた。反響しているせいで正確な位置はわからないが――なんて考えている内に、人影が飛び込んできた。
「アクロディリア様!」
うおっ、レンだ! 久しぶり!
「無事ですか!?」
直線上にいたグランを押しのけて、レンは俺の目の前にやってきた。仔細に上から下から俺の無事を確認する。うん、落下の衝撃で制服はボロボロになったけど、身体には一切異常はない。
「……無事ですね……よかった……」
肩から力が抜けたのがよくわかる。護衛も大変だ。
……いや、というか、今こそ異常な状態と言えるんじゃなかろうか。
「感動の再会は抱き合うのが自然でしょ」
なぜこない。こんなにも堂々と両手を広げて待っているのに。
「アクロの胸、空いてますよ」
と、思わず言ってしまうような状態なのに。なぜ飛び込んでこない。本家にも負けないくらい胸を張っているのに。
「何事もなさそうで何よりです」
うわ……ほっとしたのも束の間、もういつもの冷たい表情に戻っちゃったよ。……おい、どうすんだよ。俺のこの悲しい両手はどうしたらいいんだよ。せめてなんかツッコミ入れろよ。いやツッコミじゃなくていい、なんかコメントしろよ。
「おい、無事か?」
と、レンから遅れてゼータもやってきた。
悲しいポーズの俺を見て無事を確認し、とりあえずゼータも安心したようだ。
「……ん? なんだ、私を迎える用意か?」
おまえじゃねーよ! うわ、来やがった! 遠慮しろよ!
「どれ。雇い主の望みならば抱いてやろうか」
「や、やめっ――ぐえっ」
うおー酒くせえ! あと力も強い! うーんでもこんな機会もう絶対ないだろうし俺も力の限り抱きしめとくか! 食らえ俺の精一杯の筋力!
「なかなか情熱的だな」
「ぐええっ」
おまえは力を込めるな! あなた鬼だから! 俺は人だから! 力込められたら潰れるわ!
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