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64.遅れて現れる勇者はだいたい空気が読めず……

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 グランが気づいたことは――実は俺も、なんとなく気づいていた。ただ俺は直接ドラゴンに対応しているわけじゃないから、確信は持てなかったのだ。グランの体勢や受け方で、こっちに伝わる衝撃も違うからな。

 そう、俺も気づいていた。
 時々、驚くほどドラゴンの攻撃が弱まる時があることを。

「そんなことできるの!?」

 更に言うなら、なんとなく気づいていたアレ・・を攻撃に使用するだなんて、それこそ思いつきもしなかった。
 これもまた、直接当たっているグランだからこそ、思いついたのだろう。
 もしくは、「大盾の騎士」の才能が開花したからこそ、なのかも知れない。

「できる! 今の俺なら!」

 お、おお……なんと雄々しい言葉。そうだよな、こいつもこれで攻略キャラ様だもんな。そりゃーここぞという時には魅力だって発揮するわな。

「というか、やるしかない!」

 わかってる。
 このままじゃ絵に描いたようなわかりやすいジリ貧だ。まだ余力がある内に何かを仕掛けないとな。




「――癒しの光よ。彼の者の傷を癒し給え――」

 俺が悪役令嬢になって、もう何百と唱えてきた詠唱を済ませ、あとはその魔法名を発するだけという状態で留める。
 この間にも、何度も何度もドラゴンは攻撃を仕掛けてきている。そろそろ飽きて帰ればいいのに。

 その度にグランは、もはや本当に己の一部とさえ呼べそうなほど巧みに盾を駆使し、上手に攻撃を捌き続ける。できるだけダメージを受けないように受け流し、後方の俺に攻撃が及ばないよう注意して。グランの才能は恐ろしいまでに凄まじい。大雑把の大味じゃなくて細やかな気遣いまで伺えるのだ。これほどの死の驚異を前に冷静に観察し対処しているグランの胆力もすごいもんだ。

 これほど頑強ながあるものか。
 俺はなんの心配もせず、魔法を維持したままタイミングを待つ。
 
「――今だ!」

 立ち上がるようにしてドラゴンが右腕を振り上げた瞬間、グランが合図を出した。

「『光の癒しライトヒール』!」

 待機していた魔法を唱え、グランを回復し――そのまま発動し続ける!

 ――俺たちが気づいたのは、『光の癒しライトヒール』が発動している間は、ドラゴンの攻撃が弱まったということだ。

 これだけの猛攻をしのいでいる間、偶然だが魔法の発動と攻撃が重なる場面が何度かあった。
 グランの防御が上手いだけだろ、と自然とそう考えていたのだが、グラン本人から「違う」と申告があった。

 光魔法が発動している間は、ドラゴンの攻撃が弱い、
 つまりどういうことか、と言えば。

 ――『光の癒しライトヒール』が当たっている間は、肉体が強化されるってことだ。

 ドラゴンの攻撃が弱まったのではなく、グランの肉体が強くなっていた。
 どれだけの強化が望めるのかは俺にはわからないが、グランはこの現象に勝機を見出した。

 こちらの状況など構わず振り下ろされる右腕を――グランは幾度も繰り返した盾の防御で完璧に流した・・・・・・

 衝撃は一切なかった。
 それどころか、接触する音さえなかった。

 グランの身体が、その場でねじれ、真横になり、回転する。ドラゴンスクリューを食らったレスラーのように。

「グアァァァ!?」

 巨体が傾いだ。
 体重を乗せた一撃を受け流され、微妙に角度を変えさせられ、更にグラン自身が勢いを上乗せしたせいで。

 バランスを崩されたドラゴンは、真横に倒れた。ズズンと音を立てて。派手に。

「あ、合気道……?}

 もしくは、柔道の足払いか?
 地面を踏むはずだった足を払われたせいで転んでしまった感じか?

 もちろんただの転倒だ。それに関するダメージはない。現にドラゴンは素早く立ち上がると、大きく後ろに飛んで壁に張り付いた。思わぬ反撃に遭いまた警戒心が芽生えたのだろう。

 心なしか、ドラゴンの瞳から苛立ち以外のものを感じる。なんというか……恨めしそうにグランを見ているのだ。ちょっとわかる気がする。俺も今はグランのすごさに嫉妬さえ感じるから。

 これが「大盾の騎士」か。
 まだ覚醒したばかりなのに、防御が硬いだけじゃなく、すでにその先の領域にまで到達している。

「ふう……なんとかうまくいった」

 自分で覚醒させておいてなんだが、悔しい! 俺だって二ヶ月くらいみっちり剣術訓練してるんだからな! それをこの十数分で簡単にぶっちぎりやがって!

 ……くそー。
 誰か俺に「力がほしいか?」とか意味深に問いかけてくんねーかなー……




 そんな馬鹿なことを考えている時だった。

「――待たせたね」

 やっと、やっとそいつはやってきた。

 いつか迷宮で見た時のように、緊張感もなく。
 いつもの顔、いつもの雰囲気、いつもの口調で何気なく。

「アルカ!」

 ついさっきまで立ち上がることさえできなかったアルカが、堂々と歩いてきた。
 よかった……すごい大怪我だったから、魔法で完全に治せるのかどうか、ちょっとだけ心配していたのだ。
 もちろん要らない心配だってのはわかっていた。でも「帰還の魔石」がなぜか使えないなんて不可解な現象が起こっているのだ、何があるのかわからない。

 本当に、よかった。
 戦況がどうとかより、俺たちの時間稼ぎが成功したとかより、アルカが無事であることの方が嬉しかった。

「あとは任せて」

 ――そう言うと、アルカは消えた。

「「え?」」

 俺とグランの声が重なる頃には、アルカは壁を走り、壁に張り付いているドラゴンの真上にいた。

「――峰打ち!」

  ガン!

「ギャア!?」

 ちょうど後頭部を殴られた形になったドラゴンは落ちました。
 そして動かなくなりました。
 さっきまで猛威を振るっていた死の暴風を、俺とグランは唖然と見ていました。たぶん俺は白目むいてたと思う。それくらいの信じられない光景でした。

 ……なんなの!? あいつなんなの!? なんなのなの!? 俺たちがどれだけ苦労して耐えて押さえ込んでいたと思ってるの!? それをあっさり一撃で……! 




 まあ、主人公らしいけど!
 でも少しは空気を読んでいただきたいですな!









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