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62.タイ人よりもタイ人らしく……

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 空を見上げれば、奴はすぐそこにいた。もうすぐ子ドラゴンがやってくる。
 どうにも直滑降が怖いらしく、何度も何度も壁から壁へと跳ねるようにして飛び、降りてきている。その衝撃で壁が崩れているのだろう、岩などがパラパラ落ちてきて地味に危ない。

 よし、あと少しだけ時間があるな。

「グラン」
「……」

 声を掛けても反応がない。
 すぐそばに突っ立っているグランは、俺の声が聞こえないほど思いつめているようだ。重い責任を負い自己嫌悪に塗れ、現実どころではないのだろう。

 ……まあ、「俺のせいでごめんねごめんねー!」とか某芸人風にヘラヘラしながら言い出したらボッコボコにするしかないけど、あんまり気にしすぎるのも困るよなぁ……
 グランを励ますのはアルカに任せようかと思っていたけど、あいつはとっくに連れて行かれたしな。……つかグラン、もしかしてアルカの怪我も自己嫌悪に含んじゃってるのか?

 俺がやるしかないのか……あんまりやりたくないけど仕方ない。

 ――まあ仕方ないよな。俺は優しい女子じゃないし、年上の男としてしか、こいつを励ます言葉はないぞ。

「せーの、っと!」

  ドゴ!

「はぐぅ!?」

 お、おう……すまん。訓練で鍛えているせいか、身体の動かし方が上手くなっているせいか、本場のタイ人よりも強そうな、鈍い音の一撃が繰り出せてしまった。

 無防備だったグランは強かにケツを強襲され、膝を折った。見事な四つん這いである。

「な、なに、を……?」
「タイキック」
「は……?」

 蹴った俺の足が痛いくらいだからな。グランのダメージも推して知るべしというか。すまん。我ながら遠慮がなさすぎたようだ。蹴り慣れてないから加減が利かないというか。

 いや、まあ、今はそんなことはどうでもいい。

「グラン、失敗は取り返すものよ。悔いて反省する時間も必要だけど、そういうのは安全な時にやりなさい」
「……」
「アルカさんのことはわからないけれど、わたしは今の一発で許すわ。だから早く立ち上がって。そして敵を迎える準備をなさい」

 落ち込み、精気を掻いた目をしていたグランは、空を見上げて――まばたきほどの近い未来に再び訪れるであろう死の予感を前に、徐々に輝きを取り戻す。

「フロントフロン様、俺……俺、どうしたらいいかな!? 教えてくれよ!」
「とりあえず、あれ」

 ケツを押さえながら詰め寄ってくるグランが本当に訊きたかったことはわからないが、俺が今言うべきことは決まっている。

「あそこに落ちている鉄の盾を取って、構えなさい。あなたはわたしの護衛なんだから」

 俺は、最初から俺一人でやるなんて考えていない。実戦経験も乏しい俺には時間稼ぎさえできやしない。
 よって、ここは未来の「大盾の騎士」に覚醒してもらおうと思う。

 グランが「大盾の騎士」として機能しなければ、その時は最悪死ぬだけだ。運がよければ生き残れるし。
 でも、俺たちがどうなろうともアルカは助かると思う。だったらそれでいいだろう。どうせアルカがいなけりゃ落下で死んでいただろうしな。

 やることを与えられたグランは蹴っつまずくような勢いで、落ちている鉄の盾へと駆けた。骨や枯れ木やその他よくわからないものを掻き分け、それを掘り起こした。

 ところどころサビが浮いているものの、グランが装備している「皮の盾」とは比べ物にならないほど立派な盾だった。塗装もはげまくっているが、赤いペンキで鷹だか鷲だかの見覚えがあるエンブレムが描かれているのが特徴と言えば特徴か。
 形状も、今使っている中華鍋のような盾とほぼ一緒で、そのまま二回りほど大きくしたような上位互換品と言っていいだろう。

 ここで死んだ誰かの遺品に違いないが、この際だ。使えるものはなんでも使わねば生き残れないだろう。
 空は遠いが雨ざらしなので、剣なんかはほとんど使い物にならないかな。ドラゴンスレイヤー的な名剣とか埋もれていないだろうか? ないか。ないかー。そこまで都合よくはいかないかー。

 あの盾も、放置されていた環境が環境なので、どこかガタが来ているかもしれない。
 だが、アルカが回復する数分から十数分だけ持ってくれればそれでいい。

 グランが自前の「皮の盾」を腕に固定するベルトを外し、鉄の盾を装備するのを手伝い――そして奴が降り立った。




 ある程度の高さを飛び降りたらしく、着地した子ドラゴンは骨や枯れ木を衝撃で飛び散らせた。くそ……バカデカいのを見たあとだとしても、やっぱこいつもでけーな。下手すりゃ丸呑みされるぞ。

「あ、やべ」

 なんとか盾を装着したグランは、慌てて片手剣を抜き――

「剣はいらない」

 俺はその手から剣を奪い、その辺に投げ捨てた。

「え、ちょっと!」
「いいから! 前だけ見てなさい!」

 抗議しようとする小僧の肩をぐいっと押して、前を……ドラゴンに目を向かわせる。

「勝つ必要はないの! わたしたちの仕事は時間稼ぎ! 防御だけ考えなさい!」

 そもそもあんな初心者用の剣でドラゴンのウロコが斬れるかっつーの! 攻撃が攻撃にならない時点でなんのために持つのか意味わかんねーよ! 無意味に持つくらいなら持たずに空けとけ!

「防御だけって……うわっ!」

 ドラゴンが動いた。翼膜のある腕を地に着き、一足で飛んでくる――体当たりだ! くそっ、ゼータの時はめちゃくちゃ警戒してたくせに! こっちはノー警戒で突っ込んでくるか! 弱そうに見えるのか! まあ否定はできないけどな!

「耐えてグラン! 体勢が崩れたら次の攻撃でやられる!」

 グランは左腕の盾を構え、空いている右腕でも左腕を支える。
 そして俺は、そのグランの背中に手を起き、身体を支える。

 自然と成り立っただけだが、これが俺なりの防御の陣形だ。――たとえるなら、俺がグラン自体を盾として見立てた状態である。
 そう、俺はグランを盾にしている。
 言葉にすればひどいもんだが、実際はそんなに軽いものではない。

 グランが死んだら、俺も死ぬんだ。
 だから俺は必死で盾を支えなければならない。

 ――この陣形の効果のほどはわからないが、少なくとも安心はした。

 頭から突っ込んできたドラゴンと、構えていた盾がぶつかる。ガギンと硬い金属音がして、グランの身体が……足が浮くほどの衝撃が走り、俺はそれを必死で押さえ込む。

「ガアアアアアアアア!!」

 衝撃でだいぶ下がらされたものの、なんとか体勢を崩すことは耐え切った。
 目の前で立ち止まったドラゴンは咆吼し、今度は上半身を少し上げ左腕を振り上げた。
 爪攻撃だ。

「っと!」

 この状況で、しかしグランはよく見ている。覆いかぶさるように鋭く振り下ろされる爪をも盾で受け止めた。どれだけ強烈な一撃なのか、グランを通じて俺にも伝わる。生身で喰らえば致命傷は免れないだろう。

 今度は、右腕だ。
 直撃する前に、俺は『光の癒しライトヒール』を唱えてグランを回復する。たぶん今の二擊で、多少身体にダメージが蓄積しているから。
 この陣形の利点は、即座にグランを回復できることだ。恐らく即死じゃなければなんとかなる。それか、俺が回復するポイントを間違えるか、だな。

 相変わらず重苦しい音がしたものの、グランは右の爪攻撃も耐えた。……気のせいか、先の左の爪より衝撃が軽かった気がする。

「グルルルル……」

 体当たり、左右の爪と耐えた俺たちを見て、まだ至近距離にいる子ドラゴンは唸りながら動きを止めた。

 ……ふう……まだ気は抜けないけど、少し安心はしたな。
 グランはすでに、「大盾の騎士」としての才能を見せている。そうじゃなければ初心者レベルの奴が、こんな重く鋭い攻撃を二度も三度も受け止められるわけがない。
 確実に、ゲームのグランとこのグランは、同一人物なのだ。または才能までそっくりなクリソツさんなのだ。
 この分なら、ギリギリにはなるかもしれないが、時間稼ぎくらいはできそうだ。

 しかしこの子ドラゴン、たぶん、本当に人間に遭遇したことがないんだろうな。俺たちを警戒しているのか、単に攻めあぐねているのか、それともすぐに狩れると踏んだ獲物が予想外にねばるから苛立っているのか……さすがにわからない。

 あるいはどれもか――と思ったところで、奴は大きく首を振り上げた。頭を横にしたドラゴンの口が、嫌に毒々しい紫の舌を見せて迫る。

 ――噛み付きか!

「あ、これまずい!」

 グランもわかったようだ。
 これは盾ごと丸呑みに、あるいは噛み砕くための攻撃だ。やはり知能が伺える攻撃と言えるだろう。

 だが、俺はこれを待っていた。
 ドラゴンの攻撃方法を考えれば、これがない方がおかしいもんな。いずれ来るだろうと思っていたさ。




 ドラゴンがグランに食らいついた瞬間、俺は準備していた魔法を唱えた。

「――『照明ライト』!」

 視界を焼くほどの強烈な光は、すぐ近くにある・・・・・・・ドラゴンの瞳に向けて放たれた。







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