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国始動編

第95話 ヘクトルの過去(6)

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「銀次郎さん無事か!?」

領主館にある客室の扉を乱暴に開けながら銀次郎の名を呼ぶヘクトル。

「おいおい。貴族様がそんなはしたないことするもんじゃねえぞ。」

銀次郎は客室のベッドで横たわった状態で冗談っぽくヘクトルに返す。

銀次郎の周りには近衛兵やカーンに加え、治療師が必死に銀次郎への治療を行っていた。

「銀次郎さん。」

たった数日しか経っていないというのに、銀次郎の身体は酷く衰弱していた。

ただでさえ病魔に侵されている中で、路地裏の獣人達を助けるために多大な魔力を消費した銀次郎は病状を急激に悪化させていた。

もはや寝返りをうつことすら出来ない状態になっていた銀次郎の姿にヘクトルは愕然とする。

「銀次郎さん。近衛兵達から全て聞きました。これも結果に焦り強引に話を進めようとした私の落ち度です。」

ヘクトルは近衛兵達から今回の路地裏への放火事件について報告を受けていた。

実行犯とギルドへのその後の調べで、ヘイルとボルスが領主の名前を使い、今回の騒動を起こしたことや、その動機が獣人への援助を行うヘクトルへの不信感からきたものであったこと、そして黒幕であるヘイルとボルスは既にミッテから逃亡していたことまで。

その全てを聞いたヘクトルはヘイルとボルスを暴走させてしまった原因が自分にあることを即座に理解していた。

「お前さんのことだ。どうせ俺が健在なうちに路地裏の問題を何とかしようとか馬鹿な事を考えていたんだろうな。」

銀次郎は深く頭を下げているヘクトルにか細い声で語りかける。

「急いては事を仕損じる。この言葉を二度と忘れるんじゃないぞ。でもお前さんのその気持ちは素直に嬉しかった。お前さんがいる限りミッテは安泰だろうよ。安心して俺も死ねるってもんだ。」

「銀次郎さん・・・」

「死ぬ前にお前さんに一つお願いをしてもいいかの?」

「銀次郎さんからの頼み事なら何でも聞きますよ!」

ヘクトルから快諾をもらった銀次郎はカーンを呼び寄せた。

するとカーンはヘクトルに一つのノートを手渡す。

「これは・・・?」

「それは俺がこの世界に来てからこれまでの事をまとめた日記みたいな物だ。これをお前に渡しておきたい。」

「これを私にどうしろと。」

「もし俺と同じように別の世界から来た奴らに出会ったら渡してやってくれないか? なんてことないじじいの日記だが、もしかしたら何かの役に立つかもしれん。」

「わかりました。」

「ふぅ~。これで俺の役目も終わりだ。後はあっちの世界でゆっくりとお前さん達がどんな風に国を良くしてくれるか酒でも飲みながら見物でもするかのう。」

「・・・・・・・・」

「銀次郎さん? 銀次郎さん!?」

「嘘だろ! 銀次郎の旦那! まだあんたには教えてもらわなきゃならないことが山ほどあるんだ!」

ノートをヘクトルが受け取ったことを確認した銀次郎はそのままゆっくりと目を瞑りその後目を開けることはなかった。

まるでヘクトルが来るのを待ってたかのように、ヘクトルとの最後の言葉を交わして亡くなった銀次郎。

客室には何度も銀次郎の名前を呼ぶヘクトルとカーンの声が響いていた。

その後、ミッテに繁栄をもたらした功労者として銀次郎を手厚く弔ったヘクトル達は、今後もミッテの様子を見ることが出来るように、領地の中でも最も高台にあたる丘に墓を作った。

そしてヘクトルはどれだけ時間が掛かってもいつか必ず銀次郎との約束を果たしてみせると墓に眠る銀次郎に誓った。











「私と銀次郎さんの話は以上だ。長話になってすまないな。」

ヘクトルは銀次郎との出会いから別れまで休むことなく話したことで喉が渇いたのであろう、話を終えるとすぐさま紅茶を一気に飲み干す。

「いやありがとう。おかげであなたがどういう人なのかも知ることが出来た。」

大地は休むことなく詳しい話をしてくれたヘクトルに頭を下げる。

「いやいや。それより最後に出て来たそのノートは何処にあるんですか!?」

大地がヘクトルに感謝の意を向けている最中、横から割って入るように犬斗がノートの居場所について聞く。

「ノートなら銀次郎さんの墓の近くに隠している。部下に取りに行かせても良いが。」

「じゃあおねが――――」

「いや俺達も一緒に行こう。一度手を合わせておきたいしな。」

犬斗の言葉を遮るように言葉を発した大地は席から立つと、後ろにいる犬斗を睨む。

『お前な。同じ異世界から来た人の墓があるんだぞ? 普通は手を合わせに行くのが常識だろうが。』

『すいません。手がかりかもしれない物があると少し焦ってしまいました。』

大地はその後、ヘクトルに墓へと案内される間、嫁をいびる姑ばりに念話で犬斗に常識とは何たるかをこっぴどく説いていく。

銀次郎の墓に着く頃、大地にずっと叱られていた犬斗は粗相をした子犬のようになっていた。

「犬斗殿大丈夫ですかな?」

「あっはい。大丈夫です。ただ自己嫌悪に陥っているだけですので。」

「そっそうか・・・」

あまりの落ち込みようにヘクトルがたまらず声をかけるが、犬斗の言っている意味が分からず困惑してしまう。

「あいつは放っておいて大丈夫だ。この大きな墓が銀次郎さんの墓か。」

「そうだ。ここに銀次郎さんが眠っている。」

ミッテの領主館の裏に位置する高台の丘には立派な石造りの日本式の墓が立っていた。その墓には少し不格好な日本語で銀次郎と書かれている。

「これが大地殿達の世界のお墓なのであろう?」

「あぁそうだが。どうしてこの墓を?」

「銀次郎さんに聞いた日本の話の中でこのような墓の話を聞いたことがあってな。この銀次郎という文字もその時教えてもらったんだ。異世界で亡くなった銀次郎さんにせめて墓ぐらいは元の世界の物にしたいという私達の自己満足だ。銀次郎さんからしたら余計な事をしやがってと思うだろうがな。」

ヘクトルは目の前の墓を見ながら懐かしそうな笑みを見せる。

「いや。銀次郎さんも喜んでいるはずだ。自分の為にこれ程までしてくれたんだからな。」

「もしそうなら良いのだが。」

大地から銀次郎がきっと喜んでいると告げられたヘクトルは少し照れくさそうな顔を見せる。

大地は後ろでいまだ落ち込んでいる犬斗を墓の目の前まで引っ張ってくると、墓で眠る銀次郎に手を合わせる。

犬斗も大地の様子を見て慌てて両手を合わせた。

つかの間の静寂の後、合わせていた両手を解いていく。

両手を解いた大地が犬斗の方を見る。

犬斗は大地に叱られたこともあり顔には出さないように頑張っていたが、その挙動はもはやノートを早く見たいと言わんばかりであった。

その様子を見ていたヘクトルはおもむろに墓の裏側に回ると、後ろの墓石の一部をずらしていく。

ずらした墓石の中には小さい空洞があり、ヘクトルはその中に置いてあった古びたノートを取り出すとそれを大地達の前に差し出す。

「これが銀次郎さんのノートだ。」

「これが・・・」

犬斗は目をキラキラと輝かせながらそのノートを見つめる。

長い間日本への帰還方法について探していた犬斗からしたら目の前のノートは正に金銀財宝のお宝のように見えていることだろう。

「大地さん!」

「おいおい。ノートは逃げやしない。ゆっくり腰を落ち着けて読もう。」

まるでマテをされている犬のように呼吸を荒げる犬斗。

「では客間を用意しよう。付いて来てくれ。」

大地は逸る犬斗を制止しながらノートを持って、ヘクトルの後を付いていった。
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