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国始動編

第92話 ヘクトルの過去(3)

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ヘクトルが銀次郎と出会って早十年。

激化していたトームの派閥争いも収束を迎えようとしていた。

銀次郎の作成した武器はこれまでトームに流通していた武器とは比べものにならない性能を誇っていた。

この武器のおかげで軍事力を大幅に上げたミッテの地位はトームの中でも一際高いものとなり、どの領主も逆らえなくなった。

トームの中で確固たる地位を得たミッテの領主の発言により派閥を争う動きは急速に弱まっていった。

ミッテの軍事力強化の貢献者となったヘクトルの地位は名実ともにミッテでのナンバー2となっていた。

そんなヘクトルはこの十年間毎日欠かさず銀次郎の店へと訪れていた。

もちろんミッテのナンバー2であるヘクトルが裏路地にある店へと毎日出入りすることに最初はミッテの大臣達や近衛兵から反発の声もあったが、ミッテの軍事力の要である銀次郎はヘクトル以外の人間とはろくに話さないこともあり、護衛をつけるという条件付きで仕方なくヘクトルの行動を黙認していた。

「銀次郎さん! 今日も来ました!」

今日も護衛の近衛兵を連れて銀次郎の店へと来たヘクトル。

「おいおい。また来たのか。お前さん本当に領主の息子なのか? あまりに毎日来るから最近はどっかの道楽息子なのかと思うようになってきたぞ。」

「そんな酷い事言わないでくださいよ。銀次郎さんの世界の話は今後のミッテにとても役に立つものですから、聞けるうちに聞いとかないと。」

「これ以上何を話せって言うんだ。」

銀次郎はやや呆れた様子を見せながらもどこか嬉しそうに鼻をこする。

ヘクトルは初めてヘクトルから祖国の話を聞かされて以来、毎日その国のことについて銀次郎から話を聞いていた。

銀次郎から聞く日本という国の話はどの話を聞いてもヘクトルにとって新鮮でありまた衝撃的であった。

日本にある民主主義という考え方。

国民の投票によって議員を選出し、その議員によって国の在り方を決めていること。

法律というルールを作り、また国民がそれを守って生活していること。

ヘクトルは銀次郎から聞いた全てのことを事細かにノートに書き留めていた。

「銀次郎の旦那! 買い出し済ませてきました!」

「おう。じゃあ早速見てやるから鉄うってみろ。」

「はい! わかりました!」

ヘクトルはが銀次郎から日本について話を聞いていると、店の出入り口からヘクトルと同じ年齢の青年が入ってくる。

「銀次郎さん弟子作ったんですか?」

「あぁこいつは路地裏に住んでいた奴なんだが、どうしても弟子にしてほしいって聞かなくてな。とりあえず下っ端の手伝いからやらせているんだ。」

「銀次郎さんの一番弟子のカーンだ。あんたは?」

「私の名前はヘクトルだ。」

カーンは目の前の相手がミッテ領主の息子であるヘクトルだと気付くと、急にかしこまった態度を見せる。

「えっ! ミッテ領主のご子息様ですか!?」

「急にかしこまらなくても良い。それより銀次郎さんに指導してもらうのではないのか?」

ヘクトルから指摘されたカーンは慌てた様子で鍛冶の準備に取り掛かる。

「そういえばお前さんの親父さんの容態はどうなんだ?」

「この十年激化するトームの派閥争いを治める為に寝る間も惜しんで勤しんできましたから。収束の目途がついて安心したのでしょう。急に体調を崩して現在も状態は思わしくありません。治癒師の話ではもう長くはないと・・・」

ヘクトルの父親は派閥争いが治まっていったのと同時に段々と病に侵され、今ではベッドから離れられないほど衰弱していた。

治癒師の話では後何日持つかわからないとのことで、ミッテの大臣達は毎日慌ただしく動いていた。

「ならこんな所にいる場合ではないだろうが。父親の所にいてあげろ。」

銀次郎は父親が危篤であるにも関わらず店に来ているヘクトルにすぐに領主館に帰るように促す。

「いえ。だからこそ銀次郎さんから祖国の話を聞けるだけ聞いておきたいのです。領主になれば今のように銀次郎さんの店には来れなくなりますから。」

ヘクトルは父親が危篤になってからというもの、次期領主の重圧から焦りに似た感情を抱いていた。

自分に領主が務まるのか。

自分に銀次郎の約束が守れるのか。

本当にこの世界を変えることが出来るのか。

そんな気持ちをごまかすようにヘクトルは銀次郎の元に来て日本の話を聞きに来ていた。

「俺から話を聞くなど領主になってからでも出来るだろうが。父親と話すことが出来るのは今しかないんだぞ? そんなに俺から話を聞きたいなら俺が領主館に行ってやる。だから今は父親の元に居てあげろ。」

銀次郎はそんなヘクトルの気持ちに気付き、気持ちを落ち着かせる意味も込めて、父親の近くにいるように再度促す。

「そうですね。わかりました。今日はもう帰ります。」

銀次郎に促されたヘクトルは渋々領主館へと戻っていった。

その後領主館にて父の近くでその容態を見守り続けたヘクトル。

そして一週間後、ヘクトルの父ミッテ領主は静かに息を引き取った。






さらに五年後。

父が亡くなったことで新たな領主となったヘクトルは派閥争いの完全収束に向けて他の領主と会談を重ねる等、忙しく領主としての仕事をこなしていた。

他の領主の中には若くして領主となったヘクトルを自身の傀儡にして、その軍事力の秘密を暴こうと画策する者もいたが、銀次郎より日本の外交策等多岐に渡って様々な話を聞いていたヘクトルにとって、私利私欲に塗れた領主の相手をすることは容易く。

ヘクトルにあしらわれるどころか、その画策を逆手にとられ、結果として領主の地位を剥奪されてしまっていた。

若い領主だと甘くみていた領主達はその一件からヘクトルへの認識を改め、下手な策略を仕掛けてこないようになった。

こうして長い年月をかけて無事トームの派閥争いを完全に収束させたヘクトルであったが、その間、銀次郎とは中々会う機会を作ることが出来ず、特にここ数年は一度も顔を合わしていなかった。

三十歳過ぎとなったヘクトルはようやく安定したトームの様相を見て、兼ねてから考えていた銀次郎の約束を果たすために行動を起こすことにした。






「銀次郎さん。お久しぶりです。」

近衛兵と共に店の中に入ってきたヘクトル。

「おぉヘクトルの旦那! 久しぶりですなぁ!」

ヘクトルを出迎えたのは銀次郎ではなくカーンであった。

「銀次郎さんは?」

「あぁそれが奥の部屋で寝ています。」

「こんな時間にか? 銀次郎さんにしては珍しいな。」

ヘクトルはいつもなら鍛冶仕事に精を出しているはずの銀次郎が寝ていると聞き、奥の部屋まで向かう。

「銀次郎さん。入っても大丈夫ですか?」

「おっおう! 大丈夫だ。」

ヘクトルが部屋に入ると床に寝っ転がっている銀次郎がいた。

「お久しぶりです銀次郎さん。体調でも崩したんですか?」

「久しぶりだな。体調が悪くなったわけじゃないから安心しろ。流石に六十越えてくると体力が無くなってきてな。最近ではカーンも良い仕事をするようになってきたから少し休ませてもらっているだけだ」

「そうだったんですか。何か病気になったのではないかと心配しましたよ。」

「はっはっは! 安心しろ。まだまだ俺は長生きする予定だ。」

銀次郎は心配そうな顔をするヘクトルを見て、高笑いをあげながら自身の健在ぶりをアピールする。

「それなら良いのですが。」

「ところで久々に店まで来たってことは何か俺に用があったんじゃなかったのか?」

「あっはい。実はトームの様相も落ち着いてきましたので、銀次郎さんとの約束を果たそうと思いまして。まずは裏路地に住んでいる人達の環境改善に取り掛かろうと思って来たんです。」

「そうかい。」

先程までの心配そうな顔つきから神妙な顔つきへと変化させたヘクトルを見て、感慨深そうな様子を見せる銀次郎。

「あんまり焦るんじゃねえぞ。ゆっくりでいいから確実に進めていけ。」

「わかりました。そこでお願いなんですが、裏路地を視察するにあたり銀次郎さんに案内役をお願い出来ないかなと思いまして。」

「あぁ・・・それならカーンに頼んでくれないか? 実はそろそろ鍛冶仕事を始めようと思っていたとこだったんだよ。」

「えぇ! そんな鍛冶仕事なんて明日でもいいじゃないですか!」

「どうしても今日中に終わらせないといけない案件なんだ。すまないな。」

ヘクトルからの依頼を聞いて急に歯切れが悪くなる銀次郎。

ヘクトルは久々に銀次郎と話が出来ると楽しみにしていたこともあり、銀次郎の説得を試みるが、結局銀次郎は首を縦に振ることはなく、渋々銀次郎の言う通りにカーンに案内を依頼した。

カーンは二つ返事でヘクトルからの依頼を受けると、鍛冶仕事をきりの良いところで切り上げ、ヘクトル達を連れて店から出て行った。

「ごほっごほ! ごほごほ!」

ヘクトル達が店から出た後、銀次郎はこれまで我慢していたかのように激しく咳き込みだす。

「ごほごほ・・・あいつが国を変えるまで持ってくれよ俺の身体。」

銀次郎の手のひらに赤い鮮血がべっとりと付着していた。
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