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国始動編
第91話 ヘクトルの過去(2)
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「お前もしつこい奴だな。何度来ても答えは変わらんぞ。」
呆れた顔をしながらヘクトルに顔を向ける銀次郎。
ヘクトルが初めて銀次郎の店に来てから二週間が経った頃。
毎日のように顔を見せているヘクトルに対して銀次郎はヘクトルに顔を向けて話をするようになっていた。
ヘクトルは最初の訪問以降、銀次郎に武器製造の事についての話は一度もしていなかった。
そればかりか銀次郎の生い立ちから銀次郎の好きなものまで、とにかく銀次郎のことについて質問を繰り返していた。
最初は弱みでも握ろうとしているのだと思っていた銀次郎だったが、ヘクトルの好奇心旺盛な様子を見てそれはないだろうと思い直し、聞かれたことに全てに嘘偽りなく答えていた。
「銀次郎さんが生まれた国って本当に差別がなかったんですか?」
「全くないって訳ではないが、ここ程ひどくはなかったわい。」
昼休憩に入った銀次郎にここぞとばかりに質問をしてきたヘクトル。
「でもそんな国があるなんて聞いたことはないですけどね。」
「まぁお前さんが信じるかはわからんが、その国ってのはこの世界とは別の世界だろうよ。その別の世界にいたときも俺は鍛冶師をしていた。丁度さっきみたいに鉄を叩いてた時だ。急に視界が眩んでな。最初は疲れからきた眩暈かと思ったんだが、気付いたら活火山のふもとに自分がいてな。そしたら黒人みたいな奴らが集まってきたんだ。そいつらは俺のことをやれ失敗だの、必要ないだの失礼なことばかり言う奴らでな。俺は怒ってそいつらを無視してそのまま山を下りたんだ。」
「はっはっはっは! 面白い話をしますね。でも本当にそんな国があれば理想的ですけどね。だって銀次郎さんの国は戦争なんてしないんですから。」
「そうはいうても俺らの世界でも戦争は起きているがの。ただその戦争に俺らの国が巻き込まれていないだけだ。」
「それでも凄いですよ。戦争は起きてないし、国が民を守る仕組みもある。いつかトームもそんな世界に出来たらいいな。」
ヘクトルはこの二週間で銀次郎から生まれ故郷である日本について様々な事を聞いていた。
その中でもヘクトルは日本の国の在り方について強い感銘を受けていた。
この世界のように一握りの権力者が決定権を持っている世界ではなく、全ての民に物事を決める権利のある世界。
トームで生きてきた彼にとってその国とはおとぎ話にしか出てこない夢の国であった。
銀次郎は日本に強く感銘を受けている様子のヘクトルを見て、おもむろにヘクトルを外へと連れ出した。
「どうしたんですか?」
「今のお前さんなら大丈夫だろう。ついてこい。」
銀次郎はそのまま裏路地の更に奥の方へと入っていく。
これまでミッテの中央通り以外の場所に入ったことのなかったヘクトルは未開の地となる路地裏の中へと入るのに二の足を踏むが、気にせず奥へと進んでいく銀次郎を見て慌てて後を追いかける。
裏路地に入ったヘクトルの目に映ったのは正にスラム街の様相だった。
「これは・・・?」
「やはり知らなかったのか。」
裏路地にはあばら家が多量に並んでおり、そこで多数の獣人が生活していた。
「ここに住んでいるのは獣人や親に捨てられた子供達だ。ここに住んでいるほとんどの獣人は安い賃金で人間様の為にせっせと農作物を育てて生計を立てている。まぁ生計が立てれているとは到底言えない状況だがな。」
いつにもまして神妙な顔つきで話す銀次郎。
この国の闇の部分を知ってしまったヘクトルは唖然とするほかなかった。
自分達の生活の下にこのような惨劇が起こっているとは十六歳になったばかりのヘクトルには皆目見当がついていなかったのだ。
「あんたはこの国の貴族の割には物分かりがいいんだな。」
「どういうことですか?」
「俺は他の国にいた時にも同じように貴族の野郎どもにこの惨劇を見てもらったことがある。しかしあいつらはこの惨劇を見てなんて言ったと思う? 生活出来ているだけマシだろうだとよ。こいつらが何したっていうんだ。ただ一生懸命に生きているだけじゃねえか。本当にこの世界は理不尽ばっかりだよ。」
銀次郎の一言一言がヘクトルの胸に突き刺さっていく。
大人達が教えるままに獣人を忌むべき存在だと信じていたヘクトル。
しかし現実はあまりにも違う様相を見せていた。
唖然とするヘクトルの前で一人の人間の男の子が派手にこける。
頭から地面に激突したその男の子は額を擦りむいたらしく、額から微量の血を流しながら泣きだした。
その様子に気付いたヘクトルはふと我に返るとその子の元に歩み寄ろうとする。
しかし目の前に出て来た銀次郎の手に遮られてしまう。
「少し待ってみな。」
銀次郎に制止され、そのまま男の子の様子を見ていると、初めて店に訪れた時にみた獣人の女の子がその子の元まで走ってきた。
「もう大丈夫? 走ったら危ないって言ったでしょ? ほらお姉ちゃんがおんぶしてあげるからおうちに帰ろ。」
「うん。ごめんねお姉ちゃん。」
その獣人の女の子は慣れた手つきで男の子をおんぶするとあばら家の方へと向かっていった。
「どうだい。この光景を見てもお前さんはまだ獣人が忌むべき存在だなんて思うのかい?」
「・・・そんなことありえません。むしろ今見た光景はこれまで見てきた中で最も美しい光景かもしれない。」
ヘクトルは人間の子をおんぶする獣人の女の子から目が離せなかった。
人間が獣人を忌み嫌っていることなど獣人達は知っているだろう。
しかしそれを知ってなお人間が捨てた人間の子に対して本当の家族のように接している獣人の姿を見たヘクトルは胸が締め付けられそうな感覚を覚える。
銀次郎はそんなヘクトルを見て、嬉しそうに鼻をこする。
「お前さん領主の息子なんだろ?」
「そうですが・・・」
「もしお前さんがこのくそったれな世界を変えてくれるのなら。俺はお前さんになら武器の製造をしても良いと考えている。」
「それは本当ですか?」
「あぁ本当だ。知り合って二週間しか経ってないが、お前さんは俺の話を真剣に聞き、この惨状から目を背けなかった。そんな貴族に初めて会ったよ。お前さんなら信じても良いと今では思っている。」
銀次郎は照れくさそうな顔を見せながら、ヘクトルの顔を見る。
「そのかわりこの子達が笑顔で暮らせる国を作ると約束してくれ。」
「あぁ必ず獣人が平和に暮らせる国を作ると約束します。」
二人は笑顔で固い握手を交わしていた。
その後ヘクトルは父親のミッテ領主が銀次郎の力を危険視しており、意にそぐわない場合は殺すことも考えていることを銀次郎に正直に話した。
「まぁそうだわな。もし他の場所で武器製造なんてされたら溜まったものではないだろうしな。」
しかし銀次郎は焦った様子を見せることなく少し考え込むとヘクトルに一つの提案を行う。
「じゃあ俺が作った武器は確かに強力な物ではあるがその分作るのに時間がかかるってことにしよう。そうすれば多量に俺の作った武器が出回る事はないし、作っている間は下手に俺に手を出してくることはないだろう。」
「でもそれでは結局銀次郎さんがミッテの為に武器を作るってことになってしまいますが。」
「それに関して仕方ない。お前さんにこの国を治めてもらうまではこの国に存続してもらわんといかんからな。」
「銀次郎さん・・・」
銀次郎は再び照れくさそうに頭を掻きながらヘクトルのそう告げると、奥から一本の剣を取り出すとヘクトルへと渡す。
「これはお前さんへの俺からの信頼の証だ。その剣を持ってミッテ領主に俺が武器製造について協力すると伝えろ。」
「わかりました。」
「よろしく頼むぞ。」
「ではまた明日来ます。」
銀次郎と別れ、領主館へと向かうヘクトルの胸にはこれまで感じたことのない熱意が秘められていた。
呆れた顔をしながらヘクトルに顔を向ける銀次郎。
ヘクトルが初めて銀次郎の店に来てから二週間が経った頃。
毎日のように顔を見せているヘクトルに対して銀次郎はヘクトルに顔を向けて話をするようになっていた。
ヘクトルは最初の訪問以降、銀次郎に武器製造の事についての話は一度もしていなかった。
そればかりか銀次郎の生い立ちから銀次郎の好きなものまで、とにかく銀次郎のことについて質問を繰り返していた。
最初は弱みでも握ろうとしているのだと思っていた銀次郎だったが、ヘクトルの好奇心旺盛な様子を見てそれはないだろうと思い直し、聞かれたことに全てに嘘偽りなく答えていた。
「銀次郎さんが生まれた国って本当に差別がなかったんですか?」
「全くないって訳ではないが、ここ程ひどくはなかったわい。」
昼休憩に入った銀次郎にここぞとばかりに質問をしてきたヘクトル。
「でもそんな国があるなんて聞いたことはないですけどね。」
「まぁお前さんが信じるかはわからんが、その国ってのはこの世界とは別の世界だろうよ。その別の世界にいたときも俺は鍛冶師をしていた。丁度さっきみたいに鉄を叩いてた時だ。急に視界が眩んでな。最初は疲れからきた眩暈かと思ったんだが、気付いたら活火山のふもとに自分がいてな。そしたら黒人みたいな奴らが集まってきたんだ。そいつらは俺のことをやれ失敗だの、必要ないだの失礼なことばかり言う奴らでな。俺は怒ってそいつらを無視してそのまま山を下りたんだ。」
「はっはっはっは! 面白い話をしますね。でも本当にそんな国があれば理想的ですけどね。だって銀次郎さんの国は戦争なんてしないんですから。」
「そうはいうても俺らの世界でも戦争は起きているがの。ただその戦争に俺らの国が巻き込まれていないだけだ。」
「それでも凄いですよ。戦争は起きてないし、国が民を守る仕組みもある。いつかトームもそんな世界に出来たらいいな。」
ヘクトルはこの二週間で銀次郎から生まれ故郷である日本について様々な事を聞いていた。
その中でもヘクトルは日本の国の在り方について強い感銘を受けていた。
この世界のように一握りの権力者が決定権を持っている世界ではなく、全ての民に物事を決める権利のある世界。
トームで生きてきた彼にとってその国とはおとぎ話にしか出てこない夢の国であった。
銀次郎は日本に強く感銘を受けている様子のヘクトルを見て、おもむろにヘクトルを外へと連れ出した。
「どうしたんですか?」
「今のお前さんなら大丈夫だろう。ついてこい。」
銀次郎はそのまま裏路地の更に奥の方へと入っていく。
これまでミッテの中央通り以外の場所に入ったことのなかったヘクトルは未開の地となる路地裏の中へと入るのに二の足を踏むが、気にせず奥へと進んでいく銀次郎を見て慌てて後を追いかける。
裏路地に入ったヘクトルの目に映ったのは正にスラム街の様相だった。
「これは・・・?」
「やはり知らなかったのか。」
裏路地にはあばら家が多量に並んでおり、そこで多数の獣人が生活していた。
「ここに住んでいるのは獣人や親に捨てられた子供達だ。ここに住んでいるほとんどの獣人は安い賃金で人間様の為にせっせと農作物を育てて生計を立てている。まぁ生計が立てれているとは到底言えない状況だがな。」
いつにもまして神妙な顔つきで話す銀次郎。
この国の闇の部分を知ってしまったヘクトルは唖然とするほかなかった。
自分達の生活の下にこのような惨劇が起こっているとは十六歳になったばかりのヘクトルには皆目見当がついていなかったのだ。
「あんたはこの国の貴族の割には物分かりがいいんだな。」
「どういうことですか?」
「俺は他の国にいた時にも同じように貴族の野郎どもにこの惨劇を見てもらったことがある。しかしあいつらはこの惨劇を見てなんて言ったと思う? 生活出来ているだけマシだろうだとよ。こいつらが何したっていうんだ。ただ一生懸命に生きているだけじゃねえか。本当にこの世界は理不尽ばっかりだよ。」
銀次郎の一言一言がヘクトルの胸に突き刺さっていく。
大人達が教えるままに獣人を忌むべき存在だと信じていたヘクトル。
しかし現実はあまりにも違う様相を見せていた。
唖然とするヘクトルの前で一人の人間の男の子が派手にこける。
頭から地面に激突したその男の子は額を擦りむいたらしく、額から微量の血を流しながら泣きだした。
その様子に気付いたヘクトルはふと我に返るとその子の元に歩み寄ろうとする。
しかし目の前に出て来た銀次郎の手に遮られてしまう。
「少し待ってみな。」
銀次郎に制止され、そのまま男の子の様子を見ていると、初めて店に訪れた時にみた獣人の女の子がその子の元まで走ってきた。
「もう大丈夫? 走ったら危ないって言ったでしょ? ほらお姉ちゃんがおんぶしてあげるからおうちに帰ろ。」
「うん。ごめんねお姉ちゃん。」
その獣人の女の子は慣れた手つきで男の子をおんぶするとあばら家の方へと向かっていった。
「どうだい。この光景を見てもお前さんはまだ獣人が忌むべき存在だなんて思うのかい?」
「・・・そんなことありえません。むしろ今見た光景はこれまで見てきた中で最も美しい光景かもしれない。」
ヘクトルは人間の子をおんぶする獣人の女の子から目が離せなかった。
人間が獣人を忌み嫌っていることなど獣人達は知っているだろう。
しかしそれを知ってなお人間が捨てた人間の子に対して本当の家族のように接している獣人の姿を見たヘクトルは胸が締め付けられそうな感覚を覚える。
銀次郎はそんなヘクトルを見て、嬉しそうに鼻をこする。
「お前さん領主の息子なんだろ?」
「そうですが・・・」
「もしお前さんがこのくそったれな世界を変えてくれるのなら。俺はお前さんになら武器の製造をしても良いと考えている。」
「それは本当ですか?」
「あぁ本当だ。知り合って二週間しか経ってないが、お前さんは俺の話を真剣に聞き、この惨状から目を背けなかった。そんな貴族に初めて会ったよ。お前さんなら信じても良いと今では思っている。」
銀次郎は照れくさそうな顔を見せながら、ヘクトルの顔を見る。
「そのかわりこの子達が笑顔で暮らせる国を作ると約束してくれ。」
「あぁ必ず獣人が平和に暮らせる国を作ると約束します。」
二人は笑顔で固い握手を交わしていた。
その後ヘクトルは父親のミッテ領主が銀次郎の力を危険視しており、意にそぐわない場合は殺すことも考えていることを銀次郎に正直に話した。
「まぁそうだわな。もし他の場所で武器製造なんてされたら溜まったものではないだろうしな。」
しかし銀次郎は焦った様子を見せることなく少し考え込むとヘクトルに一つの提案を行う。
「じゃあ俺が作った武器は確かに強力な物ではあるがその分作るのに時間がかかるってことにしよう。そうすれば多量に俺の作った武器が出回る事はないし、作っている間は下手に俺に手を出してくることはないだろう。」
「でもそれでは結局銀次郎さんがミッテの為に武器を作るってことになってしまいますが。」
「それに関して仕方ない。お前さんにこの国を治めてもらうまではこの国に存続してもらわんといかんからな。」
「銀次郎さん・・・」
銀次郎は再び照れくさそうに頭を掻きながらヘクトルのそう告げると、奥から一本の剣を取り出すとヘクトルへと渡す。
「これはお前さんへの俺からの信頼の証だ。その剣を持ってミッテ領主に俺が武器製造について協力すると伝えろ。」
「わかりました。」
「よろしく頼むぞ。」
「ではまた明日来ます。」
銀次郎と別れ、領主館へと向かうヘクトルの胸にはこれまで感じたことのない熱意が秘められていた。
応援ありがとうございます!
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