【R18】貧乏令嬢は金色の夢を見る (改:金の波 子ヤギの夢)

るりあん

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視察 1

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「……私の立場で、こんなことを口にするべきではないと分かってはいますが、口にすることでお嬢様が安心なされるなら――」
 規則正しい足音に、タイミングを計りながら、エリックが躊躇いがちに口を開いたその時――
「ようやく来たか。遅いから、心配したぞ」
 ちょうど木立が切れたところで、広大な大地を背景に、侯爵と伯爵夫人が馬に乗ったまま待ち構えていた。
 侯爵の視線はエリックに注がれている。
 カペラはエリックの言葉の先を聞くことなく、ひらけた場所で二人に合流した。
「この先で休もう」
 案内された先は高台になっていて、眼下にはサーシスの大地が広がっている。
 反対側の丘陵にカペラが育った館の屋根が小さく見えた。館の少し右手にある突き出た崖の部分は、彼女が初めて金色の波を見た場所だ。
 黒く荒れ果てた大地の真ん中をうねる川岸に、沢山の人足が集まり作業をしている。傍若無人に大地を這い回っていた川は、強制具をつけられたかのように両脇から固定されつつあった。
 馬に乗ったまま、カペラはその光景にしばし目を奪われる。

「見晴らしがよくて、いい場所だろう?」
 いつの間にか馬を降りた侯爵がカペラの乗っている馬の隣に立ち、通り過ぎていく風に目を細めながら声をかけてきた。
 つい見入ってしまった自分が恥ずかしくて、彼女は急いで馬を降り、手綱をエリックに手渡す。
 伯爵夫人はエリックが広げたブランケットに早速悠然と座って葡萄酒のグラスを傾けていた。
 彼女の隣に座る気にもならずカペラは、崖の端に歩み出る。
「――堤の完成には一年もかからないと予想している。まあ、それも天候次第ではあるが。ただ、それで完全に元の畑に戻るかというと、そう簡単な話ではないだろうがな」
「徒労だとおっしゃりたいので?」
 その物言いに、自分の考えが浅はかだと嘲笑われたような気がしてカペラは声を荒げた。
 しかし、侯爵はカペラの心情など全く無視して、いつもの飄々とした口調で言葉を続ける。
「ある程度の洪水調整と潅漑くらいは出来るだろうが、天候まではどうしようもない」

 ――皮肉屋。

 エリックの言葉が脳裏をよぎった。
 そうであるなら、彼の一言にいちいち大げさに反応するのは逆効果というものだ。
 カペラは目を閉じ、大きく一つ息を吸う。
 苛立ちが過ぎ去った後に去来したのは、不安だった。
 あの地震以来、何もかもが大きく変わってしまった。領民の生活も、伯爵家の生活も。
「全く――どうして、こんなことに……」
「……人知では及ばんこともある」
 カペラのその独り言にグレン侯爵は遠い目で応える。
「意外と信心深いのですね」
「神を信じているわけではないが……呪いの類はまだひっそりと存在しているということだ」
 皮肉を真面目に返されて、しかも彼に口から出た、およそ彼に似合わない非現実的な言葉にカペラは意表をつかれた。
「まじない……ですか?」
「恨みや嫉妬から生じる負のエネルギーは、案外強い――ま、こういうのは知らない方が幸せなのだろうな」
 はぐらかされたような気がしたが、それ以上の追及の言葉をカペラは持っていない。
 そういう意味では、彼の言うとおり自分は幸せなのかもしれない。
「侯爵のお考えになる幸せって、なんですか?」
 不思議そうに彼女を見た侯爵は、少し考えたあと、ため息とともに口を開いた。

「……普通の、生活かな」
 それはカペラにとっては意外なものだった。
 普通の生活など特別なことをせずとも自然に手にはいるものではないだろうか。
「だったら、どうしてそれを求めようとしないのですか? 普通に結婚して、普通に子をなして――」
 すっと視線を落とし「そうだな」と顎に手を当ててわずかに考えるそぶりを見せた彼が、次に視線を上げた時には、もうからかうような目つきになっていた。
 カペラの胸元あたりを伺う。
「お前では、その気に、ならないからだろうか」
「私には魅力がないということでしょうか?」
「――あるとでも?」
 ずいっと顔を寄せた侯爵に、一瞬のことで心の準備ができていなかったカペラは、一気に頭の上に血が上り、体は防御の体勢になる。
 そこで、侯爵はふっとわらって体を引いた。
「俺には――普通など無理な話だ」
「それなら、どうして結婚なんてしたんですっ!?」
 侮辱されているとしか思えなかった。
 けれど、侯爵の表情から嘲笑は消え、遠くを見つめているのに心は内側に向いているようで――それを目にしたカペラは一瞬戸惑う。

「……叶いそうにないこと叶えてみたくなった、からかな」

 絞り出されたその言葉は、結婚のことだろうか。それとも、小麦畑の再生の件か。
 結婚のことを言っているなら、なぜ侯爵はカペラをエリックに抱かせるのだろう――
 こうして話してみても、侯爵の考えはカペラにはよく分からなかった。
 先ほどわずかに言い淀んだ彼は、そのあとの追及を逃れようとしてなのか、早口で付け加えた。
「まあ、固く考えるな。俺はお前と――サーシス伯爵家と、契約を結んだというだけのことだ」
「契約――」
「そう思っていた方が、お前も気が楽だろう? ――とにかく、河川の堤は俺に任せておけ。お前はここでは好きにしていればいい。茶会でも、ピクニックでも、乗馬でも、――なんなら、恋愛も」
 そんな風に言われたら、なにもできないくせに好き勝手する自分に対して、よけいに歯がゆい思いを抱く。
 なんとも、複雑な心境だ。
「お前が不倫を楽しめるようになったら、俺もお前が惜しくなるかもしれないな」
 完全に、からかわれている。
 歳がかなり下で、経験がないからなのか。
 カペラは唇を噛み、精一杯虚勢を張った。
「わかりました。好きにすればいいというであれば、お願いを、聞いていただけますか」

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