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決意の朝

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「――寝付けなくて、散歩しているうちに、あたくしったら、迷子になってしまったようですわ」
 エリックが扉を閉めるのを確認してから侯爵は、薄いレースのナイトドレスを身に着けた伯爵夫人に向き直った。
「外は雨が降っているようですが、散歩、ですか」
 侯爵に指摘されても、伯爵夫人は気まずい顔一つしない。
「――そんな薄着では、身体が冷えてしまいます。――執事に申し付けて、ガウンと寝酒でも運ばせましょう」
 ルセイヤン伯爵夫人の矛盾した行動など気にすることなく、侯爵は言葉を、続ける。
「ありがたいお申し出ね。――でも、一人で飲むのは、寂しくて……余計に凍えてしまいそう」
「酒くらいなら、おつきあいしても構いませんが」
 グレン侯爵は部屋の隅にすでに用意されていたワゴンの上から酒瓶を取り上げる。
 隣に二つ用意されていたグラスに目を留めた伯爵夫人が探るように彼を見つめた。
「用意がいいのね。――それとも、誰か別の方とお約束があったのかしら?」
「約束というほどでは――。このところ、夜も仕事の延長でね。その、息抜きですよ」
「あら、ではあたくしはお邪魔だったかしら」
「邪魔だと言えば、おとなしく部屋に戻っていただけるのなら、そう言いますが」
 グラスを受け取ると、ルセイヤン伯爵夫人はふふっと嗤い、それを一気に煽った。
 侯爵は自分の分のグラスを手に、一人掛けソファに座る。
「そうね。あなたのおっしゃる通りだわ」
 妖艶に笑った彼女は「本当は、散歩なんて嘘なの」と付け足した。
 一人掛けのソファでくつろぐ侯爵の後ろから、伯爵夫人が腕を回した。
 薄い布一枚を隔てて、柔らかく豊満な胸が肩の後ろに押しつけられ、甘くエキゾチックで官能的な香りが彼の鼻腔をつく。異国風の香りは最近王都で流行り始めたものだ。
「そうでしょうね」
 侯爵は伯爵夫人のあからさまな誘惑を軽くあしらい、自らもグラスに口をつけた。
「ねえ……、あたくしを、試して御覧にならない?」
 ルセイヤン伯爵夫人は彼の首に腕を回したまま前に回り込み、跪いて下から強請るように侯爵を見つめる。
 上目遣いが艶めかしく、広く開いた胸元から覗く白い膨らみはたわわに実った果実のようで。
 自分の魅力をよく知っている女だ。
 ここまで言われたら、普通の男ならその場で押し倒してしまうだろう。
「私をその気にさせる自信がおありだと?」
 侯爵の笑みには微かに自嘲が含まれているようだった。
 伯爵夫人は侯爵のグラスをさりげなく奪い去り、テーブルの上に置き、そしてそのまま、彼の手を自分の胸元へ誘う。
「自信など、ありませんわ。ほら、こんなにどきどきして――」
「ふふっ。まるで娼婦のような誘い方をなさる」
「お嫌いではないはずですが? 王都では娼館通いをなさっていると噂ですわよ」
 掴んだままの彼の手で、彼女は自分の胸を持ち上げさせた。
 柔らかく大きなその膨らみは、カペラの成熟前のそれとはまた違った魅力がある。
 侯爵は小さく息を吐いて、口の端を上げる。
「そんなもの、ただの噂、ですよ」
「あら、では、グレン侯爵はどういう女性がお好みかしら? あの幼い婚約者では満足されていないようですけれど」
 突然自分を持ち出されてカペラは、ドキンとした。
 一方で、大した反応もなく冷静なままの侯爵に業を煮やした伯爵夫人は、彼の腿の上に座って胸をさらに突き出す。
「好みも何も――私がその気になるかどうかという、ただそれだけです」
「では、その気にさせればよろしいわけね」
 侯爵の返事を待たずに、伯爵夫人は重ねたままの侯爵の手で薄いナイトドレスの肩部分をずらした。ぷるんと白く大きな実がこぼれるように彼の目の前に現れる。
「あたくしは、そんなに魅力がないかしら?」
「まさか。十分――」
 最初の否定の言葉で伯爵夫人は白い胸を彼の顔の前に突きつけ、侯爵の言葉を奪った。
「なら、遠慮なくどうぞ」
 苦く嗤った侯爵は逆らうことなくその先端を口に含む。
 彼女の背が反り、官能的な唇から吐息とともに艶めかしい声が大げさに漏れた。
 下から乳房を持ち上げるように揉みあげ、乳首を吸われると、伯爵夫人はその先をせがむように、右手で侯爵の頭を押さえ、「ねえ……」と腰を擦り付けてきた。股間に伸ばした左手は、そこを確かめるようにねっとりと撫でまわしている。
「せっかちですね」
「そのようね。あなたのここは、もう少し準備が必要そう――」
 妖艶な笑みを侯爵に向けた伯爵夫人は、彼の脚の間に跪き、ズボンと下穿きのひもを緩めた。
 会話が途切れ、代わりに、吸いつき、舐め上げるいやらしい水音が部屋に響く。
 グレン侯爵はソファに座り、伯爵夫人にされるがままに彼女の奉仕を受けた。


 扉からその様子を覗き見ていたカペラはそっと扉の前から退いた。
 胸の奥が詰まったように苦しい。
 寝台に横たわり、柔らかい上掛けを丸めて抱きかかえる。
 恋情と義務と愛欲の間で、エリックの気持ちも侯爵の気持ちもわからなくなっていた。 
 想いを寄せているはずのエリックからの愛撫も今は、彼女を混乱させる材料にしかならない。
 いったんはあきらめると心に決めたはずなのに、指を触れられるたび、彼に全てを預けてしまいたい欲求に駆られる。
 侯爵が見ているというのに、そのまま身を委ねてしまいそうにさえなる。
 けれど、カペラが強請ったところで、エリックはそれを素直に与えてくれはしないだろう。むしろ、強請るだけ彼との距離が開くような気がして、カペラはその言葉と気持ちを心の奥に押し込める。
 それなのに。
 ルセイヤン伯爵夫人が侯爵にあからさまに言い寄る姿を見ていると、苛立ちと焦りが湧きあがってきた。
 彼女が侯爵に対して、自分には到底できないことをいとも簡単にやるのが――羨ましくもあり、憎くもあり、素直に侯爵に迫れない自分に対しての嫌悪感も湧いてくる。
 嫉妬――ではないと思う。そんな感情を覚えるほど、カペラは侯爵のことを知らない。
 正妻の座を奪われそうで不安なのかもしれない。
 このままではグリブレイユ公爵夫人の思惑通り、侯爵は伯爵夫人と――
 そこまで考えてカペラは頭を横に振った。
 遊び人とまで噂されていたのに、カペラには触れようともしないグレン侯爵。
 彼に積極的にせまる、大人の魅力あふれるルセイヤン伯爵夫人。
 カペラの目から見ても、伯爵夫人の方が侯爵にはお似合いだ。
 だが、この二人が最終的にどうなるとしても、今のカペラには果たさねばならない役割がある。
 いつ離縁を切り出されるかわからない状況の今、それが現実となる前にサーシスの明るい未来の基礎を築いておかねばならない。
 ゆっくりと悩んでいる暇などないのだと、カペラが気持ちを引き締めたのは、雨が上がり空が白み始めた頃だった。
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