19 / 31
苦いキス
しおりを挟む
唇にそっと落とされた柔らかくて暖かい感触に、やはり、涙を見せるべきではなかったのかもしれないと、後悔がした。
弱っている女の唇を奪うのは、普通の男なら、仕方のないことなのかもしれない。
「ごめん……」
彼が謝ったのは、私が無表情で、無反応で、彼の予想した反応と違っていたからだろう。
「いい。涙を見せた私が、悪いんだし……でも。もう、こんなことしないで。私も、草壁君に甘えないように、気をつける」
物分かりがよさそうな顔で大人の余裕を見せて、にこりと微笑んで……けれども、心の中では動揺を押さえるのに必死だった。
私は、鞄の中にハンカチをしまう振りをして、できるだけ自然に、ゆっくりとした動作で草壁君から背を向けた。
そうだ。これくらい、何でもない。
ただ、の、アクシデントだ。
隙を見せた自分がいけないのだ――と、そんな風に自分に言い聞かせながら。
その時――
突然肩を引き戻され、気がついたら、私は再び草壁君の腕の中にいた。
「なんで、そんなこと言うんですか」
「え?」
声は怒気を含んでいたけれど、何を怒られているのか見当がつかない。
「なんで、もっと素直にならないんです? 智世子さんの正直な気持ち、聞かせてくださいよ」
「な――」
「俺の気持ちは、ちゃんと言いました」
「だから、それは、草壁君が優しいから――」
「違う。……マジで、好きなんです」
両肩をしっかりと握られて、瞳の奥を覗き込まれて、こんなにも一生懸命気持ちを伝えられるのは、初めてで、そのまっすぐさに、恥ずかしくなった私は、慌てて目をそらすことしかできなかった。
「す……好きって感情を勘違いしているだけでしょ」
「誤魔化さないでください。智世子さんこそ、俺のこと、好きなんでしょ?」
「ち――」
違うと言いかけて、言いきれなかった。
違わない。
でも、それも、言葉にすることはできない。
六歳という年齢の壁は、大きい。
「否定しないってことは、そういう風にとりますよ」
「た……たとえ、私が草壁君を好きだと思っていても、草壁君の感情は、愛情とは違う」
「どうしてそう言い切れるんですか」
駄目だ。さっき泣いたせいで、涙腺が緩んでいる。
頼むから、そんなにまっすぐ、突っ込んでこないでよ。
「だって……私、草壁君より、六つも年上だよ? 地味だし、面白くないし、どう考えても、草壁君みたいな素敵な人と釣り合うわけないじゃない!」
言葉と一緒に、涙があふれた。
これは、言わないでおこうと思っていたのに、口に出した途端、自分が惨めに思えてきた。
これ以上、涙を見せたくなくて、私は、体の脇に置いたコートと鞄をひったくるように手にして立ち上がる。
しかし、奥の席だった私が出て行くには、草壁君が物理的にも障害となっている。
「そこ、外して」
「いやです」
初めから、こういうつもりでこの席を選んだのかもしれない。だとしたら、本当に草壁君って抜かりない。
ええい、こうなったら最後の手段。――はしたないけど、仕方ない。
私は「ごめんなさい」と強引に草壁君を跨いで突破しようとしたところで、立ち上がった彼に腕を掴まれた。
「放して」
「放しません」
そして、もう片方の手で顎を取られたかと思うと、そのまま唇を押しつけられた。これまでの唇を合わせるだけの軽い――じゃれるようなキスとは違う。私の唇を唇で食む官能的なキスに溺れそうになって緩んだ隙に、舌が割り入って来た。
口の中で、草壁君の舌が切ないほど激しく私を求める。
「……歳とか関係なく、智世子さんが、俺のこと嫌いじゃないなら――、あなたを俺のものにしたいんです」
胃の辺りが、疼いた。後頭部の辺りにちりちりと引き攣れるような感覚が這いあがる。
先ほどのキスと同じくらい熱く、草壁君の視線が私に絡みついて、意識をきちんと保っていないと崩れ落ちてしまいそうだ。
――仕事も、絵梨花ちゃんのことも忘れて、彼に全てを委ねてしまえれば、どんなに楽だろう。
弱っている女の唇を奪うのは、普通の男なら、仕方のないことなのかもしれない。
「ごめん……」
彼が謝ったのは、私が無表情で、無反応で、彼の予想した反応と違っていたからだろう。
「いい。涙を見せた私が、悪いんだし……でも。もう、こんなことしないで。私も、草壁君に甘えないように、気をつける」
物分かりがよさそうな顔で大人の余裕を見せて、にこりと微笑んで……けれども、心の中では動揺を押さえるのに必死だった。
私は、鞄の中にハンカチをしまう振りをして、できるだけ自然に、ゆっくりとした動作で草壁君から背を向けた。
そうだ。これくらい、何でもない。
ただ、の、アクシデントだ。
隙を見せた自分がいけないのだ――と、そんな風に自分に言い聞かせながら。
その時――
突然肩を引き戻され、気がついたら、私は再び草壁君の腕の中にいた。
「なんで、そんなこと言うんですか」
「え?」
声は怒気を含んでいたけれど、何を怒られているのか見当がつかない。
「なんで、もっと素直にならないんです? 智世子さんの正直な気持ち、聞かせてくださいよ」
「な――」
「俺の気持ちは、ちゃんと言いました」
「だから、それは、草壁君が優しいから――」
「違う。……マジで、好きなんです」
両肩をしっかりと握られて、瞳の奥を覗き込まれて、こんなにも一生懸命気持ちを伝えられるのは、初めてで、そのまっすぐさに、恥ずかしくなった私は、慌てて目をそらすことしかできなかった。
「す……好きって感情を勘違いしているだけでしょ」
「誤魔化さないでください。智世子さんこそ、俺のこと、好きなんでしょ?」
「ち――」
違うと言いかけて、言いきれなかった。
違わない。
でも、それも、言葉にすることはできない。
六歳という年齢の壁は、大きい。
「否定しないってことは、そういう風にとりますよ」
「た……たとえ、私が草壁君を好きだと思っていても、草壁君の感情は、愛情とは違う」
「どうしてそう言い切れるんですか」
駄目だ。さっき泣いたせいで、涙腺が緩んでいる。
頼むから、そんなにまっすぐ、突っ込んでこないでよ。
「だって……私、草壁君より、六つも年上だよ? 地味だし、面白くないし、どう考えても、草壁君みたいな素敵な人と釣り合うわけないじゃない!」
言葉と一緒に、涙があふれた。
これは、言わないでおこうと思っていたのに、口に出した途端、自分が惨めに思えてきた。
これ以上、涙を見せたくなくて、私は、体の脇に置いたコートと鞄をひったくるように手にして立ち上がる。
しかし、奥の席だった私が出て行くには、草壁君が物理的にも障害となっている。
「そこ、外して」
「いやです」
初めから、こういうつもりでこの席を選んだのかもしれない。だとしたら、本当に草壁君って抜かりない。
ええい、こうなったら最後の手段。――はしたないけど、仕方ない。
私は「ごめんなさい」と強引に草壁君を跨いで突破しようとしたところで、立ち上がった彼に腕を掴まれた。
「放して」
「放しません」
そして、もう片方の手で顎を取られたかと思うと、そのまま唇を押しつけられた。これまでの唇を合わせるだけの軽い――じゃれるようなキスとは違う。私の唇を唇で食む官能的なキスに溺れそうになって緩んだ隙に、舌が割り入って来た。
口の中で、草壁君の舌が切ないほど激しく私を求める。
「……歳とか関係なく、智世子さんが、俺のこと嫌いじゃないなら――、あなたを俺のものにしたいんです」
胃の辺りが、疼いた。後頭部の辺りにちりちりと引き攣れるような感覚が這いあがる。
先ほどのキスと同じくらい熱く、草壁君の視線が私に絡みついて、意識をきちんと保っていないと崩れ落ちてしまいそうだ。
――仕事も、絵梨花ちゃんのことも忘れて、彼に全てを委ねてしまえれば、どんなに楽だろう。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~
一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。
そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。
そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
狡くて甘い偽装婚約
本郷アキ
恋愛
旧題:あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて~
エタニティブックス様から「あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて」が「狡くて甘い偽装婚約」として改題され4/14出荷予定です。
ヒーロー視点も追加し、より楽しんでいただけるよう改稿しました!
そのため、正式決定後は3/23にWebから作品を下げさせて頂きますので、ご承知おきください。
詳細はtwitterで随時お知らせさせていただきます。
あらすじ
元恋人と親友に裏切られ、もう二度と恋などしないと誓った私──山下みのり、二十八歳、独身。
もちろん恋人も友達もゼロ。
趣味といったら、ネットゲームに漫画、一人飲み。
しかし、病気の祖父の頼みで、ウェディングドレスを着ることに。
恋人を連れて来いって──こんなことならば、彼氏ができたなんて嘘をついたりしなければよかった。
そんな時「君も結婚相手探してるの? 実は俺もなんだ」と声をかけられる。
芸能人みたいにかっこいい男性は、私に都合のいい〝契約〟の話を持ちかけてきた!
私は二度と恋はしない。
もちろんあなたにも。
だから、あなたの話に乗ることにする。
もう長くはない最愛の家族のために。
三十二歳、総合病院経営者 長谷川晃史 × 二十八歳独身、銀行員 山下みのり
切ない大人の恋を描いた、ラブストーリー
※エブリスタ、ムーン、ベリーズカフェに投稿していた「偽装婚約」を大幅に加筆修正したものになります。話の内容は変わっておりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる