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雨の日のチョコレート

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『あんたなんて、辞めさせてもらうことだって、できるんだからね。――アタシのママは、副社長のお姉さんなんだから』

 絵梨花ちゃんが、車に乗る間際に残した台詞が、耳から離れない。
 でも、それでようやく、彼女が仕事しなくても、誰も何も言わないわけが納得できた。
 何度も何度も頭の中で、絵梨花ちゃんの捨て台詞を繰り返しながら、私は考えていた。

 草壁君も絵梨花ちゃんも傷つけなくてもいい方法。
 私が仕事を辞めなくてもいい方法。
 女手一つで私を育ててくれた年金暮らしの母親に仕送りしている身としては、今この年で無職になるわけにはいかない。

 私はただ、楽しく仕事がしたいだけなのに。
 一番良いのは、草壁君と絵梨花ちゃんがくっつくことだけど――

 草壁君の絵梨花ちゃんに対する態度からみて、とても可能性があるようには思えない。
 私に恋人がいれば、草壁君もあきらめてくれるのだろうが、生憎、あのパーカーの持ち主のエイジは六月に出て行ってしまって音信不通。

 その時、ふと私の頭に浮かんだのは、あの雨の日に出会ったあの男――大上浩輔おおかみこうすけだった。心の底にしまってあった「困った時は連絡してこい」と言ったあの笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
 不感症とエイジに罵られ、避けられ、これ見よがしに目の前で女子大生とホテルに入って浮気をされた私を、慰めて、まるで魔法でもかけたかのように癒してくれた大上浩輔という男は、探偵のバイトをしていると言っていた。

 彼に、草壁君と絵梨花ちゃんの前で恋人のふりをしてもらうのはどうだろうか。
 少なくとも、退職がかかったこの状況は、『困ったこと』に分類してもいいと思う。
 連絡先を書いてもらった婚姻届はもう捨ててしまったけれど、番号なら指が覚えている。
 あの男ならこの状況も何とかしてくれるかもしれないという、根拠のない期待と、私のことなど忘れてしまっているかもという不安に揺れながら、私は通話ボタンを押した。
 三回ほど呼び出し音が鳴って、やっぱり――と後悔し始めたところで、「――はい?」といささか訝しむように応答があった。
 見覚えのない番号からの電話のせいだろうか。

「あの――私、六月の雨の日に、チョコレートをいただいた、雨宮智世子ですけど――」
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