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料理は任せて!
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「焼きそばくらいならつくれるか。――千尋は、食べる?」
冷蔵庫を覗きこんだまま、颯太は私に声をかけた。
三時のおやつを食べ損ねたのを思い出したけど、さすがに焼きそばはおやつにはならない。
「こんな時間に?」
「遠慮すんなよ。ちょっと分けてやるよ」
言いながら颯太が、迷うことなくまな板と包丁を取り出した。
「あ、私が!」
涼子さんに頼まれた手前もあって、さすがに、ここは女の子の出番だろうと私は、ずいっと横からまな板の前にはいりこみ、颯太から包丁を強引に奪い取る。
「じゃあ、俺、材料用意したら、あとは千尋のクッキングショーを鑑賞させていただくわ」
顎を上げて嗤った颯太は、私に玉ねぎを渡すと、冷蔵庫の中から豚肉と麺、それに、ほぐすのに使うのか、コップに水を手際よく用意して、椅子に腰かけた。
それを横目に私は、腕をまくる。
そんなに見たいなら、見せてあげるわよ。焼きそばなんて、切って炒めるだけでしょ。それくらい私にだってできるんだからね――という、意味を込めて。
えーっと、まず、材料を、切るんだわよね。
とりあえず、渡された玉ねぎから――
「それ、どうしたの?」
颯太が、玉ねぎを剥いている私の手首をに目を止めた。
どうやら、ブレスレットが気になったらしい。
頭の中でちゃんと段取りを考えてやってるんだから、余計なことを聞かないでほしいけど、でも、私は余裕を装って、答えたわよ。
「これ? ここへ来る前、涼子さんにいただいたの。――酔わないように、ですって」
違う、それを言ったのはお母さんだった。あれ、じゃあ、涼子さんが言ったのは、なんだったっけ?
頭の中で、いろんなことがごっちゃになっている。
たぶん、颯太の家の台所で、颯太と一緒に料理をしているという、この展開のせいだ。だって、なんだか、新婚さんみたいじゃない?
!! ふあああああああ!
私ったら、なんて、恥ずかしい妄想を!!!
頭の中がパニック状態になってしまった私を差し置いて、颯太は、ブレスレットのことなどどうでもよさそうに「ふぅん」と言って、冷蔵庫からビールの缶を二つ取りだした。
「昼間っから飲むの? この後、バイトに行くんでしょ?」
「今日は、一日、バイト休み」
「じゃあ、何で三時に起こしてって頼んだの?」
「それは、まあ……いろいろな」
「へんなの」
颯太は、鼻の横を人差し指で掻くと、ビールの缶を一本私に差し出した。
「とにかく、今は、千尋と、飲みたいんだ」
「だって、私、未成年だし」
「今年二十歳になるんだからいいだろ。それに、強力なおまじないもある」
颯太は、私の手首を指さした後、お手本でも見せるかのように、持っていたビールの缶を開け、直接口をつけて一気に飲んだ。
「ちょっ、大丈夫?」
「ビール一本くらい、なんてことない。千尋は、飲まないの?」
「酔わせて、変なことしようとしてるんでしょ?」
「それ、つけてると、酔わないんだろ?」
基本、颯太は私に対しては意地悪だ。
口の端だけを上げるこの笑いは何かを企んでいるような気がして、私は断固として颯太の誘いを断った。
「その手には、乗りません」
私は、剥いたたまねぎをまな板の上において、包丁をいれる。それを後ろから見ていた颯太が、口をはさんだ。
「おま――、そんな分厚く切るなよ。焼きそばだぜ? 普通、もっと――」
「え? そうなの? じゃあ、これくらい?」
私は、さっき縦に切った玉ねぎの固まりに、さっきの切り口とは直角になるように包丁をいれて、ざくざくと小さくした。
「……」
言葉を無くして颯太が、茫然と見ている。
「あれ? だめだった? ――じゃあ」
再び包丁を構えた私の腕を、颯太が握った。
「もう、いいよ。それ以上切るな。――つか、切るのは俺がやる。荒みじんの玉ねぎが入った焼きそばなんて、食べにくそうだ」
残りの半分の玉ねぎをさくさくと、薄く切っていく颯太の手元に私は思わず見とれる。
……私の出番、なし。
「あ、私、他の野菜、出すね!! 野菜は多い方が体にもいいし」
私は、先ほどの汚名を返上しようと、冷蔵庫から、次々と野菜を取り出しはじめた。出すだけだから、さすがに手際がいい。
どうです、この冷蔵庫からテーブルへの滑らかな動き。
調子に乗ってどんどん出していると、キャベツを切っていた颯太が、また私の方をじっと見つめているのに気がついた。
まさか、まさか、こんなところで、さっきの続きってことはないと思うけど。いや、でも、さっき断ったので、逆に――ってことも、ないわけではないし。不意打ちでキスしてくる颯太のことだから、思いがけないシチュエーションで……いやいやいやいや、たとえそうであっても、ここでは無理だってば!
「な、何、見てるのよ?」
私は恥ずかしくなって颯太から目を逸らした。
「いや、焼きそばに、大根もいれるのかとおもってさ」
「え、大根?」
私は、手に持っていた大根を見た。
あ、大根か。私を見ていたのでは、ないのね。
あははは。
うん。そうよね。いくらなんでも、台所で、包丁持ってるときに、ねえ。
私は、先ほどの妄想を素早く消して、すました笑顔を作った。
「入れない? 焼きそばって、白くてしゃきしゃきしたのが、入ってるでしょ?」
「お前の言ってるそれ、多分、モヤシ……」
私の心の内を知ってか知らずか、苦笑しながらフライパンを取り出した颯太は、切った材料を手早く炒め始めた。
「お前の、調理能力に関してはよくわかった。もういいから、そこで見てろ。俺の特製焼きそば、ご馳走してやるよ」
颯太は、私に背を向けると、とりだしたフライパンで、豚肉と野菜を炒めて、私が見たこともないような調味料を何種類か迷わず入れて、麺をのせたらザーッとお水で蒸して――
あっという間に、焼きそばができあがってしまった。
しかも、すごくおいしそう。
……涼子さんに、ご飯も、ってお願いされた、私の立場、完全にないんですけど。
「幻滅、したよね?」
「いや、幻滅するほど、最初から期待してないから」
私が微妙な表情になると、颯太は、はははと笑ってそばにおいてあったもう一本のビールの缶を片手に、焼きそばをほおばり始めた。
その食べっぷりが、また、なんて言うか男って感じで、つい見惚れてしまうじゃないの。
「食ってみる?」
じっと見つめる私に気がついた颯太が、焼きそばを少し摘まんだ箸を私の方へ差し出した。
これって、あ―――――ん、ってやつ?
さっきから、沸騰と冷却を繰り返している私の頭の中は、そのうち脳味噌が蒸発するのではないかというくらい、これまで以上に温度が上昇する。
「ほら、早く」
急かされて、私が口を開けた(さすがに恥ずかしすぎて「あーん」と口に出しては言えなかった)ところに、颯太が焼きそばをグイッと突っ込んだ。
あんまりロマンチックじゃない。むしろ、動物に餌をやっている感じではあったけど――、けれど、そんなことが気にならないくらい、私は口の中で広がる芳醇でエスニックな香りに驚いた
これが、焼きそばデスカッ!?
「何これ!? すごくおいしいっ!」
「だろ? これは、ナンプラーと小エビと天かすがポイントなんだ。ま、お前にはナンプラーが何なのかわからんだろうがな」
完敗です。潔く、負けを認めます。
私がそう言うと、颯太は得意そうに笑って、ビールの缶を手に取った。
ごくごくと飲み込む度に動く喉が、男らしいなって、思わずどきりとする。
これが、私の彼、なんだなあっておもうと、また、どきり。
「負けたってのに、そんなにデレた顔するなよ」
「デ――デレてなんて――」
抗議をしかけた私の唇を、スッと腰を浮かせた颯太が塞いだ。
あ、また!
「な――っ! いっつも、いきなり――」
「……お前が、そんな顔するからだろ」
「そんな顔って」
「抱いて欲しいって顔」
缶を逆さにしてビールを空けた後、颯太は大きな手で私の頬に触れた。
わ、私だって、この一ヶ月ずっと我慢してなかったわけじゃない。
けど、けど――
「そ、そんな顔――」
してないと言いかけた私の瞼を、颯太の親指が優しく撫でる。
静かに目を閉じると、再び、唇に颯太を感じた。
アルコールの香りに混じって、微かに颯太特製の焼きそばの匂いがする。
颯太の唇が、私の唇の上で優しく動いて――柔らかい感触が気持ちいい。
さんざん沸き上がった頭の奥が、今度はほわーんとなりかけたその時、緩んだ唇から、ぬるりと暖かいものが入ってきた。
「――!」
驚いて身を引きそうになったけれど、後頭部を颯太の手で押さえられていて、動けない。
そうこうしている間に、颯太の舌はさらに奥まで入ってきて、私の口の中でぐにぐにと動き始めていた。顎の裏側を舐められたり、私の舌に絡めて吸われたり、歯の裏をなぞられたりするうちに、頭の中のほわーんがだんだん大きくなってくる。
や、だ。
とは思いながら、歯列に舌を這わせられると、体がぞくぞくしてきて、いつのまにか私の舌は颯太の舌に合わせて動き始めていた。
「……んん」
舌の根っこのところを颯太が吸ったときに漏れた声で、私は我に返った。
颯太の家のダイニングキッチンという、馴染みのある場所でこんなことをしているということが、とてつもなく恥ずかしくなって私は、颯太の胸をさりげなく、押し返す。
「ぜ……ぜんぜん、そんなこと、考えてないんだからねっ!!」
頭の中が一杯になった私は、手元にあったコップの水をぐいっと飲み干した。
「あ、おい――」
颯太の止める声と、私の喉の奥がかーっとなるのは、ほぼ同時だった。
頭がくらりと揺れる。
「な、に?」
心臓がばくばくする。
「それ、麺をほぐした日本酒の残り」
あきれたように颯太がいった。
「おさけっ!?なんでそんなのを、だすのよ、わたし、みせいねん」
「お前が勝手に飲んだんだろ。まあ、コップ半分もなかったし、話ができるなら、大丈夫だと思うけど、大丈夫か?」
なんで、そう取ってつけたように言うかな。
そういう聞き方されたら、こう答えるしかないじゃない。
「うん、たぶん、だいじょぶ」
とはいえ、私の頭の中は、ぐらんぐらんしていて、普段以上に順序だてて物事を考えるのが難しくなっている。
それなのに。
私が、そんな状態だと言うのに、颯太は、呑気に、こうのたまった。
「そか。なら、俺も、お相伴にあずかろう」
ええええ、そう来る?
驚く私をよそに、颯太は冷蔵庫からお酒らしき瓶を取り出すと、空いたコップに注いで飲んだ。
「けっきょく。じぶんが、のみたかった、だけじゃない」
それには答えず、黙々と焼きそばを食べきった彼は、空いたお皿を流しに片付けて、立ち上がる。
「いくぞ」
「え?」
「デザート」
いくぞって、立ち上がって言うデザートって……まさか、アレ、ですか?
さっき、途中までいいとこまで行って、颯太のお腹の虫に邪魔された、アレ?
ひやあああ! 無理! 私、こんな状態だし、頭くらくらしてるし、こんなんで、あんなことされたら、どうなっちゃうか――
「立ち上がれないなら、抱いてく」
私の返事を聞く前に颯太は私を軽々と抱き上げた。
「ひあん」
横向きに抱きあげられた私の鼻の奥を、日本酒の香りが抜けて行く。
先ほど颯太が飲んだものだろうか、それとも、私の?
コップ半分だけしか飲んでいないのに、頭の中はもう、知っちゃかめっちゃかで――
冷蔵庫を覗きこんだまま、颯太は私に声をかけた。
三時のおやつを食べ損ねたのを思い出したけど、さすがに焼きそばはおやつにはならない。
「こんな時間に?」
「遠慮すんなよ。ちょっと分けてやるよ」
言いながら颯太が、迷うことなくまな板と包丁を取り出した。
「あ、私が!」
涼子さんに頼まれた手前もあって、さすがに、ここは女の子の出番だろうと私は、ずいっと横からまな板の前にはいりこみ、颯太から包丁を強引に奪い取る。
「じゃあ、俺、材料用意したら、あとは千尋のクッキングショーを鑑賞させていただくわ」
顎を上げて嗤った颯太は、私に玉ねぎを渡すと、冷蔵庫の中から豚肉と麺、それに、ほぐすのに使うのか、コップに水を手際よく用意して、椅子に腰かけた。
それを横目に私は、腕をまくる。
そんなに見たいなら、見せてあげるわよ。焼きそばなんて、切って炒めるだけでしょ。それくらい私にだってできるんだからね――という、意味を込めて。
えーっと、まず、材料を、切るんだわよね。
とりあえず、渡された玉ねぎから――
「それ、どうしたの?」
颯太が、玉ねぎを剥いている私の手首をに目を止めた。
どうやら、ブレスレットが気になったらしい。
頭の中でちゃんと段取りを考えてやってるんだから、余計なことを聞かないでほしいけど、でも、私は余裕を装って、答えたわよ。
「これ? ここへ来る前、涼子さんにいただいたの。――酔わないように、ですって」
違う、それを言ったのはお母さんだった。あれ、じゃあ、涼子さんが言ったのは、なんだったっけ?
頭の中で、いろんなことがごっちゃになっている。
たぶん、颯太の家の台所で、颯太と一緒に料理をしているという、この展開のせいだ。だって、なんだか、新婚さんみたいじゃない?
!! ふあああああああ!
私ったら、なんて、恥ずかしい妄想を!!!
頭の中がパニック状態になってしまった私を差し置いて、颯太は、ブレスレットのことなどどうでもよさそうに「ふぅん」と言って、冷蔵庫からビールの缶を二つ取りだした。
「昼間っから飲むの? この後、バイトに行くんでしょ?」
「今日は、一日、バイト休み」
「じゃあ、何で三時に起こしてって頼んだの?」
「それは、まあ……いろいろな」
「へんなの」
颯太は、鼻の横を人差し指で掻くと、ビールの缶を一本私に差し出した。
「とにかく、今は、千尋と、飲みたいんだ」
「だって、私、未成年だし」
「今年二十歳になるんだからいいだろ。それに、強力なおまじないもある」
颯太は、私の手首を指さした後、お手本でも見せるかのように、持っていたビールの缶を開け、直接口をつけて一気に飲んだ。
「ちょっ、大丈夫?」
「ビール一本くらい、なんてことない。千尋は、飲まないの?」
「酔わせて、変なことしようとしてるんでしょ?」
「それ、つけてると、酔わないんだろ?」
基本、颯太は私に対しては意地悪だ。
口の端だけを上げるこの笑いは何かを企んでいるような気がして、私は断固として颯太の誘いを断った。
「その手には、乗りません」
私は、剥いたたまねぎをまな板の上において、包丁をいれる。それを後ろから見ていた颯太が、口をはさんだ。
「おま――、そんな分厚く切るなよ。焼きそばだぜ? 普通、もっと――」
「え? そうなの? じゃあ、これくらい?」
私は、さっき縦に切った玉ねぎの固まりに、さっきの切り口とは直角になるように包丁をいれて、ざくざくと小さくした。
「……」
言葉を無くして颯太が、茫然と見ている。
「あれ? だめだった? ――じゃあ」
再び包丁を構えた私の腕を、颯太が握った。
「もう、いいよ。それ以上切るな。――つか、切るのは俺がやる。荒みじんの玉ねぎが入った焼きそばなんて、食べにくそうだ」
残りの半分の玉ねぎをさくさくと、薄く切っていく颯太の手元に私は思わず見とれる。
……私の出番、なし。
「あ、私、他の野菜、出すね!! 野菜は多い方が体にもいいし」
私は、先ほどの汚名を返上しようと、冷蔵庫から、次々と野菜を取り出しはじめた。出すだけだから、さすがに手際がいい。
どうです、この冷蔵庫からテーブルへの滑らかな動き。
調子に乗ってどんどん出していると、キャベツを切っていた颯太が、また私の方をじっと見つめているのに気がついた。
まさか、まさか、こんなところで、さっきの続きってことはないと思うけど。いや、でも、さっき断ったので、逆に――ってことも、ないわけではないし。不意打ちでキスしてくる颯太のことだから、思いがけないシチュエーションで……いやいやいやいや、たとえそうであっても、ここでは無理だってば!
「な、何、見てるのよ?」
私は恥ずかしくなって颯太から目を逸らした。
「いや、焼きそばに、大根もいれるのかとおもってさ」
「え、大根?」
私は、手に持っていた大根を見た。
あ、大根か。私を見ていたのでは、ないのね。
あははは。
うん。そうよね。いくらなんでも、台所で、包丁持ってるときに、ねえ。
私は、先ほどの妄想を素早く消して、すました笑顔を作った。
「入れない? 焼きそばって、白くてしゃきしゃきしたのが、入ってるでしょ?」
「お前の言ってるそれ、多分、モヤシ……」
私の心の内を知ってか知らずか、苦笑しながらフライパンを取り出した颯太は、切った材料を手早く炒め始めた。
「お前の、調理能力に関してはよくわかった。もういいから、そこで見てろ。俺の特製焼きそば、ご馳走してやるよ」
颯太は、私に背を向けると、とりだしたフライパンで、豚肉と野菜を炒めて、私が見たこともないような調味料を何種類か迷わず入れて、麺をのせたらザーッとお水で蒸して――
あっという間に、焼きそばができあがってしまった。
しかも、すごくおいしそう。
……涼子さんに、ご飯も、ってお願いされた、私の立場、完全にないんですけど。
「幻滅、したよね?」
「いや、幻滅するほど、最初から期待してないから」
私が微妙な表情になると、颯太は、はははと笑ってそばにおいてあったもう一本のビールの缶を片手に、焼きそばをほおばり始めた。
その食べっぷりが、また、なんて言うか男って感じで、つい見惚れてしまうじゃないの。
「食ってみる?」
じっと見つめる私に気がついた颯太が、焼きそばを少し摘まんだ箸を私の方へ差し出した。
これって、あ―――――ん、ってやつ?
さっきから、沸騰と冷却を繰り返している私の頭の中は、そのうち脳味噌が蒸発するのではないかというくらい、これまで以上に温度が上昇する。
「ほら、早く」
急かされて、私が口を開けた(さすがに恥ずかしすぎて「あーん」と口に出しては言えなかった)ところに、颯太が焼きそばをグイッと突っ込んだ。
あんまりロマンチックじゃない。むしろ、動物に餌をやっている感じではあったけど――、けれど、そんなことが気にならないくらい、私は口の中で広がる芳醇でエスニックな香りに驚いた
これが、焼きそばデスカッ!?
「何これ!? すごくおいしいっ!」
「だろ? これは、ナンプラーと小エビと天かすがポイントなんだ。ま、お前にはナンプラーが何なのかわからんだろうがな」
完敗です。潔く、負けを認めます。
私がそう言うと、颯太は得意そうに笑って、ビールの缶を手に取った。
ごくごくと飲み込む度に動く喉が、男らしいなって、思わずどきりとする。
これが、私の彼、なんだなあっておもうと、また、どきり。
「負けたってのに、そんなにデレた顔するなよ」
「デ――デレてなんて――」
抗議をしかけた私の唇を、スッと腰を浮かせた颯太が塞いだ。
あ、また!
「な――っ! いっつも、いきなり――」
「……お前が、そんな顔するからだろ」
「そんな顔って」
「抱いて欲しいって顔」
缶を逆さにしてビールを空けた後、颯太は大きな手で私の頬に触れた。
わ、私だって、この一ヶ月ずっと我慢してなかったわけじゃない。
けど、けど――
「そ、そんな顔――」
してないと言いかけた私の瞼を、颯太の親指が優しく撫でる。
静かに目を閉じると、再び、唇に颯太を感じた。
アルコールの香りに混じって、微かに颯太特製の焼きそばの匂いがする。
颯太の唇が、私の唇の上で優しく動いて――柔らかい感触が気持ちいい。
さんざん沸き上がった頭の奥が、今度はほわーんとなりかけたその時、緩んだ唇から、ぬるりと暖かいものが入ってきた。
「――!」
驚いて身を引きそうになったけれど、後頭部を颯太の手で押さえられていて、動けない。
そうこうしている間に、颯太の舌はさらに奥まで入ってきて、私の口の中でぐにぐにと動き始めていた。顎の裏側を舐められたり、私の舌に絡めて吸われたり、歯の裏をなぞられたりするうちに、頭の中のほわーんがだんだん大きくなってくる。
や、だ。
とは思いながら、歯列に舌を這わせられると、体がぞくぞくしてきて、いつのまにか私の舌は颯太の舌に合わせて動き始めていた。
「……んん」
舌の根っこのところを颯太が吸ったときに漏れた声で、私は我に返った。
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「ぜ……ぜんぜん、そんなこと、考えてないんだからねっ!!」
頭の中が一杯になった私は、手元にあったコップの水をぐいっと飲み干した。
「あ、おい――」
颯太の止める声と、私の喉の奥がかーっとなるのは、ほぼ同時だった。
頭がくらりと揺れる。
「な、に?」
心臓がばくばくする。
「それ、麺をほぐした日本酒の残り」
あきれたように颯太がいった。
「おさけっ!?なんでそんなのを、だすのよ、わたし、みせいねん」
「お前が勝手に飲んだんだろ。まあ、コップ半分もなかったし、話ができるなら、大丈夫だと思うけど、大丈夫か?」
なんで、そう取ってつけたように言うかな。
そういう聞き方されたら、こう答えるしかないじゃない。
「うん、たぶん、だいじょぶ」
とはいえ、私の頭の中は、ぐらんぐらんしていて、普段以上に順序だてて物事を考えるのが難しくなっている。
それなのに。
私が、そんな状態だと言うのに、颯太は、呑気に、こうのたまった。
「そか。なら、俺も、お相伴にあずかろう」
ええええ、そう来る?
驚く私をよそに、颯太は冷蔵庫からお酒らしき瓶を取り出すと、空いたコップに注いで飲んだ。
「けっきょく。じぶんが、のみたかった、だけじゃない」
それには答えず、黙々と焼きそばを食べきった彼は、空いたお皿を流しに片付けて、立ち上がる。
「いくぞ」
「え?」
「デザート」
いくぞって、立ち上がって言うデザートって……まさか、アレ、ですか?
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ひやあああ! 無理! 私、こんな状態だし、頭くらくらしてるし、こんなんで、あんなことされたら、どうなっちゃうか――
「立ち上がれないなら、抱いてく」
私の返事を聞く前に颯太は私を軽々と抱き上げた。
「ひあん」
横向きに抱きあげられた私の鼻の奥を、日本酒の香りが抜けて行く。
先ほど颯太が飲んだものだろうか、それとも、私の?
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