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#02 家に潜む者-『家潜』①
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築60年を超える木造建築の家屋は、白アリや雨漏りの影響で土台がボロボロになっていた。それは自分が幼い頃、この祖父の家に住んでいた時から変わらない。
かくれんぼとかで床下に潜り込むのは禁止だったし、怒られたっけな……。
***
(何故、今になってそんな事を思い出す……?)
一階にいる“敵”を倒すと心に決めた世良林斗は、最初の攻撃以降、動きのない現状に痺れを切らしていた。これが相手の作戦だとすれば、それは効果抜群である。
アドレナリンを出していた脳内が、少しづつ、少しづつ冷静になっているから。謎の力を持つ相手に自分が勝てるのか、と冷静になってしまっているからだ。
こっちから向かうしかない。扉を開き、階段を下りるんだ。何処かに潜んでいるであろうことは分かっている。居間か、キッチンか、玄関から動いてないのかも。
「待て、一つだけ気になることがあるぞ……」
「何故あのナイフは、俺を狙って来れたんだ?」
まるで目が付いてるかのように、辺りを見渡してからの攻撃。何らかの方法でナイフを遠隔操作し、対象に向かって突撃してきた。つまり、今の状況はマズすぎる。最初の攻撃は運よく避けることが出来たが、この狭い部屋じゃ次は躱せる自信がない。
「鍵を掛けて隠れたのは失敗だった……むしろ、俺は追い詰められている」
そう口にしてドアノブを掴んだ瞬間、背後から耳障りな金属音が鳴り響いた。世良にとって、その音の原因は見ずとも気づいている。“骨董品”だ。
「早く、下に向かわないと!」
祖父が趣味で集めていた急須やコマが、動き始めている。意志を持つように浮かび、自分を探していることが分かった。小さくも無数にある骨董品類が、もしもこちらに迫ってきたら――
「敵はどこだ!?」
頭の中で考えながら、扉を開けて廊下に身体を投げ出した。息を休ませる暇もなく、這いつくばりながら階段に向かう。先ほどまで自分が居た部屋の扉には、鉄の骨董品が無数に突き刺さっていた。
(か、完全に殺しに来てる……っ)
思い切り階段から転がり落ちるが、幸いなことに怪我はない。今は細かな傷を気にするよりも、どこかに居る敵を探すことが先決だ。体勢を立て直して一階の探索をしようとした世良の目に飛び込んできたのは、自身と同年代ほどの女性の姿だった。
「!!」
「――きみが、あの攻撃を?」
逃げも隠れもしていないその女性は、縁側に座っている。どこからか調達した湯呑でお茶を飲み、昼下がりで天気の良い空を仰ぎながら涼んでいた。世良の問いに彼女は答えない。しかし、その無言は肯定を意味している事を世良は直観で感じ取った。
「きみが、殺したのか!?」
***
輝井 夢野は、幼い頃からこの能力を持っていた。無意識のうちに周りの生物を傷つけることも、まだ力を制御し切れていないときはあったが――
「今の私は、全てを完璧に操作することが出来る」
年齢は17。世良林斗とは違う。もとより力を持つままに生を受け、日々暮らしている。自分を特別な人間と思ったことはないが、他の人間が“能力”を持っている所はあまり見たことがない。だからこそ、興味が湧いていた。
(……この村、人の気配がどこにもないわ)
夏休みを利用して自宅から離れた場所まで散歩をしていた彼女は、偶然立ち寄った村の違和感に気づく。野菜が疎らに入っている収穫途中の籠。地面に落ちている回覧板。
住民の姿が見えないことに、少しの胸騒ぎを覚える。もしかすると、自分以外に“能力”を持った者がいて、そいつが引き起こした事件だとでも言うのだろうか。
「ごめんくださーい うふふ」
特段大きい民家に狙いを定め、扉を叩いて高い声を上げた。自分の性格とは正反対ではあるのだが、こういう場面だと好都合なのである。普段の態度では、警戒されてしまうかもしれないため。
(チッ……返事がないわね。やはり、この村の住民は全員既に――)
心の中で悪態をつきながら、ふと庭の方を見る。人間とは“目立つ色”を自然と目で追ってしまう生き物だ。輝井はその本能が働いたことで、真っ赤に染まった草花が視界に映ってしまった。
「!? こ、これは……血だ。出血量の多さから見て、間違いなく人の!」
玄関ではなく庭に足を踏み入れ、改めて確認した。隣の民家の塀にまで飛び散っている悲惨さに、この「能力」を持った人間の醜さが容易に想像できる。一体なぜこんなことを、なんて考えても仕方がない。
「思ったよりも厄介じゃない……いつの間にか携帯が使えなくなってるわ」
能力を持っていても、前提としてある人間性が輝井を突き動かす。取り出した携帯が使用できないと悟ると、胸ポケットから小さな“鉄の玉”を一つ取り出した。
ビー玉にも見えるそれは、彼女の掌からふわふわと浮き上がり、完全に静止する。当然と言わんばかりに表情を変えぬまま、輝井は鉄の玉を窓に向けて「放つ」。
約2センチの小さな小さな玉。投げつけるだけでも多少の威力と痛みを感じるが、輝井夢野にとっては、そんなものとは比べ物にならない破壊力を与えることが出来る。
「邪魔するわよ」
口でそう言いながら、ぶち破られた窓から部屋にズカズカと侵入。意外にも屋内は綺麗だったが、しかし。二階へと繋がる階段には血痕が残っていた。それに加え、部屋中の扉が全て開いている。
(鉄は……見つけた。おあつらえ向きの物があるじゃない)
輝井は壁を背にして瞳を閉じる。この方が集中できるし、見ることが出来るから。先手必勝。死体と共に座り込んでいる男が犯人か分からないが、能力を持った者同士の対決は後手に回ると“死”に繋がる。
「もしも違ったのなら……謝らないとね。生きていればの話だけど」
肩まで伸ばしている髪を括りながら、彼女は呟いた。
***
「きみが、殺したのか!?」
こんな状況だからこそ、世良林斗は冷静でいられている。この緊迫した状況で出会った最初の人間。彼女が殺人を犯したのかは分からない。ただし、先ほどまで自分にした攻撃は間違いなく目の前の女性が引き起こしたものだ。
「……あなたの髪。何で襟足が赤色なのよ」
「オシャレのつもりでやってるのかしら」
動の世良に対し、静の輝井は落ち着いた口調で今一番気になった事柄について聞く。輝井にとって、もう目の前の男は“敵”ではないと確信したからである。
何故ここまで隙を晒しても攻撃してこないのか。それは、この男が能力を持っていないからで間違いない。
「え? これは……俺もよくわからない。母親が言うには、生まれつきだって」
先ほどまで声を荒げていた世良は、自分の髪についての疑問に答えながら、横を向いて世良に見せる。決して染めているわけではない。何故か赤ん坊の頃から一部が赤色で、黒染めしても色が付かないという。
「ふーん。じゃ、あなたはもう下がってなさい」
親指で玄関を指すジェスチャーの通り、輝井は善意を持つままに世良を避難させようとする。確かに体格は女性より男性の方が優れていても、能力を持っていない者はこの戦いに参加する事すらできないからだ。
「今から怖ーい殺人犯をとっ捕まえるから」
「! ということは、やっぱりきみが殺したわけじゃないんだな」
下がった方がいいと理解はしつつ、誰がどう見ても一般的なこの女性が犯人出ないことに胸を撫で下ろす。先ほどまで自分に向かって迫られていたナイフと骨董品の事は、何かの間違いだと思うことにして。
「ええそうよ。あなたと出会って漸く理解した」
「この家には、もう一人誰かが潜んでいる」
――――――――――――――――――――
輝井 夢野(17)
職業:学生
身長:164
髪型:ポニーテール
服装(上):薄黄色のタイフロントシャツ
服装(下):黒のスカート
ツンとした口調と自分の実力に絶対的な信頼を置く女子高生。
自分以外の能力者が起こす「事件」に対し嫌悪感を抱き、散歩と称して様々な場所に出向いている。
幼少期から引っ越しが多く、能力の事もあり深い仲と呼べる人間がいなかった。
それを苦にするほどネガティブではないものの、世良と出会ったことが彼女にとって大きな転換になったことは間違いない。
かくれんぼとかで床下に潜り込むのは禁止だったし、怒られたっけな……。
***
(何故、今になってそんな事を思い出す……?)
一階にいる“敵”を倒すと心に決めた世良林斗は、最初の攻撃以降、動きのない現状に痺れを切らしていた。これが相手の作戦だとすれば、それは効果抜群である。
アドレナリンを出していた脳内が、少しづつ、少しづつ冷静になっているから。謎の力を持つ相手に自分が勝てるのか、と冷静になってしまっているからだ。
こっちから向かうしかない。扉を開き、階段を下りるんだ。何処かに潜んでいるであろうことは分かっている。居間か、キッチンか、玄関から動いてないのかも。
「待て、一つだけ気になることがあるぞ……」
「何故あのナイフは、俺を狙って来れたんだ?」
まるで目が付いてるかのように、辺りを見渡してからの攻撃。何らかの方法でナイフを遠隔操作し、対象に向かって突撃してきた。つまり、今の状況はマズすぎる。最初の攻撃は運よく避けることが出来たが、この狭い部屋じゃ次は躱せる自信がない。
「鍵を掛けて隠れたのは失敗だった……むしろ、俺は追い詰められている」
そう口にしてドアノブを掴んだ瞬間、背後から耳障りな金属音が鳴り響いた。世良にとって、その音の原因は見ずとも気づいている。“骨董品”だ。
「早く、下に向かわないと!」
祖父が趣味で集めていた急須やコマが、動き始めている。意志を持つように浮かび、自分を探していることが分かった。小さくも無数にある骨董品類が、もしもこちらに迫ってきたら――
「敵はどこだ!?」
頭の中で考えながら、扉を開けて廊下に身体を投げ出した。息を休ませる暇もなく、這いつくばりながら階段に向かう。先ほどまで自分が居た部屋の扉には、鉄の骨董品が無数に突き刺さっていた。
(か、完全に殺しに来てる……っ)
思い切り階段から転がり落ちるが、幸いなことに怪我はない。今は細かな傷を気にするよりも、どこかに居る敵を探すことが先決だ。体勢を立て直して一階の探索をしようとした世良の目に飛び込んできたのは、自身と同年代ほどの女性の姿だった。
「!!」
「――きみが、あの攻撃を?」
逃げも隠れもしていないその女性は、縁側に座っている。どこからか調達した湯呑でお茶を飲み、昼下がりで天気の良い空を仰ぎながら涼んでいた。世良の問いに彼女は答えない。しかし、その無言は肯定を意味している事を世良は直観で感じ取った。
「きみが、殺したのか!?」
***
輝井 夢野は、幼い頃からこの能力を持っていた。無意識のうちに周りの生物を傷つけることも、まだ力を制御し切れていないときはあったが――
「今の私は、全てを完璧に操作することが出来る」
年齢は17。世良林斗とは違う。もとより力を持つままに生を受け、日々暮らしている。自分を特別な人間と思ったことはないが、他の人間が“能力”を持っている所はあまり見たことがない。だからこそ、興味が湧いていた。
(……この村、人の気配がどこにもないわ)
夏休みを利用して自宅から離れた場所まで散歩をしていた彼女は、偶然立ち寄った村の違和感に気づく。野菜が疎らに入っている収穫途中の籠。地面に落ちている回覧板。
住民の姿が見えないことに、少しの胸騒ぎを覚える。もしかすると、自分以外に“能力”を持った者がいて、そいつが引き起こした事件だとでも言うのだろうか。
「ごめんくださーい うふふ」
特段大きい民家に狙いを定め、扉を叩いて高い声を上げた。自分の性格とは正反対ではあるのだが、こういう場面だと好都合なのである。普段の態度では、警戒されてしまうかもしれないため。
(チッ……返事がないわね。やはり、この村の住民は全員既に――)
心の中で悪態をつきながら、ふと庭の方を見る。人間とは“目立つ色”を自然と目で追ってしまう生き物だ。輝井はその本能が働いたことで、真っ赤に染まった草花が視界に映ってしまった。
「!? こ、これは……血だ。出血量の多さから見て、間違いなく人の!」
玄関ではなく庭に足を踏み入れ、改めて確認した。隣の民家の塀にまで飛び散っている悲惨さに、この「能力」を持った人間の醜さが容易に想像できる。一体なぜこんなことを、なんて考えても仕方がない。
「思ったよりも厄介じゃない……いつの間にか携帯が使えなくなってるわ」
能力を持っていても、前提としてある人間性が輝井を突き動かす。取り出した携帯が使用できないと悟ると、胸ポケットから小さな“鉄の玉”を一つ取り出した。
ビー玉にも見えるそれは、彼女の掌からふわふわと浮き上がり、完全に静止する。当然と言わんばかりに表情を変えぬまま、輝井は鉄の玉を窓に向けて「放つ」。
約2センチの小さな小さな玉。投げつけるだけでも多少の威力と痛みを感じるが、輝井夢野にとっては、そんなものとは比べ物にならない破壊力を与えることが出来る。
「邪魔するわよ」
口でそう言いながら、ぶち破られた窓から部屋にズカズカと侵入。意外にも屋内は綺麗だったが、しかし。二階へと繋がる階段には血痕が残っていた。それに加え、部屋中の扉が全て開いている。
(鉄は……見つけた。おあつらえ向きの物があるじゃない)
輝井は壁を背にして瞳を閉じる。この方が集中できるし、見ることが出来るから。先手必勝。死体と共に座り込んでいる男が犯人か分からないが、能力を持った者同士の対決は後手に回ると“死”に繋がる。
「もしも違ったのなら……謝らないとね。生きていればの話だけど」
肩まで伸ばしている髪を括りながら、彼女は呟いた。
***
「きみが、殺したのか!?」
こんな状況だからこそ、世良林斗は冷静でいられている。この緊迫した状況で出会った最初の人間。彼女が殺人を犯したのかは分からない。ただし、先ほどまで自分にした攻撃は間違いなく目の前の女性が引き起こしたものだ。
「……あなたの髪。何で襟足が赤色なのよ」
「オシャレのつもりでやってるのかしら」
動の世良に対し、静の輝井は落ち着いた口調で今一番気になった事柄について聞く。輝井にとって、もう目の前の男は“敵”ではないと確信したからである。
何故ここまで隙を晒しても攻撃してこないのか。それは、この男が能力を持っていないからで間違いない。
「え? これは……俺もよくわからない。母親が言うには、生まれつきだって」
先ほどまで声を荒げていた世良は、自分の髪についての疑問に答えながら、横を向いて世良に見せる。決して染めているわけではない。何故か赤ん坊の頃から一部が赤色で、黒染めしても色が付かないという。
「ふーん。じゃ、あなたはもう下がってなさい」
親指で玄関を指すジェスチャーの通り、輝井は善意を持つままに世良を避難させようとする。確かに体格は女性より男性の方が優れていても、能力を持っていない者はこの戦いに参加する事すらできないからだ。
「今から怖ーい殺人犯をとっ捕まえるから」
「! ということは、やっぱりきみが殺したわけじゃないんだな」
下がった方がいいと理解はしつつ、誰がどう見ても一般的なこの女性が犯人出ないことに胸を撫で下ろす。先ほどまで自分に向かって迫られていたナイフと骨董品の事は、何かの間違いだと思うことにして。
「ええそうよ。あなたと出会って漸く理解した」
「この家には、もう一人誰かが潜んでいる」
――――――――――――――――――――
輝井 夢野(17)
職業:学生
身長:164
髪型:ポニーテール
服装(上):薄黄色のタイフロントシャツ
服装(下):黒のスカート
ツンとした口調と自分の実力に絶対的な信頼を置く女子高生。
自分以外の能力者が起こす「事件」に対し嫌悪感を抱き、散歩と称して様々な場所に出向いている。
幼少期から引っ越しが多く、能力の事もあり深い仲と呼べる人間がいなかった。
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