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20 報い
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「そんな、……っえ?」
否定しようと声を上げた矢先視界が歪み、気付けば私は広く天井の高い六角形の部屋にいた。部屋全体に魔力が満ちていて、何より部屋には、地下堂にいるはずのマヌエラの姿がある。
私の手を握っていたアルトゥールは、変わらない笑みと穏やかな声で、何事もなかったかのように続けた。
「来るのは初めてかな。ここがノヴァーリス秘密の地下堂だよ。禁術の書はここに隠されている。……いつもは、だけど」
細めていた青の瞳がすっとマヌエラ先生の方へと向く。
「こんにちは、マヌエラ先生。禁書が見当たりませんね」
「あ、……わ、私が訪れたときには既に……!」
マヌエラはたるんだ肌の奥にある目を見開いてうろたえている。まずい。助け船を出さなくちゃ……!
「今日、私のクラスの成績不振者が、急に上級悪魔を召喚しましたの。きっとそれでマヌエラ先生は、あの生徒が禁書を使ったのではないかと考えたのではないかしら?」
「ええ、ミス・ウォーウィックの言う通りでございます」
「……なるほど」
筋は通っているはずだ。
これでアルトゥール・クラウスナーも私たちの味方だ。彼を味方につけることはすなわち、学園全てを味方にするも同義。
ああ、これであのうぬぼれ屋のモナ・フェスターもおしまいだわ。目障りだから当然よね。
「じゃあ禁書は、モナ・フェスターが所有していると?」
「ええ、そうなりますね。……さあ、ミスター・クラウスナー。ここは生徒が立ち入っていい場所ではありませんよ。学園長の孫とて、私は特別扱いなんて……」
「それはおかしいですね。だって禁書は、僕が持っているんです」
「は……?」
「シャッズという悪魔を使役したんでしょう?……残念ながら、今の使役者はあなたではない。既に契約は上書きしました」
ちらりと彼女の方を見る。
わなわなと唇を震わせていたが、私の視線に気付くと冷静さを取り戻したようだった。
これはハッタリだ。
私たちを怪しんでいるアルトゥールが、カマをかけようとしているに違いない。
「シャッズ」
彼が名を呼ぶと、魔法陣が現れることさえなく、醜い鳩の姿をした悪魔がそこに出現した。
言葉もなく、にこりとアルトゥールが微笑んでくる。
「禁書はあなたの部屋ではなく、僕の部屋に……、いえ、僕とお祖父様の部屋にあります。そして、あの本には僕とあなたの魔力の残滓がべったりと残っていることでしょう。」
「が、学園長室……!?」
「待って!」
すかさず私は反論の声を上げる。
「アルトゥール先輩。それではシャッズの使役者はあなたということですね?それなら、禁書にはマヌエラ先生の魔力よりも、あなたの魔力で上書きされているのではなくて?それを見た学園長はどう思われるでしょうね、まさか自分の愛孫が、禁書を盗んだとショックを受けるかもしれないわ」
「そうよ!墓穴を掘ったようね、ミスター・クラウスナー!これで私たちが禁書を盗もうとしたことは誰にもバレない。あんた一人が罪を被って、それで全て……!」
「……その発言だけで十分だ」
「……え?」
興味もなさそうに彼が首を振る。すると、階段の方から人の気配がした。
「……今の発言は本当かね」
「学園長……!」
階段の影から、学園長を連れたモナが姿を現した。
「リーゼラ……マヌエラ先生……」
「あ……あ、そんな……全て、聞いて……?」
「聞いていたよ。……残念だ、こんなことになるとは……」
学園長に聞かれた。もう終わりだ。
足元がふらつき、その場にへたりこんだ。その瞬間、老婆のヒステリックな声が耳をつんざいた。
「ええい、もう知るものか!この老いぼれも今ここで殺してしまえば、何も明るみにはならないんだからね!命ず命ず、我が元に集え!出でよ────」
「オロヴァセーレ!!」
マヌエラの魔法陣が室内に広がった瞬間、モナの声が高い天井に響いた。
その瞬間、室内に強い光が満ち、あまりの眩しさに私は目を瞑った。
途端、鳥肌が立つほどの魔力を感じ、慌てて目を見開く。そこには、不気味な青い馬に乗った黒髪の青年の姿をした悪魔が、瞬く間に結界を張りマヌエラを閉じ込めていた。
青い氷のような結界に閉じ込められたマヌエラが、顔を引き攣らせてか細い声で喋り始める。
「オ、ロヴァセ……?そんな、その名前は、」
「魔界の、次期君主の名前。……彼が、そう。私の使い魔」
「人間風情が気安く呼んでいい名ではないがな」
馬に乗った悪魔が、ぎろりとこちらを睨みつける。すくんだ声が小さく漏れ、私は恐怖におののくしかできなかった。
オロヴァセーレの視線を追って、学園長が私を見る。哀れみの目だ。嫌だ、私はそんな目で見られるべき存在じゃない。
「君たちには、この学園を去ってもらうよ。禁書はこの国にとって大事な書物だ。王都で留置させてもらおう」
「嫌!そんなの、私勘当されてしまうわ!何でもいたします、どうかそれだけは……!」
這いつくばって学園長の側へとすり寄る。こちらとちらりと見た老人は、普段の優しそうな目とは全く違う、氷のような冷たい目をしていた。
「……情けない。君のような生徒を入学させてしまったことが、最も情けない」
「嫌!嫌よ!その女が全てやったの!私は……!」
「リーゼラ」
近付いてきたモナが、馴れ馴れしく私の肩に手を置いた。身を屈めて視線が合う。
「……罪、償いなよ。それでもまだ私が許せなかったら、また受けて立つから」
「……っ!!」
あまりの怒りに声も出ない。
拳を握り怒りに震わせていると、階段の方から数人の教職員が姿を現した。
「学園長!マヌエラの部屋から禁術の書が発見されました!」
「うむ、ご苦労。この2人を連行してくれるかね」
「はっ!」
「オロヴァセーレ、結界を解いて。もう大丈夫だから」
マヌエラと私は後ろ手に腕をまとめられ、魔法の拘束具が付けられた。
「嫌!嫌っ、嫌ぁ!誰か、誰か助けて!嫌ぁぁぁ!」
否定しようと声を上げた矢先視界が歪み、気付けば私は広く天井の高い六角形の部屋にいた。部屋全体に魔力が満ちていて、何より部屋には、地下堂にいるはずのマヌエラの姿がある。
私の手を握っていたアルトゥールは、変わらない笑みと穏やかな声で、何事もなかったかのように続けた。
「来るのは初めてかな。ここがノヴァーリス秘密の地下堂だよ。禁術の書はここに隠されている。……いつもは、だけど」
細めていた青の瞳がすっとマヌエラ先生の方へと向く。
「こんにちは、マヌエラ先生。禁書が見当たりませんね」
「あ、……わ、私が訪れたときには既に……!」
マヌエラはたるんだ肌の奥にある目を見開いてうろたえている。まずい。助け船を出さなくちゃ……!
「今日、私のクラスの成績不振者が、急に上級悪魔を召喚しましたの。きっとそれでマヌエラ先生は、あの生徒が禁書を使ったのではないかと考えたのではないかしら?」
「ええ、ミス・ウォーウィックの言う通りでございます」
「……なるほど」
筋は通っているはずだ。
これでアルトゥール・クラウスナーも私たちの味方だ。彼を味方につけることはすなわち、学園全てを味方にするも同義。
ああ、これであのうぬぼれ屋のモナ・フェスターもおしまいだわ。目障りだから当然よね。
「じゃあ禁書は、モナ・フェスターが所有していると?」
「ええ、そうなりますね。……さあ、ミスター・クラウスナー。ここは生徒が立ち入っていい場所ではありませんよ。学園長の孫とて、私は特別扱いなんて……」
「それはおかしいですね。だって禁書は、僕が持っているんです」
「は……?」
「シャッズという悪魔を使役したんでしょう?……残念ながら、今の使役者はあなたではない。既に契約は上書きしました」
ちらりと彼女の方を見る。
わなわなと唇を震わせていたが、私の視線に気付くと冷静さを取り戻したようだった。
これはハッタリだ。
私たちを怪しんでいるアルトゥールが、カマをかけようとしているに違いない。
「シャッズ」
彼が名を呼ぶと、魔法陣が現れることさえなく、醜い鳩の姿をした悪魔がそこに出現した。
言葉もなく、にこりとアルトゥールが微笑んでくる。
「禁書はあなたの部屋ではなく、僕の部屋に……、いえ、僕とお祖父様の部屋にあります。そして、あの本には僕とあなたの魔力の残滓がべったりと残っていることでしょう。」
「が、学園長室……!?」
「待って!」
すかさず私は反論の声を上げる。
「アルトゥール先輩。それではシャッズの使役者はあなたということですね?それなら、禁書にはマヌエラ先生の魔力よりも、あなたの魔力で上書きされているのではなくて?それを見た学園長はどう思われるでしょうね、まさか自分の愛孫が、禁書を盗んだとショックを受けるかもしれないわ」
「そうよ!墓穴を掘ったようね、ミスター・クラウスナー!これで私たちが禁書を盗もうとしたことは誰にもバレない。あんた一人が罪を被って、それで全て……!」
「……その発言だけで十分だ」
「……え?」
興味もなさそうに彼が首を振る。すると、階段の方から人の気配がした。
「……今の発言は本当かね」
「学園長……!」
階段の影から、学園長を連れたモナが姿を現した。
「リーゼラ……マヌエラ先生……」
「あ……あ、そんな……全て、聞いて……?」
「聞いていたよ。……残念だ、こんなことになるとは……」
学園長に聞かれた。もう終わりだ。
足元がふらつき、その場にへたりこんだ。その瞬間、老婆のヒステリックな声が耳をつんざいた。
「ええい、もう知るものか!この老いぼれも今ここで殺してしまえば、何も明るみにはならないんだからね!命ず命ず、我が元に集え!出でよ────」
「オロヴァセーレ!!」
マヌエラの魔法陣が室内に広がった瞬間、モナの声が高い天井に響いた。
その瞬間、室内に強い光が満ち、あまりの眩しさに私は目を瞑った。
途端、鳥肌が立つほどの魔力を感じ、慌てて目を見開く。そこには、不気味な青い馬に乗った黒髪の青年の姿をした悪魔が、瞬く間に結界を張りマヌエラを閉じ込めていた。
青い氷のような結界に閉じ込められたマヌエラが、顔を引き攣らせてか細い声で喋り始める。
「オ、ロヴァセ……?そんな、その名前は、」
「魔界の、次期君主の名前。……彼が、そう。私の使い魔」
「人間風情が気安く呼んでいい名ではないがな」
馬に乗った悪魔が、ぎろりとこちらを睨みつける。すくんだ声が小さく漏れ、私は恐怖におののくしかできなかった。
オロヴァセーレの視線を追って、学園長が私を見る。哀れみの目だ。嫌だ、私はそんな目で見られるべき存在じゃない。
「君たちには、この学園を去ってもらうよ。禁書はこの国にとって大事な書物だ。王都で留置させてもらおう」
「嫌!そんなの、私勘当されてしまうわ!何でもいたします、どうかそれだけは……!」
這いつくばって学園長の側へとすり寄る。こちらとちらりと見た老人は、普段の優しそうな目とは全く違う、氷のような冷たい目をしていた。
「……情けない。君のような生徒を入学させてしまったことが、最も情けない」
「嫌!嫌よ!その女が全てやったの!私は……!」
「リーゼラ」
近付いてきたモナが、馴れ馴れしく私の肩に手を置いた。身を屈めて視線が合う。
「……罪、償いなよ。それでもまだ私が許せなかったら、また受けて立つから」
「……っ!!」
あまりの怒りに声も出ない。
拳を握り怒りに震わせていると、階段の方から数人の教職員が姿を現した。
「学園長!マヌエラの部屋から禁術の書が発見されました!」
「うむ、ご苦労。この2人を連行してくれるかね」
「はっ!」
「オロヴァセーレ、結界を解いて。もう大丈夫だから」
マヌエラと私は後ろ手に腕をまとめられ、魔法の拘束具が付けられた。
「嫌!嫌っ、嫌ぁ!誰か、誰か助けて!嫌ぁぁぁ!」
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