上 下
8 / 22

8 ランチの席で

しおりを挟む
翌日。

初めての使い魔に魔王の息子を召喚してしまった私は、一日経っても実感が湧かずにぼーっとしていた。

そもそも使い魔がいたとしても生活が劇的に変わるわけではないし、今まで積もり積もった劣等感が唐突になくなるわけでもない。

朝からそんな風にぼんやりとした気持ちでいた私は、珍しくぼんやりと座学を受けていつの間にやら午前の講義を受け流していたらしく、気付けば食堂で昼食を食べていた。

味のしない食事を作業的に噛んでは飲み込むを繰り返す中、私の席の側に誰かが立った。

「こんにちは。隣、いいかな。今日は随分と混んでるね」
「ああ、はい。どうぞ……あ、」
「ありがとう」

よそ行き用の笑顔を張り付けて隣に座ってきたのは、私の使い魔……もとい、この学園のアイドルであるアルトゥール・クラウスナーだった。

昨晩見たときとは正反対の、白銀の髪と海のような色の瞳が美しく爽やかだ。あれだけ鋭く睨みつけてきた悪魔とは思えない微笑みだ。

「……。」
「……。」

本当に他に席がなくて隣に座っただけなのか、会話は特にない。これは特に気まずくないが、先ほどから周囲の視線が痛い。大半の人が見ているのはアルトゥールの方だろうが、私を知っている一部の人たちは私の方を睨みつけているようだった。

「あれ、何か落ちたようだよ」

早く食べ終えて次の教室に行こうと思った矢先、カランと何かが床に落ちた音が私たちの静寂を裂いた。アルトゥールが食事の手を止め床に手を伸ばして拾い上げる。彼の手の中には一つの指輪が乗っていた。

「え……?いえ、私のでは、」
「はい、手を出して。はめてあげるよ」
「……。」

見覚えのない指輪に戸惑う私と、私の手を取った彼にざわつく周囲を置き去りにして、少しの波風もない涼しげな笑顔を向けてくる。

弧を描いていた瞳が僅かに開き、細めた目の奥から暗い青がこちらを見詰めている。昨晩感じた有無を言わさぬ迫力を感じ、顎を引いて彼に身を委ねた。

「あ……ありがとうございます」
「構わないよ」

にっこりと笑みを残してから、アルトゥールは再び食事の手を動かし始めた。

私は彼にはめられた指輪を眺める。シルバーの平打ちで、中央に小さな赤い石が埋められている。まるでオロヴァセーレの瞳のような色だ。

────あまりじろじろと眺めるな。不自然だ。
「っ!?」

突然頭の中に響く声に思わず周囲を見回す。不思議そうにこちらを見詰めるアルトゥールと目が合った。

────だから、じろじろ見るんじゃない。周囲に怪しまれるだろう。

間違いなくアルトゥールの……いや、オロヴァセーレの声だ。

────その指輪を介して俺と話せる。肌身離さず着けておくことだ。
────ありがとう。何か話でもあるの?
────いや。ただ、俺を呼び出すときはその指輪を介して声を掛けろ。俺にもアルトゥールとしての生活がある。

ちらりと横目で彼の様子をうかがう。澄ました表情が綺麗で、頭の中でこんなにも威圧的に話しかけているとはとても思えない。

────ねえ、どうして人間に混じって暮らしてるの?
────……。次代の魔王として、見聞を広めるためだ。使役者である人間の魔力を己に組み込むことで、魔界を統治するに足る存在になるためでもある。……。代々の慣習だ。
────その使役者が私で本当に……、

「あらモナさん、ここにいらしたの?いつもみたいに教室でお一人かと思ったのに」

彼との会話の間に、鼻につく高い声が割り込んできた。

顔をそちらへ向けなくたってわかる。やたらと私に絡んでくるいけ好かない女……リーゼラだ。染めた金の髪を掻き上げながら高い香水の匂いを振り撒き、いつもよりもうさん臭く笑顔を浮かべている。アルトゥールの前だからかだろうか。

────級友か?

嘲笑混じりに意地悪く問い掛けてくる声を無視し、リーゼラの方を睨み付ける。

「……何か用?」
「あぁやだ、怖い顔。……学園長からのお呼び出しですわ。何か悪いことでもなさったの?」
「そう。伝えてくれてありがとう」

礼だけ告げて食器を片付けるために立ち上がる。

「あら、もう行くのね?じゃあその席は私が代わりに────」
「ああ、俺ももう行くよ。どうぞごゆっくり」

アルトゥールの隣の席を見逃すわけもない彼女だったが、アルトゥールも立ち上がり、笑顔を一つ残して立ち去った。

学園長直々の呼び出し……なんだろう。悪いことじゃないといいけど。

不安に思いつつ、私は学園長室へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...