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不動産屋「マンション」

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道の反対側に軽トラックが停まっている。
荷台から次々と家具が下ろされ、向かいのマンションに運び込まれていく。


ジャージに軍手姿の若者が、
小型のテレビ台を抱えて
道路を横断する。


マンションの入り口にいた青年が声をかけた。

「その荷物で最後だぞ」


「よっしゃ~」

こうして、山下の引っ越しは
完了した。


「とりあえず飲もうぜ。山下の、まだ出会わぬ未来の彼女との」

音頭をとる橘。

「ピンク色の生活を、記念して~」


それを受けて
「なんだよピンク色って。
一応俺、一人暮らしなんだからな?」
と山下が笑う。


ダンボールに囲まれた部屋の中央。わずかに見える床に座って胡座をかいた4人の男が、次々に缶ビールを開ける。


プシュ…


「カンパーイ!!」

プハァ~、橘が首に巻いたタオルの端で額の汗を拭っている。


「お前ら、ありがとうな。
手伝ってくれて本当に助かったよ。引っ越し業者は金がかかるしさ、畑本の親父さんが軽トラを貸してくれたのもありがたかった」
感謝を口にする山下。


「気持ちわりぃな~。なんだよお礼とか。ガラに合わないことすんなって」
今田が、山下の腹を横から小突いた。


「それにしてもさ…大丈夫なの?ここ」
畑本が口を滑らせた。

正面の橘が畑本を睨む。


「あ、いいよいいよ。大丈夫、気を使うなよ。俺はそういうの全然気にしないタイプだしな」


「すまん、水を差すつもりはなかったんだよ。たださ、あまりにその……ここ、駅近の1LDKじゃん?月2万8千円は安すぎだよな?
普通に考えて」
遠慮がちに言う畑本。


「やめろって畑本!まったくお前少しは空気読め」
今田が青ざめる。


「ま、ぶっちゃけ事故物件ってやつ。不動産屋から聞いたからマジだろ」
山下がニカッと歯を見せて答えた。


「うわぁ~~!!おいおい、ほんとかよ~内緒にしといてほしかったわ、俺がそういうの苦手なの知ってんだろ?やめてくれって」
今田が情けない顔をする。
極端に怖がりなのだ。


「ま、家主の俺が大丈夫っていってるんだから問題ないさ。むしろ格安でラッキーって話。それにな?実は俺、すごく楽しみにしてるんだよ」


「なにをだ?」
びっくりした橘が山下を見つめる。


「決まってるじゃん。『出る』のが、だよ」


「おいおい、なんだ山下。
お前、勇者かよ~」
呆れた目で山下を見つめる畑本。


「ま、問題ないから心配すんな!さぁくだらない話はやめにしてガンガン飲もうぜ」


「いのちだいじに」

「ドラクエかよ!」

4人は声を上げて笑った。



山下が大学に顔を出さなくなって一週間が経った。

普段からサボリ癖のある山下が講義を休むのは珍しくなかったが、問題はサークル。
同じバスケ部で練習を共にする仲間同士だからこそ分かる。
バスケきちがいの山下が無断でサークルを休んだことなど、過去に一度もないということを。


始めのうち、心配して騒ぐ今田をうるさいやつだ、落ち着けよと流していた橘と畑本だったが、さすがに欠席7日目ともなると、山下の身に何かあったのかもしれないと認めざるを得ない。

さっそく明朝、講義の前に三人で山下の家を訪ねてみることで話がまとまった。


翌朝。

インターホンをいくら鳴らしても山下が出てこない。
業を煮やした三人は、管理人室へ向かった。

だがしかし、維持費の安いマンションの管理人が常駐なはずもなく……
管理人が出勤してくるまで、
駅前の喫茶店で時間を潰すことに。






…と、大通りに面した窓際の席でコーヒーをすすりながら外を眺めていた今田が表を指差す。

「なぁ、あれ。向かいの不動産屋。あれ確か山下にマンションを紹介した不動産屋じゃん?」


「不動産屋ならスペアの鍵を…」


「行くぞ!」
行動派の橘が、上着をつかんで立ち上がる。橘の後ろを、畑本と今田が慌てて追いかける。


「というわけなんです」
畑本が、早口で大まかな事情を説明する。


「そうですか。山下様には…
ご忠告差し上げたんですが…格安なら問題ないの一点張りで」
口ごもる営業マン。


「どういうことです?!」
黙って様子を伺っていた橘が、射るような眼で営業マンを睨みつけながら口を挟んだ。


「実は…隠しても仕方のないことですので正直に申し上げますが…山下様にお貸ししたマンションはいわく付きの物件でして」


それを聞いた今田が、引きつった顔でゴクリと生唾を呑む。


「山下様には何度も確認を取りました。それでもかまわないとのことで…私がその時の契約を担当した柏木と申します」


営業マンが差し出した名刺には「主任」の文字の後ろに【柏木敬一】と書かれている。



柏木によると、やはり山下の借りたあの部屋は「出る」のだという。
深夜2時を過ぎる頃になると、よなよな幽霊が現れて居住者を苦しめるらしい。


「何度となくお祓いもしましたが効果は得られませんでした。入居者は皆、やつれ果てた様子で衰弱してゆき、やがてはマンションを出て行ってしまうんです。あまりに人が居つかないので、私共も困っている次第です」


「どんな幽霊が出るんです?」

身を乗り出して質問する畑本に、詳しく説明をする柏木。


「あの部屋にいる霊は非常に賢いんです。毎回同じ格好をしているわけじゃないんですよ。
住む人に合わせて、姿を変えて出てくるんです」


なるほど。よくある話だ。
霊としても、同じたぶらかすなら相手の好む魅惑的な姿となって現れたほうが騙しやすくて都合がいいのだろう。
美女に骨抜きにされて魂を抜き取られる…
ありきたりな怪談話だが、
洒落にならない。

山下は不細工ではなく、むしろ女ウケも割といいのに、彼女いない歴=実年齢、の男。

つまり…
女性に免疫がないチェリーボーイ。
百戦錬磨の妖艶な霊とは、最悪な組み合わせなのだ。


とにかく一刻も早くマンションへ向かおう。三人は柏木を先頭に問題の現場へ向かった。

営業マンが鍵を開けた瞬間、生臭い、すえた匂いが鼻をつく。禍々しい不吉な空気が充満している。


「おーい、山下!いるか!いたら返事をしてくれ!!」


仲間たちが次々に、土足で部屋に踏み込んでいく。


「山下!」


薄いマットレスに座り、茫然としている山下がいた。
ゲッソリと痩せて落ち窪んだ目、この一週間、ろくに食事も取らずに霊との情事に耽っていたのだろうか…
この位置からは横顔しか見えないが、明らかに目の焦点も合っていない。 


(こいつは危険だ!)


腰を抜かしてへたり込んでいる今田を無視して、真っ先に山下の元へ駆け寄ったのは橘。


力強く肩をつかみ、大声をあげながら揺さぶる。

「しっかりしろ、俺がわかるか?山下!」


揺さぶられるたび、うなだれたままの山下の首がガクンガクンと大きく跳ね上がる。
…と、投げ出すように伸びていた山下の足の爪先が、ピクリと動いた。


「た、たち…ばな…?」


「ああそうだ。俺だ橘だ!!」


(良かった…)
橘の瞳に安堵の色が浮かぶ。


「なん…で…橘が…ここに…」
不思議なものでも見るような目つき。


「なんでって、当たり前だ!俺たち親友…」


「ギャアアアアアア!!」


橘の声が、山下の甲高い悲鳴にかき消された。室内に響き渡る狂気の叫び。
山下の恐怖に血走った目が、誰も居ない壁際を凝視している。


「く、くるな!こっちに…くるなよぉ…お、お前は、誰だ。なんで…」


両手をじたばた振り回し、
なにかを拒絶するように激しくもがく山下。


「わ、わかったぞ、今度は二人がかりで俺を誘惑する気だな?い、嫌だ、もう許してくれ、
頼む、お願いだ!許してくれよおおお!!」


(二人?霊は一体じゃないのか?)


涙声で許しを乞う山下を前にして男たちの背中に戦慄が走る。


「落ち着け、山下!目を覚ませよ!なあ!」


恐怖にかられた畑本が、思わず拳を振り上げる。
殴りつけられた山下が、枯れ枝のように吹っ飛び、そのまま床に這いつくばった。


山下は色を失った瞳で橘を指差して言った。


「じゃあなんで、橘が二人も居るんだよ…」
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