表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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裏切り者の町

特別通過の代償

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「おかしなことになってきたね、ディッパー」

「なにがおかしいもんか、うたげなんて最高だえ。
豪勢な飯にありつけるな」

「ディッパーは呑気だなあ」

「カイは金を持ってるか?
あっちの銭じゃなくて、イマジェニスタのゼオンな」

「お金なんてあるの?そんなの持ってないよ」

「ちっ、つまらないな、それじゃ遊べないな。
仕方ない…特別通貨を使うしかないだえ」

「特別通貨?」

「まあ、着いてこいな」
ディッパーが一軒の出店に入っていく。

「いらっしゃいませ」

「…二百ゼオンか、高いな。
この、でっかい串に刺さったやつを二つ、特別通貨で。
支払いはこっちの坊や」
そう言ってカイを指さす。

「かしこまり!」
テキパキと串焼きにタレを絡めて、二本ディッパーに手渡す。
「二本ですので…お代はになります。
毎度あり!」

串を受け取りスタスタと歩いていくディッパー。

「待って待って、お金を払ってないじゃない。
いいの?立ち去って」

「いや、しっかり払っただえ?
嘘だと思うなら、これを食ってみろな」
そう言って一本差し出す。

なかなか美味そうだ。
受け取った串焼きを食べようと口を開け……

!?

口が開かない!
何度、口をこじ開けようと頑張っても、どうしても食べることが出来ない。

「なんだよ、これ!」
不思議なことに喋ることは出来る。
ただ食べようとしたときだけ、接着剤でくっつけたように口が開かなくなるのだ。

「な?カイはちゃんと代金を支払っただえ。
食えないんじゃしょうがない、オラが貰うな」
ディッパーが串焼きをひったくった。
左右の手に一本ずつ串を持ち、交互に頬張ほおばっている。
とても嬉しそうだ。

「特別通貨ってそういうことか」
カイが爆笑した。
僕が食べられなくなるのを分かって注文したな?
ゲンキンなやつ。

「これは、品物に応じて内容が変わるの?」

「そうだえ。高価なものほど支払いも高くつく。
豪邸を買うために寿命を半分払うやつだっているからな。
オラの友だちはそのへん賢かっただえ、あいつは食べなくても死なない魔法を自分自身にだけ、かけられたからな。
それで無限に購入した食いもんで家族を養ってた。
働かずしてな」

せつない。
自分は食べずに家族を食べさせるなんて。
…て、あれ?

「ねぇ、君たちは何か食べないと死ぬの?」

「当然だえ?」

「僕なんでもないようだけど。
実際こっちに来てから水すら飲んでないし」

「異世界から来たもんはそうなんだえ。
あっちから来たもんは食う必要が無い。
そんで、それは逆もしかりなんだえ」

なるほど。
狐火や赤毛やパングは、リアラルでは何も食べなくて大丈夫なんだ。
でもイマジェニスタに戻ったら、人間と同じで食べないと衰弱する…
競技大会だかなにかが行われていた狭間とか言うところではどうなんだろう?

「しかしなんだな、オラはカイの側にいれば、一生、食いっぱぐれなしってことになるだえ」
ディッパーがジト目でこちらを見つめている。

「一生!?勘弁してよ、ディッパー」

「冗談だえ。こっちだって美女ならともかく、むさ苦しいのと同棲生活はごめんだえ」

それはこっちのセリフ…
と言いかけて、手で口を抑える。
危ない危ない、ディッパーの癇癪玉に触れるのは避けなくては。

それにしても、なんだこの食い気は…!
ディッパーの食欲は収まるどころか加速している。
行く先々の出店で足を止めては、カイの支払いでおやつを購入していく。

「ねぇ、ちょっと!大丈夫なのかい?ディッパー。
ずいぶんと景気よく特別通貨を使ってるみたいだけど。
ひょっとして僕はすでにうたげのごちそうにありつけないくらい浪費してるんじゃ?」

「そこは安心するだえ。
オラもちゃんと考えてるから。
飲食禁止はさっきの串焼きだけで、他の食いもんは別ので払ってるからな」

別のって…
カイは怖くなった。

「たいしたのは使ってないから心配いらない。
散髪二ヶ月禁止が一つ、
靴紐くつひもが三日ほどけないが一つ、
運に見放される五分が一つ、
鏡に映らない六十分が二つで計百二十分、
入浴禁止五日が一つ、
えーと、あとはなんだったかな
……忘れただえ」

三日も靴を脱げず五日シャワーも浴びられないのか。
それはいいとして、だ。
……五分、運に見放される?

「ディッパー。五分、運に見放されるを使ったのはいつ?」

「つい三分ほど前だえ。
特になにも起きてないな。
あと二分の辛抱しんぼうだからこのクッキーは安いもんだえ。
頑張れカイ、なあに残りたったの百二十秒な。
……ああ、うめえ。こりゃ最高」
ボリボリ音を立て、カスを落っことしながら貪るディッパー。

どう頑張るんだよ…!
リアラルなら、飛び出してきた車に跳ねられたり鳩にふんを落っことされたりするのかもしれないが、そのどちらもこの町にはなさそうだ。
要因がないなら、なにも不幸は起こらないんだろう、きっと。
油断は禁物だがよく注意していれば問題ない…はず。

「仕方ない。まあ、観光を続けるか。ダーリの屋敷に戻るまであと一時間くらいだろうし」

気を取り直して歩き始めたカイの背後から小さな影が走り出てきた。
子どもはカイの真横を通り過ぎ、ディッパーの元へ…
そして、両手に抱えた大量のおやつの中からいくつかを奪い取って逃げようとした。

「おっと、君それはダメだ。可哀想だけど見逃せないよ」

カイがとっさに少年の肩を押さえて捕まえる。
すると。
少年はおもむろに帽子を脱いで口に当て…
メガホンで力一杯、叫んだ。

「助けてぇぇえぇぇぇえええええ」

あっという間に、駆けつけてきた大人たちに取り囲まれるカイ。
帽子で顔は見えないが殺気立っている。

「誤解です。僕は何もしていませんよ。その子が…」

「この子のことだえか?」
さっきの子どもの頭をディッパーがにこにこしながら撫でている。
ずいぶんと親しそうな雰囲気。
子どもはカイと目が合うと、おどけたように舌を出した。

????

「人前で帽子を脱ぐなんてよっぽどのことだ。
あんた、この子になにをしたんだ?
とにかく、来てもらおう」

これは面倒なことになったぞ。
よそ者の話なんか聞いてもらえる空気じゃない。

「ディッパー!君もなんとか言ってくれ」

ディッパーは知らん顔で、子どもにおやつをあげたりしている。

「ディッパー!」
両腕を左右から捕まれて、連行されていくカイの耳にはっきりと。

「お疲れ様だ、カイ。
ここはロスド、裏切り者の町だえ」
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