表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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ハイジャックと空駆ける天馬

珍客と金属探知機

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直径一メートルほどの円筒上の壁が上からゆっくりと降りてきて足元まで下がりきると、また上に上がっていく。
最新式の金属探知機。

搭乗者が少ないのか、列になって並んでいるとすぐに順番がやってきた。
まずは狐火。
ブザーは鳴らず、すんなり通ることが出来た。
続いてカイ。

「もう少し下がって。前すぎます。円の真ん中に立ってください」
係員に促される。

そうはいってもカイの後ろにはジルがいるのだ、円の中央に立てばジルがはみ出してしまう。
ここで怪しまれるわけにはいかない。
探知機が反応した挙句、ボディタッチされることにでもなれば、それこそ万事休す。
カイは仕方なく、円の中央に立った。
祈るような気持ちで目を閉じる。

ガツン、、、、
鈍い音が聞こえた。
ぐうぇ…
背後から微かな呻き声。

「あれ?おかしいな、故障かな。途中で止まってしまった」

目を開けるとカイの太ももあたりの高さで、円筒の壁が静止している。

「いったん上げますね」
係員が戸惑った様子で告げた。

助かった…
ジルは大丈夫だろうか。

「じゃあ、もう一回…」

カイが戸惑う間も与えず、また壁が降りてきた。

ガツン…

何度やっても同じだ。頼むからもう諦めて欲しい。

ガガガ…
激しく振動するような音がしたかと思うと、探知機の周囲を取り囲む電飾の光が一斉に消えた。

慌てた係員がボタンを押すも、壁は下がりも上がりもせず完全にその位置で止まってしまった。

「すみません、とりあえずそこから出てきてください」

屈みこんで装置の外に出る。
カイは素直に従った。

係員が壁にかかった内線電話使って指示を仰いでいる。
カイを含む数名の搭乗者がその場で待たされること数分。
上司と話しているのだろう、離陸時間が迫っているためかなり慌てている。

「はい、はい、分かりました。
ではそのように致します、はい、承知しました。
大至急、お願いします」

話はついたようだった。
ほどなくして、航空会社の制服を着た者が走ってくるのが見えた。
男一人、女一人。

ボディチェックに切り替えたんだ。
これはまずいぞ。

案の定
「男性はこちら、女性はこちらに並び直してください」
と先ほどの係員が大声を上げる。
慌ただしく、バタバタとした空気の中
後ろに並んだ残りわずかな乗客たちも左右に分かれて列を作る。

「申し訳ございません。機械の不具合によりボディチェックによる検査に変更になります」
係員は歩きながら一人一人に説明をしている。

「君からかな」
緊急事態の連絡を受けて駆けつけた男が、最前列にいるカイに手を伸ばす。
まずは体の前面、肩、胸。
ぽん、ぽん、ぽん…


早くあっちに行ってくれ、早く。
先ほど探知機を操作していた係員がカイの声の届かない位置まで移動したのを確認すると
「いえ、僕はもうさっき終わったんですよ」
と目の前の男にしか聞こえない小声で言ってみる。

男は手を止め、疑うような目つきでカイを見つめた。
「終わったのなら、なぜいつまでもここに?」

「面白そうだったからですよ、
機械が故障したら検査はどうするのかなあと思いましてね。
単なる野次馬です」

男がカイの背中側に回り込もうとしたとき、後方からヤジが飛んだ。
サラリーマン風の中年が苛ついた様子で…いつまで待たせる気だ!さっさとやれよ!と怒鳴っている。

「行ってよし」
憮然とした表情で吐き捨てた男の脇を、カイはするりとすり抜けて搭乗口へ向かった。 


「この飛行機は間もなく離陸いたします。シートベルトをもう一度お確かめ下さい。また座席の背もたれ、テーブル、足置き、を元の位置にお戻し下さい」

明るい女性の声でアナウンスが流れ、きょろきょろと座席周りの設備を確認する狐火。
「ほほう、ほう。なるほど、ここは…こう動かせるんじゃな」
子どものようにはしゃぎながらシートベルトを締めている。

通路を通り過ぎる際、CAが優しく声をかけてきた。
「お客様、お困りのことがございましたらなんなりとお申し付けください。お寒いようでしたらブランケットもご用意できます」

今にも死にそうな高齢の搭乗初心者を気遣っているのだろう。健康面で、要観察リストの上位にアップされていても不思議ではない。

その隣でシートベルトを締め終わったカイが、座席前面のポケットから安全のしおりを取り出して静かに読んでいる。

「僕も飛行機に乗るのは初めてなんです。なんだか落ち着きませんね」

そうこうしているうち、機体が動き出し離陸が始まった。
完全に水平になり、シートベルト着用ランプが消えるまでは座席を動けないらしい。
手持ち無沙汰も手伝って、カイが狐火に話しかけた。

「さっきはびっくりしましたよ。ゴツンととても鈍い音がしましたから。どうなることかと思いました。
………大丈夫?」

最後の一言はジルに向けての言葉だ。
コツンコツンと2回、何かを叩く小さな音が。

「残念ながら、大丈夫なようじゃな」
と狐火。

イエスなら二回、ノーなら一回だ。

「怪我はない?」

コツン、コツン。

「石頭めが、岩のように硬いのは中身と一緒じゃな」

ガコン!

突然、大きな音がした。
通路を挟んで並びに座った乗客が何事かとこちらを凝視している。

足元にうずくまった見えない塊を爪先で小突いて、カイが注意を促した。
金属の熊手を曲げたあの怪力で、機体に重篤な不具合を起こされたらシャレにならない。

「あとでホットミルクを頼んであげるから、ね?」

幸いにもカイの左隣は空席だった。
ホットミルクを万が一、床の上に零したところで誰かに見咎められることはないはずだ。

ランプが消え、シートベルトを外すといくらか気分が落ち着いてきた。
その頃には狐火もすっかり大人しくなっていた。
約束通り、ホットミルクを注文するカイ。
靴を脱ぐふりをして足元にいるジルにコップを手渡す。

フーフー
熱い飲み物を冷ます音が足元から聞えてきたが、カイは無視した。
人に聞かれたところで誰かの寝息だと思われるだけだ、心配はない。

アナウンスによると、機内食が運ばれてくるまでまだ時間がある。
ひと眠りすることにして、横を見ると狐火が大口を開けて眠っているのが目に入った。
年甲斐もなく騒ぎ疲れたのだろう、カイは苦笑した。
CAを呼び止めてブランケットを一枚持ってきて貰い、起こさぬようにそっと狐火の身体にかけてやる。

「おやすみ、アニタ」
反対側の空席に小さく囁いて、カイはそのまま眠りに落ちた。

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