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パングとの出会い
異界からの使者
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「刻印?」
「ああ、そうだ。カイのポケットの中に大事に入っとった。
勝手に見たりしてすまねぇだ」
無意識に小箱が入っている腰のポケットの辺りに手をやる。
だがそこに硬い感触はない。
「コートならあっち。
びしょ濡れだったがら干しておいた」
パングが指差さした方向を向くと、ハンガーにかけられた灰色のコートが見えた。
(…そうだ、リックの小箱!)
駆け寄ってポケットを探ると、ひんやりと冷たい感触がした。
箱はきちんとそこに収まっている。
「刻印ってこれの…
この動物たちの彫り物のことかい?」
鈍い光の塊を左手に乗せてカイが確認する。
パングが頷いた。
「座って話さないか?
パン、いただいてもいいかな。
本当は腹が減って死にそうなんだ」
それを受けて、パングがそうだな、と頷いてベッドを指差す。
促されるまま、枕側に腰かけて、ジップロックを開ける。
パンの耳をひと掴み、先にパングに手渡そうとしたとき、ベッドの足側にパングがドカッと座った。
その弾みで、ベッドがシーソーのように傾き、カイの体が一瞬宙に浮いた。
パンの耳が数本、勢いよくすっ飛び出す。
「オイラの生まれはイマジェニスタっちゅうとこなんだがな。
その、ちんこい箱の刻印はイマジェニスタで施されたもんだ」
「イマジェニスタ?
国…じゃないよね。何州?
聞いたことがない…」
四つん這いで、散らばったパンの耳を拾い集めながら答える。
「そらそうだ、この世界にそんな変ちくりんな名前の町があるわげね」
パングが呆れた表情をした。
「この世界では…ない?」
床に散乱したパンを片付けていたカイの手が止まる。
「ちょうど鏡の裏っ側のようなもんだがな。
おまえさんたちにゃ行けない世界」
なんと返事をするべきか。
突然の素っ頓狂な告白に、カイは次にかけるべき言葉を見失っていた。
パングは善人だが明らかに気が狂っている。
このバラッドに落ち着くまで、長く孤独な放浪生活を続けてきて病んでしまったのかもしれない。
辛く苦しい暮らしの中、妄想癖に取り付かれたとしても誰がパングを責められるものか。
ましてやカイは、貧しい暮らしがどれほど人の心から潤いを削り取るものか身を持って経験している。
黙り込んだカイを訝しげに見つめるパング。
カイは、不安げに自分を見つめる視線に気づいた。
(気の毒に…)
きっと今までにも同じような話しをして拒絶されたことがあるのだろう。
いたたまれなくなって、カイは穏やかな瞳をパングに向けた。
「続けて?もっとパングの話を聞きたい」
パングはそれを都合よく解釈したようだ。
声が1トーン高くなり、喜々として話し始める。
「いまオイラたちがいるこの世界がリアラルっちゅう世界だ」
パングの説明によると、こことは違う別な次元の世界があり…イマジェニスタと呼ばれるその別世界では魔法や伝説上の生物が存在しているという。
「リアラルとイマジェニスタは、互いに行き来できないようになっちょる。そらそうだがな、マンハッタンの上空を火竜が飛んだり、高級デパートの食品売り場で地底ゴブリンがケーキ喰ったりなんぞしたら大変な騒ぎになるがら」
その様子を想像してカイは楽しくなった。
「ときおりリアラルでニュースになる奇跡や怪現象は、イマジェニスタの魔法や魔物がひょんな拍子にリアラルに流れ込んだ瞬間なんだがな」
「ネス湖のネッシーとか?」
カイが明るく笑って聞いた。
「ああ…あいつはあっちじゃネネスィーと呼ばれとる。長々種だ」
「長々種?」
「芋虫の一種だ。ネネスィーは養殖場からたまに逃げ出す脂っこい虫なんだが……きっとネス湖付近のどっかと養殖場のどっかの時空に、虫一匹やっと通れるぐらいの小さな穴が開いて、一時的に次元が繋がっただ」
「目撃されたネッシーは大きくない?虫一匹って…」
「やつらは水を吸うと派手に膨らむ。それもまばたきするくらいの、ほんの一瞬でだ。巨人族に売りつけるために開発された食用虫だがら」
小さな穴を必死でくぐり抜けて魔法の国から逃げ出した芋虫が、ネス湖の水中でぼんっと巨大化する映像を思い浮かべてカイは吹き出した。
「あんときゃ、やっこさん大変だったがな。狭間の裁判で、ネネスィー養殖場の経営者はキツくお灸を据えられただ。リアラルでの騒ぎを治めるために、ツジツマ部隊が出動して、ネッシーは単なる慌てんぼうな誰かの見間違いで……実際には存在しない生物だという噂をマスコミにアピールしなきゃならなくなった。偉い学者にちょっとした暗示をかけてねつ造だという証言をさせたり。まぁ養殖場剥奪は適切な判決だがな」
「ねつ造をでっちあげたの?そのなんたら部隊が」
「仕方あるめぇ?リアラルにイマジェニスタの存在を匂わすものを持ち込んだらろくなことがねぇだ。人間は金儲けが生き甲斐だがらな」
苦笑いして、カイはなるほどと頷いた。
「だいたいオイラは元からやっこさんが気にいらなかったがな。ふっかけ過ぎだ…キロ二千ゼオンの養殖虫なんて」
鼻を膨らませるパングに、カイはさっきから気になって仕方がなかった質問をぶつけてみる。
「裏の世界からこっちの世界に来るのが御法度なら、パングはどうやってこっちへ?
君の故郷はそのイマジェニスタなんだろ?」
「オイラは特別だ。仕事で来てるがら」
仕事という言葉がこれほどしっくりこない男も珍しいというのに。
今度はカイがパングをじっと見つめる番だった。
その瞳には憂いと好奇心、そして怪訝さが入り混じった奇妙な色が浮かんでいる。
この不思議な部屋にいて現実離れした世捨て人の話を聞いていると、その内容が本当のことに思えてこないこともない。
そもそも、リックが小箱を見せたあの夜から、カイの周りで不思議なことばかり起きているではないか。
パーカス・ガルネとの対談、ドルバン、そして今自分が居るこの空間。
なんなんだ?このえもいわれぬ出来事の数々は。
なにかがおきている。
それも、自分の理解の範疇を越えていながら…
明らかにカイの周りで。
「オイラのように仕事でリアラルに来る輩は他にもいる。そういう場合、破っちゃいけない三ヶ条があるがな」
「どんな?」
カイは真剣に耳を傾けている自分に気づいた。
パングの話を信じたい気持ちになってきている。
「まず第一に。リアラルで魔法を使っていいのは魔法使用認定エリア内だけだがな。イマジェニスタからやってくるもんは、リアラルに入るとき、魔法の使用できるテリトリーを一カ所貰えるだ。認められるテリトリーは狭くてな、オイラの場合はこの部屋ん中だ。たいがいはリアラルの居住地か仕事場を認定場所に選ぶ。そんな決まりやらなんやらの誓約書にリアラル入国の際、狭間の部屋でサインさせられるだ。ほかの誰かのテリトリー内でオイラが魔法を使うのもOKだし、逆もまた然り。ようは自分のでも他人のでも、認定されとるエリアでなら魔法を使っていいわけだ」
狭間の部屋がなんだかわからなかったが話のこしを折りたくない。カイは無言で頷いた。
「だがなんの魔法でも自由に使えるわけじゃねぇ。
第二に。人間に対して魔法を使うことは禁則事項だがな。
これがなげりゃ、カイの傷くらい簡単に治してやれるものを」
「ああ…なるほど」
カイは妙に納得してしまった。
「三ヶ条の、みっつ目は…」
「で、そのアップリケはなに?それもなにかの魔法なの?」
パングがなにか言いかけたのに気づかず、カイが遮る形になった。
「ああ、これには反映の呪文がかけてある。オイラは自分の心に無頓着だでな。たまに自分の心を、目で見て確認しだくなるんだがな」
つぎはぎのハートはパングの顔色に負けないくらい濃い真紅に変化しており、今まで無かった銀のスパンコールがくっ付いていて、キラキラと光っている。
「パングはツジツマ部隊の仕事で来たのかい?」
「いんや。ツジツマ部隊は急な出番がない限り、普段は狭間で待機してるだよ。オイラは違う。別の仕事で来てるだ。……ところで質問があるだがな、カイ」
急に名前を呼ばれる。
「なんだい?パング」
質問する側から質問される側になってカイはしどろもどろになった。
「こいつはおまえさんのもんか?」
しばらく考えてカイが答えた。
「いや、僕のじゃない。訳あって友人のを預かってるんだ」
「そうだか」
今度はパングが黙り込む。
「この小箱はなんなの?パング。教えてくれよ。君の知っていることを全部」
すがるような悲しい目が、パングを刺すように見つめて次の言葉を待つ。
「もうそれはただの箱だ、カイ。刻印の役目はすでに終わっちょる」
静かに微笑みを浮かべるパングの姿を見た瞬間、カイは胃がキリキリ痛むのを感じた。
この感情は……苛立ち?
(ドルバンと同じだ。パングも僕になにかを隠している)
なにも知らない自分。
リックを助けられない自分。
情けない自分。
病院で眠り続けるリックの側についていてやることもできたのに。僕はいったいなにをしてるんだ?
道草を食ったあげくに不良少年たちに袋叩きにされ。
不思議な国からやって来たという浮浪者のおかしな話を鵜呑みにし。
己の不甲斐なさと馬鹿さ加減に苛立つ感情。
できる限りの皮肉を込めて、目の前の大男にぶつけた。
「で、君はなに?人間じゃないのかい?」
傷つけようとして発した言葉。しかし予想に反して、パングはさらりと答えた。
「ああ。人間じゃないだ」
カイは言葉を失った。
パングがもう一度言う。
「オイラは……人間じゃねぇ」
二回目の言葉は…
自分に言い聞かせるようにしんみりと。
室内がいくらか明るくなっていた。
窓一つない小屋の中なのに、朝陽の恩恵はここにも届いている。
表からかすかな小鳥のさえずり。朝の始まりを歌いながら、南の島へ向かうのだろうか。
明けない夜はねぇ…
微動だにしないカイの耳に、
パングのつぶやきが聞こえた気がした。
「ああ、そうだ。カイのポケットの中に大事に入っとった。
勝手に見たりしてすまねぇだ」
無意識に小箱が入っている腰のポケットの辺りに手をやる。
だがそこに硬い感触はない。
「コートならあっち。
びしょ濡れだったがら干しておいた」
パングが指差さした方向を向くと、ハンガーにかけられた灰色のコートが見えた。
(…そうだ、リックの小箱!)
駆け寄ってポケットを探ると、ひんやりと冷たい感触がした。
箱はきちんとそこに収まっている。
「刻印ってこれの…
この動物たちの彫り物のことかい?」
鈍い光の塊を左手に乗せてカイが確認する。
パングが頷いた。
「座って話さないか?
パン、いただいてもいいかな。
本当は腹が減って死にそうなんだ」
それを受けて、パングがそうだな、と頷いてベッドを指差す。
促されるまま、枕側に腰かけて、ジップロックを開ける。
パンの耳をひと掴み、先にパングに手渡そうとしたとき、ベッドの足側にパングがドカッと座った。
その弾みで、ベッドがシーソーのように傾き、カイの体が一瞬宙に浮いた。
パンの耳が数本、勢いよくすっ飛び出す。
「オイラの生まれはイマジェニスタっちゅうとこなんだがな。
その、ちんこい箱の刻印はイマジェニスタで施されたもんだ」
「イマジェニスタ?
国…じゃないよね。何州?
聞いたことがない…」
四つん這いで、散らばったパンの耳を拾い集めながら答える。
「そらそうだ、この世界にそんな変ちくりんな名前の町があるわげね」
パングが呆れた表情をした。
「この世界では…ない?」
床に散乱したパンを片付けていたカイの手が止まる。
「ちょうど鏡の裏っ側のようなもんだがな。
おまえさんたちにゃ行けない世界」
なんと返事をするべきか。
突然の素っ頓狂な告白に、カイは次にかけるべき言葉を見失っていた。
パングは善人だが明らかに気が狂っている。
このバラッドに落ち着くまで、長く孤独な放浪生活を続けてきて病んでしまったのかもしれない。
辛く苦しい暮らしの中、妄想癖に取り付かれたとしても誰がパングを責められるものか。
ましてやカイは、貧しい暮らしがどれほど人の心から潤いを削り取るものか身を持って経験している。
黙り込んだカイを訝しげに見つめるパング。
カイは、不安げに自分を見つめる視線に気づいた。
(気の毒に…)
きっと今までにも同じような話しをして拒絶されたことがあるのだろう。
いたたまれなくなって、カイは穏やかな瞳をパングに向けた。
「続けて?もっとパングの話を聞きたい」
パングはそれを都合よく解釈したようだ。
声が1トーン高くなり、喜々として話し始める。
「いまオイラたちがいるこの世界がリアラルっちゅう世界だ」
パングの説明によると、こことは違う別な次元の世界があり…イマジェニスタと呼ばれるその別世界では魔法や伝説上の生物が存在しているという。
「リアラルとイマジェニスタは、互いに行き来できないようになっちょる。そらそうだがな、マンハッタンの上空を火竜が飛んだり、高級デパートの食品売り場で地底ゴブリンがケーキ喰ったりなんぞしたら大変な騒ぎになるがら」
その様子を想像してカイは楽しくなった。
「ときおりリアラルでニュースになる奇跡や怪現象は、イマジェニスタの魔法や魔物がひょんな拍子にリアラルに流れ込んだ瞬間なんだがな」
「ネス湖のネッシーとか?」
カイが明るく笑って聞いた。
「ああ…あいつはあっちじゃネネスィーと呼ばれとる。長々種だ」
「長々種?」
「芋虫の一種だ。ネネスィーは養殖場からたまに逃げ出す脂っこい虫なんだが……きっとネス湖付近のどっかと養殖場のどっかの時空に、虫一匹やっと通れるぐらいの小さな穴が開いて、一時的に次元が繋がっただ」
「目撃されたネッシーは大きくない?虫一匹って…」
「やつらは水を吸うと派手に膨らむ。それもまばたきするくらいの、ほんの一瞬でだ。巨人族に売りつけるために開発された食用虫だがら」
小さな穴を必死でくぐり抜けて魔法の国から逃げ出した芋虫が、ネス湖の水中でぼんっと巨大化する映像を思い浮かべてカイは吹き出した。
「あんときゃ、やっこさん大変だったがな。狭間の裁判で、ネネスィー養殖場の経営者はキツくお灸を据えられただ。リアラルでの騒ぎを治めるために、ツジツマ部隊が出動して、ネッシーは単なる慌てんぼうな誰かの見間違いで……実際には存在しない生物だという噂をマスコミにアピールしなきゃならなくなった。偉い学者にちょっとした暗示をかけてねつ造だという証言をさせたり。まぁ養殖場剥奪は適切な判決だがな」
「ねつ造をでっちあげたの?そのなんたら部隊が」
「仕方あるめぇ?リアラルにイマジェニスタの存在を匂わすものを持ち込んだらろくなことがねぇだ。人間は金儲けが生き甲斐だがらな」
苦笑いして、カイはなるほどと頷いた。
「だいたいオイラは元からやっこさんが気にいらなかったがな。ふっかけ過ぎだ…キロ二千ゼオンの養殖虫なんて」
鼻を膨らませるパングに、カイはさっきから気になって仕方がなかった質問をぶつけてみる。
「裏の世界からこっちの世界に来るのが御法度なら、パングはどうやってこっちへ?
君の故郷はそのイマジェニスタなんだろ?」
「オイラは特別だ。仕事で来てるがら」
仕事という言葉がこれほどしっくりこない男も珍しいというのに。
今度はカイがパングをじっと見つめる番だった。
その瞳には憂いと好奇心、そして怪訝さが入り混じった奇妙な色が浮かんでいる。
この不思議な部屋にいて現実離れした世捨て人の話を聞いていると、その内容が本当のことに思えてこないこともない。
そもそも、リックが小箱を見せたあの夜から、カイの周りで不思議なことばかり起きているではないか。
パーカス・ガルネとの対談、ドルバン、そして今自分が居るこの空間。
なんなんだ?このえもいわれぬ出来事の数々は。
なにかがおきている。
それも、自分の理解の範疇を越えていながら…
明らかにカイの周りで。
「オイラのように仕事でリアラルに来る輩は他にもいる。そういう場合、破っちゃいけない三ヶ条があるがな」
「どんな?」
カイは真剣に耳を傾けている自分に気づいた。
パングの話を信じたい気持ちになってきている。
「まず第一に。リアラルで魔法を使っていいのは魔法使用認定エリア内だけだがな。イマジェニスタからやってくるもんは、リアラルに入るとき、魔法の使用できるテリトリーを一カ所貰えるだ。認められるテリトリーは狭くてな、オイラの場合はこの部屋ん中だ。たいがいはリアラルの居住地か仕事場を認定場所に選ぶ。そんな決まりやらなんやらの誓約書にリアラル入国の際、狭間の部屋でサインさせられるだ。ほかの誰かのテリトリー内でオイラが魔法を使うのもOKだし、逆もまた然り。ようは自分のでも他人のでも、認定されとるエリアでなら魔法を使っていいわけだ」
狭間の部屋がなんだかわからなかったが話のこしを折りたくない。カイは無言で頷いた。
「だがなんの魔法でも自由に使えるわけじゃねぇ。
第二に。人間に対して魔法を使うことは禁則事項だがな。
これがなげりゃ、カイの傷くらい簡単に治してやれるものを」
「ああ…なるほど」
カイは妙に納得してしまった。
「三ヶ条の、みっつ目は…」
「で、そのアップリケはなに?それもなにかの魔法なの?」
パングがなにか言いかけたのに気づかず、カイが遮る形になった。
「ああ、これには反映の呪文がかけてある。オイラは自分の心に無頓着だでな。たまに自分の心を、目で見て確認しだくなるんだがな」
つぎはぎのハートはパングの顔色に負けないくらい濃い真紅に変化しており、今まで無かった銀のスパンコールがくっ付いていて、キラキラと光っている。
「パングはツジツマ部隊の仕事で来たのかい?」
「いんや。ツジツマ部隊は急な出番がない限り、普段は狭間で待機してるだよ。オイラは違う。別の仕事で来てるだ。……ところで質問があるだがな、カイ」
急に名前を呼ばれる。
「なんだい?パング」
質問する側から質問される側になってカイはしどろもどろになった。
「こいつはおまえさんのもんか?」
しばらく考えてカイが答えた。
「いや、僕のじゃない。訳あって友人のを預かってるんだ」
「そうだか」
今度はパングが黙り込む。
「この小箱はなんなの?パング。教えてくれよ。君の知っていることを全部」
すがるような悲しい目が、パングを刺すように見つめて次の言葉を待つ。
「もうそれはただの箱だ、カイ。刻印の役目はすでに終わっちょる」
静かに微笑みを浮かべるパングの姿を見た瞬間、カイは胃がキリキリ痛むのを感じた。
この感情は……苛立ち?
(ドルバンと同じだ。パングも僕になにかを隠している)
なにも知らない自分。
リックを助けられない自分。
情けない自分。
病院で眠り続けるリックの側についていてやることもできたのに。僕はいったいなにをしてるんだ?
道草を食ったあげくに不良少年たちに袋叩きにされ。
不思議な国からやって来たという浮浪者のおかしな話を鵜呑みにし。
己の不甲斐なさと馬鹿さ加減に苛立つ感情。
できる限りの皮肉を込めて、目の前の大男にぶつけた。
「で、君はなに?人間じゃないのかい?」
傷つけようとして発した言葉。しかし予想に反して、パングはさらりと答えた。
「ああ。人間じゃないだ」
カイは言葉を失った。
パングがもう一度言う。
「オイラは……人間じゃねぇ」
二回目の言葉は…
自分に言い聞かせるようにしんみりと。
室内がいくらか明るくなっていた。
窓一つない小屋の中なのに、朝陽の恩恵はここにも届いている。
表からかすかな小鳥のさえずり。朝の始まりを歌いながら、南の島へ向かうのだろうか。
明けない夜はねぇ…
微動だにしないカイの耳に、
パングのつぶやきが聞こえた気がした。
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