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パングとの出会い
危機一髪
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ギラつく切っ先がカイの頬を軽くなぞったときだった。
「おまえさんら、もうそんぐれえで勘弁してやってぐれ」
敷地の奥から声がして、隅にあるゴミの山が大きくもぞりと動いた。
大きな茶色いゴミの塊がゆっくり盛り上がる。
ガラガラと音がして、盛り上がった箇所から、アルミ缶や空き瓶が次々に崩れ落ちた。
「パングのオヤジ…いつからそこに…」
ナイフを持つ少年の手が静止する。
「いやぁ通りは寒いでな。風の吹きつけねぇここで、ちょっど寝ておっただけだがな」
この辺りではあまり聞かない訛りだ。
パングと呼ばれた男がゴミの山からのそのそと這い出すと…ゴミの山は半分の大きさになった。
立ち上がり、グローブのような巨大な手で汚れた服をばんばんはたいている。
周囲を真っ白い埃が舞う。
身長は二メートル二十センチ前後。髪は肩まで伸び、顔の下半分は髭で覆われてもじゃもじゃ。
元は白かったのだろうシャツはどす黒く変色し、その上に汚らしいボロを何枚か重ねて纏っている。
その服はところどころ穴が開いたり擦り切れたりしているが、よく見ると生地には器用に継ぎが当てられた箇所があり、そのパッチワークは様々な異なる布の寄せ集めによって異様な雰囲気を醸し出している。
とくに目立つのが左胸のあたりにでかでかと縫いつけられた赤い布地だ。
鮮やかな布の真ん中に桃色のハート型アップリケが一つ、存在を主張している。
そこの埃を念入りに払っているところを見ると、アップリケはパングのお気に入りらしい。
バナナの皮を頭の上に乗っけた陽気な浮浪者が巨体を揺らして寄ってくると、少年たちは脇に飛び退いた。
しかめっ面で鼻をつまんでいる者もいる。
カイの前で立ち止まり、バナナの皮をひょいと後ろに放り投げながらパングが心配そうに言った。
「あーあ、ひでぇなごりゃ。こんだらことして」
言いながら、
どっこらしょ、とカイを肩に担ぎ上げる。
「おい、そいつをどうするつもりだよ。これからいいところだったのに」
出っ歯がパングを見上げて食ってかかると仲間たちも一緒になって抗議した。
「おい、パング」
出っ歯が立ちふさがって詰め寄る。
「そうそう。おまえさんだち、ギルダーのあんちゃによろしぐな」
この一言は効果があったようだ。少年たちがちっ、と舌打ちをして道を空ける。
「それがら…」
突然パングに食い入るように見つめられた少年が、びっくりして後ずさった。
と同時に、ひっくり返って後頭部を押さえながら喚いている。
「言わんごっちゃね。バナナの皮が足元にあるで、気をづけれ…と教えてやろうと思ったんに」
意識をなくした長駆の男を、まるで女性がショルダーバックを肩にひっかけるかのごとく、軽々と背負う大男。
まるで、構図のおかしい失敗作の漫画のようだ。
そして大男は、カイを担いだまま、店内に続く扉をくぐり抜け姿を消した。
店内を突っ切って外へ出ると、通りは薄暗く曇っていた。
冬の日照時間がいくら短いと言ってもまだ正午過ぎだ。
「あれまぁ、ごりゃあ、ひと雨きそうだ」
パングは空を見上げて呟いた。
それにしてもなぜこんな冴えない、しかも見ず知らずの男を助けてしまったんだろう…
パングは人との交流を極端に嫌う。誰の目にも触れず、目立たぬように生きてきたはずだった。
自分の運命を呪っていたし、他の仲間たちのようにその使命に生きがいを感じて努力することなど、ただの一度もなかった。
パングは誰よりも自由を愛している。
「まぁあれだ。なんにせよ、おまえさん運が良かっただな。おいらが止めるのがもうぢょい遅けりゃ、一生マスクなしじゃ人様の前に出られない顔にされるどこだった」
大股で一歩進むたびにカイの長い前髪がパングの背中でさらさら揺れる。
「て、いでえな、こりゃ…なんか当たるがな」
肩に担いだ男のポケットに硬いものが入っている。
自分の鎖骨の下あたりに男の腰があり、硬いもののトンガリが体にぶつかって痛い。
パングは男を路上にドサッと下ろすと、ポケットの中に手を突っ込む。大きな手のせいでコートの縫い目がビリビリと破ける。
「んあ!これは申し訳ながった、破くづもりなんかなかったんだがな」
突っ込みかけた手を引き抜いて、今度はそっと。
ソーセージのように太い指先を、慎重にポケットに忍ばせる。
そして。
取り出した物を…人差し指と親指の間に挟まれたその小さな物を見て…
パングは大きく目を見開いた。
「…なんてごとだ…」
カイの顔をまじまじと見つめて絶句。
空から雨がひと粒、
ぽつんと落ち。
ぽつん、ぽつん
ぽつん…
お天気雨ではなさそうだ。
雨足はしだいに強くなり、二人の男をずぶ濡れにしていく。
パングは小箱を丁寧にポケットに戻すとふたたび男を担ぎ上げて歩き出した。
さっきまでと同じ行動。
ただ一つ違っていたのは方向だ。大男はゆっくりと、もと来た道を戻り始めていた。
駅前の総合病院ではなく、
別な場所へ。
人目につきやすい場所に傷ついた男を置いてさっさとその場を後にするつもりだったのに。
「運命はおいらを自由にはしてぐれないんだべか」
土砂降りの雨の中、歩き続ける大男の背中は、景色に溶け込んで小さくなりやがて見えなくなった。
「おまえさんら、もうそんぐれえで勘弁してやってぐれ」
敷地の奥から声がして、隅にあるゴミの山が大きくもぞりと動いた。
大きな茶色いゴミの塊がゆっくり盛り上がる。
ガラガラと音がして、盛り上がった箇所から、アルミ缶や空き瓶が次々に崩れ落ちた。
「パングのオヤジ…いつからそこに…」
ナイフを持つ少年の手が静止する。
「いやぁ通りは寒いでな。風の吹きつけねぇここで、ちょっど寝ておっただけだがな」
この辺りではあまり聞かない訛りだ。
パングと呼ばれた男がゴミの山からのそのそと這い出すと…ゴミの山は半分の大きさになった。
立ち上がり、グローブのような巨大な手で汚れた服をばんばんはたいている。
周囲を真っ白い埃が舞う。
身長は二メートル二十センチ前後。髪は肩まで伸び、顔の下半分は髭で覆われてもじゃもじゃ。
元は白かったのだろうシャツはどす黒く変色し、その上に汚らしいボロを何枚か重ねて纏っている。
その服はところどころ穴が開いたり擦り切れたりしているが、よく見ると生地には器用に継ぎが当てられた箇所があり、そのパッチワークは様々な異なる布の寄せ集めによって異様な雰囲気を醸し出している。
とくに目立つのが左胸のあたりにでかでかと縫いつけられた赤い布地だ。
鮮やかな布の真ん中に桃色のハート型アップリケが一つ、存在を主張している。
そこの埃を念入りに払っているところを見ると、アップリケはパングのお気に入りらしい。
バナナの皮を頭の上に乗っけた陽気な浮浪者が巨体を揺らして寄ってくると、少年たちは脇に飛び退いた。
しかめっ面で鼻をつまんでいる者もいる。
カイの前で立ち止まり、バナナの皮をひょいと後ろに放り投げながらパングが心配そうに言った。
「あーあ、ひでぇなごりゃ。こんだらことして」
言いながら、
どっこらしょ、とカイを肩に担ぎ上げる。
「おい、そいつをどうするつもりだよ。これからいいところだったのに」
出っ歯がパングを見上げて食ってかかると仲間たちも一緒になって抗議した。
「おい、パング」
出っ歯が立ちふさがって詰め寄る。
「そうそう。おまえさんだち、ギルダーのあんちゃによろしぐな」
この一言は効果があったようだ。少年たちがちっ、と舌打ちをして道を空ける。
「それがら…」
突然パングに食い入るように見つめられた少年が、びっくりして後ずさった。
と同時に、ひっくり返って後頭部を押さえながら喚いている。
「言わんごっちゃね。バナナの皮が足元にあるで、気をづけれ…と教えてやろうと思ったんに」
意識をなくした長駆の男を、まるで女性がショルダーバックを肩にひっかけるかのごとく、軽々と背負う大男。
まるで、構図のおかしい失敗作の漫画のようだ。
そして大男は、カイを担いだまま、店内に続く扉をくぐり抜け姿を消した。
店内を突っ切って外へ出ると、通りは薄暗く曇っていた。
冬の日照時間がいくら短いと言ってもまだ正午過ぎだ。
「あれまぁ、ごりゃあ、ひと雨きそうだ」
パングは空を見上げて呟いた。
それにしてもなぜこんな冴えない、しかも見ず知らずの男を助けてしまったんだろう…
パングは人との交流を極端に嫌う。誰の目にも触れず、目立たぬように生きてきたはずだった。
自分の運命を呪っていたし、他の仲間たちのようにその使命に生きがいを感じて努力することなど、ただの一度もなかった。
パングは誰よりも自由を愛している。
「まぁあれだ。なんにせよ、おまえさん運が良かっただな。おいらが止めるのがもうぢょい遅けりゃ、一生マスクなしじゃ人様の前に出られない顔にされるどこだった」
大股で一歩進むたびにカイの長い前髪がパングの背中でさらさら揺れる。
「て、いでえな、こりゃ…なんか当たるがな」
肩に担いだ男のポケットに硬いものが入っている。
自分の鎖骨の下あたりに男の腰があり、硬いもののトンガリが体にぶつかって痛い。
パングは男を路上にドサッと下ろすと、ポケットの中に手を突っ込む。大きな手のせいでコートの縫い目がビリビリと破ける。
「んあ!これは申し訳ながった、破くづもりなんかなかったんだがな」
突っ込みかけた手を引き抜いて、今度はそっと。
ソーセージのように太い指先を、慎重にポケットに忍ばせる。
そして。
取り出した物を…人差し指と親指の間に挟まれたその小さな物を見て…
パングは大きく目を見開いた。
「…なんてごとだ…」
カイの顔をまじまじと見つめて絶句。
空から雨がひと粒、
ぽつんと落ち。
ぽつん、ぽつん
ぽつん…
お天気雨ではなさそうだ。
雨足はしだいに強くなり、二人の男をずぶ濡れにしていく。
パングは小箱を丁寧にポケットに戻すとふたたび男を担ぎ上げて歩き出した。
さっきまでと同じ行動。
ただ一つ違っていたのは方向だ。大男はゆっくりと、もと来た道を戻り始めていた。
駅前の総合病院ではなく、
別な場所へ。
人目につきやすい場所に傷ついた男を置いてさっさとその場を後にするつもりだったのに。
「運命はおいらを自由にはしてぐれないんだべか」
土砂降りの雨の中、歩き続ける大男の背中は、景色に溶け込んで小さくなりやがて見えなくなった。
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