表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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監視人集会

風の便り

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小高い丘の上に建つ瀟洒な白亜風の洋館。
南に向いた大きなテラスの真下には波が打ち寄せ、絶好のロケーションだ。

Mr.オズマがつい2ヶ月前、意を決して購入した新居には小さいながらもプールやビリヤードホールが完備され、すこぶるリッチな暮らしぶりが伺える。

数ヶ月ぶりに味わう休暇の素晴らしさを堪能しようと、Mr.オズマはバスローブ姿のまま、テラスに出た。

「んー、このゆったり感、たまらないねー」

潮風にあたりながら指の間に挟んだブランデーグラスをキザに傾ける。
これがまた格別なのだ。
まぁ、中身はお酒ではなくトマトジュースなのだが。

そのとき建物のちょうど北側から、三階建ての屋根を越えるようにして、一羽の禿鷹が飛んでくるのが目に入った。
禿鷹は、Mr.オズマの頭上の遥か彼方上空をくるくると旋回している。

「くそっ、せっかくの休暇が」

さっきまでご満悦だったMr.オズマが舌打ちをする。

と、禿鷹がなにか白いものを落っことした。
風に吹かれて右に左に大きく漂いながら白いものはだんだんとMr.オズマのいる場所に近づいてくる。
不思議なことにやがてそれは…吸い寄せられるようにMr.オズマの手の中にすっぽり収まった。
いや、むしろ手の中に飛び込んできたと言ったほうが的確かもしれない。

Mr.オズマはゴツゴツと節ばった指先でビリビリと乱暴に封を破くと、落ちてきたいまいましい手紙を開いた。

便箋を広げるや否や、ミミズののたくったような読みにくい文字の一つ一つが………
紙からべろん、べろん、と剥がれて浮かび上がっていき…
あっという間に、空中に見たことのない文字のラインを形作っていく。

文字たちはダンスをしながら、ハンドベルのようにめいめい受け持ちの言葉を順番に発し始めた。

「ダ、し、イキ、…しゅ…ヨ…イダ、キ…シュ…よセ」

「ちっともわからん。もっと丁寧に伝えてくれ」

オズマが吠えるように叫ぶと、文字たちは一瞬身震いし、
小さく円になって打ち合わせを始めた。

「だ、イ、し、き……集、セ…、よ…」

文字たちはブルブル震えながら聞き取れないほどの小声で、繰り返し繰り返しメッセージを呟いている。
どうやら試しで練習をしているようだ。

「大、シキ…ゴ…集、せ、ヨ」

真ん中あたりの文字と文字が、しゃくとり虫のようにぴょんと跳ねて、入れ変わる。

「大、しき、ユ、う…集、ご…セ、よ……」

文字全体が一斉に、プァー!とラッパ風の一音を派手にかき鳴らした。
どうやら満場一致で納得のいく形になったらしい。

細いひょろひょろの文字たちが自信満々に伸び上がりながら、Mr.オズマの鼻っつらに躍り出て一列に並んだ。


「大至急、集合せ…」

「………よ!」


最後の"よ"の字がひときわ激しく声を荒らげたのを合図に、文字たちはチカチカと二回点滅を繰り返し……
蜘蛛の子を散らすように四方にぱっと弾けて、空中から姿を消した。

「なんということだ…」

Mr.オズマは大きな身振りで顔を覆っている。
まるで体全体で悲劇を表現する、売れっ子のミュージカルスターのように。

ワイングラスを丁寧に床に置くと、がっくりと肩を落とした様子で、リビングの先にある寝室へ向かう。
精神的にかなりの痛手をこうむった様子だ。

「…これは酷い」

溜め息をついて目をつぶる。

「あいつ」

首を振り振り呟くMr.オズマの目には、この世の全ての不幸を見たかのような憂いが浮かんでいた。

「なんて字が下手なんだ」
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