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動き出した運命
列車に乗って
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ウィンスラッドはカイが想像していた以上に小さな町かも知れない。
…大きな森の中に、丸ごとすっぽり町をはめ込んだかのような…
カイは車窓から、飛ぶように後ろへ流れていく緑を眺めてそう考えた。
列車は自然のただ中を走行している。
停車駅が先に進めば進むほど乗客が減っていき、終点に着く頃には車両には二、三人の客を残すだけになった。
四時間近く走り続け、切り立った山脈の合間を抜けきると、ようやく列車はウィンスラッドに到着した。
ホームに降り立って周囲の景色を眺めたカイは、コンテナの花に水を撒いている駅員に道を尋ねた。
「駅を出て、農道を右にまっすぐ行くとウィンスラッドの町に入ります。なあに、目をつぶってでも行けますから心配ありませんよ。町に入れば、嫌でもサング通りに着きます」
カイは幅の広い砂利道を歩いて行った。
道の両脇に畑が広がり、大根が植わっている。
春や夏にはたくさんの花が咲き乱れ、何種類もの作物が収穫できるのだろう。
農家がぽつんぽつんと点在している一帯を抜けると、民家が増え始め、さらに進むと煉瓦造りの家々が通りに面して立ち並び始めた。
やがて色褪せた看板が立っている場所に出た。
道は二手に分かれている。
サング通りはこちら↑
↓葡萄狩り体験はこちら
途中、葡萄畑らしきものを見かけなかった理由が分かった。
観光客に分かりやすいように、農園はあちらの道の先に密集して作られているのだ。
カイは右の道を選んだ。
サング通りは正式にはサングリッタ商店街という名称だった。
観光客向けの土産物屋が何件かあり、葡萄をかたどったアクセサリーやキーホルダーがぶら下がっている。
酒屋の棚には地酒のワインが置かれ、食料品店や個人病院、雑貨店、金物屋……
カイはドルバン骨董品店を探そうと、きょろきょろしながら通りの左右を眺める。
見ればみるほどカイは不安になってきた。
太陽の光が眩しいこの町には、偏屈じいさんの骨董品店なんて不釣り合いに思えやしないか?
ぎいゃああぁああああ!!!
絞り出すような悲鳴が少し先から聞こえた。
驚いて辺りを見回す。
商店街の人々は、平然と笑顔で商いを続けている。
客も客で、さして気にするふうもなく、書店で立ち読みしていた男は涼しい顔で雑誌を読みふけって顔も上げない。
ドスン!
なにかが勢いよくぶつかってきて、カイは尻もちをついた。
(いてて…)
「だ、だ、大丈夫ですか?」
声のする方を見上げると、太った男が血の気のない顔に脂ぎった汗を浮かべてカイを見下ろしている。
見たことのないワインの箱を抱えているところを見ると、ワインを仕入れにきた観光客かも知れない。
「大丈夫です。それに僕もよそ見してましたから」
「ほ、本当にすみません、じゃあ」
それだけ言うと、背を向ける。
「ちょっと待って、あの…」
呼び止めるのも聞かず、
男は走り去ってしまった。
なにをあんなに怯えているんだろう。
立ち上がって砂を払い、再び前方を見ると、くたびれかかった二階建ての家が目に入った。
窓以外の壁面という壁面を蔦がびっしりと覆い隠している。
気味の悪い小さな洋館のような雰囲気。
玄関脇には雑草が生い茂っていて、重そうな木製の扉が、開けっ放しのままギイギイ軋んだ音を立てて大きく傾いでいる。
カイはむくむくと好奇心が沸いてくるのを感じた。
立ち上がってズボンの砂を払うと、ゆっくりと扉に歩み寄る。
鉛色の金属に、角張ったエッチングで文字が記されている。
貴方に必要な物
なんでもございます
ドルバン骨董品店
(ドルバン…ここが…)
カイは息を呑んだ。
ふと視線を感じて振り返ると、店先を箒ではいている肉屋の奥さんと目があった。
手を休めて気の毒そうにカイを見ている。
カイと目が合うと、奥さんは慌ててカイから目を逸らした。
(……?)
いぶかしみながらも気を取り直して、ドルバン骨董品店に向き直る。
…と、今度は数メートル先のパン屋の前にいた店員らしき男が、カイになにかを伝えようと、片手をあげてこちらに歩みよって来るところだった。
(さっきの男といい、商店の連中といい、どうなってるんだ?)
カイは混乱した。
理解できない謎の視線から身を隠すように、ひらりと半開きの出入り口から骨董品店に飛び込み、大急ぎで扉を閉めた。
…大きな森の中に、丸ごとすっぽり町をはめ込んだかのような…
カイは車窓から、飛ぶように後ろへ流れていく緑を眺めてそう考えた。
列車は自然のただ中を走行している。
停車駅が先に進めば進むほど乗客が減っていき、終点に着く頃には車両には二、三人の客を残すだけになった。
四時間近く走り続け、切り立った山脈の合間を抜けきると、ようやく列車はウィンスラッドに到着した。
ホームに降り立って周囲の景色を眺めたカイは、コンテナの花に水を撒いている駅員に道を尋ねた。
「駅を出て、農道を右にまっすぐ行くとウィンスラッドの町に入ります。なあに、目をつぶってでも行けますから心配ありませんよ。町に入れば、嫌でもサング通りに着きます」
カイは幅の広い砂利道を歩いて行った。
道の両脇に畑が広がり、大根が植わっている。
春や夏にはたくさんの花が咲き乱れ、何種類もの作物が収穫できるのだろう。
農家がぽつんぽつんと点在している一帯を抜けると、民家が増え始め、さらに進むと煉瓦造りの家々が通りに面して立ち並び始めた。
やがて色褪せた看板が立っている場所に出た。
道は二手に分かれている。
サング通りはこちら↑
↓葡萄狩り体験はこちら
途中、葡萄畑らしきものを見かけなかった理由が分かった。
観光客に分かりやすいように、農園はあちらの道の先に密集して作られているのだ。
カイは右の道を選んだ。
サング通りは正式にはサングリッタ商店街という名称だった。
観光客向けの土産物屋が何件かあり、葡萄をかたどったアクセサリーやキーホルダーがぶら下がっている。
酒屋の棚には地酒のワインが置かれ、食料品店や個人病院、雑貨店、金物屋……
カイはドルバン骨董品店を探そうと、きょろきょろしながら通りの左右を眺める。
見ればみるほどカイは不安になってきた。
太陽の光が眩しいこの町には、偏屈じいさんの骨董品店なんて不釣り合いに思えやしないか?
ぎいゃああぁああああ!!!
絞り出すような悲鳴が少し先から聞こえた。
驚いて辺りを見回す。
商店街の人々は、平然と笑顔で商いを続けている。
客も客で、さして気にするふうもなく、書店で立ち読みしていた男は涼しい顔で雑誌を読みふけって顔も上げない。
ドスン!
なにかが勢いよくぶつかってきて、カイは尻もちをついた。
(いてて…)
「だ、だ、大丈夫ですか?」
声のする方を見上げると、太った男が血の気のない顔に脂ぎった汗を浮かべてカイを見下ろしている。
見たことのないワインの箱を抱えているところを見ると、ワインを仕入れにきた観光客かも知れない。
「大丈夫です。それに僕もよそ見してましたから」
「ほ、本当にすみません、じゃあ」
それだけ言うと、背を向ける。
「ちょっと待って、あの…」
呼び止めるのも聞かず、
男は走り去ってしまった。
なにをあんなに怯えているんだろう。
立ち上がって砂を払い、再び前方を見ると、くたびれかかった二階建ての家が目に入った。
窓以外の壁面という壁面を蔦がびっしりと覆い隠している。
気味の悪い小さな洋館のような雰囲気。
玄関脇には雑草が生い茂っていて、重そうな木製の扉が、開けっ放しのままギイギイ軋んだ音を立てて大きく傾いでいる。
カイはむくむくと好奇心が沸いてくるのを感じた。
立ち上がってズボンの砂を払うと、ゆっくりと扉に歩み寄る。
鉛色の金属に、角張ったエッチングで文字が記されている。
貴方に必要な物
なんでもございます
ドルバン骨董品店
(ドルバン…ここが…)
カイは息を呑んだ。
ふと視線を感じて振り返ると、店先を箒ではいている肉屋の奥さんと目があった。
手を休めて気の毒そうにカイを見ている。
カイと目が合うと、奥さんは慌ててカイから目を逸らした。
(……?)
いぶかしみながらも気を取り直して、ドルバン骨董品店に向き直る。
…と、今度は数メートル先のパン屋の前にいた店員らしき男が、カイになにかを伝えようと、片手をあげてこちらに歩みよって来るところだった。
(さっきの男といい、商店の連中といい、どうなってるんだ?)
カイは混乱した。
理解できない謎の視線から身を隠すように、ひらりと半開きの出入り口から骨董品店に飛び込み、大急ぎで扉を閉めた。
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