表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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恐ろしい老人

ジョン・ドルバン

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ドルバンが十三番地に引っ越してきたのは
かれこれ十七年前。

(若者が出稼ぎに行き、
年々人が減り続けるウインスラッドに
よそ者がやってきた…!)

話題の少ない町だけあって、瞬く間に広がるドルバンの噂。
井戸端会議に花が咲く。
老人が自宅の一階で骨董品店を営業し始めると、
あからさまな好奇の視線がドルバンを舐めた。

純粋な動機でドルバンに近づいた者もいる。
身寄りのない独り暮らしの老人だ、なにかと心細く、
寂しかろう…と。

しかし、ドルバンはしおらしさとは無縁の男だった。
挨拶されても返事すらない。
読みかけの新聞から顔も上げずに無言。
奥さん連中が焼きたてのパイやシチューを手に、
男どもが酒瓶を手に、顔を見せても…
同じ反応。

けれども翌朝、汚れた食器を下げに訪れてみると、
皿は綺麗に空っぽで。
そのくせ、お礼の言葉一つ発しないのだ。

初めのうち、耳が遠いとか、年が年だからボケかかっているのだと危惧していた優しい人々も、しだいに離れていった。
周波数がピタリと合ったチャンネルのように、老人の耳の聞こえが突然良くなる瞬間がある、
その事実に気づいて。

なにしろ、骨董品の値段を質問しようものなら、十メートル先を散歩している犬の鼻息すら聞き漏らさぬほどの異常な聴力を発揮する。
地獄耳。
金にならない人間以外は徹底的に無視する。
それがドルバンという守銭奴しゅせんどの老人なのだと。
善意の隣人たちは深く傷ついた。

骨董品店の雰囲気も、ドルバンに嫌悪感を感じさせるのに一役かっていた。
手垢のついた陶器や得体の知れない古めかしい銅像。
傷んで判読できない書物がうず高く積み上げられ。
黄ばんだ壁掛けや使い道のわからない怪しげな品が散乱している。
店内は強烈なカビの臭いがし、動くたびに埃が舞うので、鼻と口を覆わなければならない。

そして、ここが肝心なのだが…
ドルバンの容姿は店内の様子以上に衝撃的だった。

折れ曲がった腰はひどいせむしで、分度器で図ったら見事な直角をしていることがわかるはずだ。
禿げあがった頭髪に、残り少ない産毛うぶげ
それをべったりと油で撫でつけている。
体は細く、しわくちゃで
歩くたびにギイギイと軋む音が聞こえてきそうだ。
骸骨の上から黄ばんだ皮膚を一枚、のりで貼りつけたような顔相。
極端に小さいやぶ睨みの黒目は下手なオカルト映画の俳優より何倍も空恐ろしい。

店内の薄暗闇でうっかりドルバンと鉢合わせした気の毒な客たちは、曲がり角で幽霊と遭遇した子どものように金切り声で叫び続け、出入り口を目指して一目散に走り出す。
リピーターなどまず望めない。
命からがら外に転がり出たが最後、どの客も二度と店には戻らないからだ。

そんなこんなで、地元の人間は店にもドルバンにも寄りつかなくなっていった。
傲慢な老人を憎み、薄気味悪さを嫌悪し、不快な骨董品店を視界から閉め出すように、一転して避けはじめたのだ。

そこはそれ、排他的なウィンスラッドの特性が顔を覗かせ、調和のとれた不可思議な団結力を現した。
不愉快なら見ないことにすればいい、と言わんばかりに。

(臭い物には蓋をしろ!)

「お兄ちゃん、あそこには幽霊が住んでいるんでしょ?」
女の子が、通りの向こう側から指差す。

「しいっ、聞こえたら食べられちゃうよ」
兄が慌てて妹の口を押さえる。

ごくたまに、近所の悪ガキどもが肝試しに乗り込んでいくことはあったが、大部分の大人たちはドルバンの記憶を脳みそから閉め出すのに成功したようだった。

そして肝心の当人は、
周りの変化なぞ意に介さず
連日連夜、ほの暗い部屋の奥に座って目を凝らしていた。

見つめる眼光の先には…
鈍く光る、
古ぼけた真鍮しんちゅうのドアノブ。

ジョン・ドルバンは
じっと待っていたのだ。

渇いた砂漠で雨を待つ
餓えた流民るみんのように。

サバンナで、獲物を前に根気強く
チャンスをうかがうハイエナのように。

なにも知らない別の町の誰かが
重いかしの木の扉を押し開けて…

数奇な運命を探しに
やってくるのを。
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