変人博士の発明記録

雫流 漣。

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遅刻防止装置

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実装に向けてモニター募集をかけ、期日までに集まった希望者の総数、184名。

会議用の長テーブルに広げられた山のような資料の中から、最も適した人間を一人選ばなければならない。

…と、順番にプロフィールに目を通していたI博士が、机をドンと叩いた。

「ついに見つけた!この男がいい!彼にしよう」

M山 K太郎。

履歴書に添付された写真には、不健康なまでに白い肌をした青年が写っている。肩甲骨まで届くような長い髪…その一本一本が、鳥の巣のようにもつれて、ボサボサに絡まっている。この男が、最後に理髪店に行ったのは何年前だろう。

博士に促されるまま、書類を手に取る美人秘書。

職歴の欄に「なし」と書かれている。28歳にもなってニートをしているなんて。

「君…その下の項目を見てごらん」

<趣味> 睡眠。


美人秘書は笑い出した。
「確かに。素晴らしい人選ですね、I博士」


「だろう?今回の装置を試すのに、打ってつけの人材だ」

さっそく、合否の結果を連絡する。M山はさして喜ぶ様子もみせずに「はぁ」と曖昧な返事をするだけ。

「とりあえず、明後日の土曜日に、M山さんのご自宅にお邪魔させていただきます。器具の装着はその時に行いますので、よろしくお願いします」

美人秘書が、用件だけを端的に告げて電話を切った。




土曜日。
I博士は二人の助手と美人秘書を連れて、M山のマンションを訪れた。

ピンポーン!

インターホンを鳴らすも、応答なし。

ピンポーン! 

室内からは、物音一つ聞こえない。


I博士が、ドアノブに手をかける。

「は、博士、さすがにそれはマズいのでは…」
と、機械を運んできた助手の一人。


「かまうものか。M山さんは寝ているのだ」

止めるのも聞かず、ドアノブをひねる博士。

予想通り、鍵はかかっておらず、なんなく扉が開いた。

「お邪魔します。…さ、装置を中へ運んで」


靴を脱ぎ、ずかずか上がりこむと、こたつに潜り、横になって眠っている男の姿が目に入った。

「M山さん、M山さん!起きてください、M山さん!」

美人秘書がM山の肩を揺さぶるが、いくら声をかけても、目を覚まさない。


「仕方がない。眠ったままだが、器具の取り付けを始めてよいだろうか?」

「問題はないと思われます。履歴書と一緒に自筆のサイン入りの承諾書を同封するよう、あらかじめ募集要項に記載して広告を出しましたから。……こちらがM山さんの承諾書です」

「抜かりがないなあ。感心するよ」
美人秘書の言葉に驚く助手の二人。


「それでは始めますか」

I博士の号令を皮切りに、作業が開始される。

ガチャガチャ、キーン…
ズブスブズ、ガーッ! 
カンカンカン!ドガッ 


汗水垂らし、実に三時間45分の時間をかけて…
研究室から持ち込んだ<遅刻防止システム>がM山の体の一部に埋め込まれた。


「それではM山さん、これより10日間、データ収集の為のモニター協力をお願いします。では明日の朝9時に研究室まで…」




「I博士、実験はうまくゆくでしょうか」
コーヒーの入ったカップを差し出しながら美人秘書が尋ねる。

「どうだろう。成功か失敗かは、明日の朝になればハッキリする。楽しみだ、早く明日にならないかな」

子どものようにはしゃぐ博士を見て、にっこりする美人秘書。




翌朝。
実験装置の作製に携わったメインスタッフたちが、研究所の応接室に集まっていた。

このシステムは…
耳や目などの五感を通して約束ごとなどのアポイントが脳内にインプットされると、足の裏に埋め込まれたICチップが目的地に到着するまでの時間を瞬時に逆算してくれる仕様だ。
そして、計算した時刻に合わせて、眠っている人間に強い電流を流して、叩き起こす。




「博士、いよいよですね」

「うむ」

8時59分 10秒…20秒…
30秒…
40秒…
50秒…

スタッフたちに広がる不安感。 

51秒…
52…53…54…55…


バーン!
勢いよくドアが開いて誰かが応接室に入ってきた。

「おお…」
その場にいた全員が息をのむ。不自然に首が傾いているものの、M山は無事、定刻の時間通りに到着した。

「実験は成功ですね、I博士」

「そのようだな。それにしても…我ながら恐ろしい装置を考案したものだよ」


「広い意味で、実験は成功と呼べるでしょうが…改良すべき点がありすぎます、I博士…」
頬を赤らめ、両手で顔を隠す美人秘書。

「ああ、見直しが必要だな」

I博士は、やりすぎてしまったようだ。つけなくてもいいオプションを付加してしまった。

万が一、電流によるショックで目覚めない強者がいた場合。
目を覚ますまで微弱な電流を流し続け…
筋肉の弛緩と緊張を交互に促し、手足に歩行運動をさせる、という高度なオプションを。
いくらなんでも、歩行している数分のうちに目が覚めるだろう、という考えが甘かったのだ。


「また新しくモニターを探さなければならないな。それにしても…」

豪快にイビキをかいて、突っ立ったまま眠っているM山を、通行人から通報を受けた警察官が連行していく。


「下半身、丸出しのままやってくるなんて…」
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