コンウェルシオの悪魔

雫流 漣。

文字の大きさ
上 下
10 / 11

資格剥奪

しおりを挟む
鎖で繋がれ、幽閉された空間を見やる。
あまりの漆黒に、自分の羽根さえ見えない暗闇。イバラで出来た、魔力を封じる手枷と足枷。


無意識に強く歯軋りをしていたのか、奥歯が欠けて、苦い味が口中に広がっている。 

再びここから出られるのは、次の満月。審議にかけられサタン様が判決を下すという。

我がいったい何をしたと言うのか…
コンウェルシオは悲嘆に暮れた。


サタン様の命に従い、真剣に働いてきた。一度たりとも手を抜くことをせず、相当数の契約を取って、業績は右肩上がり。他の小悪魔の羨望を一身に浴びて第一線で仕えてきたはず。その我が、なぜ…

唯一、思い当たることがあるとすれば、明色の緑の幽層だが…そんなものは個人的なものであり、誰に迷惑をかけるわけでもないだろうに。

罪状さえ知らされず、天窓から月の満ち欠けを眺める、夜明け前。
退屈だ。考える時間はたっぷりある。
コンウェルシオは瞳を閉じて瞑想した…



どれだけ時間が流れたのか。満月が牢獄を照らし、時を告げる。
コンウェルシオが守衛に挟まれて、いよいよ大魔王の御前、法廷に通される日がやってきた。


広間に入廷したコンウェルシオを一目見るなり、獣じみた雄叫びを発するサタン。目は怒りに爛々と燃えている。


「おのれコンウェルシオ、下僕の分際でありながら…よくも」

恐怖に首をすくめるも、コンウェルシオには意味がわからない。 

「知らぬと申すか。サタンと契りを結んでなお、悪魔になり損ねた不憫な者よ」

サタンが口を開く度に、強い硫黄の香りがコンウェルシオの鼻を打つ。


「おまえの契約はことごとく失敗している。契約だけではない。人間に負を与えるどころか…」

目を見開くコンウェルシオにサタンが追い討ちをかける。

「光を与えているではないか」


「そんなはずは…」

「言い訳はいらぬ。こともあろうに地底ゴブリンにまで太鼓判を押されおって。さてコンウェルシオ、おまえに残された道はひとつ。サタンに逆らう大罪を犯したとして、消滅の刑を執行する」


消滅。
コンウェルシオが最も恐れているものだ。輪廻転生も変化(へんげ)もできず、過去にも未来にも、別次元にも存在せず…
無であること。

「サタン様、どうかそれだけは…」

「では。失った名を取り戻し、サタンの呪縛を打ち破るがよいであろう。さあ、名を名乗れ」


青ざめるコンウェルシオ。がっくりと膝をついてうなだれる。

「みっつ数えるまでに答えるがよい。………ひとつ」


天界を追われ、地獄も追われ、無を待つだけの己。
なんと情けなく、なんと惨めな終焉なのだ。
走馬灯のように、懐かしい神々との暮らしが超高速で脳裏を過ぎていく。そしてサタン様の右腕として生きた第二の人生を。


ピリピリと肌を刺す微かな冷気に、コンウェルシオは気づいていない。大気を震わす、台風の予兆のような…

「もっと楽しませてくれるかと思ったが。期待はずれだ、コンウェルシオ。クックックッ……ふたつ」
残虐無比な笑い声。

空気の圧力が高まり、どこからかブルブルと振動がし始めた。
不謹慎にも回想にふけっていたコンウェルシオが、異変に気づいてハッと我に返る。

「もう遅い。これで最後だコンウェルシオ。……みっ…」


ゴオオオオ!!!
目も鮮やかなグリーンの竜巻が、ものすごい速度でコンウェルシオの周りを回転している。
立ち眩みのしそうな景色の中、コンウェルシオはその中心で不思議なものを見ていた。

数え切れないほどたくさんの人間の。


顔、顔、顔、顔、
顔、顔、顔、顔…

男、女…老人に子どももいる。


唸る風に紛れ、誰かが自分を呼んでいる。誰だろう。
耳を澄ますコンウェルシオ。

やがて顔の中の一つが…
どうやら老人のようなのだが、自分に向かって必死に叫んでいるのが見えた。

あれは。
雪の朝、死んだギター弾きじゃないか。
理解した瞬間、老いぼれの言葉が耳に届き…


コンウェルシオは、失った名前を取り戻した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

おなら、おもっきり出したいよね

魚口ホワホワ
児童書・童話
 ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。  でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。  そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。  やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。

ファー・ジャルグ 北の国のお話

日比谷ナオキ
児童書・童話
アイルランドに存在する妖精、ファー・ジャルグの話を元に、作成した話です。本来は絵本として作成したものなので、非常に短い作品です。 ある北の国の話。北の国の森には、真っ赤な帽子と真っ赤なマントを羽織った不思議な精霊、ファージャルグがいるのです。彼は度々人の前に姿を現して、いたずらをするのですが、旅人が森で迷ったりしている時は助けてあげたりします。そんな精霊と、ある二人の男のお話です。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

スペクターズ・ガーデンにようこそ

一花カナウ
児童書・童話
結衣には【スペクター】と呼ばれる奇妙な隣人たちの姿が見えている。 そんな秘密をきっかけに友だちになった葉子は結衣にとって一番の親友で、とっても大好きで憧れの存在だ。 しかし、中学二年に上がりクラスが分かれてしまったのをきっかけに、二人の関係が変わり始める……。 なお、当作品はhttps://ncode.syosetu.com/n2504t/ を大幅に改稿したものになります。 改稿版はアルファポリスでの公開後にカクヨム、ノベルアップ+でも公開します。

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。

桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。 それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。 でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。 そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。

処理中です...