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2巻
2-2
しおりを挟む「えっさぁぁぁぁぁぁああああぁぁっっ!!」
「ほいさあああああぁぁぁぁーー!」
「そりゃぁぁああぁぁああぁぁーーーーーー!」
晴れ渡る空の下。
相変わらずと言うべきか、裏の農地には地鳴りのような男達のかけ声が響き渡り、土の中では物凄い速度で野菜が育っていく。
見慣れた光景と言うとちょっと異様に思えるが、最近では当たり前の光景となった。彼らのおかげで我が領地の食糧事情と懐の寒さが改善されたので感謝しかない。
そして、今日からまた新たな作物を栽培してもらう事になるので、一層気合を入れてくれると非常に助かる。
「えーっと、ゴロンガは……いなさそうだな。セバスチャンも不在か」
俺は農地に向かって歩みを進めながら辺りを見回したが、二人の姿が見当たらなかった。
ゴロンガはベンと二人で野菜販売とポーションの配布に行っているのだろうか。
セバスチャンはきっと地下の自室で作業でもしているのだろう。
まあいいや。土の民の皆と直接のコミュニケーションはあまりした事がないが、今回は俺が勝手に指示を出させてもらおう。
「なあ、ちょっといいか」
俺は近くにいた土の民の青年に声をかけた。今は休憩中なのか、額にいい汗をかいて清々しい顔つきになっている。
見た感じ、歳の頃は俺と近いはずだ。
「ん……あ、あぁぁ、あぁぁ、ぁぁぁ……フ、フフフフフ、フローラル様ぁぁっ!」
土の民の青年は俺の姿を見るや否や、わなわなと震えて尻餅をつき、顔を青ざめさせて声を震わせた。
「……少し聞きたい事とお願いがあったんだが……」
「な、ななななな、なんでございましょう!?」
俺が膝を曲げて視線を交わすと、土の民の青年は地面の上で正座をして頭を下げた。
おまけに声を張り上げる始末。
おかげで他の土の民も皆一様に作業の手を止めてしまい、こちらに体ごと向いてピンと背筋を伸ばしていた。
セバスチャンが施した教育とやらの影響だろうか。言葉や態度では怯えているように思えたが、皆の俺の事を見る目がキラキラと光っている。
「あー、わざわざ作業を止めてしまって申し訳ない。今日はセバスチャンもゴロンガもいなかったもんだから、俺から直接頼み事をしてもいいか?」
「「「「喜んでっ!」」」」
老若男女、余す事なく全員が呼応した。
わざわざこういう態度に驚くのにも疲れたし、こっちも堂々と臨むとしよう。
「君達は野菜以外に果物を栽培出来たりするか? 例えば、リンゴとかみかんとか……なんでもいい」
「「「「出来ますっ!」」」」
「本当か! じゃあ、野菜の栽培と合わせて、出来うる限り多くの果物を栽培して欲しい」
「「「「かしこまりましたっ!」」」」
「まずはそこの大きい荷台がいっぱいになるくらいの量を作ってみてくれ。また明日顔を出す」
俺はすぐそばにあった空っぽの荷車を指差した。
野菜を作るペースから推測するに、これくらいなら一日足らずで終わってしまいそうだ。
「「「「はいっ!」」」」
土の民達は一糸乱れぬ返事をすると、すぐさま作業を開始した。
見たところ、作業内容としては野菜を作る時と変わらない気がするが、きっと彼らなりのやり方があるのだろう。
「さてさて、どうなるかなぁ」
俺は踵を返して屋敷の方へと歩きながら思考する。
最近分かったのだが、土の民が作る野菜の栄養価は、市場に出回る野菜に比べて非常に高い。
俺は食べているだけで前よりも疲れを感じにくくなったし、セバスチャンやメアリーなんかは肌艶が良くなったと喜んでいた。
また、リリに関しては髪がサラサラになったらしく、朝食を食べる時は毎回自慢してくる。
とにかく、彼らが作る野菜は凄いのだ。
となると必然的に果物も凄いという事になる。
そんな野菜と果物を、完璧なポーションに混ぜ合わせれば……想像を絶する程の万能なポーションの完成だ。
体力や魔力の回復が出来て、尚且つ栄養も摂取出来るなんて破格の性能である。
「ふふふ……楽しみだな」
俺は今後の大きな利益を想像し思わず笑みをこぼした。
今日のうちにやれる事はやった。後は野菜と果物を、液体と混ぜ合わせるための道具が必要だな。
それも、のどごしよく飲めるくらい野菜と果物を細かく出来るやつだ。
調理器具に詳しいのはメアリーとリリだろうな。
どちらかに話を聞いてみるとしよう。
そんな都合の良い調理器具があればいいのだが……
屋敷の大扉を開けて中に入ると、広間で掃き掃除をしているリリの姿を発見した。
リリは、るんるん気分で鼻唄を口ずさみながら、リズミカルに箒を振るっている。
そのせいで足元には僅かな埃が舞うだけで、掃除はほとんど出来ていない。
普段の彼女はもっと真面目に仕事をしているのだが、今日はどうしたのだろうか。
「リリ、何か嬉しい事でもあったのか?」
俺はリリに近寄り声をかける。
すると、彼女は飼い主を見つけた子犬のようにぱたぱたと走って近寄ってきた。
「あー! ご主人様ぁ!」
「随分と機嫌がいいみたいだな」
「聞いて聞いて! 明日、メアリーさんが街に連れていってくれるの!」
リリは謎の足捌きで喜びの気持ちを露わにしていた。誰が見ても明らかなほど気分が高揚している。
前回街に行った時もかなり楽しんでいたみたいだしな。
「良かったじゃないか」
「うんうん! いつも頑張ってるご褒美だって。お洋服も買って、街のお外を一緒にお散歩してくれるって話だし、もう楽しみで楽しみで……掃除どころじゃないよっ!」
「いや、掃除はしてくれ」
「ほどほどに頑張るよ~。それで、ご主人様はどうしてここにいるの? 外から来たって事は、何か用事でも済ませてきたの?」
「まあな。ちょうどリリを探していたんだ」
「私を?」
リリはこてんと首を傾げて自身の事を指差した。
「ああ。一つ聞きたかったんだが、野菜や果物みたいな固形の物を粉々にしたり、果汁を搾って抽出出来るような便利な調理器具ってあったりするか?」
「ないない」
俺が持つ期待とは裏腹に、リリは間髪容れずに首を横に振った。
「やっぱり?」
「うん。私も街で買った果物をジュースにしたいなぁって思って、厨房の中を探してみたんだけどなかったよ。何か作るの?」
「例のポーションに栄養価を追加したいってライチから頼まれててな。それなら土の民が作る野菜と果物がいいんじゃないかって思ったんだが……難しそうだな」
俺は残念そうにするライチの姿を頭に思い浮かべた。冒険における最優先事項ではないのかもしれないが、やはり常に危険と隣り合わせという面を踏まえると、なんとかしてやりたいものだ。
「うーん……レレーナにも聞いてみたけど、あの書斎には無いって言ってたし……そういう調理器具は売られてはいるみたいだけど、かなりお高いみたい。それに、ご主人様のお父様ってお宝とかは別として、多分そういうのに興味なかったでしょ?」
「そうだな。でも、残念だなぁ。それさえあれば一歩前進出来たのに」
俺はこのダーヴィッツ家を立て直して、貴族らしく自堕落な生活を送りたいのだ。
まあ、それはまだまだ先の話になりそうだが。
「よく分からないけど、明日街に行った時に露店で見てこよっか?」
「ついでで良いから見てくれると助かる。くれぐれも騙されて変な物は買わされるなよ?」
スモーラータウンにそんな高価なモノが売っているのかという疑問は置いておいて、とりあえずついでに見てもらう事にする。
「リリちゃんに任せなさい! メアリーさんも一緒だしだいじょーぶ!」
俺が目を細めて疑いの視線を向けると、リリは胸を張って自信ありげに胸を叩く。
しかし、そんな彼女の背後には、鬼の形相のメイド長、メアリーが佇んでいた。長話をしていたツケが回ってきたようだ。
「……リリ、こんなところでサボっていたのですか。ワタシは早く食堂に来るように言いましたよね?」
「ギクっ! あ、あはははは……ご主人様ぁ、私、急用が出来たからもう行くね~……」
リリはメアリーに首根っこを掴まれて引き摺られていった。
もう夕方になるし、そろそろ食事の用意をする時間か。
今日のところは早めに休んで、明日の朝になったら裏の農地に顔を出すか。
多分、大量の野菜と果物が山のように積み上がっている事だろうしな。
朝起きて、俺は昨日と同じく裏の農地に足を運んだのだが、予想だにしない光景を目にして呆然と立ち尽くしていた。
「えーっと……誰か説明してくれ。この果物の山はなんだ?」
「はいっ! こちらはフローラル様が仰せだった果物でございます! 思いのほか作業が捗ってしまい、少しばかり作り過ぎてしまった次第であります!」
少しで済むような量じゃねぇぞ。
高さ五メートルくらいの果物の山なんて初めて見た。
比喩ではなく本当に小さな山のようになっている。
頂上に見えるリンゴやみかんなどの丸い形状の果物は、少し風が吹いたり衝撃が加わったりすると、コロコロと麓まで転がってきてしまうくらいだ。
「……素晴らしいな。ありがとう」
俺は土の民がストレスに弱いという特性を考慮して、特に苦言を呈さず褒める事にした。
まぁ、多い分にはいいだろう。野菜と同じく街の人々に販売すればいい。
「「「「あ、ああ、有難きお言葉ッ!」」」」
もう何度目だろうか。土の民は今日も今日とて大仰な反応を見せた。その表情は恍惚に満ちていて、俺が発した一言一句に酔いしれているように見える。
「……少しだけ貰っていってもいいか?」
「「「「どーぞ!」」」」
「余った分はセバスチャンに頼んで、地下のパントリーで保管してもらうか、メアリーかリリにお裾分けしてやってくれ」
俺は持参していた麻袋の中に数種類の果物を詰め込みながら適当な指示を出した。
多過ぎる果物に唖然としたが、これだけあれば野菜と一緒に販売出来るので非常に助かるのも事実だ。
「じゃあ、これからも頼んだぞ。作り過ぎには注意してくれよ?」
俺は一通り麻袋の中に果物を詰め込み終えると、生き生きとした土の民に言葉をかけて裏の農地を後にした。
何種類の果物があるのか数えていないが、量的にはこれで十分だろう。きっと野菜と同じく高い栄養価だと思うし、存分に活用させてもらう。
と言っても、これらをポーションの中に上手く混ぜ合わせる方法についてはまだ思い浮かんでいないのだが……
「どうしたものか……」
俺は考え込みながら裏の農地から屋敷へと続く道を進む。
すると、前方から荷車を引くゴロンガの姿が見えた。
禍々しい装飾が施された荷車にはベンが乗っている。
荷車は空になっている事から、ポーションの配布と野菜の販売を終えて意気揚々と帰還したのだと分かるが、こちらには気がついていないようだ。
二人と話してアイディアを得てみるのもありだな。
「ゴロンガ、ベン」
「んぁ? 旦那ぁ、こんなところで何やってんだべ?」
俺が近寄り名前を呼ぶと、ゴロンガが優しい声色で尋ねてくる。
彼の隣にいる相棒のベンも、少年のような純真無垢な顔つきでこちらを見上げている。
まあ、実際は少年じゃなくて四十二歳の中年なのだが。
「たまたま見かけたからちょっと相談してみようかなって思ったんだよ。それにしても、二人とも、すっかり仲良しコンビだな」
「ゴローは頭も要領も悪くて究極の不器用なのですが、人を寄せ付ける力や物の運搬速度に限ってはかなり役に立つので、僕も手伝い甲斐があります」
ベンは最初はゴロンガさんと呼んでいたはずだが、共にポーションと野菜を売る中で、愛称で呼ぶようになったようだな。
「間違ってねぇけんども、酷い言い様だべ……」
一人はサディスティックな笑みを浮かべ、もう一人はやれやれと溜め息を吐く。
この二人はなんだかんだ上手くやっているらしい。
「ポーションの配布と野菜の販売は順調か?」
俺は本題に入る前に一つ気になっていた事を真っ先に尋ねる。
「野菜販売は順調です。ただ、今後ポーションを販売するとなると心配な部分もあります」
「心配な部分?」
「はい。大量生産が可能で尚且つ効力が異様に高いのに、安価過ぎる値段設定にしてしまうと、そのせいで怪しんで買ってくれない事が予想されます。だからといって、効力に見合った値段にすれば、あまりの高額に買い手がつかなくなってしまうでしょう。ライチさんともお話しさせていただきましたが、やはり領地外での販売を目指すなら、それなりにネームバリューを持たせるか、違った角度からのアピールは欠かせないかと」
「んだんだ。スモーラータウンの住民は別として、外からきて街に滞在している冒険者の人に無償で配ってる時なんかは、毒でも入ってんじゃねぇかって何度も問い詰められただよ」
ベンは冷静に俯瞰した分析を、ゴロンガは自身の肌で感じた事をそれぞれ教えてくれた。
「大丈夫か? おかしな事はされなかったか?」
俺は震えるゴロンガから視線を逸らしてベンに聞いた。
「ゴローはビビリなのでこの有様ですが、実害は一切無いので問題ありません。そもそも、ライチさん達の名前と実力が街に知れ渡っているおかげで、外から来た冒険者が街の中で無闇矢鱈に手を出してきたりはしませんよ。それに、荷車もこんな見た目ですからねぇ……これは知る人ぞ知るモンスターの部位だと伺いましたし、そうそう危険な目に遭う事は無いでしょう」
ベンは荷車から飛び降りると、怯えるゴロンガを一瞥した。
「まあ……確かに、俺が客だったら少し怪しむかもしれないな」
小さな体の中に秘めた強い心と落ち着いた振る舞いは目を見張るものがある。やはり、ゴロンガとコンビを組んでもらったのは正解だったな。
ゴロンガは見た目こそ威圧感があるが、表情は凛々しくも優しく、溢れ出る愛嬌と雰囲気は色々な人を寄せ付ける。逆にベンはゴロンガのような愛嬌の良さは持っていないが、その冷静さと豊富な知識を用いて、顧客からの信用度を高めてくれる。
内情を知る俺からすれば、まさに最高の凸凹コンビなのだが、ポーション購入を検討する人から見れば怪しく映る事もあるかもしれない。
いきなり現れた謎の二人組が高品質なポーションを安価で売り歩いていたら、信用に足らないのも頷ける。
ベンの言う通り、どうにかしてポーションそのものにネームバリューを持たせる必要がありそうだ。
「ところで……旦那が手に持ってるそれの中には何が入ってんだべか? お金ではなさそうだけんども」
「これは土の民の皆に作ってもらった果物だよ。野菜販売と併せて売ったり……後は、野菜とか果物をポーションに混ぜ合わせたりしてみようかなって考えているんだ」
俺は不思議そうな面持ちのゴロンガに見せつけるようにして、麻袋の中から果物を一つ取り出した。
真っ赤で艶やかな拳サイズのリンゴだ。
「んへぇ~……なんのためだべ?」
「ゴロー、土の民の皆さんが作っている野菜は栄養たっぷりなので、おそらくポーションに混ぜ合わせるのはその効果を得るためだと思いますよ」
「正解だ、ベン。でもまあ、混ぜ合わせる方法なんて思いついてないんだけどな……二人に相談したかったのはその方法についてで、何か思いつかないか?」
賢いベンと独特な発想をするゴロンガに聞けば、何か着想を得られるかもしれない。
「……オイラ、一つ思いついただよ!」
ゴロンガは俺の期待通りにハッと何かを閃いたようだ。
「なんだ?」
「果物を手のひらで握り込んで、少しだけ力を入れて……こうするべ!」
尋ねた俺の手からおもむろにリンゴを奪い取ったゴロンガは、なんの気なしにリンゴを握ったかと思いきや、力を込めて一瞬にしてリンゴを粉砕した。
彼の握られた拳からはリンゴの果汁が滴り落ちており、確かに果汁の抽出という意味では成功していた。
しかし、誰しもがその技を出来るわけがなく……
「よし、ベンは何か思いつくか?」
「ダメだったべ!?」
ゴロンガはショックを受けたように声を大にしていたが、俺は一瞥するに留めてベンに視線を移す。
「うーん……すみません。僕は薬屋の端くれだったのに、そもそもポーション自体に栄養価を持たせるという発想がなかったので何も思いつきません」
「謝る必要は無い。ちなみに、ゴロンガに一つ聞きたかったんだが、土の民は果物も食べるのか?」
「いんや、皆は野菜しか食べないべ。でも、オイラは果物でも肉でも魚でもなんでも食うけんども……う、うまいべぇ……っ!」
ゴロンガは粉砕して拳の中に残ったリンゴを口に運びながら答える。
忘れていた。こいつは土の民の中でも異質な存在だったんだ。
「そうかそうか。じゃあ、幾つか果物をあげるから食べてみてくれ。どれが一番美味しかったか今度感想を聞かせてくれると助かる。それを参考にポーションの味を決めてみるよ」
俺は麻袋の中から適当な果物を幾つか取り出すと、ゴロンガとベンに向かって投げ渡した。
俺達は普段から街で仕入れた果物は食事の際に口にしているが、土の民が作った果物を食べるのはもちろん初めてだ。
まずは味を知る必要がある。どうせうまいんだろうけどな。
「そう言えば、二人はミストレード侯爵について、何か妙な噂とか聞かなかったか?」
ポーションについても考えるべきだったが、ダーヴィッツ領の将来を思うなら、今優先して考えるべき事項はこちらになる。
「うぅーん、オイラは特に聞いてないだよ」
「僕は少しだけ聞きましたよ。なんて事のない内容ですけど、侯爵様が軍を率いて近いうちにどこかへ攻め入るとかなんとか……全くうちには関係なさそうでしたけどねー」
ベンはあっけらかんとした軽い口調で笑いながら言ったが、俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。
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