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第三章 

【ヴァンパイヤ】 リリス・ブラッドの興味 5

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 無事に作動しない魔道具(キッチン台)の修理もとい原因究明を終えた俺は、食堂の隅の席に座っていた。
 視線の先では、リリスが水式を用いて窓を綺麗に磨いている。

 彼女は初めてとは思えない手際の良さで水式を用いて窓をピカピカにすると、それからすぐに風式を用いて汚水と辺りに舞う埃を吸い上げる。

 さながら職人のようで、まるで長年行なってきたかこような手慣れた様子だった。
 時折、水式を介さずに自分の水魔法を放ったりしていたが、やはり汚れの落ち具合に満足できないのか、結局は水式を用いて掃除を続けていた。

「楽しそうだなぁ」

 リリスと過ごした時間は半日足らずだが、今の彼女の表情を見ると、心の底から楽しんでいるのがわかった。
 引きこもり体質って言ってたし、この機会に何か役割を与えてみるのも悪くなさそうだ。
 まあ、新参者の俺が上からどうこうするつもりはないが……あくまでも一つの提案だ。

 そんなこんなでリリスの今後について勝手に考えていると、厨房の扉が開かれてコックアラウネがやってきた。

「——はーーーーーーい! どうぞ~ぉ! 召し上がれぇ!」

 ノリノリなコックアラウネは、多くの脚を駆使してプレートを運んできた。
 慣れた手つきでテーブルの上にプレートを並べていき、最後には魅惑の笑みを浮かべてウインクをかましてきた。

 正直、少し身震いがした。

「……美味そうだな。昨日とは大違いだ」

「コックアラウネは料理の天才」

 俺はテーブル上に所狭しと並べられた数多くの料理を見て喉を鳴らした。
 いつの間にやら隣に座っていたリリスも同様だ。

「ずぅーっと調理器具が全部壊れてたからなぁ~んもできなかったのよ。それより、早く食べてちょうだい! 感想を聞かせて?」

「いただきます」

「ますっ」

 俺とリリスはおもむろにフォークを手に取り、まずはこんがり焼けた肉に喰らいついた。その瞬間、口の中にはジューシーな油の旨みがまるで荒波のように押し寄せてきた。

「美味い! 美味いぞ!」

 次に、俺は油で塗れた口の中に湯気の立つ野菜スープを流し込み、すかさず焼きたてのパンを頬張った。
 もちろん、相性抜群だ。
 三角喰いをしても全ての味がしっかりと主張し合い、完璧なハーモニーを奏でている。

 コックアラウネの腕は人間界の王宮に仕える料理人顔負けである。
 王宮の料理なんて食べたことないけど。

「……ごちそうさま」

「さまっ」

 やがて、俺とリリスは黙々と食べ進めて、あっという間に全てのプレートを空にし、確かな満足感を腹に抱き食事を終えた。

「きゃあぁぁぁーーーーー! あらあらあらあらあらあらあらあら、完食じゃない!」

 コックアラウネは喜びの悲鳴をあげると、ぽっちゃりした体をうねうねさせた。

「こんなに美味いなら他の魔族もこぞって食いにくるだろ?」

「さっきも言ったけど、魔道具が動かなくなってからは何もできてなかったのよ。おかげであたしのモチベもダウナー気味だったし、料理を楽しみにしている可愛こちゃん達も可哀想だったわね~」

「でもまあ、これで今日から思う存分料理をみんなに振る舞えるな。くれぐれも掃除は怠るなよ?」

「は~い! ソロモンちゃん、ありがとねっ!」

「おう」

 俺が端的に返事をすると、コックアラウネはノリノリでハイテンションなステップを踏みながらプレートを下げていった。
 
「……ソロモン、ほんとにすごいね」

 俺とコックアラウネのやり取りを静観していたリリスは、どこか哀愁漂う面持ちだった。

「ん? そうか?」

「うん。ボクは他の魔族よりも少し魔法が得意で強いだけ。でも、平和な魔界では役に立たない。
ソロモンみたいに誰かの役に立つことなんてできないから……羨ましい」

 リリスは二対の翼と尻尾を垂らし、いつもより低い声色で物悲しそうに呟く。
俺からすれば彼女がこんなに自分を卑下する理由がわからなかった。
 だって、周りの光景を見たら彼女が役に立たない存在だなんて全く思えなかったから。

「掃除」

「え?」

「掃除、できただろ? 周りを見ろ、ピッカピカだぞ。俺が初めてここに来た時は、床が一面埃まみれで窓が薄汚れていて、テーブルの上は灰色になってたが、さっきリリスが一生懸命掃除をしてくれたおかげで、今じゃあ清潔な空間になってるじゃないか。これって誰かの役に立ってるってことだと思うぞ」

 俺は席を立ち、辺りをぐるりと見回した。

 澄んだ空気が美味しい。少なくとも、昨日までの食堂はこんなんじゃなかった。

「……ほんと?」

「ああ。魔族は清潔面に関して無頓着なんだと思うが、その中でもリリスは綺麗好きだろ?」

 部屋を見たからわかる。人間に程近い容姿もそうだが、リリスは他の魔族とは少し違う。
 清潔感という人間では当たり前の概念を、魔族ながらしっかりと持ち合わせている。
 多分、キリエさん辺りも似たような感じだろう。
 二人ともかなり稀有な存在だ。
 そういった存在は大切にせねばいかん。

「うん」

「なら、この機会に魔王城を一緒に変えてみないか?」

「変える?」

「そうだ。綺麗にしよう。埃まみれの廊下と部屋に薄汚れた窓、蜘蛛の巣が張った厨房……は良いとして、他の色々な汚い部分をピッカピカにしようぜ。
 もちろん、そこの風式と水式も使ってな。どうだ? 楽しそうだろ?」

 俺が言葉を紡いでいくにつれて、リリスの表情は晴れやかになっていった。
 そして、今では夢見る少女もとい幼女のような顔つきである。

「ボクにも、できるかな?」

「できるさ。一緒に頑張ろうぜ?」

「……うんっ!」

「よしよし。じゃあ、今日は力を合わせて二階と三階を回るぞーっ!」

「おーっ」

 俺の掛け声に合わせて呼応したリリスは即座に立ち上がると、両手で風式を持ち、水式は自身の背中に挿した。それから俺を残して意気揚々と食堂を後にした。
 一人でも両方の魔道具を持ち運べる万全な体制である。
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