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第一章
ソロモンの軌跡 2
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翌日。
今日は生憎の曇り日だったが、俺の心は晴れやかだった。
俺は間借りしている工房に足を運んでいた。
本当はここで魔道具製作に没頭して、魔道具職人として名をあげたかったが……毎日のように妨害が入るのでそれどころではなかった。
荷物はかなり少ないので整理はあっという間に終わる。
そもそも街に来たことが間違いだった。
俺が魔族の血を引いているということは誰にも話していなかったはずなのに、冒険者連中の慧眼によってすぐに見抜かれてしまったのだ。
人類は皆一様に魔王を筆頭とした魔族やモンスターという異形の存在を憎らしく思っている。
それこそ根絶やしにしたいくらいに。
だから、俺は狙われた。
人間と魔族の混血種はどちらにも属さない良いターゲットになってしまったわけだ。
でも……それももう、今日限りで終わらせることができる。
「……差別とか偏見とか、本当にくだらないな」
俺はバックパックを背に曇天の空模様を眺めて呟いた。
そもそもなぜ人類は魔王が率いる魔族やモンスターを敵対視しているんだろう。
父さんみたいに人類に溶け込めるような魔族がいるのだから、友好関係を築くことも容易いと思う。
冒険者のみならず、その辺りを歩いている人々でさえも、口を開けば「魔族は殺せ」だの「モンスターを絶やせ」だの、挙げ句の果てには俺のように無害な魔人にまで手を出してくることがある。
既に俺の正体は割れているからか、通りすがりの子供から小石を投げつけられたり、工房や寝泊まりしている宿にいたずらをされたこともある。
もはや過激な行動は苛烈化して歯止めが効かない状態になっており、俺には孤独を選ぶ道しか残されていないように思える。
もううんざりだ。
魔道具職人を志していた自分がバカみたいじゃないか。
「行こう。新しい場所へ」
俺は一つ息を吐いて気を引き締めた。
しかし、その瞬間だった。
目の前に、見覚えのある男とその取り巻きが現れる。
最悪だ。一番出会いたくない奴らに出会ってしまうなんて、とことん俺はツイてないらしい。
「——魔族野郎。どこに行く気だ」
俺の目の前に現れたのは、Bランク冒険者のバリーとその取り巻きたちだった。
金ピカの鎧を装備し、その背中には大きな剣を携えている。恵まれた巨体はよく目立つ。
バリーはこの街を統治する領主の一人息子で、その横柄な態度には誰もが目を瞑っている。
街ではやりたい放題だ。
そのせいで俺を助けてくれる人は一人もいない。
誰もが見て見ぬ振りをする。
それどころか、バリーを讃える始末だ。つくづく腐っている。
魔族の血が入っているからか傷が癒えるのは早いが、毎日のように暴力を振るわれるせいでちっとも治らない。
傷は日を追うごとに増える一方だ。
でも、それも今日で終わりだ。
いつものリンチに耐えて、バリーたちが立ち去ったら俺は自由になれる。
「……俺は魔族野郎じゃなくて、ソロモンだよ」
本当は何も答えたくなかったが、平静を取り繕って言葉を返した。
無視をするよりかは何かを口にした方がいい。無視をすると人前であろうがなかろうが拳が飛んでくる。
この一ヶ月間で得た教訓だ。
「はははっ! テメェに名前なんていらねぇだろうが。魔族は一生魔族なんだよ。それより、昨日はどこに行ってやがったんだ? せっかく痛めつけてやろうと思っていたのによぉ」
バリーは俺の胸ぐらを掴むと、鋭い眼光で睨みつけてきた。
全てを見透かされているような気分だ。
「昨日は疲れてすぐに宿に帰っていたんだよ」
「ふん! よくもまあ堂々と嘘がつけたもんだな。昨日、テメェが泊まる安宿の部屋はもぬけの空だったぜ? 工房にも帰ってなかったみたいだしよ。なぁ?」
バリーに同意を求められた取り巻きたちは力強く頷いた。
そういうことか……俺がいない時に宿と工房に顔を出していたのか。
昨日は昼頃から森に行っていたし、帰ってきてからは街外れの草原の上で野宿をしていたからわからなかったな。
まんまとやられてしまった。
これは今日も逃げられそうにないな。
「あまり俺のことを舐めないほうがいいぜ。それとも、まだ教え込まれ足りねぇって言うんなら、今日はいつも以上に徹底的にやっちまうか?」
バリーは悪どい笑みを浮かべると、取り巻きたちに目配せを送り何かを指示した。
その瞬間、俺は取り巻きの手によって背後から後頭部を殴打されると、防御する術もなく難なく膝から崩れ落ちる。
声を出す余裕すらなかった。ただ、ただ痛い。苦しい。これから待つ暴力と暴言の連打が恐ろしい。
「ひと気のねぇ場所に連れてけ」
「了解です」
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは悲しいくらい曇天の空模様とこちらを見下ろして高笑いをしているバリーの姿だった。
今日は生憎の曇り日だったが、俺の心は晴れやかだった。
俺は間借りしている工房に足を運んでいた。
本当はここで魔道具製作に没頭して、魔道具職人として名をあげたかったが……毎日のように妨害が入るのでそれどころではなかった。
荷物はかなり少ないので整理はあっという間に終わる。
そもそも街に来たことが間違いだった。
俺が魔族の血を引いているということは誰にも話していなかったはずなのに、冒険者連中の慧眼によってすぐに見抜かれてしまったのだ。
人類は皆一様に魔王を筆頭とした魔族やモンスターという異形の存在を憎らしく思っている。
それこそ根絶やしにしたいくらいに。
だから、俺は狙われた。
人間と魔族の混血種はどちらにも属さない良いターゲットになってしまったわけだ。
でも……それももう、今日限りで終わらせることができる。
「……差別とか偏見とか、本当にくだらないな」
俺はバックパックを背に曇天の空模様を眺めて呟いた。
そもそもなぜ人類は魔王が率いる魔族やモンスターを敵対視しているんだろう。
父さんみたいに人類に溶け込めるような魔族がいるのだから、友好関係を築くことも容易いと思う。
冒険者のみならず、その辺りを歩いている人々でさえも、口を開けば「魔族は殺せ」だの「モンスターを絶やせ」だの、挙げ句の果てには俺のように無害な魔人にまで手を出してくることがある。
既に俺の正体は割れているからか、通りすがりの子供から小石を投げつけられたり、工房や寝泊まりしている宿にいたずらをされたこともある。
もはや過激な行動は苛烈化して歯止めが効かない状態になっており、俺には孤独を選ぶ道しか残されていないように思える。
もううんざりだ。
魔道具職人を志していた自分がバカみたいじゃないか。
「行こう。新しい場所へ」
俺は一つ息を吐いて気を引き締めた。
しかし、その瞬間だった。
目の前に、見覚えのある男とその取り巻きが現れる。
最悪だ。一番出会いたくない奴らに出会ってしまうなんて、とことん俺はツイてないらしい。
「——魔族野郎。どこに行く気だ」
俺の目の前に現れたのは、Bランク冒険者のバリーとその取り巻きたちだった。
金ピカの鎧を装備し、その背中には大きな剣を携えている。恵まれた巨体はよく目立つ。
バリーはこの街を統治する領主の一人息子で、その横柄な態度には誰もが目を瞑っている。
街ではやりたい放題だ。
そのせいで俺を助けてくれる人は一人もいない。
誰もが見て見ぬ振りをする。
それどころか、バリーを讃える始末だ。つくづく腐っている。
魔族の血が入っているからか傷が癒えるのは早いが、毎日のように暴力を振るわれるせいでちっとも治らない。
傷は日を追うごとに増える一方だ。
でも、それも今日で終わりだ。
いつものリンチに耐えて、バリーたちが立ち去ったら俺は自由になれる。
「……俺は魔族野郎じゃなくて、ソロモンだよ」
本当は何も答えたくなかったが、平静を取り繕って言葉を返した。
無視をするよりかは何かを口にした方がいい。無視をすると人前であろうがなかろうが拳が飛んでくる。
この一ヶ月間で得た教訓だ。
「はははっ! テメェに名前なんていらねぇだろうが。魔族は一生魔族なんだよ。それより、昨日はどこに行ってやがったんだ? せっかく痛めつけてやろうと思っていたのによぉ」
バリーは俺の胸ぐらを掴むと、鋭い眼光で睨みつけてきた。
全てを見透かされているような気分だ。
「昨日は疲れてすぐに宿に帰っていたんだよ」
「ふん! よくもまあ堂々と嘘がつけたもんだな。昨日、テメェが泊まる安宿の部屋はもぬけの空だったぜ? 工房にも帰ってなかったみたいだしよ。なぁ?」
バリーに同意を求められた取り巻きたちは力強く頷いた。
そういうことか……俺がいない時に宿と工房に顔を出していたのか。
昨日は昼頃から森に行っていたし、帰ってきてからは街外れの草原の上で野宿をしていたからわからなかったな。
まんまとやられてしまった。
これは今日も逃げられそうにないな。
「あまり俺のことを舐めないほうがいいぜ。それとも、まだ教え込まれ足りねぇって言うんなら、今日はいつも以上に徹底的にやっちまうか?」
バリーは悪どい笑みを浮かべると、取り巻きたちに目配せを送り何かを指示した。
その瞬間、俺は取り巻きの手によって背後から後頭部を殴打されると、防御する術もなく難なく膝から崩れ落ちる。
声を出す余裕すらなかった。ただ、ただ痛い。苦しい。これから待つ暴力と暴言の連打が恐ろしい。
「ひと気のねぇ場所に連れてけ」
「了解です」
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