【R18】年上上司のオトシ方

二久アカミ

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3:年上上司の愛し方(※)

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「送らなくてよかったのに」
「……っ!」

 玄関の中に入った瞬間、不機嫌になった奥村にそんなことを言われ、胸の奥がずきずき痛む。
 車の中からまともな会話もなく、奥村はずっとスマホで会社の資料を見ているし、「絶対話しかけるな」という空気が滲み出ていて辛くって……最初に口開いて言うのがそれかよ! とむかっとしてしまう。

(……あれ? これってもしかして……)

 でも……と、思い当たって、ちょっとだけ希望をもてた。もしかしたら……さっきの話に妬いてるのかな、なんて思ってしまったりして。ちゃんと弁解もしたいし、と濱口は奥村の不機嫌に気付いてないような鈍感さで彼に言う。

「部屋にあがってってもいいっすか?」
「……」

 むすっとしたままの無言は、オーケーと受けとり、久しぶりの彼の部屋に入る。コーヒー入れる準備をしていると、奥村はスーツのままでソファーに座って、見るからに機嫌がめちゃくちゃ悪い。座った瞬間から煙草を取り出し、いらつきながら煙草に火をつけているのがよく見えた。濱口はどきどきしながら話を始める。お湯が沸いたのをコーヒーサーバーに注ぐ用に分ける。

「さっきの気にしてます?」
「何が」
「コンパのことな、あれ、礼人さんがドタキャンした日なんだ。オレ、コンパなんて知らなくて、暇かってきかれたから暇っつって、飲み屋いったら女の子いただけだから……! その、他意はないんっすよ!」
「別にきいてねーけど?」
「だって……怒ってるんでしょ? だいじょーぶだって、オレ、今礼人さんしか本命いないし、女の子のメールなんかほとんど無視してて……」
「きいてねえっつってんだろ。バカじゃねえのッ!」

 奥村がいらつきながら短く叫ぶのに驚いた。こんな風に怒るところは仕事でも見たことがない。濱口は焦るのと驚くのと……不謹慎にも新鮮な気持ちで弁解を続けた。

「なあ、ほんとに怒るようなことなくって。あんなの、言ってるだけだし……」
「別にスキにすりゃいいだろ。……キョーミねえよ!」

 長いままのタバコを灰皿に押し付け、むっとした奥村はすぐにまた煙草を取り出し吸い始める。手元がせわしなくて苛ついているのなんか丸分かりなのに。

(なんだよ……! なんだよ、全然……!)
「かわいくねえの」
「あ?」
「そういうとこ、ほんとーに礼人さんは可愛くねえよな! オレがどっかにフラフラいっちゃうとか思わねえの。オレ、最近全然構ってもらってねえの、わかんねえの? 構ってくれるコの方にいくの嫌ならイヤってちゃんと言わねえと、オレまじで行っちゃうかもしんねーけど、それでもいいのかよ!」
「……」

 コポコポ、とコーヒーサーバーがわく音がする。言ってしまってから、はっと気付いた。開き直りにも程があるし、怒って妬いているのなんか見てわかるのに、何、変なことをねだってるんだ、と自分の言動にかっと頬が染まる。

(オレ、超子供っぽいっ! 何言ってんだよ……呆れられるよなーっ! でも、礼人さん、年上だし、オレのことどう見てんのかわかんねえから不安なんだよ。最初あんなだったから、男とも経験あんのかもしんねえもんな……あ、やばい、過去のこと考えんなよ、オレ……)

 墓穴……と、彼との年齢差や経験値を考えてしょんぼりとしてしまう。奥村が余裕ぶってるのがイヤで、いつだって自分ばかりが必死なようで辛かった。いや、ここで諦めてはいけない、再来週は一緒に温泉旅行だから、謝って仲直りして! と濱口は思うと、サーバーからコーヒーをうつし、黙ってしまった奥村の横に座りに行った。一つ大きな深呼吸をして、ごめんなさい、と彼に言う。

「礼人さん、ごめんな」
「……」
「オレ、すごく子供っぽい言い方しちまった。オレは、やっぱり礼人さんしか好きじゃねえし、さっきのなんか、ほんとネタだから……」
「どうでもいい」

 反応にずきずきと胸が痛むが、なんとか笑って会話を続ける。温泉のことでも話して忘れようと思う。

「そっか。じゃあ、ごめん。この話終わりな。あのさ、再来週の末のことなんだけど、温泉さぁ……」
「……無理になった」
「え……」

 まさかの反応に、なんで、と思わず声が漏れる。奥村は濱口の方をみないまま、仕事入った、とぼそぼそとこたえる。

「……っ、芳樹くんと?」

 ちょっと戸惑ったあと、こくり、と頷く奥村だったが、濱口はそうかと思う前に違和感を感じる。

(ちょっと……待てよ……!)

 芳樹くんは、来週からフランスだし、それにはついてかないって、だって、家族との渡航だって……、と彼にきいた予定を思い出して、びくっと体が揺れた。

(嘘だよな……なんで嘘つくの……? すぐにバレるのに。オレとは、別れたいとか、そういう……っ)

 イシヒョウジってやつ……? なんて思うと、一瞬絶句する。いやだいやだ、と言葉だけが頭の中をぐるぐるまわり、いやいやいや、絶対それだけはいやだ! と話題を続けた。

「ほ、他の日にする?」
「……わかんねえ」
「わかんねえって……っ!」
「だって、予定変わるのもわかんねえから。お前、ドタキャン嫌なんだろ? もう今からキャンセルでよくねえか」
「っ、そんなこと言ってんじゃねえっての……っいった……!」
「知らねえ。とにかく再来週は無理だ」

 思わず彼の肩をつかむと、嫌そうに振り払われ、それにも傷ついた。

(それって……オレの予定とかも無視ってこと……? なんでちょっとくらいあわせようとしてくんねえの?)

 心臓の奥をぎゅうっと掴まれたような胸の痛みに苦しんでいると、濱口の携帯が無遠慮にも震え出した。なんだよ! 誰だよ、このタイミングで! とスマホを見ると、さっき話題になった女子からで。奥村を見ると、ちょっと「誰からだ?」と気にしてるような視線を交わりあったのだが、すぐにそれは避けられて、それにもむかっとした。

(……なんだよ、意味わかんねえ!)

 通話をとって、廊下に出る。相手は名前を見ても思い出せなかったが、さっき話題にのぼった、CAをやっている女の子だった。再来週土日どっちでもいいから出かけないかという話で濱口は戸惑う。日にちだってピンポイントで、こんなタイミングで……

「ああ……うん……再来週の土日?」

 考えこんでしまうが、さっきの奥村の態度を思い出してむかつきが胸の奥からせりあがってきた。

(なんだよ……礼人さんのバカ!)

「うん。あー今はまだわかんねえけど、多分予定空くと思うから。また、電話してもいい?」

 うん、じゃあ、と思わせぶりに電話を切って、通話終了の文字を見た瞬間に、相手の顔もあんまり思い出せていないことに気づいて、最低だな……と頭を抱えた。

(最低、オレ……相当たまってんのかも……礼人さんいるのに……)

 戻ると奥村は煙草おいて、クッションを抱えて子供のように膝を曲げ、ぼうっとしていた。濱口はスーツ姿でそんなことをする彼に一瞬ぐらっときて、ああ、やっぱりこっち!! と気を取り直し、礼人さん、と傍に座る。

「あのさ、じゃあ……再来週は……」
「よかったじゃねえか、オレの代わりにさっきの相手を連れてけば? キャンセルするの面倒だろ」
「っ!? きいてたの!?」
「きこえてたんだよ! お前の声、でけえし!」

 隠す気なんかねえんだろ、と奥村は濱口の方はまったく見ずに冷たく言い放つ。いつもより少し口調が早くて、奥村も焦っているのはわかるけど、美人なCAと温泉いけてよかったな、なんて言われて、かちんとこないわけがない。
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