【R18】年上上司のオトシ方

二久アカミ

文字の大きさ
上 下
29 / 51
3:年上上司の愛し方(※)

(2)

しおりを挟む



 会議室の端で、濱口は珍しく怒っていた。会議室には濱口と奥村の二人しかいない。昼前に奥村が送ってきたメールに驚いて、濱口が会議帰りの奥村を捕まえ、空き会議室で話をしたいと言ったのだ。

「なんでなんだよ?」
「仕事だってわかってんだろ。予定が無理になっただけじゃねえか」
「だって! 出張行き違いで、三週間もゆっくり会えてなくて」
「仕事場で会ってるだろ、こうやって」
「会ううちに入らないでしょ……そんなの! オレ、そういうこと言ってんじゃないんすよ!」

 今日は金曜日の夜、一緒に御飯食べてお泊まりのはずだった。
 奥村が雑誌でここ行ってみたいと言っていたところを予約までしていたのに。今朝になってのドタキャンに、事情が仕事だとわかっていても文句を言いたくなったのだ。それには積もり積もった理由だってある。

「部屋行って、待ってますし」
「疲れてるから相手できねえよ」
「飯作っておくから……! 待ってます! 一緒に過ごしたいんですって」
「濱口」

 聞き分けろよ、子供か、と奥村がいらついて睨んでくる。濱口は思わず黙り込んで、なんだよ! とむかつきにぐしゃぐしゃにされた気分だった。

(何それ、だって、この前だって、礼人さんずっと寝てて、オレ家事しただけで……っ……! 出張で会えなくて、今日、すげえ楽しみにしてたのに!)

 困った顔の奥村は、本当に、もういいだろう、と言わんばかりで時計を気にし始めている。それも気に入らない。濱口は、なんなんだよ!と怒鳴りつけたいのを抑えて、息をひとつ大きく吸い込んだ。

「あや、……奥村さん……じゃあ」

 呼び方を戻して、少しだけ、とキスをしようと壁側にある彼の体に近づく。しかし、目を閉じた濱口の唇は、むぎゅっと奥村の掌におさえられてしまった。

「っ!」
「バカか、お前は!」

 仕事場で何考えてる、そう冷たい声で言い放った奥村は、濱口をきっと睨んだ。眼鏡の奥のきれいな瞳に、少し蔑むような色が見えて、濱口はぐっと押し黙る。

「っ! でも、キスぐらい……」
「ありえねえ……お前なあ! いい加減にしろ!」

 声を荒げた奥村に、びくっと濱口が揺れた。怯えてしまう。別に奥村自身は恐くはないのに、いや、そうじゃなくて、嫌われるんじゃないかと思うのが怖くなってきていて。
 そんな濱口に、奥村は少し黙り、大きな溜息をついた。ずきん……と胸がいたむ。だって、だって、オレは!と濱口は、全然個人的に会えてなかった奥村にたまっていた想いをぶちまけそうになった。

「礼人さん……だって、オレは恋人なんじゃねえの? 言ってもらえてないけど、オレ、そうだって思ってました。こんなに会えないの辛くて……キスくらいして確かめたい」
「場所考えろって言ってんだよ」
「だって……! つ、次いつ会えるかわかんねーのに……一週間前だってドタキャンだったし! そうだよ……っ、今日のお店だって、予約取り直してるんだぜ!? 次、どうすんの……っ」
「仕事だっつってんだろ。今忙しいのわかってんだろーが。……キャンセルはオレがしとくし、他の誰かと行くなら、オレが金もってやるから」
「! そういうことじゃなくて! そうじゃなくて! オレがすっごく楽しみにしてたってわかんねえの!? いきなりメールで、無理になった、だけで……っ、オレのこと、どうでもいいのかって思うだろ!?」

 構ってくれないにも程がある、と言う言葉をぐっと飲み込んで、沈黙の後に、震える声で、オレだって寂しいのに……と、呟いた。
 奥村はむっとして黙ってしまう。互いに長い沈黙をどちらが破るのか待っているまま時間が経つ。奥村が長い溜息をついて、仕事だって分かってるのに我が儘言うな、と苛立つ声で呟くのが先だった。

「お前がこんな聞き分けねえのバカだと思わなかった」
「……は? えっ!?」
「子供じゃねえんだ。これだけそばにいて……オレがどれだけ仕事を大事にしてるか、わかるだろ!」

 すたすたと会議室から出ていく奥村は少し乱れたネクタイを直し、濱口には着いてくるなという雰囲気を背中から撒き散らして歩いて行く。濱口は、その場に座り込み、あああ、もう! と大きな手のひらで顔を覆った。

(なんだよ! すげえむかつく!! 会いたいとかねえのかよ!! オレ、すげえ我慢してたのに! こんな風にキャンセル続いたら、オレとはもうダメなのかな、って思うに決まってるじゃねえか……!)

 イライラしながら部署に戻ると、席についた瞬間に先輩に呼ばれ、はい? と振り向くと相手が微妙な表情を浮かべた。

「なんだ恐い顔してぇ! 営業先で何かあったか?」
「いえ……違います。すみません」

 うわ、機嫌悪いの丸出しだったかも最悪、と濱口は笑おうとするが、どうにも笑顔が不自然になってしまう。先輩はそこまでは気付かず、ちょっと内緒話でもするように、彼の耳に唇を近づけた。

「あのさ、お前、今夜暇?」
「……」

 相手に言われて夜の予定の空白を思い出し、がっくりと項垂れてしまう。……暇ですよ、と答えるのが精一杯だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

控えめカワイイ後輩クンにイケメンの俺が本気になる話

ずー子
BL
大学生BL。先輩×後輩。イケメン先輩が控えめカワイイ後輩男子にメロメロになっちゃって、テニサーの夏合宿の夜にモノにしようとする話です。終始ラブラブ。 大学3年の先輩×大学1年生のラブラブ話です。受クン視点も近々載せますね♡ 私はこういう攻視点で受を「カワイイ」と悶えて本気でモノにするためになんでもしちゃう話がすきです。 お楽しみください!

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...