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2:年上上司の甘え方
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『奥村室長、今日の昼あいてませんか?』
「あ? 一応あいてるな」
『じゃあ、そちらに行ってもいいですか?』
「? ……別に構わないが」
やった! と電話の向こう側で喜ぶ濱口に首を傾げながら、奥村は内線を置いた。今日はたまたま昼も社に居て、ランチミーティングもない。昼ご飯はあまり食べない方だが、濱口が来るならどこかに出かけるか……と思って時計を見た。まだ朝の九時半。
秘書についてくれている女性が、ミーティングの資料を揃えてくれていて、目を通して会議室に向かう。十一時半までの会議は長引かせないようにしよう、そう思いながら、セクションの違うフロアの会議室の重い扉をゆっくりと開いた。
「なんだこれ?」
「へ? 弁当っすよ」
「そりゃ……それ見りゃぁ、そんくらいはわかる」
「前に作ったら食ってくれるって」
「言ったか? そんなこと」
「言いました! 言いましたよ!?」
冗談だって流されたけど、と濱口はぐっと言葉を飲み込み、弁当箱をずいっっと奥村に差し出した。一緒に食いましょうよ、と自分のも出して笑っている彼に奥村は呆れたように笑うと、席の後ろにある区切られた応接スペースで、うんっと伸びをした。
「すげえな。こんな昼食は初めてかも」
「え? ああ、社会人なってからって意味ですか?」
「いや、オレ、こっち来てからずっと一人暮らしだったから……中学とかも普通に購買でパンだったし」
「えっ!? 中学からですか?」
「ああ、うん」
すげー……弁当かあ……と、奥村が仕事モードではない感じで、弁当箱をまじまじと見ている。まるで子供のように目を輝かせて。それに、うわああ! と意味もなく叫びそうになる。
(作ってきて、よかった……っ!)
正面に座って、テーブルの下でかたく拳を握りしめると、奥村が、本当にいいのか? と少し照れたように濱口を見てきた。眼鏡の下からじっと見てくる瞳の色は今は茶色だ。ああ、もう一回碧の目みたいなあなんて惚けながら、どうぞどうぞと促す。中身をあけると、スタンダードな卵焼きと塩鮭が入っていて、おお、と思わず声を漏らしてしまう。にこにこの濱口に、奥村は少し呆れながら、きっちりとした弁当に苦笑いをこぼした。
「お前さあ、オレが今日昼いなかったらどうしてたんだよ……」
「いや、予定見たらあいてるなって昨日思ったんで! その辺は抜かりないっす!」
実はちゃんとリサーチ済。昼前までミーティングがあって、昼二時からは芳樹、つまりは社長と外出、絶対に社内にいると踏んだ濱口は、ちゃんと弁当を作っておき、朝に予定だけおさえることを実行したのだ。
(あー、ドキドキしたなあ……先に言ってたら、絶対に「そんなのいんねえよ」って言われそうだし)
作戦成功、と嬉しさから自分の弁当を開け、いただきまーす、と手をあわせる。奥村も、小さくいただきますをして、弁当に興味津々といったようにその細い二段の弁当をつつき始めていた。
「あ。だし巻得意なんですよ。食べてください。あと、野菜どれがいけるかわかんなかったから、適当にしてて……あとあと、シャケは~」
「うるせぇな。今食うよ」
きれいに焦げなく巻かれている卵を奥村はつついて頬張ると、ゆっくり噛んで飲み込んだ。濱口は、相手のこくりと動く喉に見惚れていることに気付いて、慌ててお茶をペットボトルからコップに注いで誤摩化す。
「味、だめですか?」
「……うまい」
「! ほんとに?」
「お前、料理するんだっけ。オレの家の冷蔵庫には酒とつまみしかねーからなあ……」
「あんな広いキッチンなのに勿体ないっすね」
「うるせー」
「いいなあ、あの三口IH……」
まあ、オレはガス火も好きだけど、と言いながら、濱口ももきゅもきゅと弁当を食べていく。魚と肉どっちがいいかもわかんなかったし、と気にしているが、きれいにシャケを食べてくれていて嬉しかった。
「……これ、二種類作ったのか」
「え? ああ、オレのはマグロなんスけど、ネギ味噌の味ってどうかなって思ったから……スタンダードな方をそっちに入れたんですけど」
こっちも食います? と訊いてみると、うん、と頷くので、少し小さく分けてみた。そして、悪戯心で、絶対に怒られると思いながらも、はい、じゃあ、あーん、と笑顔で箸を差し出したのだが。
意外にも、奥村はそれをぱくりと食べ、もぐもぐとそれを味わっていた。当の濱口は、一瞬何が起こったか理解できずにぼんやりとしてしまう。そして、理解した瞬間に、首から上が真っ赤になった。
「ん、これも美味いな。すげえじゃねえか」
「……っ!!」
「お前、料理うまいんだなあ」
「……や、や、焼いただけスけ、ど……っ」
「……? どうした?」
「いや……なんでも……っ」
もうこの人ヤだ……と濱口は机をバンバン叩きたいのを耐えながら、相手がごちそうさまをしているのに微笑みかけた。
「あ? 一応あいてるな」
『じゃあ、そちらに行ってもいいですか?』
「? ……別に構わないが」
やった! と電話の向こう側で喜ぶ濱口に首を傾げながら、奥村は内線を置いた。今日はたまたま昼も社に居て、ランチミーティングもない。昼ご飯はあまり食べない方だが、濱口が来るならどこかに出かけるか……と思って時計を見た。まだ朝の九時半。
秘書についてくれている女性が、ミーティングの資料を揃えてくれていて、目を通して会議室に向かう。十一時半までの会議は長引かせないようにしよう、そう思いながら、セクションの違うフロアの会議室の重い扉をゆっくりと開いた。
「なんだこれ?」
「へ? 弁当っすよ」
「そりゃ……それ見りゃぁ、そんくらいはわかる」
「前に作ったら食ってくれるって」
「言ったか? そんなこと」
「言いました! 言いましたよ!?」
冗談だって流されたけど、と濱口はぐっと言葉を飲み込み、弁当箱をずいっっと奥村に差し出した。一緒に食いましょうよ、と自分のも出して笑っている彼に奥村は呆れたように笑うと、席の後ろにある区切られた応接スペースで、うんっと伸びをした。
「すげえな。こんな昼食は初めてかも」
「え? ああ、社会人なってからって意味ですか?」
「いや、オレ、こっち来てからずっと一人暮らしだったから……中学とかも普通に購買でパンだったし」
「えっ!? 中学からですか?」
「ああ、うん」
すげー……弁当かあ……と、奥村が仕事モードではない感じで、弁当箱をまじまじと見ている。まるで子供のように目を輝かせて。それに、うわああ! と意味もなく叫びそうになる。
(作ってきて、よかった……っ!)
正面に座って、テーブルの下でかたく拳を握りしめると、奥村が、本当にいいのか? と少し照れたように濱口を見てきた。眼鏡の下からじっと見てくる瞳の色は今は茶色だ。ああ、もう一回碧の目みたいなあなんて惚けながら、どうぞどうぞと促す。中身をあけると、スタンダードな卵焼きと塩鮭が入っていて、おお、と思わず声を漏らしてしまう。にこにこの濱口に、奥村は少し呆れながら、きっちりとした弁当に苦笑いをこぼした。
「お前さあ、オレが今日昼いなかったらどうしてたんだよ……」
「いや、予定見たらあいてるなって昨日思ったんで! その辺は抜かりないっす!」
実はちゃんとリサーチ済。昼前までミーティングがあって、昼二時からは芳樹、つまりは社長と外出、絶対に社内にいると踏んだ濱口は、ちゃんと弁当を作っておき、朝に予定だけおさえることを実行したのだ。
(あー、ドキドキしたなあ……先に言ってたら、絶対に「そんなのいんねえよ」って言われそうだし)
作戦成功、と嬉しさから自分の弁当を開け、いただきまーす、と手をあわせる。奥村も、小さくいただきますをして、弁当に興味津々といったようにその細い二段の弁当をつつき始めていた。
「あ。だし巻得意なんですよ。食べてください。あと、野菜どれがいけるかわかんなかったから、適当にしてて……あとあと、シャケは~」
「うるせぇな。今食うよ」
きれいに焦げなく巻かれている卵を奥村はつついて頬張ると、ゆっくり噛んで飲み込んだ。濱口は、相手のこくりと動く喉に見惚れていることに気付いて、慌ててお茶をペットボトルからコップに注いで誤摩化す。
「味、だめですか?」
「……うまい」
「! ほんとに?」
「お前、料理するんだっけ。オレの家の冷蔵庫には酒とつまみしかねーからなあ……」
「あんな広いキッチンなのに勿体ないっすね」
「うるせー」
「いいなあ、あの三口IH……」
まあ、オレはガス火も好きだけど、と言いながら、濱口ももきゅもきゅと弁当を食べていく。魚と肉どっちがいいかもわかんなかったし、と気にしているが、きれいにシャケを食べてくれていて嬉しかった。
「……これ、二種類作ったのか」
「え? ああ、オレのはマグロなんスけど、ネギ味噌の味ってどうかなって思ったから……スタンダードな方をそっちに入れたんですけど」
こっちも食います? と訊いてみると、うん、と頷くので、少し小さく分けてみた。そして、悪戯心で、絶対に怒られると思いながらも、はい、じゃあ、あーん、と笑顔で箸を差し出したのだが。
意外にも、奥村はそれをぱくりと食べ、もぐもぐとそれを味わっていた。当の濱口は、一瞬何が起こったか理解できずにぼんやりとしてしまう。そして、理解した瞬間に、首から上が真っ赤になった。
「ん、これも美味いな。すげえじゃねえか」
「……っ!!」
「お前、料理うまいんだなあ」
「……や、や、焼いただけスけ、ど……っ」
「……? どうした?」
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