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1:年上上司の口説き方
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いつの間にか眠っていた奥村が、ふと目を覚ますとまだ車の中だった。あたりはもう暗く、あれ、会社まだか……と濱口に訊こうとすると、車は止まっていた。
「おい、濱口……」
「今日はもう帰られた方がいいですよ。この時間ですし」
「あ? ……お前! 勝手な判断をせずに起こせよ!」
奥村は空港であわせなおした腕時計を見て愕然とした。もう八時を過ぎたところだ。自分は車の中で二時間も寝ていたらしいと気づいた奥村。はあ……と溜息をついて、時差ぼけの頭を起こしながら、寝たオレが悪いか……と眉間に手を当て、悪い、と体を少し起こして座り直した。
「こっち戻ってくるとき、やっぱり時差ボケひでえな」
「そうなんですか? オレ、フランス行ったときそうだったかな……」
「行ったことあんのかよ」
「学生の時ですけどね。中学かなぁ」
「へえ……」
ところで、ここどこだよ、という上司に、マンションの駐車場です、すでに、と濱口は笑った。
「そうか、悪いな。気を遣わせた」
「いえ……オレも」
二人で話がしたかったんで……と言って濱口はハンドルに手を置いたまま、この前のこと……と話を続けた。びくりと上司の体が固まったのはわかるが、意を決して続けていく。
「オレ……本気、なんですけど……」
格好悪くも声が震える。けれど、そんなことにかまっていられる余裕はなかった。
「お前、男が好きなわけじゃねえって言ってたじゃねーか」
そうだ、聞いてなかったけど、チョコレースは誰が結局勝ったんだ? と話を逸らそうとする奥村に、そんなのどーでもいいじゃないですか、と濱口はかぶせるように遮る。
「どうせお前が勝ったんだろ。モテそうだし」
「だからっ……! そんなの、どうでもよくて……っ、オレっ!」
少し黙った後、からかわないでください、と濱口は柄にもなく小さな声で呟き黙ってしまった。気まずい沈黙が流れる。濱口はどんどん大きくなる心臓の音を打ち消すように小さく頭を振り、意を決して奥村に尋ねた。
「フランス……決まったんですか」
「さあ、どうだろうな」
「もう、いいじゃないッスか! 教えてくれたって……!」
「バカ……オレにだってまだ内示出てねえよ」
「でも!」
会えなくなるの、イヤです……そう言った濱口は、言ってしまってからしまったと思う。そんなことを言える立場でもないのに、子供っぽいし、途端に恥ずかしくなった。内示が出ていないはずがない。だって、明日には部内で異動発表なのだ。分かっているのに、はぐらかされて、カッとなってしまった。
「す、みませ……」
「濱口、お前……」
モテんだろうし、気の迷いかなんかだろ、と奥村はシートに身を沈めながら言った。濱口は、ミラーですらその姿を確認できなくて視線を逸らすしかない。指先が震えるのを抑えるのに必死になるけれど、そういうんじゃないです、となんとか言えた。
「そういうのじゃないって……そういうのだろ。別にオレ以外にだっていい上司はいるだろうし、なんか一年目のストレスかなんかでちょっと勘違いでもしただけで……忙しくて女見れてなかったとかじゃねーの」
「違います……! 一緒に仕事したいのもありますけど……それだけじゃなくて、もっと、色んな表情とか見てみたいし、一緒に居てぇなって……」
「自分で言うのもなんだけど。憧れの延長みたいなもんだろ。お前じゃなくてもそういう奴居たぜ? ……言わせなかったけどな」
普通言うか、お前……と、奥村は呆れたように溜息をついた。濱口はその言葉に予想外に傷ついた。本気だととらえてくれないのがこんなに辛いなんて思っていなかった。
「……フランス、行きます」
「は?」
「部長が向こうに渡るなら……オレ、何年かかっても、そっちに行きます。絶対に追っかけて行きます!」
「フランス語どころか英語もろくにしゃべれねーくせに。お前、スコアいくつだよ」
「そう、ですけど……っ!」
「口だけは一人前なんだからなあ……」
お前は、と奥村はふっと口元を緩めた。その表情にどきりとする。じっと見つめていると、ミラー越しに見える彼が、濱口を見つめ返し、小さく、悪い、と言う。スローモーションのような一瞬、見つめてくる瞳が、あまりにキレイで見ていられない。思わずぎゅっと目をつぶって、拒否の言葉を怖々と待つしかなかった。
すると、くいっと後ろから顎をつかまれ、柔らかな感触が唇に触れた。
「おい、濱口……」
「今日はもう帰られた方がいいですよ。この時間ですし」
「あ? ……お前! 勝手な判断をせずに起こせよ!」
奥村は空港であわせなおした腕時計を見て愕然とした。もう八時を過ぎたところだ。自分は車の中で二時間も寝ていたらしいと気づいた奥村。はあ……と溜息をついて、時差ぼけの頭を起こしながら、寝たオレが悪いか……と眉間に手を当て、悪い、と体を少し起こして座り直した。
「こっち戻ってくるとき、やっぱり時差ボケひでえな」
「そうなんですか? オレ、フランス行ったときそうだったかな……」
「行ったことあんのかよ」
「学生の時ですけどね。中学かなぁ」
「へえ……」
ところで、ここどこだよ、という上司に、マンションの駐車場です、すでに、と濱口は笑った。
「そうか、悪いな。気を遣わせた」
「いえ……オレも」
二人で話がしたかったんで……と言って濱口はハンドルに手を置いたまま、この前のこと……と話を続けた。びくりと上司の体が固まったのはわかるが、意を決して続けていく。
「オレ……本気、なんですけど……」
格好悪くも声が震える。けれど、そんなことにかまっていられる余裕はなかった。
「お前、男が好きなわけじゃねえって言ってたじゃねーか」
そうだ、聞いてなかったけど、チョコレースは誰が結局勝ったんだ? と話を逸らそうとする奥村に、そんなのどーでもいいじゃないですか、と濱口はかぶせるように遮る。
「どうせお前が勝ったんだろ。モテそうだし」
「だからっ……! そんなの、どうでもよくて……っ、オレっ!」
少し黙った後、からかわないでください、と濱口は柄にもなく小さな声で呟き黙ってしまった。気まずい沈黙が流れる。濱口はどんどん大きくなる心臓の音を打ち消すように小さく頭を振り、意を決して奥村に尋ねた。
「フランス……決まったんですか」
「さあ、どうだろうな」
「もう、いいじゃないッスか! 教えてくれたって……!」
「バカ……オレにだってまだ内示出てねえよ」
「でも!」
会えなくなるの、イヤです……そう言った濱口は、言ってしまってからしまったと思う。そんなことを言える立場でもないのに、子供っぽいし、途端に恥ずかしくなった。内示が出ていないはずがない。だって、明日には部内で異動発表なのだ。分かっているのに、はぐらかされて、カッとなってしまった。
「す、みませ……」
「濱口、お前……」
モテんだろうし、気の迷いかなんかだろ、と奥村はシートに身を沈めながら言った。濱口は、ミラーですらその姿を確認できなくて視線を逸らすしかない。指先が震えるのを抑えるのに必死になるけれど、そういうんじゃないです、となんとか言えた。
「そういうのじゃないって……そういうのだろ。別にオレ以外にだっていい上司はいるだろうし、なんか一年目のストレスかなんかでちょっと勘違いでもしただけで……忙しくて女見れてなかったとかじゃねーの」
「違います……! 一緒に仕事したいのもありますけど……それだけじゃなくて、もっと、色んな表情とか見てみたいし、一緒に居てぇなって……」
「自分で言うのもなんだけど。憧れの延長みたいなもんだろ。お前じゃなくてもそういう奴居たぜ? ……言わせなかったけどな」
普通言うか、お前……と、奥村は呆れたように溜息をついた。濱口はその言葉に予想外に傷ついた。本気だととらえてくれないのがこんなに辛いなんて思っていなかった。
「……フランス、行きます」
「は?」
「部長が向こうに渡るなら……オレ、何年かかっても、そっちに行きます。絶対に追っかけて行きます!」
「フランス語どころか英語もろくにしゃべれねーくせに。お前、スコアいくつだよ」
「そう、ですけど……っ!」
「口だけは一人前なんだからなあ……」
お前は、と奥村はふっと口元を緩めた。その表情にどきりとする。じっと見つめていると、ミラー越しに見える彼が、濱口を見つめ返し、小さく、悪い、と言う。スローモーションのような一瞬、見つめてくる瞳が、あまりにキレイで見ていられない。思わずぎゅっと目をつぶって、拒否の言葉を怖々と待つしかなかった。
すると、くいっと後ろから顎をつかまれ、柔らかな感触が唇に触れた。
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