【R18】年上上司のオトシ方

二久アカミ

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1:年上上司の口説き方

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「奥村部長、帰ってくるのっていつでしたっけ」
「濱口、お前、その質問、今日三回目だぞ?」

 デスクからホワイトボードを見てぼんやりしている濱口に同僚は呆れた。当の濱口が仕事の手がふと止まった時にきいてくるのは奥村部長の予定。ホワイトボードを見れば今はフランスだとわかるし、社内の予定表を見てもわかる。なのに、人に確認せずにはいられないようだった。

「だから再来週の半ばまで向こうだって。翌日に異動の部内発表だけどな」
「そのまま帰ってこなかったりしないですよね?」
「あのなあ……」

 お前、この前から変だぞ、と言われるが、濱口はそんなことは気にしていられなかった。つい先日、真夜中のオフィスで告白をした。上司に、スキだ、と。全然受け取ってもらえなくて、本気にもしてもらえなくて。多分、感情の十分の一も伝わってないんじゃないかな、と思う。あの後も会社ですれ違いで、ちょっと会った時は普通に……何もなかったように振る舞われて、ショックだった。いや、露骨に避けられても困るのだが。

(そりゃ、女にはいくらでも言いよられてるだろうけどさ……オレ、男だし)

 目の前に資料はあるが、全然頭に入ってこない。ぼんやりとグラフを見ても、何も考えられなかった。

(あの時は、ちょっと焦ってた、な。あんな奥村部長の顔、見たことなかった)

 かわいかったなあ、と思った瞬間、口元が緩む。資料で慌てて隠すが、目の前の先輩が、「うわあ……」というかわいそうな目を濱口に向けていた。

「濱口、おかしくなったか? わかってる? もう三月になるんだぞ?決算月……」
「わかってます……」

 すみません……と仕事に戻る。年間の予算はうまくクリアできているものの、三月に更に突っ込んでおかないとまずいことくらいは分かっている。気合入れてがんばんねーと! と思ったものの、フランスに行ったままの上司が気になって仕方がなかった。

(もう一回、ちゃんと話できねえかな。逃げられちゃうかな)

 せめてちゃんと受け止めて返して欲しいなあ……なんて思うのだけれど、それも儚い望みなのがわかっていて。

(向こう行っちゃうなら、オレのことなんかどーでもいいだろうし……そもそもそんな機会も時間もねえって)

 弱気になった感情を消すために、デスクに、ごちんっと額をぶつける。隣に居た同僚が、お前……大丈夫か、飲み行く? と声をかけてくれるが、濱口は、すみません……と小さく呟いたまま黙ってしまった。

 会いたくて会いたくて仕方がない。
 毎日会えていたのに。
 それが無くなるなんて思うと耐えられない。

 ……そんなこと、言えない。

(やばい……思った以上にこれは)

 重症だ……と、濱口は資料を眺めて、奥村の帰ってくる日のカレンダーに丸をつけた。




「お疲れさまでしたっ! お迎えにあがりました」
「迎えは浦谷に頼んだはずだが」
「浦谷さんの案件で急遽の契約があって、先方の銀行同行にでているので。代行ですみません」
「……資料よこせ」
「はい」

 すみません、飛行機の中でご連絡もできなかったので、と言いながら濱口は笑顔を作っていた。しかし、その実、心臓の音で体が揺れるんじゃないかと思うくらいに緊張している。
 空港までフランスから戻る部長を迎えにいく……そしてそのまま挨拶先を三件回る、それが部の先輩にいった連絡だった。しかし、彼は得意先の急な仕事でどうしても時間が調整できず、急遽誰か、ということで濱口が奥村の迎えにきたのだった。まあ、本人としては狙っていたところもあるので、呪いにも似た願いが通じたのかもしれない。
 車の後部座席に乗り込み、ぱらぱらと資料を見ている上司をミラーで確認する。また少し痩せた気がする。顎が細っているように思え、疲れが見えた。

「向こうはどうでしたか?」
「まあ、あんまりこっちと変わらないが」
「そんなことないでしょう。……芳樹社長とは会われました? 元気でしたか?」
「ああ」

 会話が続かない。やばい、すごく緊張する、と思って手に汗を握る。濱口は車を走らせ、指示されていた営業先を回った。昼の二時から駆け込むように回っていったものの、なんとか六時頃には無事にその挨拶回りを終え、奥村から指示された紙の資料を助手席にまとめ、社に戻ろうとした。

(あ……眠そう……)

 気が緩んだんだろう、後部座席でぼんやりしていた奥村が、うとうとと目蓋を重そうにしているのが見えた。このまま帰られたらどうですか?と言ったものの、社に戻ると言われ、濱口は素直に車を走らせた。
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