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1:年上上司の口説き方
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「では、こちらの案ですすめてよろしいですか」
「ええ、お願いします。奥村さんの出してくださった数字でかまいません」
「ありがとうございます。では、後日契約書をまた御持ちしますので」
にっこりと営業用に微笑む上司。濱口はそのタイミングにあわせて先方に頭を下げる。資料をファイルにとじていると、相手方が、まだ少しお時間よろしいですか? と奥村の予定を気にした。
「ええ、後はいれておりませんので」
「そうですか。いえ、今度社長が替わられるというお話の続きなんですがね」
「ええ」
その話は契約の話の前にも出ていたものだ。濁せるだけ濁して、言える範囲のことだけをつたえていたはずだが、まだ時間があればもうちょっと聞き出したいと思ったのだろう。数字もあげられたので、邪険には扱えず、奥村もゆっくりと微笑んだ。
「若い新社長候補のことも気になるのですが……その、奥村さんはどうされるのかな、と」
「……と、言いますのは?」
「いえ……新社長の傍につかれるんじゃないかという話をききましてね。私どもといたしましても、奥村さんの提案に信頼をおいていたものですから……いえ、勿論、まだ二月ですし、異動などのお話はないのかもしれませんが……」
すみません、どうしても気になってしまって、と相手方も訊きにくそうに話をすすめてくる。奥村は、まだそういう話はありませんよ、と唇の端を綺麗にあげ、どうなるんでしょうね、と他人事のように話した。
「最近の提案についても私が表に出ているだけで、うちの濱口がきっちりと見ております。若くて頼りないかもしれませんが、きっと今後もよい仕事をさせていただきますよ」
「そうですか。奥村さんがそこまで言うのでしたら、もし万が一のことがあっても安心です」
長く見ていただいていたので、残念ですけども……と言う相手の顔を見て、奥村は困ったような表情を見せる。
「いえ、まだ本当に分かりませんので。私も身の振り方をどうすればいいのか……サラリーマンの辛いところですね」
「ははっ、でも、以前もフランスにいらしたんでしょう? いや……まあ、本決まりになりましたら、またご連絡ください。今後ともよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
そうかわされる会話のやりとりを見ながら、濱口は仕事の内容を整理する。そうでもしないと好奇心が勝ちそうで、胸の奥が痛いのだった。
打ち合わせのブースを出て、先方のビルから出てしばらくすると、奥村はうんっと伸びをしている。濱口は、次の予定を確認し、その後、昼飯どうしますか、と尋ねた。
最近、二人で御飯なども行く機会がない。奥村の過密スケジュールは以前にも増していて、そんなお誘いもされるもするもなかったのだ。
「ああ、昼ね。オレ、いらねーわ」
「えっ、奥村部長、倒れますよ?」
「大丈夫だろ。お前はお前の心配しろ。帰って、内務に契約書の再作成指示。注意事項の追記忘れんなよ」
「あ、はい……でも……」
朝もゼリー飲料だけだったし、最近夜食も食ってないのに遅くまで残ってるし……と濱口は言いそうな言葉をぐっと堪えた。前に自宅にいった時にちょっと見てしまった冷蔵庫には大したものも入っていなくって、本当にこの人の食生活はどうなっているんだろう、気力だけで生きてるんじゃないかな、と思ってしまったくらいである。
「弁当でも作ってこようかな……」
「あ?」
「あ、いえ!! いや、お弁当とか作ったら、奥村部長食べてくれるかなって!」
「はあ?」
訝し気な表情を返され、自分は何を言っているんだ! と気付く。
頬が赤くなっていくのに、目の前の上司は眉間に皺を寄せ、何言ってんだお前は、と呆れた声を出した。
「まあ、あったら食う……かな?」
「え、ほ、本当ですか?」
「お前、料理つくれんのかよ。あ、実家手伝ってたらうまいか。飯屋だもんなぁ」
「普通には作れますよ。うわ、じゃあ、作ってこようかな!」
「バカ。冗談だよ」
「えーっ!?」
なんだ、と濱口がしょげていると、肘でつつかれ、やり取りが恥ずかしいだろ? と笑われる。その笑顔があまり見たことがなくて、どきりとした。
(やっぱり、オレ……!)
日増しに、彼に対する思いを自覚していっているように思う。きっとこういう風に無防備に彼が笑ってくれる相手など、社内にはほとんど居ないだろうし。少なからず、自分は少し特別なところにいるんじゃないかな、という自惚れだってある。
「簡単でも昼飯とりましょうよ。ジャンクでも」
「んー、なんかなあ」
「あ。じゃあ、スープとか! 駅前にありましたよ、スープ屋さん!」
「OLっぽいな。おっさんが行くとこかよ。このあたりって定食屋ねえの」
「おっさんって……」
この人は自分の見た目わかってるのかよ……と濱口はがっくりと項垂れた。すると、近くから、礼人! と彼の名を呼ぶ声がする。後ろを振り向くと、細身のスーツを着た派手な金髪の男が車の傍で彼を呼んでいる。奥村はその相手に一瞬目を細め、ああ!と声をあげた。
「では、こちらの案ですすめてよろしいですか」
「ええ、お願いします。奥村さんの出してくださった数字でかまいません」
「ありがとうございます。では、後日契約書をまた御持ちしますので」
にっこりと営業用に微笑む上司。濱口はそのタイミングにあわせて先方に頭を下げる。資料をファイルにとじていると、相手方が、まだ少しお時間よろしいですか? と奥村の予定を気にした。
「ええ、後はいれておりませんので」
「そうですか。いえ、今度社長が替わられるというお話の続きなんですがね」
「ええ」
その話は契約の話の前にも出ていたものだ。濁せるだけ濁して、言える範囲のことだけをつたえていたはずだが、まだ時間があればもうちょっと聞き出したいと思ったのだろう。数字もあげられたので、邪険には扱えず、奥村もゆっくりと微笑んだ。
「若い新社長候補のことも気になるのですが……その、奥村さんはどうされるのかな、と」
「……と、言いますのは?」
「いえ……新社長の傍につかれるんじゃないかという話をききましてね。私どもといたしましても、奥村さんの提案に信頼をおいていたものですから……いえ、勿論、まだ二月ですし、異動などのお話はないのかもしれませんが……」
すみません、どうしても気になってしまって、と相手方も訊きにくそうに話をすすめてくる。奥村は、まだそういう話はありませんよ、と唇の端を綺麗にあげ、どうなるんでしょうね、と他人事のように話した。
「最近の提案についても私が表に出ているだけで、うちの濱口がきっちりと見ております。若くて頼りないかもしれませんが、きっと今後もよい仕事をさせていただきますよ」
「そうですか。奥村さんがそこまで言うのでしたら、もし万が一のことがあっても安心です」
長く見ていただいていたので、残念ですけども……と言う相手の顔を見て、奥村は困ったような表情を見せる。
「いえ、まだ本当に分かりませんので。私も身の振り方をどうすればいいのか……サラリーマンの辛いところですね」
「ははっ、でも、以前もフランスにいらしたんでしょう? いや……まあ、本決まりになりましたら、またご連絡ください。今後ともよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
そうかわされる会話のやりとりを見ながら、濱口は仕事の内容を整理する。そうでもしないと好奇心が勝ちそうで、胸の奥が痛いのだった。
打ち合わせのブースを出て、先方のビルから出てしばらくすると、奥村はうんっと伸びをしている。濱口は、次の予定を確認し、その後、昼飯どうしますか、と尋ねた。
最近、二人で御飯なども行く機会がない。奥村の過密スケジュールは以前にも増していて、そんなお誘いもされるもするもなかったのだ。
「ああ、昼ね。オレ、いらねーわ」
「えっ、奥村部長、倒れますよ?」
「大丈夫だろ。お前はお前の心配しろ。帰って、内務に契約書の再作成指示。注意事項の追記忘れんなよ」
「あ、はい……でも……」
朝もゼリー飲料だけだったし、最近夜食も食ってないのに遅くまで残ってるし……と濱口は言いそうな言葉をぐっと堪えた。前に自宅にいった時にちょっと見てしまった冷蔵庫には大したものも入っていなくって、本当にこの人の食生活はどうなっているんだろう、気力だけで生きてるんじゃないかな、と思ってしまったくらいである。
「弁当でも作ってこようかな……」
「あ?」
「あ、いえ!! いや、お弁当とか作ったら、奥村部長食べてくれるかなって!」
「はあ?」
訝し気な表情を返され、自分は何を言っているんだ! と気付く。
頬が赤くなっていくのに、目の前の上司は眉間に皺を寄せ、何言ってんだお前は、と呆れた声を出した。
「まあ、あったら食う……かな?」
「え、ほ、本当ですか?」
「お前、料理つくれんのかよ。あ、実家手伝ってたらうまいか。飯屋だもんなぁ」
「普通には作れますよ。うわ、じゃあ、作ってこようかな!」
「バカ。冗談だよ」
「えーっ!?」
なんだ、と濱口がしょげていると、肘でつつかれ、やり取りが恥ずかしいだろ? と笑われる。その笑顔があまり見たことがなくて、どきりとした。
(やっぱり、オレ……!)
日増しに、彼に対する思いを自覚していっているように思う。きっとこういう風に無防備に彼が笑ってくれる相手など、社内にはほとんど居ないだろうし。少なからず、自分は少し特別なところにいるんじゃないかな、という自惚れだってある。
「簡単でも昼飯とりましょうよ。ジャンクでも」
「んー、なんかなあ」
「あ。じゃあ、スープとか! 駅前にありましたよ、スープ屋さん!」
「OLっぽいな。おっさんが行くとこかよ。このあたりって定食屋ねえの」
「おっさんって……」
この人は自分の見た目わかってるのかよ……と濱口はがっくりと項垂れた。すると、近くから、礼人! と彼の名を呼ぶ声がする。後ろを振り向くと、細身のスーツを着た派手な金髪の男が車の傍で彼を呼んでいる。奥村はその相手に一瞬目を細め、ああ!と声をあげた。
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