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1:年上上司の口説き方
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フィルタからポタポタと落ちるコーヒーの音をききながら、濱口はぼうっと奥村を見つめる。
あんまり知らなかったけれど、イメージどおりじゃないところもあるんだなあ、と、自分が彼については会社での一面しかしらないことを改めて思い知らされた。
(……面白いな。かわいいし……)
なんだか最近、この上司に対する形容がおかしな気がする。
でも、それだけ慕ってるってことかなあ、などと思って、今日のことを思い返してみた。奥村は会社ではミステリアスな存在で、それに、どこか畏れ多いイメージがある。社内でも個人的に親しくしている人など見かけたことがない。もしかして自宅知ってるのとか珍しい? と、途端にどこか嬉しい自分に気付く。
ぱたりと雫をおとすのをやめたフィルタを処理し、サーバーからそのあたりにあったマグにコーヒーを注ぐ。
いい香りだなあ、と思いながら、そっとそれを奥村の眠っているソファーの横、ローテーブルの上に置いた。煙草を寝ぼけて吸おうとしたら危ないな、と濱口は右手に握られている煙草とジッポから彼の指をそっと外すと、少し遠目のところにそれを置いた。
(……こうやって見ると、オレとあんまり歳かわんなさそうなのに……)
自分の分も入れたコーヒーを啜り、ソファーとローテーブルの間に腰をおとして上司の寝顔をぼんやりと眺める。長い睫毛は髪の色と同じく少しグレーがかっていてきれいだ。白い肌が酒のせいかほんのりとピンクに色づいていて、女の子みたい、とまた失礼な形容を思う。
(肌、すっげーすべすべなんだけど!!)
そっと、壊れ物でも扱うかのように、恐る恐る指先をのばす。ふわっと掌で包むと、彼のバランスよい小さな顔を包み込めそうだった。
なんなんだろう、と濱口は思う。とくんとくん、と胸の奥が高鳴り始め、こんなの、オレしか知らないといいな、と思い始める自分が妙だった。
(奥村部長がこんなに酔っちゃうのなんか……見たことなかったし)
あんな風に緊張してるのとか、社長に心酔してるところとか、写真なんかではしゃいで嬉しそうにしてるのも。
(オレだけが……知ってたら、いいな……)
じっと見ていると、彼の鼻が小さく動く。どきりとしたが、コーヒーの香りに反応してるんだ、と思うと、胸の奥をきゅうっと誰かに掴まれたような気さえした。
(オレ……もしかして)
いや、まさか、そんな、と思った瞬間、自身が彼を見つめすぎて、顔が触れそうなくらいに近いことを悟る。唇が鼻先をかすめそうなことに気付いて、どんっと自分の腕を伸ばして距離をあけた。その衝撃で、ふわあ……と奥村が欠伸をしながら目を覚ました。
「ん……? 濱口……?」
「お、お、オレ、帰りますんで!!」
「あ……? ああ、悪い。コーヒー入れてくれたのか……」
ありがとうな……と言う奥村に構わず、濱口は自分の荷物を持って、奥村から顔を背けた。
自分の行動が信じられない。顔が熱くて、まさか彼を見ることなどできるはずがなくて。
「……んだよ……そんな急がなくても、コーヒーいれたんなら、飲んでいけば……?」
「いやっ!もう遅いし、オレ、帰んないと……っ」
「そっか……悪かったな。タクシー使ったらオレに請求して……」
さっきの会計もちゃんと明日払う……と奥村はぼんやり言いながら、はあっとまたソファーに寝転んだ。長い脚、緩められたネクタイ、目の辺りを甲でおさえている彼を少し心配すると、ずらして見つめてくる目線にどきりとした。
(何……これ……っ)
エロすぎねえ、と思ってしまった言葉を必死で掻き消して、帰りますね、と必死で笑顔を作ると、奥村はまだ寝ぼけた感じの声で呟いた。
「……泊まってけば?」
「……は?」
「お前、借上のとこだったよな。オレんちの方が会社ちけーし……」
「いや!! いいです!! 帰ります!! オレ、帰りますんで!!」
着替えもないので、お疲れさまでした失礼します! と頭を下げ、まるで逃げるように玄関から飛び出した。
あんまり知らなかったけれど、イメージどおりじゃないところもあるんだなあ、と、自分が彼については会社での一面しかしらないことを改めて思い知らされた。
(……面白いな。かわいいし……)
なんだか最近、この上司に対する形容がおかしな気がする。
でも、それだけ慕ってるってことかなあ、などと思って、今日のことを思い返してみた。奥村は会社ではミステリアスな存在で、それに、どこか畏れ多いイメージがある。社内でも個人的に親しくしている人など見かけたことがない。もしかして自宅知ってるのとか珍しい? と、途端にどこか嬉しい自分に気付く。
ぱたりと雫をおとすのをやめたフィルタを処理し、サーバーからそのあたりにあったマグにコーヒーを注ぐ。
いい香りだなあ、と思いながら、そっとそれを奥村の眠っているソファーの横、ローテーブルの上に置いた。煙草を寝ぼけて吸おうとしたら危ないな、と濱口は右手に握られている煙草とジッポから彼の指をそっと外すと、少し遠目のところにそれを置いた。
(……こうやって見ると、オレとあんまり歳かわんなさそうなのに……)
自分の分も入れたコーヒーを啜り、ソファーとローテーブルの間に腰をおとして上司の寝顔をぼんやりと眺める。長い睫毛は髪の色と同じく少しグレーがかっていてきれいだ。白い肌が酒のせいかほんのりとピンクに色づいていて、女の子みたい、とまた失礼な形容を思う。
(肌、すっげーすべすべなんだけど!!)
そっと、壊れ物でも扱うかのように、恐る恐る指先をのばす。ふわっと掌で包むと、彼のバランスよい小さな顔を包み込めそうだった。
なんなんだろう、と濱口は思う。とくんとくん、と胸の奥が高鳴り始め、こんなの、オレしか知らないといいな、と思い始める自分が妙だった。
(奥村部長がこんなに酔っちゃうのなんか……見たことなかったし)
あんな風に緊張してるのとか、社長に心酔してるところとか、写真なんかではしゃいで嬉しそうにしてるのも。
(オレだけが……知ってたら、いいな……)
じっと見ていると、彼の鼻が小さく動く。どきりとしたが、コーヒーの香りに反応してるんだ、と思うと、胸の奥をきゅうっと誰かに掴まれたような気さえした。
(オレ……もしかして)
いや、まさか、そんな、と思った瞬間、自身が彼を見つめすぎて、顔が触れそうなくらいに近いことを悟る。唇が鼻先をかすめそうなことに気付いて、どんっと自分の腕を伸ばして距離をあけた。その衝撃で、ふわあ……と奥村が欠伸をしながら目を覚ました。
「ん……? 濱口……?」
「お、お、オレ、帰りますんで!!」
「あ……? ああ、悪い。コーヒー入れてくれたのか……」
ありがとうな……と言う奥村に構わず、濱口は自分の荷物を持って、奥村から顔を背けた。
自分の行動が信じられない。顔が熱くて、まさか彼を見ることなどできるはずがなくて。
「……んだよ……そんな急がなくても、コーヒーいれたんなら、飲んでいけば……?」
「いやっ!もう遅いし、オレ、帰んないと……っ」
「そっか……悪かったな。タクシー使ったらオレに請求して……」
さっきの会計もちゃんと明日払う……と奥村はぼんやり言いながら、はあっとまたソファーに寝転んだ。長い脚、緩められたネクタイ、目の辺りを甲でおさえている彼を少し心配すると、ずらして見つめてくる目線にどきりとした。
(何……これ……っ)
エロすぎねえ、と思ってしまった言葉を必死で掻き消して、帰りますね、と必死で笑顔を作ると、奥村はまだ寝ぼけた感じの声で呟いた。
「……泊まってけば?」
「……は?」
「お前、借上のとこだったよな。オレんちの方が会社ちけーし……」
「いや!! いいです!! 帰ります!! オレ、帰りますんで!!」
着替えもないので、お疲れさまでした失礼します! と頭を下げ、まるで逃げるように玄関から飛び出した。
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