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1:年上上司の口説き方
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「……まさか、会食先が、うちの実家だったなんて……」
「お前、先に言えよ!」
「いや、だって奥村部長が引っ張っていったから」
「オレのせいかよ。知らねえし、お前の実家だなんてよ。相馬顧問は先に大将と話がしたいから、ともう先に入ってらっしゃる」
「オレの親父じゃないすか……」
「まあ、そういうことになるな」
二人を乗せたタクシーはすぐに一軒の鰻屋の前に止まった。濱口には見慣れた店構えだ。
実家は小さな鰻屋だがいつもにぎわっている。就職を機に濱口は実家をでていたが、二月に一度くらいは帰っているので、久々な感じでもない。親父も驚くかなあ、なんて思いながらのれんをくぐると、端のテーブル席に相馬顧問、つまりは幼馴染の父であり常連客が居た。見るからにすでに出来上がっている。
「おっ、奥村くん、きたか~」
「あれ? 猛じゃねえか。なんだお前」
「いや、なんだお前って……ただいま。オレ、今日は客な」
「ああ。なんだ、大貴とかい。ちょっと混んでるから手伝っていけよと思ったのに」
ははっと笑いながら話してくる父親に、濱口は苦く笑うと、そんな会話にぼうっとしている上司に、すみません、と断って席を案内した。
はっとした奥村は、お世話になります、と大将である濱口父に軽く会釈をして、既に始めている相馬大貴、つまり顧問の前に、御待たせして申し訳ありません、と座った。
「あ。相馬さん、ちょうど一本目切れてますね。いつものでいいですか?」
「おお、猛くん、立派なサラリーマンに……! あんなに小さかったのになあ、親戚の子が大きくなったみたいだ!」
「そんな大袈裟な。部長、何にします? 最初ビールの方がいいですか?」
「いや、一緒で」
「はーい」
親父ごめん、おかわりーと言いつつ、濱口が席を立って酒を持ってくる。そのまま持っていけと、盛られた刺身と一緒につまみながら、少しずつ会話が弾んだ。
濱口は、いつもの相馬父の会話の流れが分かっているから、適当な受け答えをしつつ、昔あったことを懐かしく話す。上司がいつになく緊張しながら話しているのを見て、立場などを考えた方がいいのかな、とも思うけれど。残念ながら、そういう実感もなく、目の前の「顧問」は「友人のお父さん」気分だ。いけないな、と思うけれど、柔らかな雰囲気で会話が進んでいるので問題ないだろう。
少しして、上司の緊張もほどけてきたように見受けられる。ちょっとはオレも役に立ってるかも? なんて思うと、本人が居ないことをいいことに、中学時代の話をしたりして。すると、上司がすごい勢いで芳樹社長の中学時代!? と食いついてくるものだから、それはそれで複雑ではあった。
聞けば、自分の幼馴染は新社屋の設計には既に参画していたらしく、その時の手腕に部長は惚れ込んでいたらしい。話はどんどん弾んでいく。
「相馬さ……相馬顧問、飲み過ぎですって」
「いいんだよー。ここのお財布は奥村くんところの部署持ちだし?」
「はい、勿論です。いくらでもどうぞ」
調子良く飲んでいく相馬父を前に濱口は苦笑いをこぼす。上司は酒をついではつがれてとしているし、二人の酔いが随分回っているのが見てとれた。
奥村はあまり酒を飲める方ではない。きっととっくに限界値を超えているだろうに、緊張だけでもたせているんだろう。そのくらいはわかっていた。これは最終兵器を出さねえとな……と切り出す。
「いや、それでも飲み過ぎ……親父、そろそろ送らねえと、奥さんに怒られるんじゃねえ?」
「そうだなあ……フランスから帰ってきたの昨日だったか? 美海ちゃんに悪いかね。芳樹君に来てもらうか?」
「美海!?美海!そうだ!帰る!」
家で待つ奥さんの名前にすぐに反応した相馬父は、がたっと席を立ち、ふらふらと酔っぱらいの足取りを、ふんっとまたしっかり立たせると、カウンターの中にいる濱口の父親に挨拶をして、店の外に出ていった。
慌てて奥村が席を立とうとするが、足元がおぼつかないのを濱口が察し、留める。オレが送りますから、と言って店の外に相馬父を追う。こうなってしまえば、大企業の顧問もただの友人の父親である。
少しひんやりとした夜の空気に触れ、酔いもさめてきたのか、うんっと相手は大きな伸びをしていた。
「帰れます?」
「ああ、大丈夫だ。悪かったな」
「いや、オレは全然いいんスけど……」
「奥村くんもそんなに強い方じゃないのに、付き合ってくれるから嬉しいんだよな。まあ、また家にも遊びにくればいい。オレはほとんどいないけど」
「今もまた、ほとんどフランスですか」
「ああ。なかなか向こうの体制も固まらなくて。奥村くんみたいなタイプが一人欲しいと思ってるんだよ」
「え……?」
ふあああ、酒くさいなー怒られるかな、なんて言っている彼の意外な言葉に濱口は驚いていた。黙ってしまった濱口に、相手は、あ、と今更のように言葉を止めて、シッとするように口元で指を立てる。
「あ。これまだ他には言っちゃだめだからな。あと、普通に帰れるから送りはいいよ。じゃ、あとはよろしく!」
「……あ……はい」
それって……と濱口はどきどきしながら、千鳥足の相手を見送った。角をちゃんと曲がるところまで見て、店に戻ろうとしたが、足が止まってしまう。さっきの言葉、あれは、上司の引き抜きを考えているということだろう……か?
(奥村部長を……フランスにってこと……?)
どくんっと胸の奥が疼く。ぼうっとしている自分にハッとして、いや、違うかもしんねえし、酔っぱらいの言うことだし! とひどいことを思う。そして、店の中で緊張もとけてくたばってるだろう、酒に弱い上司の救出に向かうことにした。
「お前、先に言えよ!」
「いや、だって奥村部長が引っ張っていったから」
「オレのせいかよ。知らねえし、お前の実家だなんてよ。相馬顧問は先に大将と話がしたいから、ともう先に入ってらっしゃる」
「オレの親父じゃないすか……」
「まあ、そういうことになるな」
二人を乗せたタクシーはすぐに一軒の鰻屋の前に止まった。濱口には見慣れた店構えだ。
実家は小さな鰻屋だがいつもにぎわっている。就職を機に濱口は実家をでていたが、二月に一度くらいは帰っているので、久々な感じでもない。親父も驚くかなあ、なんて思いながらのれんをくぐると、端のテーブル席に相馬顧問、つまりは幼馴染の父であり常連客が居た。見るからにすでに出来上がっている。
「おっ、奥村くん、きたか~」
「あれ? 猛じゃねえか。なんだお前」
「いや、なんだお前って……ただいま。オレ、今日は客な」
「ああ。なんだ、大貴とかい。ちょっと混んでるから手伝っていけよと思ったのに」
ははっと笑いながら話してくる父親に、濱口は苦く笑うと、そんな会話にぼうっとしている上司に、すみません、と断って席を案内した。
はっとした奥村は、お世話になります、と大将である濱口父に軽く会釈をして、既に始めている相馬大貴、つまり顧問の前に、御待たせして申し訳ありません、と座った。
「あ。相馬さん、ちょうど一本目切れてますね。いつものでいいですか?」
「おお、猛くん、立派なサラリーマンに……! あんなに小さかったのになあ、親戚の子が大きくなったみたいだ!」
「そんな大袈裟な。部長、何にします? 最初ビールの方がいいですか?」
「いや、一緒で」
「はーい」
親父ごめん、おかわりーと言いつつ、濱口が席を立って酒を持ってくる。そのまま持っていけと、盛られた刺身と一緒につまみながら、少しずつ会話が弾んだ。
濱口は、いつもの相馬父の会話の流れが分かっているから、適当な受け答えをしつつ、昔あったことを懐かしく話す。上司がいつになく緊張しながら話しているのを見て、立場などを考えた方がいいのかな、とも思うけれど。残念ながら、そういう実感もなく、目の前の「顧問」は「友人のお父さん」気分だ。いけないな、と思うけれど、柔らかな雰囲気で会話が進んでいるので問題ないだろう。
少しして、上司の緊張もほどけてきたように見受けられる。ちょっとはオレも役に立ってるかも? なんて思うと、本人が居ないことをいいことに、中学時代の話をしたりして。すると、上司がすごい勢いで芳樹社長の中学時代!? と食いついてくるものだから、それはそれで複雑ではあった。
聞けば、自分の幼馴染は新社屋の設計には既に参画していたらしく、その時の手腕に部長は惚れ込んでいたらしい。話はどんどん弾んでいく。
「相馬さ……相馬顧問、飲み過ぎですって」
「いいんだよー。ここのお財布は奥村くんところの部署持ちだし?」
「はい、勿論です。いくらでもどうぞ」
調子良く飲んでいく相馬父を前に濱口は苦笑いをこぼす。上司は酒をついではつがれてとしているし、二人の酔いが随分回っているのが見てとれた。
奥村はあまり酒を飲める方ではない。きっととっくに限界値を超えているだろうに、緊張だけでもたせているんだろう。そのくらいはわかっていた。これは最終兵器を出さねえとな……と切り出す。
「いや、それでも飲み過ぎ……親父、そろそろ送らねえと、奥さんに怒られるんじゃねえ?」
「そうだなあ……フランスから帰ってきたの昨日だったか? 美海ちゃんに悪いかね。芳樹君に来てもらうか?」
「美海!?美海!そうだ!帰る!」
家で待つ奥さんの名前にすぐに反応した相馬父は、がたっと席を立ち、ふらふらと酔っぱらいの足取りを、ふんっとまたしっかり立たせると、カウンターの中にいる濱口の父親に挨拶をして、店の外に出ていった。
慌てて奥村が席を立とうとするが、足元がおぼつかないのを濱口が察し、留める。オレが送りますから、と言って店の外に相馬父を追う。こうなってしまえば、大企業の顧問もただの友人の父親である。
少しひんやりとした夜の空気に触れ、酔いもさめてきたのか、うんっと相手は大きな伸びをしていた。
「帰れます?」
「ああ、大丈夫だ。悪かったな」
「いや、オレは全然いいんスけど……」
「奥村くんもそんなに強い方じゃないのに、付き合ってくれるから嬉しいんだよな。まあ、また家にも遊びにくればいい。オレはほとんどいないけど」
「今もまた、ほとんどフランスですか」
「ああ。なかなか向こうの体制も固まらなくて。奥村くんみたいなタイプが一人欲しいと思ってるんだよ」
「え……?」
ふあああ、酒くさいなー怒られるかな、なんて言っている彼の意外な言葉に濱口は驚いていた。黙ってしまった濱口に、相手は、あ、と今更のように言葉を止めて、シッとするように口元で指を立てる。
「あ。これまだ他には言っちゃだめだからな。あと、普通に帰れるから送りはいいよ。じゃ、あとはよろしく!」
「……あ……はい」
それって……と濱口はどきどきしながら、千鳥足の相手を見送った。角をちゃんと曲がるところまで見て、店に戻ろうとしたが、足が止まってしまう。さっきの言葉、あれは、上司の引き抜きを考えているということだろう……か?
(奥村部長を……フランスにってこと……?)
どくんっと胸の奥が疼く。ぼうっとしている自分にハッとして、いや、違うかもしんねえし、酔っぱらいの言うことだし! とひどいことを思う。そして、店の中で緊張もとけてくたばってるだろう、酒に弱い上司の救出に向かうことにした。
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