2 / 10
1章:鬼狩りαはΩになる
1:出会いは最悪
しおりを挟む「そういえば、例の鉱石のことなのですが」
「ええ」
ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。
舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。
例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。
「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」
そんなものは、聞いたことがない。
新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。
「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」
エステファニアは絶句した。
もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
今までの戦は、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。
エステファニアは確信した。
おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。
「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」
ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。
まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
重大な出来事の連続に戸惑った。
世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、戦をしていなかった。
エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。
「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」
ぽつりと呟いて、俯いた。
目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。
「もしかして、心配してくださっているのですか?」
そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。
「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度か戦に出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」
いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。
もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。
その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。
「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」
そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。
「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
「ええ」
ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。
舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。
例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。
「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」
そんなものは、聞いたことがない。
新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。
「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」
エステファニアは絶句した。
もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
今までの戦は、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。
エステファニアは確信した。
おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。
「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」
ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。
まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
重大な出来事の連続に戸惑った。
世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、戦をしていなかった。
エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。
「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」
ぽつりと呟いて、俯いた。
目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。
「もしかして、心配してくださっているのですか?」
そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。
「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度か戦に出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」
いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。
もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。
その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。
「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」
そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。
「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
10
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる