2 / 10
1章:鬼狩りαはΩになる
1:出会いは最悪
しおりを挟む
***
(いた……!)
渡辺アラタは目星をつけた被疑者を密かに追っていた。
高い背を隠す様な猫背。暗くて陰鬱な髪の毛。そして血走った目と隠しきれていない牙……。末期の「鬼」だ。アラタはごくりと息をのんだ。
(いつ暴れだすかわからないな。刺激しないよう、気を付けないと)
ここ数日、行方が分からなかった相手は今目の前を通っていったところだ。そして、一見「一般人に見える」売人から何かを受け取ると、それの中身も確認せずにまっすぐに進んでいく。
新宿はもう夜の街へと姿をかえていて、誰もそんなことは気にしない。ただ、アラタは違った。
(よし。次の角で取り押さえてしまうか)
今日は非番なのだが、このまま抑えて事情聴取だ。もともと彼にかかっているのは薬物疑惑ではなく殺人なのだが、こうなれば理由は何でもいい。よし、とその姿を追って路地裏に入った瞬間……
相手が自分に向かって「飛んできた」。
「はっ!?」
アラタは慌ててそれを避け、路地の壁にぶつかってのびているそれを呆然と見つめる。
その姿はもう「鬼」へと変わっていた。しかし、その短い角はえぐられ、そして、顔面はぼこぼこに殴られた跡がある。この一瞬でいったい誰が……!?アラタはハッと人の気配に顔をあげる。
路地奥にいる派手な髪色の男に気づいた。その男は失神している「鬼」をあざけり笑うと、アラタに近づき、指でつまんだ小さな袋を見せた。
「俺はこれにはキョーミないっすよ。おまわりさん♪」
薬はやんないんで。あと、そいつ特殊なんで、警察連絡してもらえますぅ?
そう言ってニッと笑う男に呆然とするも、アラタは完全に気をうしなった「鬼」と男に手錠をかけると、素早く応援要請をした。
「何するんっスか! 俺は「鬼」逮捕に協力したのに!」
「うるさい! 一般人は「鬼」など知らん!」
怪しすぎる「一般人」にアラタは思わず自分の銃を抜く。すると、向こうはのんきに口笛を吹いて、はいはい、と手錠の繋がった手をあげたのだった。
*
「……なんですか、【アレ】は?」
「まあまあ、渡辺くん。落ち着いてー?」
「失礼ですが、今回の件、私はお断りいたします」
「そんなぁ、困るよぉー!」
目の前にいる部長の眉毛がへにゃっと下がる。この人の良さそうな顔に何度騙されてきたことか。
渡辺アラタは大きな溜息をついて、「アレ」をちらっと見やった。その視線の先にはマジックミラー……越しの取り調べ室。机に足をのせて椅子を揺らしている男がいる。
もういいじゃないっスかーと、こちらを見ながら話しているのは、水本宙《みなもと そら》というらしい。
らしい、というのはアラタも先ほど彼について説明を受けたばかりだからだ。彼の身の上について現在知っていることは少ない。しかし、アラタは痛いほど頭を悩ませた。
「手帳もないうちに鬼狩りを単独で勝手にしてきたバカですよ? アレを私の相棒にしろって言うんですか?」
15センチは上の場所から上司である野村を見下ろすが、相手はそれに臆することもなく、だってぇーとニコニコ続ける。
「君、得意でしょ? ああいう問題児」
「得意なわけないでしょう……」
何を言っているんだ、とアラタは自分のメガネをぐっとおさえた。最近増えた眉間のシワがより一層濃くなってしまいそうだ。けれど、野村の方はまたまたぁと軽く返す。
「嘘ー。研修講師してくれたとき、誰からも評価抜群だったよぉー」
「そんな薄っぺらいお世辞には乗りませんよ。しかも「アレ」が今年の新人ってことは……例のあいつですよね。鬼喰いするって噂の……」
「あー。それはあくまで噂噂!ちょっと夜の街で暴れてた時期があるらしくってー。ま、今回もそれで君にしょっぴかれたわけだけど! あはは!」
「……笑い事ではありません」
頭がいたい……とアラタは眉間に指を当て、はーっとでかい溜息をついた。
この上司が一度決めたことを譲らないのは知っている。しかし、取り調べ室にいる当の本人はじっとこちらを見て「まだ話おわんないんスかー?」と言い出した。まるでこちら側の会話が聞こえているかのようだ。
大きな瞳の色は色素が薄く紫がかっているようにも見えた。派手な髪色、ラフな格好。いつだってかっちりとしたスーツに身を包んでいる自分とは、真逆の人間であることは見た目からもよく分かる。
「そもそも私はもう一人で行動すると決めて……」
「もうその我儘にも一年半? つきあったんだからさー。基本は二人行動! そろそろ君も後進の育成!!」
「ぐっ……」
頼むよ、と一押しされた背中で鏡の向こうの相手を見つめる。水本宙はじっとアラタの方を見つめていた。その目が全てを見透かしているようにも思える色をしていて、どきりとする。
アラタは見えない鏡の裏で視線をそっと逸らすことしかできなかった。
(いた……!)
渡辺アラタは目星をつけた被疑者を密かに追っていた。
高い背を隠す様な猫背。暗くて陰鬱な髪の毛。そして血走った目と隠しきれていない牙……。末期の「鬼」だ。アラタはごくりと息をのんだ。
(いつ暴れだすかわからないな。刺激しないよう、気を付けないと)
ここ数日、行方が分からなかった相手は今目の前を通っていったところだ。そして、一見「一般人に見える」売人から何かを受け取ると、それの中身も確認せずにまっすぐに進んでいく。
新宿はもう夜の街へと姿をかえていて、誰もそんなことは気にしない。ただ、アラタは違った。
(よし。次の角で取り押さえてしまうか)
今日は非番なのだが、このまま抑えて事情聴取だ。もともと彼にかかっているのは薬物疑惑ではなく殺人なのだが、こうなれば理由は何でもいい。よし、とその姿を追って路地裏に入った瞬間……
相手が自分に向かって「飛んできた」。
「はっ!?」
アラタは慌ててそれを避け、路地の壁にぶつかってのびているそれを呆然と見つめる。
その姿はもう「鬼」へと変わっていた。しかし、その短い角はえぐられ、そして、顔面はぼこぼこに殴られた跡がある。この一瞬でいったい誰が……!?アラタはハッと人の気配に顔をあげる。
路地奥にいる派手な髪色の男に気づいた。その男は失神している「鬼」をあざけり笑うと、アラタに近づき、指でつまんだ小さな袋を見せた。
「俺はこれにはキョーミないっすよ。おまわりさん♪」
薬はやんないんで。あと、そいつ特殊なんで、警察連絡してもらえますぅ?
そう言ってニッと笑う男に呆然とするも、アラタは完全に気をうしなった「鬼」と男に手錠をかけると、素早く応援要請をした。
「何するんっスか! 俺は「鬼」逮捕に協力したのに!」
「うるさい! 一般人は「鬼」など知らん!」
怪しすぎる「一般人」にアラタは思わず自分の銃を抜く。すると、向こうはのんきに口笛を吹いて、はいはい、と手錠の繋がった手をあげたのだった。
*
「……なんですか、【アレ】は?」
「まあまあ、渡辺くん。落ち着いてー?」
「失礼ですが、今回の件、私はお断りいたします」
「そんなぁ、困るよぉー!」
目の前にいる部長の眉毛がへにゃっと下がる。この人の良さそうな顔に何度騙されてきたことか。
渡辺アラタは大きな溜息をついて、「アレ」をちらっと見やった。その視線の先にはマジックミラー……越しの取り調べ室。机に足をのせて椅子を揺らしている男がいる。
もういいじゃないっスかーと、こちらを見ながら話しているのは、水本宙《みなもと そら》というらしい。
らしい、というのはアラタも先ほど彼について説明を受けたばかりだからだ。彼の身の上について現在知っていることは少ない。しかし、アラタは痛いほど頭を悩ませた。
「手帳もないうちに鬼狩りを単独で勝手にしてきたバカですよ? アレを私の相棒にしろって言うんですか?」
15センチは上の場所から上司である野村を見下ろすが、相手はそれに臆することもなく、だってぇーとニコニコ続ける。
「君、得意でしょ? ああいう問題児」
「得意なわけないでしょう……」
何を言っているんだ、とアラタは自分のメガネをぐっとおさえた。最近増えた眉間のシワがより一層濃くなってしまいそうだ。けれど、野村の方はまたまたぁと軽く返す。
「嘘ー。研修講師してくれたとき、誰からも評価抜群だったよぉー」
「そんな薄っぺらいお世辞には乗りませんよ。しかも「アレ」が今年の新人ってことは……例のあいつですよね。鬼喰いするって噂の……」
「あー。それはあくまで噂噂!ちょっと夜の街で暴れてた時期があるらしくってー。ま、今回もそれで君にしょっぴかれたわけだけど! あはは!」
「……笑い事ではありません」
頭がいたい……とアラタは眉間に指を当て、はーっとでかい溜息をついた。
この上司が一度決めたことを譲らないのは知っている。しかし、取り調べ室にいる当の本人はじっとこちらを見て「まだ話おわんないんスかー?」と言い出した。まるでこちら側の会話が聞こえているかのようだ。
大きな瞳の色は色素が薄く紫がかっているようにも見えた。派手な髪色、ラフな格好。いつだってかっちりとしたスーツに身を包んでいる自分とは、真逆の人間であることは見た目からもよく分かる。
「そもそも私はもう一人で行動すると決めて……」
「もうその我儘にも一年半? つきあったんだからさー。基本は二人行動! そろそろ君も後進の育成!!」
「ぐっ……」
頼むよ、と一押しされた背中で鏡の向こうの相手を見つめる。水本宙はじっとアラタの方を見つめていた。その目が全てを見透かしているようにも思える色をしていて、どきりとする。
アラタは見えない鏡の裏で視線をそっと逸らすことしかできなかった。
10
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる