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建国~対列強~編

190 裏切り者

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「なぁ、」
綺麗な短刀を手にしたまま、もう一人の『裏切り者』――フリッツが歩いてきた。


私のすぐ前で歩みをとめて、頭上を見上げる。
「皇帝を返してくれよ」
笑みを含んだ声。しかし、その目は笑っていない。能面が笑ったような顔だった。
「ガウウ…」
無意味に呻っておいた。念話を使わないのは、ちょっとした仕返しだ。
皇帝をパクッとやった時、口の中でしぶとくも剣を振りまわしてくれたから、攪拌して大人しくなってもらった。え?ゴックンはしてないよ?ヤダよ、あんなの食べたくないし。
「頼むよ」
鱗を撫でようとして、熱い物でも触ったかのように手を放す。ちっぽけな手の平が赤くなっていた。
しばしの沈黙。尚も私を見つめるフリッツに、私は上げていた頭を降ろした。
「ガウウ…(もう、無理だと思うよ)」
私は魔物。身体は濃い瘴気で、触れただけで人間の肌は焼け爛れてしまう。口内という密閉された空間に閉じ込められたら…
ポイッと口内に含んでいた皇帝を吐き出した。
「…ぐ」
皇帝陛下とあって、魔除けとかいろいろつけていたんだろう。竜の口内に閉じ込められ、攪拌されたにも関わらず、まだ意識があるなんてね。
「しぶといなぁ」
砂まみれになって呻く男を苦笑交じりに見下ろして。フリッツはその傍らにしゃがみ込むと、濡れた髪を掴んで、地に固定した。
「もう、終わりだ」
静かな宣言。薄ら目を開けた皇帝の唇が言葉を紡ぐ前に。短刀が深々と、その額を穿った。僅かに痙攣した四肢が、だらりと力を失う。皇帝は絶命した。
「さあ、」
血に染まった手から、短刀を放し。フリッツは私に向き直った。
「ひと思いにやっちゃっていいぞ」
できれば即死できた方がいいな、とおどけて両の手を開くフリッツ。晴れやかな顔しやがって…。
『アンタの枷は何だったの』
裏切り者に便利な内緒話の方法を教えるのは癪だけど。念話で話しかけたフリッツは、一瞬目を見開いた後で苦笑した。
「さっき消したよ。奴隷だったんだ、俺」
その目が見つめるのは、皇帝の骸。トン、と己の左胸を叩く――隷属の首輪じゃなくて奴隷紋か。幻惑魔法で隠していたのかな。
「まあ…限りなく自由の身に近かったけどな。コイツは…」
曰く、フリッツは帝国の一官吏の息子で。両親が不正を働き、彼もまた捕らえられた。それを皇帝は目こぼししたらしい。息子と引き換えに。
「希少な聖魔法が扱えたからな。お忍びに、ずいぶん連れ回してくれたよ。学ばせてもくれた。赤の他人どころか、貴族ですらない、罪人の息子にさ」
昔を思い出しているのか、フリッツは懐かしそうに目を細めた。ああ、やっぱり。君は聖魔法使いか。
「あんまり驚かないのか。疑ってた?」
苦笑混じりにフリッツは私を見上げた。
まあね。君の素性や行動は、思い返してみれば引っ掛かる部分が多かった。騎士学校に入った理由が『王都で商売をしたいから』なのに、何だかんだ言って逃げ出さず、私にくっついていたし。アンデッドナイトを斃した時も、そう。いくら威力増幅の魔道具を使ったって、誰でも使える光魔法がアンデッドを殲滅する聖魔法に進化するなんて、有り得ないのだ。最初から使えた、能力を隠していたと考えた方が自然だ。まあ、オフィーリアに雇われたのは偶然なんだろうけど。
「コイツの奴隷でもいいと思えたんだ。さすがに、『好きに生きていい』っつったのは嘘だったが」
『ふうん…』
ティーテーブルの下。倒れた椅子の傍にミルクティー色の髪が散らばっている。
『アンタはここで死にたいの?』
問いかけたところに。
「ご託は後だ。飛竜を呼んだ。ずらかるぞ」
アルが足早に駆けてきて…

世界が色を変えた。……薔薇色に。

「アル~♡♡♡」
「ん?サアラ?あ痛ァ!?」
漆黒の竜の姿は跡形もなく消えて。代わりに茶髪に空色の瞳の、ビキニアーマーの少女がアルフレッドに飛びついた。


……おかしいな。
刑事ドラマで言うと、崖っぷちで真犯人を追い詰めるシーンだったはずが、犯人の語りを遮って探偵が恋人と際どいラブシーンをおっぱじめたようなことになっている。真犯人はガン無視の置いてきぼり、雰囲気ぶち壊しである。平たく言うと。
「アル~♡ねぇねぇ、私、貴方の子が産みたいの♡」
そして、突然の爆弾発言。言っておくけど、ここ敵地。すぐそばに皇帝の死体も転がっている。
という諸々はガン無視して、際どいビキニアーマーでアルフレッドにスリスリと身体を寄せるサアラ。何がどうしてそうなった?!
戸惑いながらも、正気に戻った(?)らしいサアラの背を撫でていると、気まずげな顔をした魔の森の化身、レダが姿を現れた。
「あー…」
その様子からして、心当たりがあるらしい。無言で促すと、レダは微かに頬を赤らめた。ん?
「その…竜の雌は、己の逆鱗を食いちぎり且つ力で己より勝った雄を番と認める、だそうだ…!」
それだけ言って、パッと姿を消した。なに?
逆鱗を食いちぎり且つ力で勝った…?

確かに、レダに頼まれて逆鱗を取った。

手も足も彼女を押さえつけて塞がっていたので、やむなく『囓り取る』という手段に出た。

で。

ブチ切れたサアラにフルボッコにされかけたのを頭突きして大格闘の末、蹴り飛ばした。

……。
……。
やったな、確かに。

そこで、アルフレッドはふと思い出した。
メドラウド領で飼育している飛竜たち。彼らは家畜だが、繁殖期になると長い首に喰らいつき、激しく喧嘩をしていた。てっきり雄同士が雌を争って戦っているのだと思っていたが……

あれ、カップルだったのか?!

そういや、番になって仲良く寄り添っていた飛竜は、何故か二頭とも血まみれのズタボロだったような……

……謎はすべて解けた。

「ア~ル~♡♡」
むぎゅう~~
「?!いだだだだ!!」
待て!俺、今、腕が片方ダメになっているから!背中もガッツリ爪が食いこんだ傷があるし!満身創痍なんだが?!
「竜の本能だ。責任を取れ」
耳元でレダの苦り切った声が聞こえた。

そして。

くっついて離れないサアラをなんとか引き剥がし、檻から父親を解放し、どさくさに紛れて練兵場に出てきたヴィクターたち及びオフィーリアとフリッツも回収し、現在。
一行は、飛竜に分乗して帝都から飛びたった。

◆◆◆

今頃、皇宮は大混乱だろう。何せ独裁者たる皇帝が死んだのだから。皇帝を殺めた犯人は私、モルゲン・ウィリス王国の王配サイラス・ウィリス。いや、トドメを刺したのはフリッツだけど、あの場にいた帝国人の目には間違いなく犯人は私と映っているはず。嗚呼…今後のことを考えると頭が痛い。胃がキリキリする。勢いで帝国を殴っちゃった。私がバケモノなのもバレちゃったし。
「これ、抱っこするのイヤなんだけど」
悶々とする私の横で、フリッツが文句を言った。彼の腹部には人の頭くらいの布の塊が縄でぐるぐる巻きに固定してある。
「メドラウドの領境までだ。我慢しろ」
と、アル。彼はノーマンさんと乗っている。アル素敵♡カッコイイ。一緒に乗りたかった…。
「生首と添い寝する趣味はねぇよ!」
幸せな気分を、喚いてぶち壊すフリッツ。…そう。フリッツに無理矢理持たせているのは、皇帝の首。これをメドラウドの領境近くで川を堰きとめている軍隊の前に落っことす。
あのクソ皇帝は生誕祭を前に、メドラウドに流れる運河に兵を派遣して堰き止めた。メドラウドは、隣領を流れる大河から運河を掘り、自領内に水をひいている。それを春を前に堰き止めてごらん?農作物に壊滅的な被害が及ぶでしょ?
ノーマンさんは、それに抗議すべく皇宮に赴いたところで、ディルクに襲われ、拘束されたという。
皇帝が死んだとわかったら、川を堰きとめている場合じゃない。パニックになって、隣領なり帝都なりに、兵士たちは逃げ帰るだろう。
「つーか、アンタ竜なのに飛べないのかよ!」
フリッツが私に八つ当たりしてきた。うるさいよ。


フリッツの処分はまだ決めていない。奴隷だったとか、いろいろ気になる事情がある。

確かに、彼は皇帝に情報を流していたんだろう。でなければ、食糧支援もそうだけど私の細かな行動や能力も知るはずもない。皇帝は私たちの内情を知りすぎていた。
けれど。

皇帝は、私=黒竜だとは知らなかった。

いや、黒竜のこと自体知らないようだった。それは妙だ。だって雷をバカスカ落とす巨大な竜だよ?これ以上ない脅威、兵器だ。興味を持たないワケがない。

つまり。

フリッツは、その情報だけは敢えて意図的に流さなかったのだ。

彼はわかっていたはずなんだ。私=黒竜だと。確信はなくても、『かもしれない』とは思っていたはず。でも、彼は皇帝にそのことを伝えなかった。もし、私が十メートルオーバーのバケモノになれるとわかっていたら、皇帝は間違いなくアルに嗾けただろう。魔弓なんか必要なかった。

本人に聞いたところによると、彼に捺された奴隷紋の誓約は、二つ。

『嘘をつかないこと』
『命令に従うこと』

情報を流さなかった、のはギリで誓約には引っ掛からないと、彼は言った。けど、奴隷紋は誓約に背いた途端、奴隷を殺す呪いがかけられているから――誓約の網目を潜るのは相当な覚悟が要ったはずだ。実は間諜でした、と言われても、手打ちになんかできないよ。

それに、ねぇ…。

私は見た。オフィーリアの首筋に刃を当てながら、ヤツがこっそり彼女の頭をナデナデしていたのを。あと、オフィーリアから聞いた。彼女に《虚実の心臓》を描いたんだって?へ~え…。
「な…何なんだよ?!」
ジト目をしていたら、フリッツが喚いた。
「ん~~、厩の掃除だな、と思って」
「はあ?」
目を剥くフリッツに、私はたった今決めた処分を言い放った。
「裏切った罰として、ウィリス全エリアの厩の掃除。オフィーリアと」
「え?私も?!」
ギョッとするオフィーリア。君も有罪だ。知ってたでしょ、の正体。それに、土壇場でフリッツを守るために、わざと自殺したよね?心配させて。悲鳴が聞こえて君の気配が消えかけた時は、マジで血の気がひいたんだよ?《虚実の心臓》を描いてあったとか、私は知らなかったから。
「う、う、厩の掃除なんて…やったことないわよ…」
か細い声で俯くオフィーリアに、私は親指を立てた。
「大丈夫!汚れた飼い葉替えてぇ、ウ〇コの掃除するだけだって!」
「ウ…」
涙目になるオフィーリア。
「おいっ!リアを苛めるな!」
裏切り者が吠えている。仲がいいよねぇ。その調子で初めての共同作業も頑張って下さい?
帝国の空を染める夕陽に、ぎゃんぎゃん喚く男女の声がこだました。
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