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建国~対列強~編

167 ペレアス貴族の企み

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王妃派が事実上瓦解し、古参派が政権に返り咲いたペレアス。未だ国王は在位だが、近々退位させ、イヴァンジェリンを傀儡の女王として即位させる
「生意気な若造めがっ!」
ペレアス王宮の一室。吐き捨てたのは、ビーンスプラウト侯爵だ。まさかモルゲン・ウィリス王国がバカ王子の支持を表明しようとは、誰に予想できたろう。とんだ内政干渉である。
「やはりあの国は潰さねば!すぐに派兵じゃ!」
侯爵にラップドッグ伯爵もまた頷いた。
「元はといえば我が国の領を簒奪し、小国を名乗る愚か者どもじゃ。サイラス・ウィリスは庶民の出だというではないか。目に物をみせてやろうぞ!」
「おおうっ!!」
なかなかに血気盛んな貴族である。しかし、ペレアス王国は、落ち目とは言えその軍事力は侮れない。戦争を押し進めてきたのは、何も王妃派ばかりではなく、また戦の相手もグワルフだけではなかった。海の向こうの小国を撃破したことは数知れない。敵対するなら戦で滅ぼせばよいと考えるのは、ごく普通のことであった。
「いやいや、軽はずみはなりませぬぞ」
気勢をあげる両名を諫めたのは、ルッドゥネス侯爵だ。
「あの若造は、帝国軍を駐屯させておる。帝国を敵に回すのは悪手ぞ」
帝国と言われて、ビーンスプラウト、ラップドッグ両名は「ぐぬぬ…」と呻り声をあげた。彼らとて、帝国との力の差は理解しているのだ。
「かの成り上がり共は、賤しくも商人のような真似をして帝国との顔を繫いでおるのだ。つまり、それを邪魔してやればよい」
「「おおっ!!」」
まるで天啓のごとき提案に、両名は刮目した。
「軍船じゃ!奴らの商船を海の藻屑にしてやるのだっ!」
「名目はルドラ王国侵攻でよい!すぐに兵を揃えるぞ!」
いきり立った両名は、血の気に任せて部屋を飛びだしていった。


二人の足音が遠ざかってしばらく。
部屋に新たな人物が姿を現した。
「お呼びですか、父上」
やってきたのは、イヴァンジェリンの伴侶候補にその名が挙がったルッドゥネス侯爵の息子であった。
「おまえはこれからウィリスへ向かえ」
侯爵は息子に命令した。
「腕の立つ護衛をつけてやる。よいか、イヴァンジェリン王女をモノにせよ」
多国籍軍が駐屯するが故に、モルゲン・ウィリス王国には手を出せない。ならば、直接サイラス・ウィリスを叩けばよいだけのこと。つまり、刺客だ。実にお手軽で人任せで短絡的な方法である。
「サイラス・ウィリスはよいのですか?アレも女ですが…」
息子は、夜会『真夏の夜の夢』でサイラスを見ていた。けっこう美人だったから、記憶に残っていたのだ。王子とやりあって脱ぎ始めたときは興奮した。もうちょっと見たかった。
「フン…そんな噂もあったな」
息子の言葉を受け流し、侯爵は鼻を鳴らした。幸か不幸か、侯爵はあの夜会でサイラスを見ていなかった。
「バカ王子の戯れ言など真に受けるな」
よって、侯爵は息子を注意した。ウィリスでライオネルが言いふらした『サイラス女説』を、息子が鵜呑みにしたと勘違いしたのだ。
「父上、アレは普段は幻惑魔法で男の格好をしているのだと、当人が…」
「サイラス・ウィリスは男だ。女が女と結婚するはずがあるまい!」
目下の者……特に年若い者の言うことが己の考えとまるで違うと、つい頭ごなしに否定し、己こそ正しいと言いたくなってしまう――それが人間という生き物だ。ルッドゥネス侯爵もそうだった。
「いえ父上、ですから幻惑魔法」
一方、真実を知っている息子は戸惑うばかり。それを、
「確かに噂はある。しかしそれは、サイラスが女のように軟弱であるから、なのだ!おまえこそ、その幻惑魔法とやらに騙されたのではないのか?男が女のフリをしている可能性を、何故考えぬ!」
侯爵は無理矢理封じ込めた。話がややこしくなる可能性は考えなかった。
「は、はぁ…父上がそう仰るのなら…」
息子は眉を下げた。納得いかないけど、父は絶対だ。真実は闇に葬られた。
「そもそも!王子会談の直後、オフィーリアは真新しい帝国風のドレスを着ていた!サイラスが愛妻にドレスを、それも帝国の仕立ての良品を贈ったとわかるではないか!」
唾を飛ばして力説する侯爵。
そのドレスが実はメドラウド公からサイラスへの贈り物で、処分に困ったサイラスがオフィーリアに譲ったのだとか……そんな事情を彼は知るはずもない。
「おまえは王女をモノにすることだけを考えよ!脳筋の馬鹿共が手こずっている今がチャンスなのだ。少々手荒なことをしても構わぬ!既成事実さえ作ってしまえば、そなたは未来の国王ぞ!」
ルッドゥネス侯爵は、最初から抜け駆けをするつもりだったのだ。サイラスは、息子の護衛につけた暗殺者に殺させればよい。アレさえいなくなれば、かの小国は瓦解し、ペレアスに戻る。その功績も己のモノにするのだ、と。

◆◆◆

話題のサイラスはというと――
「広場から妖しげな紫色の噴煙が出たって……」
広場のど真ん中に深い穴があいていて、確かに紫色の噴煙が上がっている。
「あのね、あのね、牛のお洋服着た可愛いブタさんが穴掘りしてたら…」
近くにいたちびっ子が、一生懸命教えてくれた、その時。
「うわぁーい!マスター!!おいら寂しかっベブッ?!」
真っ黒な泥だんごみたいなヤツが穴からスポーンと飛びだしてきたので、私は脊髄反射ではたき落とした。
「ふぬっ?!」
なに、このニオイ…。鼻を突き刺す強烈な…でも、どっかで嗅いだことあるような…
「ブ…ブヒィ~…や、やっと脱出したぞ、ブヒヒ…」
「カルビ君?!」
何で君、泥んこなの?よじよじと穴から這い上がってきたマスコットを、私は抱き上げた。黒豚になっちゃってる。
「泥んこ遊びしたの?お家でキレイキレイしよーねぇ」
石鹸で洗ったらピンクのブタさんに戻るし、この強烈な悪臭も取れるよ。う~ん。どっかで嗅いだことあるような臭いなんだよなぁ…
「穴は埋め戻すとして…」
カルビ君を抱いて立ち去ろうとする私の後ろから…
「マスター!もうもうっ!おいらだよ!エリンギマンAGだよぅ!ほら!マスターの胸はジャストBカッぶぎゃあ?!」
「Cだっ!勝手に目減りさせるなぁ!」
…このクソキノコ。その格好はトリュフか?スライサーで削ってミルクとブイヨンの混沌カオス(※シチュー)に落としてやるわよ?
広場の中心でバストサイズを叫んだ私に、周囲の視線が突き刺さった。

◆◆◆

「武器が買われている?」
不穏な報せを聞いたのは、カルビ君をピカピカにして新しいお洋服(※白のウサ耳付ヘビードレス)を着せ終わった時だった。
買っているのは、ペレアス王国。さらに詳しく調べれば、古参派貴族であるビーンスプラウト侯爵とラップドッグ伯爵が買い集めているとわかった。
「ごめん…サイラス君。逆恨みかも」
申し訳なさそうにエヴァが眉を下げた。ああ…ビーンスプラウトにラップドッグって、エヴァの伴侶候補って息巻いてた?
「買われているのは武器だけじゃないな。魔石も大量に買われて、値がつり上がってる。木材と帆布もだ。ということは…船だな」
と、イライジャさんが断じた。この世界で船といえば帆船だ。人力で櫂を動かすものが大半だけど、スピードが要求される軍船は魔石も動力として使うらしい。重い軍船を動かすため、大量の魔石が必要なのだという。
陸地には多国籍軍が駐屯していて手が出せないから、海路を狙ってるってこと?
「帝国から仕入れてる絹と、グワルフへ売るダウンコート、それから新型馬車に植物紙は船で運んでるからな。どうする、サイラス君」
「しばらくは陸路で行くしかない…」
恐らく…ヤツらの狙いは積荷だ。海路を滅茶苦茶に荒らして、通商できなくさせるのが目的。ほんっと、イヤらしいよ。
「対帝国は同じ湾だから何とかなるとして。ペレアス王国内を通ってグワルフに荷を運ぶ……キッツいぞ、それ」
「うあ~…だよねぇ」
ペレアスとグワルフは、相変わらず敵国同士だ。海路だとその辺、何の問題もなく行き来できた。ああっ!もうっ!!
とにかく今は情報を集めなければ。フリッツは……まだこっちにいるかな。
彼の住まいは、モルゲンにオフィーリアが用意した商館。でも、最近はこっちに泊まることも多い。彼が自室として使っている客室の扉をノックすると、バタバタと慌てたような足音と何かが雪崩落ちるようなドサドサドサッという音。
「ご、ごめん。寝てたなら…」
外部とやり取りするフリッツは、徹夜も車中泊も珍しくない。お休み中だったみたいだ。激しく申し訳ない。
「ん?なんだ?」
バタバタと音がして、上半身裸のフリッツが顔を出した。
「フリッツ、今度めっちゃ寝心地のいいベッド買ってあげるから!」
「へ…?」
「休んでからでいいよ。夜にまた…」
それだけ言うと、私はそそくさと立ち去った。チラッと見えてしまった…。散らかった部屋の奥、ベッドのシーツが一人分膨らんでいた。おっ…お邪魔しましたぁーっ!



嫌な予感ほど的中する。

ビーンスプラウト、ラップドッグ両名が仕掛けた『嫌がらせ』により、モルゲン・ウィリス王国の海は完全に封鎖された。悪知恵が働くことに、ヤツらは封鎖船に国籍を示す紋を入れなかった。つまり、傍目には海賊船だ。これなら帝国から来る船を拿捕しようが、グワルフの船を沈めようが、ペレアスを非難することができないのだ。
私たちは、またしても王子会談を開かねばならなくなった。

◆◆◆

ペレアス王国中央近くにデズモンド領は位置する。雨の多いこの小さな領は、湖沼が点在し、穀倉地帯は無くとも沃野が広がっていた。
ノエルたちは、そんな長閑な湖沼地帯にあるこじんまりとした屋敷に辿り着いた。
「国の中央ってことはどことも程々に近いってことよね。まあ、いいわ」
と、ノエルは納得した。このデズモンド領は『ロザリー』が器にした『ロイ』の故郷だ。
「って、デズモンドはニミュエの下僕じゃない!」
早速文句を言うノエルに、
「レディ、こちらがレディの新しいお召し物でございます」
『ロザリー』が恭しく差し出したのは、水牛の皮を継ぎ合わせたダブダブのつなぎに、同じく水牛の皮の肩まで届く長さの手袋。
「何よ…コレ」
「この領特産の穴芋農家の作業服でございます。ほっかむりは水玉か無地がお選びいただけますが…ああ、どうせ初心者のレディは開始五秒で泥塗れになりますので、どちらでも大差ございませんね」
スラスラと説明する執事に、ノエルはついにブチ切れた。
「アンタ!アタシに農民になれって言うの?!」
このいけ好かない悪魔め…、やっぱり教会領に引き摺って行こうかしら…
「レディ、元・殿下とほぼ・平民なレディは無駄に派手な顔と髪をなさっています。ほっかむりと泥塗れは必須ではございませんか?」
わざわざ『元』と『ほぼ』を強調する『ロザリー』。陰険だ。あと、泥塗れが必須って何だよ。
「御覧下さい。元・殿下の派手顔すらこの通り、ほっかむりは万能でございますよ?」
『ロザリー』が指し示したのは、農家コーデに着替えたライオネル。
「ほっかむりを鼻の下で結べって言ったのはアンタなのね?」
乙女ゲームの攻略対象も、ここまで間抜けなファッションをキメるとイケメン補正が効かなくなるらしい。

◆◆◆

さて。ルッドゥネス侯爵の息子はというと。
観光を装い、モルゲンを訪れた。市街の高級宿に入り、そこからイヴァンジェリンに手紙を出した。
「殿下は美しい赤紫色の御髪をしておられたはず。ワインのような深みのある紅い宝石を贈ろう」
早速、宝飾店に足を踏み入れた。紫紺の髪を結いあげた女性とすれ違ったのだが、侯爵子息はまったく気にも留めなかった。

「ふふ…。ミサンガもこうやって屑石を編み込めば、ほら!お洒落になるでしょ?」
「おおっ!」
宝飾店のすぐそば。視察も兼ねた息抜きに、私たちはモルゲンを訪れていた。私がのぞきこむエヴァの手首には、煉瓦にも似た褐色の地味な色糸のミサンガ。先端に、先ほど宝飾店で買ったアメジストや翡翠の屑石が揺れる。エヴァは色白で華奢だから、濃い色味が引き立つし、手首が細く見えるね。
「スリだったのは残念だねぇ。雑貨としては悪くないのにさぁ」
「エヴァのセンスがいいんだよ。色の組み合わせとかさ。それにこれ、一回解いて編み直したでしょ?」
「えへへ…バレた?」
照れ笑いをするエヴァ。彼女は手先が器用だし、色のセンスも抜群なのだ。女子力高いわ羨ましいよ。
「サイラス君にも作ってあげるよ。何色がいい?」
ポケットから出したミサンガは、それぞれ、草色、芥子色に黒。迷わず黒を選んだ。
「フフフッ。アル君の色だねぇ」
エヴァに揶揄われた。まあ、その通りなんだけど。
「じゃあ、石はアクアマリンとエメラルドにしよっか。任せて。とびっきりお洒落なの、作ってあげるよ」
ニッ、とエヴァは白い歯を見せて得意げに笑った。
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