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建国~対列強~編

154 露見 豚 魔界

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窓から差しこむ朝日に、微睡みから覚めた。身体が温かくて、少し気怠い――傍らの彼はまだ眠っているようだ。ゆっくりと背が上下している。起こさないようにそっとベッドから降りて、落っこちていた服を拾いあげた。
若いし、魔物だし、無駄に体力あるからね。初めてだったのに気絶も寝落ちもしなかったよ。徹夜明けだったのにあれこれして……タフ過ぎて女子としてどうかと思う。
「ブヒッ!」
…ん?
今何か…気のせいかな。
「ん…サアラ?」
後ろから腕が伸びてきて、腰に絡みついた。
「早い……わけでもないか。身体は辛くないか?」
甘さのある低い声。腰に回された手が労るように腹部を撫でる。
「うん。大丈夫」
気怠さや鈍痛はあるけど。ちゃんと働けますとも!強いていえば水浴びしたいかな。
「ブヒッ!」
「ふふ。アル、寝癖ついちゃってる」
「ああ…水つけとくか」
アルの寝癖を梳いていると…
「サイラス!アルフレッド!」
怒号と間髪を入れずして部屋のドアがドンドンと激しく叩かれる。
「?!」
こ、この声は…!
「そこにいるのはわかっている!出てきなさい!」
父さん?!
裸のまま、二人してフリーズした。な、なんで父さんが?!
「あ…あああ、アル、どうしよう?!」
これ、バレてるよね?絶対バレてるよね?!
でも、アルが隔離魔法かけてたから、ナニしてる声とか音は漏れなかったはずなのに!
「すまん…途中から正気がぶっ飛んだ」
青い顔でアルが呟いた。

どんな魔法も、術者が正気でないと解けてしまう。

寝てる時とか………ナニしてて正気が保てていないと、魔法は解ける。私とアルは顔を見合わせた。

ドンドンドン!

「ととと…とりあえず服着よう!」
全裸でいるところを押さえられたら、言い逃れができないィ!

ドンドンドンドン!!

「はいはい!開けます!今、開けますよぉ!」
アルがドアに向かって裏返った……なぜか敬語で叫ぶ。アルも父さんだけは怖いらしいんだ。慌て過ぎてシャツのボタンを掛け違えている。
その時。
「ブッヒー!」
何かが朝日を背にジャンプした。
「ふぉっ?!」
「ダッ!」
アルの頭を蹴った小さなシルエットは…

ちっちゃいピンクのブタさん?!

私の横に着地したブタさん。その大きさは小型犬くらい。垂れたピンクの耳の間には、小っさい帽子が乗っかっている。
「あの悪魔は、仕事が雑なんだぞブブブ…」
ブタさんがブツブツ誰かの文句を言いながら、チョッキのポケットを漁る。これは…
「カワイイーッ!!」

ムギューッ

「ブッヒー?!」
好みどストライク!あまりの可愛さに、つい自分が裸なのも忘れて、私はブタさんを引っ摑んで胸に抱きしめた。
「ブブ?!何をする!ブヒーッ!」
すかさずブタさんが文句を言う。アルからは気のせいか殺気が漂っている。ま、いっか。だって…
「だって可愛いんだもん!」
目の癒し!小動物サイコー!!
しかし、ブタさんは心外だったらしい。
「気安く触るなぁ!ブヒーッ!」
ぷんすか怒って、私の腕の中からヨチヨチと這いだした。いや、その一生懸命な仕草が可愛いのだよ。
「我は由緒正しき百六代目牛魔王ぞ!ひかえおろー!ブッヒー!!」
「嘘だぁ!可愛いブタさんだぁ!」
「ブタだな…」
ほら。アルも、あれは可愛いブタさんだって言ってるよ?
「…そんなことひと言も言ってないぞブー…じゃなくてっ!牛魔王だ!ブヒーッ!」
ピンクのお鼻をヒクヒクさせながら、ブタさんは「見てるんだぞブブブ…」と呟き…
ブタさんを中心に魔力が渦を巻いたかと思うと、ブシューッ!とブタさんが膨らんだ。
「どうだ。我こそは百六代目牛魔王カルビ。ひかえおろーだぞ!ブヒーッ!」
いやいや、第二形態でちょこっとだけ大きくなって二足歩行になって、頭にちっちゃい角が生えて、それっぽい服にアクセサリーをジャラジャラさせてるけどさ。
「ミニ猪八戒!」
「ブタだな…」
「ブヒヒ?!」
ズバビシィ!と指さして指摘したら、ブタさん――カルビ君はズザザッと後退った。
もうもうもうっ!第二形態でも何やっても可愛いな!この生き物!

ドンドンドンドン!!

「コラッ!!サイラス!!いるんだろう!!出てきなさい!!」
ふわあああ?!父さんが!!ドアが…これ叩いてるんじゃない。蹴ってる。攻撃性がアップした?!
「ちちち、違うよ父さん!私、今ブタさんと…」
「開けなさい!!!」
「ヒィッ」
ダメだこりゃ…。
と、ブタさん――カルビ君がクイクイと私を突っついた。なあに?
「ブブ…ほら見るんだぞ!これが由緒正しき牛魔王の証だっ!ブヒーッ!」
おもむろに被っていた帽子を取るカルビ君。帽子の下には、ほんのちょっとだけ白い毛が前髪みたいに生えている。ああ、毛を守るために帽子被ってたのね。可愛い。
「…やっぱミニ猪八「違うっ!ブー!」」
「ええ~」
「たまたま!ご先祖様が続けて猪だったり豚の嫁を迎えただけで!」
「…お嫁さん側の遺伝子が濃くなっちゃったのね?」
「だからっ!さり気なく膝に乗せるなっ!ブヒーッ!」
ぷんぷんブヒブヒ怒るカルビ君。ああ…マスコットとは君のことを言う。そのカルビ君は私の顔を見上げて「ブブ?」と小首を傾げた。可愛すぎる。キュン死する。扉の外の恐怖も忘れられたらいいな…
「ブーッ!ありがたい魔王様の血印を消したな!ブヒーッ!」
「…血印?」
プンプンしながら、よじよじと私の身体を登ってきたカルビ君は、チョッキのポケットを漁り、筆とインク壺みたいなものを取り出し…
「ブー!」
私のおでこにタシタシッとバツ印を描いた。
「「犯人はおまえかー?!」」

ドンドンドンドン!!!

「あなた達は完全に包囲されている!投降しなさいっ!!」
「?!」
この声、ヴィクター先生?!
「くそっ!サアラ、窓からうおっ?!」
パリン!と窓が割れて、矢がアルの真横すれすれを掠めていった。矢ァ?!
ツンツンと小脇を突かれる――カルビ君だ。マイペースだよね。そこも可愛い。うん。
「そういうわけで、邪竜の娘!魔界に来るんだぞブー!」
「ッ!今それどころじゃ…」
何とか服を着た私とアルの前で、カルビ君は憤慨した。
「ブーッ!とってもとっても名誉なことなんだぞブヒーッ!」
いや、そんなこと言われたって。矢が飛んで来たってことは…
「窓に結界を張る!」
アルが叫んでいる。私は…入口にバリケードを作るよ!

ドンドンドンドン!!

ド…ドアが軋んで、木屑がぽろぽろと…。マジで破壊する気ですかぁ?!

「物分かりの悪い邪竜の娘だな。ブブー、仕方ないブー。特別にコレを見せてやるブー」
マイペースなカルビ君は、ごそごそとチョッキの中から、自分の体ほどもある大きな石板を取り出し、ベッドの上に置いた。
「なっ!その小っさいチョッキのどこにそんなデカいものが!?」
結界を張っていたアルが振り向いて、驚愕の表情を浮かべる。空間鞄的なものかな?厨二的勘がそう言ってる。その石板が淡く光ったかと思うと、空中に四角い画面が現れた。


《動画を見るときは、部屋を明るくして離れて見て下さい》


…DVDか?
ポカンとする私たちを前に…


《忘れられない思い出が、ここにある》

魔界の様子(?)だろうか。ボンデージの女王様や全身黒タイツのシ〇ッカーみたいなのとか、スケルトンとかの映像が次々と流れる。

《ディスカバー ヘル》
《そうだ、魔界行こう》

「……。」
「……。」
何コレ。鉄道会社のCMですか??
「どうだ邪竜の娘!魔界に行きたくて堪らなくなっただろう!ブー!」
カルビ君が胸を張る。可愛い。萌える。でも…

ドンドンドンドン!!!

「サイラス出てこぉい!!」
うわあぁ~!こっちもヤバい!!ドオォン、と破砕音がしたかと思うと、窓に結界を張っていたアルが吹っ飛んだ。
「なっ…巨石が飛んできた?!」
「ヒィエ~~!」
アルは奇跡的に無傷だった。直撃を免れたからだけど……わざと外した可能性が濃厚なのが怖い。
客室の壁が破壊されて、爽やかな青空が見える。風が気持ちいいね。人が行き交う平和な村の広場……のド真ん中、当たり前のように投石機がこっちを向いている。有り得ねぇ!
「魔界へ行くぞ、ブー」
二発目をセットする村人が見える。その横でキャッキャとはしゃぐノエルも。
「サアラ…死ぬ前にもう一度おまえを抱きたかった…」
「あ…アル~!」
「ブー…阿呆な人間共ブゥ。《暗黒転移》」
黒い靄が噴出し、私たちの足元から床が消えた。
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