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建国~黎明~編

138 謎植物の正体

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イヴァンジェリンたちがネーザルの農民に取り囲まれている頃、サイラスたちは帝国の上空にいた。
「まあ…そう、膨れるな」
ぶすくれる私の背を、同乗したアルがポンポンと叩いた。
「アルは私に真性の男色家と愛し合えって言うんだねっ!」
「大丈夫だ。少なくとも皇帝は男色家ではない」
「嘘だぁ!」
野郎を壁ドン、顎クイ、ほっぺスリスリのコンボ決めてくるヤツのどこに男色家じゃない要素があるんだ!百歩譲って男色家でないとしても、アレは立派な変態だ。間違いない。

話は帝都を旅立った時に遡る。
結局、絹の仕入れ先を見つけられないまま、ウィリスに帰る日になってしまった。これに関しても、私は文句の一つでも言いたい気分。だって、ノーマンさんやアルまでも!何かと理由をつけて外に出ようとする私を邪魔するんだもん!むうぅ…
飛竜に跨がり飛び立とうかという時、皇帝が私に使者を寄越してきた。

帝国産の絹を融通すると皇帝が仰っている。

…ここまでは、いい。願ったり叶ったりだ。問題は…

代わりに、今度舟遊びに付き合え。

舟遊び――あの男色皇帝と船室に二人っきり。そして男色皇帝は最高権力者。つまり、男色皇帝のやりたい放題である。舟の上なので逃げ場もない。

絶対、イヤ!!

私にだって、やりたくないことの一つくらいはある。

別に皇帝以外からでも絹は買える。帝国に絹を扱う商人は多くいる。その誰かとコネを作ればいいだけだ。男色家に身を捧げる代償よりはまともな取引ができるし、それに…

私の未来はきっと短いから。

風に遊ぶ黒髪を見つめる。なんでわかってくれないの?私は、貴方だけに…
「それより、そろそろ見えてくる。シェフレラ林だ」
私の思考は、アルの声に遮られた。そういやもうメドラウド領だっけ?飛竜が緩やかに降下する。眼下には一面の緑。そして近づくにつれそこで働く人の姿も見えてきた。


「え…獣人?」
地に降りたった私たちを迎えたのは、林の管理を任されているという……キジトラの猫さんだった。三角の耳が麦わら帽子からぴょこんと突き出ている。ズボンのお尻から鉤尻尾がふよふよ…さ、触ってみたいっ!
「ララは女性だからな?触るな?」
セクハラだぞ?、とアルがジト目で見てきた。
「こんにちは!コレがシェフレラです」
キジトラ猫の獣人、ララさんが指し示したのは、腰まである青々と茂った謎植物。いや、コレは脇芽だ。葉っぱだけの見た目は、日本のオフィスとかによくある観葉植物。艶やかな楕円の葉っぱ。脇芽は腰の高さだけど本体は………見上げるような大木。
「収穫はいつなんですか?」
「秋ですね」
思った以上に先の話だった。油を採るというからてっきり油菜か椿みたいな低木を想像していたけれど…。
「油は種から採ります。実はクッションの中身にします」
「ん?実を使うの?」
「そうですが…?」
え…もしかして、謎植物って…

綿?!

いや待てよ。綿ってこんなにデカい大木だったっけ?……違う気がする。
「その実って…白いホワホワッぽいヤツですか?」
「そうですね」
念のため聞いてみたら、イエスと返ってきた。やっぱ綿なの?異世界だから綿が大木に鈴なりになるとか?ううむ…解せぬ。
謎植物は綿(?)だった。
けど、疑問が一つ。綿って糸を紡いで織物になるけど、ノーマンさんやララさんはクッションの中身にするとしか言わない。なんで加工しないの??
「糸を紡いで織物にしないのはどうして?」
その問いにララさんは、困ったように眉を下げた。
「何を仰るのですか。シェフレラから糸なんて紡げませんよ?」
え…それ、どういうこと??

◆◆◆

綿から糸が紡げない。

腑に落ちないままウィリスに戻った私を待ち受けていたのは、新たな…山のような問題だった。
「がぁああ!!カ~モォ~!!!」
…私の第一声である。

春は毛刈り、そしてチーズの季節。

執務机の上には、ベイリンの民からの減収補填の嘆願書の山。
ベイリンは昨冬、ブラック・カモ・ラプターの被害にあった。中には壊滅的な被害を受けた牧場もある。どっかの第三王子から金貨を巻き上げたけど、所詮その場しのぎ。焼け石に水。
家畜食われたからって、そこら辺からすぐに新しい家畜を買って来れるわけがない。モノには売る時期が決まっているのだ。家畜の市がたつのは、春。でも今年、ベイリンの牧場に家畜を売る余裕はない。ということは外から家畜を買い入れねばならない。そして、遠くから運んできたものは何であれ輸送費がかかるため大変に割高なのだ。
「自力で何とかしてって言ったら、牧場が潰れるよねぇ…」
つまり、国庫負担!
さらに由々しき問題がある。

肉の値段が高騰した。

「はうぅ…!お肉ゥ~……」
私のモチベーション…美味しいお肉は当分おあずけだわ…グスン。
「税収は下方修正どころか補助金を出さなきゃダメね。採れる毛が激減したんだもの。牧場もそうだけど、領内の毛織物業者にも大打撃だわ…」
と、オフィーリア。
…そうでした。
ベイリンの民は、牛飼い羊飼いばかりではない。当然、彼らから毛なり皮なりを仕入れて加工する業者がいる。その中で最も人口が多いのが毛織物職人。
言っとくけど、ここの文明レベルは中世。紡績機も力織機もない。手紡ぎ&手織りだ。つまり、人海戦術。逆に言えば、それだけ多くの人間をこの産業が養っているのだ。
「くっそぉ~……カモどもォ!!」
ダウンコートの収益は、まだ来ない。遠隔地商売は売掛回収が遅いのだ。バレン領の灰は原価ゼロで売り放題だけど、その売上はニミュエ領からの資材買い入れにほぼ消えている。頼みの綱は、何とか製造再開させた植物紙の売上なわけで…
「キャッシュフローがあぁ!!」
「早く帰って来なさいよ!フリッツぅ!イライジャぁ!!」
執務室に、私とオフィーリアの悲鳴がこだました。
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