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建国~黎明~編
132 見つけた
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サイラスたちが帝国へと旅立った後。
フェリックスはギデオン公の屋敷の中庭にいた。
「ほれ、カモにやったのと同じように魔法を使ってみろ」
己の後ろに仁王立ちしたギデオン公に示されたのは、丸腰の兵士だ。目下、傀儡術の訓練中である。しかし…
「…?フェリックス君、魔法使えてる?」
初めのうちこそ実験台に選ばれて不安そうな顔をしていた兵士だが、突っ立ったまま二十分以上が経過しても何も起こらなければ、そんな気も失せてくる。
「つ…使っている………つもりです」
傀儡術だとかいう子供は青い顔をして言った。大丈夫か?
「ギデオン様、休憩した方が…」
「うむ…」
傀儡術という魔法は、闇属性の魔法とわかっているだけで、その詳細は知られていない。それほど、珍しい魔法なのだ。そのため、訓練も手探り状態だった。
「魔法は使っておるんだな?何ができない?」
「う……何だか、その…」
傀儡術特有の糸のような魔力は伸ばしてはいる。その感覚は、不思議としっかり身についているのだが…
「その…弾かれている、というか…」
カモの時と違って、魔力の糸は兵士の身体を撫でこそすれ、中に入っていかないのだ。カモの時は、体内にいたからやれたのだろうか。
「おまえ、嘘ついて魔道具つけておるのか?やはり全裸に…」
「つけておりません!」
すっぽんぽんにされては堪らないと、首をぶんぶん横に振る兵士。苦し紛れに話題転換を試みた。
「ほほ、他の魔法を覚えさせた方が効率的では?」
「しかしのぅ…」
困ったことにフェリックスは、傀儡術以外の魔法は結界も発動できないどころか、簡単な水魔法や風魔法にも失敗する。魔力量があって、ここまでダメな人間もなかなか珍しい。
「まあ…とりあえず休憩だ。くよくよするな」
そう言われても、失敗ばかりで成功ゼロだと、落ちこむのは仕方ない。
「ちょっとその辺を歩いてきたら?気分が変わるよ」
実験台の兵士に言われ、フェリックスは適当な方向へ歩きだした。
そして五分後。
「ゲッ!」
魔物に遭遇した。
(どうしよう?!)
一匹の小さなスライムがプルプルしている。その紅い目は、じぃーっとフェリックスを見つめて――ロックオンされてる。
スライムは弱い魔物の代表格だが、フェリックスは攻撃魔法が使えず、武器も持っていない。さらに運の悪いことに、近くには誰もいなかった。なにせここはバックヤード――干されたばかりの洗濯物に用のある者など、普通はいない。
(ここは…刺激しないように)
少しずつ距離を取ろうと、フェリックスが片脚を持ち上げた途端、スライムがフェリックス目がけてジャンプした。
「?!」
屋敷裏手のバックヤードに、物干し竿の倒れる音がこだました。
◆◆◆
ペレアス王国、王宮。
王族の住まう宮の外側を慌ただしく官僚や使用人たちが行き来している。春に王都に帰還する王太子のための凱旋式の準備が佳境を迎えているのだ。
王都では春を前にして、貴族たちが続々と領地からタウンハウスへと到着し、仕立屋と宝飾店は彼らの纏う晴れ着の制作に追われていた。商人たちも次々と王都入りし、市場には商品が溢れ、お祭り前特有の浮かれた雰囲気が漂っていた。
そんな中、いの一番に王妃宮を訪れた者があった。どこぞのスーパーヒーローと同姓同名のケント公爵である。微妙な王族は、なんとしてでも王妃の機嫌を取っておきたかったようだ。
「王妃様におかれまして、ご機嫌麗しゅう…」
偉そうに足を組んで座る王妃に気に入られるべく、公爵はとっておきの贈り物を持ってきていた。
「こちらを王妃様に…」
覆い布の下から現れたのは……
何やらゴテゴテと宝石をはめ込んだ謎の物体だった。というか、大粒の宝石を盛りに盛ったため、凸凹し過ぎて元の形がさっぱりわからないし、無駄に眩しくて目がチカチカする。
「……プラネタリウム??」
うん。見えなくもないかな…。どちらかというと、地方の観光地で売ってるキーホルダーにこんなのありそう。
「手回し洗濯機なるものにございます」
「……。」
コレ作ったヤツ馬鹿じゃないかな、という感想を王妃は辛うじて飲み込んだ。公爵のノリノリな贈り物解説は続く。
「まずこちらをパカッと開けまして…」
ガシャン!
…魔改造金ピカ手回し洗濯機は、短い生涯を終えた。
「開けまして…ぇ…」
想定外のトラブルに、名前だけスーパーヒーローな公爵は顔面蒼白になった。……宝石盛りすぎたせいで、金具が重さに負けたんだね。内側にもびっしり宝石をはめ込むからだよ。
「…壊れたわね」
まあ凸凹している分、(ちゃんと使えれば)汚れはよく落ちそうだ。…でも、デリケートな下着類は悲惨な仕上がりになりそう。
「ここ…このレバーを回せば、中に入れた洗濯物とぬるま湯と洗剤が攪拌されて汚れが落ちる…画期的な……発明………だったの、デス」
気合い入れた贈り物がプレゼンの初っ端にぶっ壊れて、公爵はしょぼ~んと項垂れた。
……。
……。
さすがの王妃も、人生オワタと言わんばかりのオッサンがかわいそうになってきた。まあ…元はと言えば、昭和の手回し洗濯機に宝石魔改造施したヤツが悪い。このオッサンは詐欺の被害者みたいなものなのだ。
「まったく……馬鹿な買い物をしてはいけないわ。どこの貴族が自力で洗濯なんかするというの。非常識だとわからなかったの?」
言うと、公爵はその場に頽れてしまった。膝と両手を地につけ項垂れる――俗に言う『ざまぁのポーズ』……
(べつに、『ざまぁ』させようなんて思ってなかったんだけど…)
腐っても王妃は乙女ゲーム『本編』のヒロイン。つまり、そういうことなのだろう。これはきっと………アレだ、流れ弾。
「まあ…そのうち、いいことあるわよ」
…ヒロインの慰めはテキトーだった。語彙力がない、という説もある。
まあそれでも、公爵はなんとか立ち直って帰っていった。よかったよかった。
彼が帰った後には、宝石鬼盛り魔改造手回し洗濯機だけが残された。
「馬鹿ねぇ…」
椅子から立ち上がり、いろいろ履き違えた贈り物を検分する。
(宝石外して残りは捨てよっか)
金具が壊れて真っ二つになったそれの開口部には、茶色っぽいブヨブヨした物が貼りつけてあった。
(…パッキンか)
コレがあるのとないのでは大違いだ。密閉できるので、隙間から水が漏れない。
「…パッキン?」
ひっかかるものを覚え、王妃は眉をひそめた。
そもそもこの中世じみた世界には、パッキンどころかゴムという概念すら存在しない。
結びつく答えは、一つ。
鮮やかな紅をひいた唇が弧を描く。
「見つけた」
◆◆◆
野獣公ギデオンに仕える使用人たちは皆優秀だ。なにせ自分たちの主は、相当な変わり者だ。高位貴族であるにもかかわらず、自給自足のテント生活が夢だと言い、狩りに行けばそこに生息していた魔物を絶滅に追い込む。社交を面倒くさいと姿を消したと思えば、庶民の酒場で飲んだくれて帰ってくる。
…ある意味金のかからない、財政に優しい貴族ではある。
こんなのでも、最低限の仕事はするし、詐欺師に騙されたりもしない。使用人がしっかりすれば、領地は平和である。
それは、かの主が移り住んだ『別荘』でも変わらなかった。魔物の数は少しばかり多いが、主が積極的に狩ってくれるのであまり問題ない。サイラスという少年の使い魔――凶暴なキラーシルクワームやら、闇属性の猛獣みたいな馬やら、化けキノコ軍団やら、悪戯ミニエリンギやら――が、『別荘』の内外を彷徨いているが、それも慣れれば日常の光景だ。
だからといって。
彼らとて何だって右から左に受け流せるわけではない。受け流していいモノと、受け流しちゃいけないヤベぇモノはちゃんとわかっている。今、屋敷の廊下を彷徨っているヤツがまさにそれだ。
「ねぇ…アレ、昨日宴会で使った衣装よね?」
廊下の陰から『ソレ』を見たメイドが言った。
「そうね。確か執事のミッチェルが着てたヤツ…『石油王』のコスプレだわ」
一緒にいた別のメイドも肯いた。ちなみに、件のコスプレは、東洋風の派手な衣装にターバン、『ナンデモカッテアゲルヨ~』と書かれたたすきに、腰回りに『石油王』の乗り物たるラクダの張りぼてが縫いつけてある。
「中身は……えっとぉ、スライム??」
衣装の首から上には、プルプルしたスライムが乗っかっていた。
「でも…動きは人間っぽいわよ?」
ヒソヒソとメイドたちは囁きあった。
◆◆◆
目が覚めたらスライムになっていました。
まるでどこぞのラノベみたいな展開だ。スライムの低い視線で辺りを見回せば、散らばった洗濯物の間に見覚えのある銀髪を見つけた。
アレ、自分じゃん!
スライムになったフェリックスは、起きろーっ!とばかり、うつぶせに倒れた『自分』の上でポヨンポヨンと跳ねてみたが、『自分』はまったく反応しない。
(自分、起きないんだけど?!)
困った……。
考えることしばし。フェリックスは、とりあえず人を呼んでくることに決めた。スライムらしくポヨンポヨンと跳ねて…
(待って?!スライムって討伐されないか?!)
確か以前、屋敷に侵入したスライムをメイドが釘バットで……
恐怖がフェリックスの全身を駆け抜けた。パッと見には、スライムがプルルンとしただけだが。
この姿だと駆除まっしぐらだ。釘バットはイヤ!
そんなわけで、またポヨンポヨンと倒れた物干しのところに戻ったスライム・フェリックスは、とりあえず手近にあった服に潜りこんだ。コレに隠れて人を探そう。人型なら……釘バットで一撃にはならない。たぶん恐らくきっと。
『石油王』のコスプレ姿で、フェリックスは人を探して屋敷の中へ入っていった。
◆◆◆
「とりあえず釘バットかしら」
スライムは時々侵入してくるので、釘バットは物入れに常備してある。弱い魔物なら、これでたいてい駆除できるのだ。
「いい?ヤツが射程圏内に入ったら飛び出すわよ?」
物陰でメイドが釘バットを構え…
「どりゃああっ!!」
スライム目がけて勢いよく凶器をぶん回した。フェリックス、ピンチ!
(うわあっ!?)
間一髪。
襟から出していた頭を引っ込めて、なんとか釘バットを回避したフェリックスは、『石油王』のコスプレを引きずって廊下を猛スピードで滑走した。……ヨレヨレの『石油王』が慣性に従って廊下を滑っていく。シュールだ。
「チッ!追うわよ!」
こうして、スライムとメイドの恐怖の追いかけっこが始まった。
◆◆◆
床を滑走する『石油王』を釘バットを構えたメイド二人が追いかける。
「チッ!すばしっこいわね!」
屋敷の中を逃げ回り、既にいろいろ――ラクダの張りぼては引きずっているうちに首と足がもげたし、ターバンもどっかに落とした――失い、『ナンデモカッテアゲルヨ~』のたすきが虚しすぎるボロボロの『石油王』。
けれど、神様はフェリックスを見捨てなかったようだ。逃げているうちに、運良く『自分』が倒れているバックヤードに辿り着けたのだ。これ幸いと、倒れた『自分』の身体をボロボロの『石油王』の衣装で懸命に指さした。
そして。
メイドが呼んできた医師が、倒れたフェリックスの身体を起こして、気付けを嗅がせたところ…
「フッ?!ゲホッ!」
ようやく、スライム『石油王』からフェリックスの意識は『自分』に戻ってきた。
フェリックスはギデオン公の屋敷の中庭にいた。
「ほれ、カモにやったのと同じように魔法を使ってみろ」
己の後ろに仁王立ちしたギデオン公に示されたのは、丸腰の兵士だ。目下、傀儡術の訓練中である。しかし…
「…?フェリックス君、魔法使えてる?」
初めのうちこそ実験台に選ばれて不安そうな顔をしていた兵士だが、突っ立ったまま二十分以上が経過しても何も起こらなければ、そんな気も失せてくる。
「つ…使っている………つもりです」
傀儡術だとかいう子供は青い顔をして言った。大丈夫か?
「ギデオン様、休憩した方が…」
「うむ…」
傀儡術という魔法は、闇属性の魔法とわかっているだけで、その詳細は知られていない。それほど、珍しい魔法なのだ。そのため、訓練も手探り状態だった。
「魔法は使っておるんだな?何ができない?」
「う……何だか、その…」
傀儡術特有の糸のような魔力は伸ばしてはいる。その感覚は、不思議としっかり身についているのだが…
「その…弾かれている、というか…」
カモの時と違って、魔力の糸は兵士の身体を撫でこそすれ、中に入っていかないのだ。カモの時は、体内にいたからやれたのだろうか。
「おまえ、嘘ついて魔道具つけておるのか?やはり全裸に…」
「つけておりません!」
すっぽんぽんにされては堪らないと、首をぶんぶん横に振る兵士。苦し紛れに話題転換を試みた。
「ほほ、他の魔法を覚えさせた方が効率的では?」
「しかしのぅ…」
困ったことにフェリックスは、傀儡術以外の魔法は結界も発動できないどころか、簡単な水魔法や風魔法にも失敗する。魔力量があって、ここまでダメな人間もなかなか珍しい。
「まあ…とりあえず休憩だ。くよくよするな」
そう言われても、失敗ばかりで成功ゼロだと、落ちこむのは仕方ない。
「ちょっとその辺を歩いてきたら?気分が変わるよ」
実験台の兵士に言われ、フェリックスは適当な方向へ歩きだした。
そして五分後。
「ゲッ!」
魔物に遭遇した。
(どうしよう?!)
一匹の小さなスライムがプルプルしている。その紅い目は、じぃーっとフェリックスを見つめて――ロックオンされてる。
スライムは弱い魔物の代表格だが、フェリックスは攻撃魔法が使えず、武器も持っていない。さらに運の悪いことに、近くには誰もいなかった。なにせここはバックヤード――干されたばかりの洗濯物に用のある者など、普通はいない。
(ここは…刺激しないように)
少しずつ距離を取ろうと、フェリックスが片脚を持ち上げた途端、スライムがフェリックス目がけてジャンプした。
「?!」
屋敷裏手のバックヤードに、物干し竿の倒れる音がこだました。
◆◆◆
ペレアス王国、王宮。
王族の住まう宮の外側を慌ただしく官僚や使用人たちが行き来している。春に王都に帰還する王太子のための凱旋式の準備が佳境を迎えているのだ。
王都では春を前にして、貴族たちが続々と領地からタウンハウスへと到着し、仕立屋と宝飾店は彼らの纏う晴れ着の制作に追われていた。商人たちも次々と王都入りし、市場には商品が溢れ、お祭り前特有の浮かれた雰囲気が漂っていた。
そんな中、いの一番に王妃宮を訪れた者があった。どこぞのスーパーヒーローと同姓同名のケント公爵である。微妙な王族は、なんとしてでも王妃の機嫌を取っておきたかったようだ。
「王妃様におかれまして、ご機嫌麗しゅう…」
偉そうに足を組んで座る王妃に気に入られるべく、公爵はとっておきの贈り物を持ってきていた。
「こちらを王妃様に…」
覆い布の下から現れたのは……
何やらゴテゴテと宝石をはめ込んだ謎の物体だった。というか、大粒の宝石を盛りに盛ったため、凸凹し過ぎて元の形がさっぱりわからないし、無駄に眩しくて目がチカチカする。
「……プラネタリウム??」
うん。見えなくもないかな…。どちらかというと、地方の観光地で売ってるキーホルダーにこんなのありそう。
「手回し洗濯機なるものにございます」
「……。」
コレ作ったヤツ馬鹿じゃないかな、という感想を王妃は辛うじて飲み込んだ。公爵のノリノリな贈り物解説は続く。
「まずこちらをパカッと開けまして…」
ガシャン!
…魔改造金ピカ手回し洗濯機は、短い生涯を終えた。
「開けまして…ぇ…」
想定外のトラブルに、名前だけスーパーヒーローな公爵は顔面蒼白になった。……宝石盛りすぎたせいで、金具が重さに負けたんだね。内側にもびっしり宝石をはめ込むからだよ。
「…壊れたわね」
まあ凸凹している分、(ちゃんと使えれば)汚れはよく落ちそうだ。…でも、デリケートな下着類は悲惨な仕上がりになりそう。
「ここ…このレバーを回せば、中に入れた洗濯物とぬるま湯と洗剤が攪拌されて汚れが落ちる…画期的な……発明………だったの、デス」
気合い入れた贈り物がプレゼンの初っ端にぶっ壊れて、公爵はしょぼ~んと項垂れた。
……。
……。
さすがの王妃も、人生オワタと言わんばかりのオッサンがかわいそうになってきた。まあ…元はと言えば、昭和の手回し洗濯機に宝石魔改造施したヤツが悪い。このオッサンは詐欺の被害者みたいなものなのだ。
「まったく……馬鹿な買い物をしてはいけないわ。どこの貴族が自力で洗濯なんかするというの。非常識だとわからなかったの?」
言うと、公爵はその場に頽れてしまった。膝と両手を地につけ項垂れる――俗に言う『ざまぁのポーズ』……
(べつに、『ざまぁ』させようなんて思ってなかったんだけど…)
腐っても王妃は乙女ゲーム『本編』のヒロイン。つまり、そういうことなのだろう。これはきっと………アレだ、流れ弾。
「まあ…そのうち、いいことあるわよ」
…ヒロインの慰めはテキトーだった。語彙力がない、という説もある。
まあそれでも、公爵はなんとか立ち直って帰っていった。よかったよかった。
彼が帰った後には、宝石鬼盛り魔改造手回し洗濯機だけが残された。
「馬鹿ねぇ…」
椅子から立ち上がり、いろいろ履き違えた贈り物を検分する。
(宝石外して残りは捨てよっか)
金具が壊れて真っ二つになったそれの開口部には、茶色っぽいブヨブヨした物が貼りつけてあった。
(…パッキンか)
コレがあるのとないのでは大違いだ。密閉できるので、隙間から水が漏れない。
「…パッキン?」
ひっかかるものを覚え、王妃は眉をひそめた。
そもそもこの中世じみた世界には、パッキンどころかゴムという概念すら存在しない。
結びつく答えは、一つ。
鮮やかな紅をひいた唇が弧を描く。
「見つけた」
◆◆◆
野獣公ギデオンに仕える使用人たちは皆優秀だ。なにせ自分たちの主は、相当な変わり者だ。高位貴族であるにもかかわらず、自給自足のテント生活が夢だと言い、狩りに行けばそこに生息していた魔物を絶滅に追い込む。社交を面倒くさいと姿を消したと思えば、庶民の酒場で飲んだくれて帰ってくる。
…ある意味金のかからない、財政に優しい貴族ではある。
こんなのでも、最低限の仕事はするし、詐欺師に騙されたりもしない。使用人がしっかりすれば、領地は平和である。
それは、かの主が移り住んだ『別荘』でも変わらなかった。魔物の数は少しばかり多いが、主が積極的に狩ってくれるのであまり問題ない。サイラスという少年の使い魔――凶暴なキラーシルクワームやら、闇属性の猛獣みたいな馬やら、化けキノコ軍団やら、悪戯ミニエリンギやら――が、『別荘』の内外を彷徨いているが、それも慣れれば日常の光景だ。
だからといって。
彼らとて何だって右から左に受け流せるわけではない。受け流していいモノと、受け流しちゃいけないヤベぇモノはちゃんとわかっている。今、屋敷の廊下を彷徨っているヤツがまさにそれだ。
「ねぇ…アレ、昨日宴会で使った衣装よね?」
廊下の陰から『ソレ』を見たメイドが言った。
「そうね。確か執事のミッチェルが着てたヤツ…『石油王』のコスプレだわ」
一緒にいた別のメイドも肯いた。ちなみに、件のコスプレは、東洋風の派手な衣装にターバン、『ナンデモカッテアゲルヨ~』と書かれたたすきに、腰回りに『石油王』の乗り物たるラクダの張りぼてが縫いつけてある。
「中身は……えっとぉ、スライム??」
衣装の首から上には、プルプルしたスライムが乗っかっていた。
「でも…動きは人間っぽいわよ?」
ヒソヒソとメイドたちは囁きあった。
◆◆◆
目が覚めたらスライムになっていました。
まるでどこぞのラノベみたいな展開だ。スライムの低い視線で辺りを見回せば、散らばった洗濯物の間に見覚えのある銀髪を見つけた。
アレ、自分じゃん!
スライムになったフェリックスは、起きろーっ!とばかり、うつぶせに倒れた『自分』の上でポヨンポヨンと跳ねてみたが、『自分』はまったく反応しない。
(自分、起きないんだけど?!)
困った……。
考えることしばし。フェリックスは、とりあえず人を呼んでくることに決めた。スライムらしくポヨンポヨンと跳ねて…
(待って?!スライムって討伐されないか?!)
確か以前、屋敷に侵入したスライムをメイドが釘バットで……
恐怖がフェリックスの全身を駆け抜けた。パッと見には、スライムがプルルンとしただけだが。
この姿だと駆除まっしぐらだ。釘バットはイヤ!
そんなわけで、またポヨンポヨンと倒れた物干しのところに戻ったスライム・フェリックスは、とりあえず手近にあった服に潜りこんだ。コレに隠れて人を探そう。人型なら……釘バットで一撃にはならない。たぶん恐らくきっと。
『石油王』のコスプレ姿で、フェリックスは人を探して屋敷の中へ入っていった。
◆◆◆
「とりあえず釘バットかしら」
スライムは時々侵入してくるので、釘バットは物入れに常備してある。弱い魔物なら、これでたいてい駆除できるのだ。
「いい?ヤツが射程圏内に入ったら飛び出すわよ?」
物陰でメイドが釘バットを構え…
「どりゃああっ!!」
スライム目がけて勢いよく凶器をぶん回した。フェリックス、ピンチ!
(うわあっ!?)
間一髪。
襟から出していた頭を引っ込めて、なんとか釘バットを回避したフェリックスは、『石油王』のコスプレを引きずって廊下を猛スピードで滑走した。……ヨレヨレの『石油王』が慣性に従って廊下を滑っていく。シュールだ。
「チッ!追うわよ!」
こうして、スライムとメイドの恐怖の追いかけっこが始まった。
◆◆◆
床を滑走する『石油王』を釘バットを構えたメイド二人が追いかける。
「チッ!すばしっこいわね!」
屋敷の中を逃げ回り、既にいろいろ――ラクダの張りぼては引きずっているうちに首と足がもげたし、ターバンもどっかに落とした――失い、『ナンデモカッテアゲルヨ~』のたすきが虚しすぎるボロボロの『石油王』。
けれど、神様はフェリックスを見捨てなかったようだ。逃げているうちに、運良く『自分』が倒れているバックヤードに辿り着けたのだ。これ幸いと、倒れた『自分』の身体をボロボロの『石油王』の衣装で懸命に指さした。
そして。
メイドが呼んできた医師が、倒れたフェリックスの身体を起こして、気付けを嗅がせたところ…
「フッ?!ゲホッ!」
ようやく、スライム『石油王』からフェリックスの意識は『自分』に戻ってきた。
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