RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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建国~黎明~編

125 傀儡術師の少年

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フェリックス君を抱えてカモの体内から外に出ると、既に日が落ちた後だった。

あれから大変だったのだ。
胃の中でフェリックス君を見つけたはいいが、そこでフェリックス君が魔力切れに。当然カモは制御不能になり大暴れ。しかも体内に私たちがいるから、外から不用意に攻撃できず…。さらに悪いことに、追い詰められたカモが飛び立っちゃって、急報を受けたアルとエヴァが飛竜でカモを追いかけ回して、胃の中でアクロバット飛行を嫌というほど味わって…

…偉い目にあった。洗濯機で回される洗濯物の気持ちを理解できたね。

とりあえず胃液塗れになったフェリックス君をお湯で丸洗いして、同じく私も身体を洗って着替えて。
「なんで黙ってた」
魔物が出たのに大人に知らせなかった子供たちを呼び出して、叱りつけた。
今回は、たまたまフェリックス君が《傀儡術》を発動させたことや、一緒に飲まれたジャックが脱出して事情を話してくれたから二人とも助かったけど。こんな偶然がいつも起きてくれるとは限らない。これ、偶然が重ならなきゃ二人とも死んでいたよ?
事情は、フェリックス君とジャックから先に聞いているけれど。でも、彼らがちゃんと自分たちの行動を反省して、二度と繰り返しちゃいけないから。
もちろん、よそ見してぶつかったくせに謝らなかったフェリックス君も悪いと、彼らは言うだろう。でも、それは彼の『貴族の常識』を考えなかった、ひいては何の情報も与えず放置した私たちのせいなんだ。…もっと早く、彼と話すべきだった。彼が村をウロウロしていたのは、私がアロガントに投げた言葉が発端だったみたいだし。うん…全面的に私が悪いわ。
ま、でも『黙っていた』は、それとは別問題。村の掟だからね。
「魔物が出たら、大人にすぐ知らせる!逃げ遅れた子がいるなら尚のことだ!」
私の叱責に、子供たちの肩がビクリと跳ねる。黙っていた=悪いことをした自覚はあるんだろう。
「…でもアイツ、敵だぞ」
涙目になりながらもリーダー格の子が言った。
「その前に人間だよ。君と同じで命がある。怪我をすれば痛みも感じる。大事な人もいれば、大切なものだってあるでしょう。命も心もある人間。それをちゃんと考えた?」
私の言葉に黙りこくる子供たち。それに、と私は続けた。
「彼は家族も、財産も全部失った。この上さらに命もなくならなきゃいけない?それとも、彼はナイフでも振り上げて君たちを攻撃してきたの?」
そりゃ、相手が剣を振りかぶって殺す気満々で突っかかってきたなら、話は別だけど。生きるか死ぬかなら、生きる選択をすべきだ。そこで譲る必要はないよ。でも。そうでないなら――
何も言わずに俯く子供たちを見つめる。

命は大事なんだよ。喪われたら二度と戻ってこない。

たくさん殺した私が言うのは、烏滸がましいかもしれないけれど。でも――

軽々しく、殺戮の道を選ばないように。
そして、願わくばそんな道を歩まないように。

私はもう一度よく考えるように言うと、他の大人に子供たちを頼んで立ちあがった。

◆◆◆

カモ事件後の夜、フェリックス君は私とオフィーリアが寝室に使っている部屋に引っ越した。何せ彼は《傀儡術》を使う。この魔法は厄介で、精神に干渉するんだよ。私とオフィーリアは、対精神魔法の魔道具を身につけているから心配ないけど、大半の村人はそんな高価な代物持っていない。加えて、フェリックス君自身もカモの中で初めて《傀儡術》を使ったらしい。ということは、魔力の制御も上手くできないだろうし、暴走したら何が起こるかわからない。それに悪意を持った誰かに、利用されないとも限らない。かと言って彼に魔封じをかけたら、結界とか身を守る魔法も使えなくなってしまう。魔物が珍しくないウィリスで、魔封じは死に直結するのだ。
「オフィーリア、私ソファで寝るから。フェリックス君とベッド使って?」
フェリックス君はまだ七歳の子供だし。セーフだと思う。え?ベッドは一台しかないよ?夫婦って設定…以前に女同士だし、二台並べたら部屋がベッドで埋まっちゃう。元はといえばここ、私が一人で使っていた部屋だし。
「なっ?!どどどど…同衾だぞっ?!アンタはそれでいいのかよっ!?」
約一名、めっちゃ動揺してる子がいるけど。大丈夫だって!子供だし。
「ぼぼぼ…僕は床で寝るっ!」
顔を真っ赤にして大慌てするフェリックス君だが、
「騒ぐんじゃないわよ」
オフィーリアに問答無用で両脇抱えられてベッドに放り込まれた。オフィーリア、意外と力があるね!

そして…。

翌日、私は数人の護衛と一緒にフェリックス君を連れてベイリンへと出発した。様子を見にいくのはもちろん、もう一つやることがある。

フェリックス君が持っていた紅い宝石――『賢者の石』。それを葬りに。

エリンギマンAGによれば、『賢者の石』は人間が呪術で作ることができる人造の魔石で、魔物が食べれば巨大化し、人間が誤って摂取すれば永久に魔物になってしまうという厄介な代物だ。フェリックス君は、かなり昔アーロンの書斎で『賢者の石』を見つけて、綺麗だから宝物にしたと言っていたけど。それが元で死にかけたし、放置していいモノではないと判断した。ミニエリンギ曰く、『賢者の石』は魔物を惹きつけるというからね。

◆◆◆

ずいぶん久しぶりに『家』に帰ってきた。屋敷にも、残っていた使用人にも見覚えはあるし、微かな懐かしさも感じはする。でも…
「何か、取ってきたいものはある?」
屋敷の前で、サイラスに尋ねられた。見上げた彼の空色の瞳には、気遣うような色がある。もっと言えば…罪悪感かな。きっと今、持っていくのが面倒くさい物――例えば重い家具とか――を望んでも、きっと「いいよ」と言ってくれるんだろう。
……。
……。
そうだな…。確かに家を追われ、財産も身分も全部奪われたんだから、ちょっとくらい困らせてやったっていいのかもしれない。
「ここには思い出もたくさんあるだろう?形見の品だって…」
でも、続く彼の言葉に僕の頭に浮かんだのは疑問符だった。

思い出?形見の品?

「思い出…?」
思わず尋ね返して、馬鹿だなと思った。そんなの他人のサイラスが知るわけない。でも…。フェリックスの記憶にあるのは、家庭教師の授業と、身の回りの世話をするメイドと、それから気持ち悪いほど構ってくるアロガント卿くらいだ。

変だな。年の離れた兄二人には会ったことはないはずだけど、父上と姉上とは一緒に住んでいたのに…。

思い浮かべることはできなくもない。けれど、肉親である彼らはまるで物言わぬ肖像画のようにのっぺりとしていて、声はわかるのに何を話したのか、どんな『思い出』があったのか、霞か靄のようで、己の内に何も形をなさないのだ。

「この宝石ですか?ほら、アレですよ。お坊ちゃまが昔、旦那様の書斎にこっそり入って盗ってきた」
侍女のニーナが笑いながら教えてくれたことがあるから、小さい頃の僕はそれなりに悪戯もしたんだろうし、父や姉に叱られたことだって……

あったハズなのに。

なぜ、思い出せないんだろう。

「別に大きなものでも構わないよ。紅い宝石以外なら、多少嵩張っても運べるから」
サイラスが答を促してくる。
今一度、かつて生活していた『家』を無表情で見つめる。エントランス、自分の部屋がある三階の窓、庭の植栽……
「…ない」
気づけば無意識にそう口走ってしまっていた。
「ない?でも家族の…」
「要らない」
サイラスの言葉を遮って、僕は話を終わらせようとした。もう、このことはお終いでいい。なぜか強くそう思った。
けれど彼はそんな僕の前にしゃがんで目線を合わせて、しつこく尋ねた。
「取り壊すんだよ?念のため言うけど、私の魔法の後は何も残らない。ここには思い出があるんだろう?本当に、手許に置いときたいものはないの?」
どこか縋りつくような目だった。きっとこの人は僕が何か要求しないと気が済まないんだ。戦争して殺したくせに……

けど、すでに二度も彼は僕を助けてくれた。

芋虫の魔物から。そして巨大カモから。

なら、僕にとってどうでもいい答の一つや二つ、言ってやったってもいいか。
「じゃあ…肖像画を」
そんなもの家にあったかどうかも定かじゃないけど、妥当な要求だろう。僕が答えると、彼はほっとしたように「わかった」と言って立ちあがった。なんでだろう。妙な後ろめたさがある。
ふと視線を感じて首を横に向けると、侍女だった女がサッと目を逸らした。彼女の手には荷物の包みがある。サイラスは、屋敷に残っていた使用人たちに私物を持ってあらかじめ避難するよう伝えていた。彼女の周りには、同じように荷を抱えた使用人たちが、無表情にかつて仕えた家を見つめていた。
やがて。運び出された肖像画と思しき包みを持った数人が屋敷から十分に離れた後、サイラスが屋敷に魔法を放った。
「《暴食グラトニー》」
地が割れ、いくつもの奈落が口を開ける。ベイリンの屋敷は、土埃をあげて崩落し、やがて粉々になって地に吞まれた。
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