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建国~黎明~編

123 元敵の明暗

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商品発表会は大成功だった。

ニミュエ公爵や盟友の皆様、ロリエッタ侯爵にメドラウド公とバレン領の火山灰の値段を取り決め、新型馬車と連結馬車もご注文をいただきました!ちなみに、砂利と消石灰はヴィヴィアン領産を融通することにした。これを機に、彼らとはモルゲン・ウィリス王国として改めて同盟を結ぶことができた。大きな進展だね!彼らには当面、王国にこのぽっと出の独立国の存在を黙っていてもらう約束も取りつけた。防衛策を講じる時間稼ぎができたよ。まだまだ安心はできないけど、やれることからやっていこう!
「いやはや…灰が金に変わるとは」
バレン卿は、自領の厄介者が思わぬ形で金に変わって、魂が抜けたように呆然としていた。
「貴方の方が、あの土地には詳しいでしょう。灰欲しさに領民の土地を荒らしたくありませんし。どこから灰を採取するのか、すべてお任せできますか?私の臣下として」
「へ…?」
目をパチパチさせるバレン卿は、一拍遅れて「ええっ?!」と声を裏返した。
「貴方さえよければ、私の下で働いて下さいませんか?」
バレンを訪ねた時もだけど、この人はちゃんと領地を知っていた。税収に胡座をかいて遊び呆けている貴族が多い中、ちゃんと領地や領民を見れる人は希少だよ。私は、そういう人と仕事をしたいから。差し出した手を、オロオロしながらもバレン卿は握り返した。
「これからよろしくお願いします」
「は、はいぃ!!」
うん。いい人と知り合えた。

◆◆◆

ウィリスから険しい山岳地帯を越えた向こう側――アルスィル帝国、メドラウド領。
公爵邸の前に、飛竜の一団が舞い降りた。ウィリスからノーマン一行が帰還したのである。ノーマンは飛竜から降りたつと、一団の後方にいた若者に駆けよった。
「よい、この程度で助けなどいらぬ」
いち竜騎士の鎧を纏った若者は、軽やかに飛竜から飛び降りると、被っていた兜を脱ぎ捨てた。漆黒の髪が風に靡く。
「フン。あの娘め、なかなかの食わせ者だったな。気づいたか?モルゲンを復興させたとか抜かしていたが、奥の建物は明らかに絵だったぞ」
クツクツと喉をならす若者――皇帝は言葉の割にすこぶる機嫌が良さそうだった。
「しかしわからぬのは、あの珍妙な馬車だ。どういう仕掛になっているのやら」
いつにも増して饒舌な皇帝は、言いながらもさっさと変装用に着ていた鎧を脱ぎ捨てた。
「アレの絡繰りは追々調べるとして。心憎いことしてくれた礼に、親書でも書いてやろう」
言うや、機嫌良く彼は公爵邸を去っていった。

◆◆◆

「『道路』は、ベイリンとの間を優先して…」
「直通の道は便利だけどよぉ…いざ戦になったら、敵さんにも便利に利用されちまうからなぁ」
今、私はオフィーリアとフィルさんたちを交えて、『道路』の敷設順を話し合っている。部屋の隅で、フェリックス君が心許なさそうにこちらの話に聞き耳を立てている。最近、私の後ろを何の用はなくともついてくるんだ。悪さをするわけでもないし、構ってあげる余裕もないので、とりあえずそのままにしている。
「コンクリート?だっけ?流し込んで平らに均すくらいなら、アンタの化けキノコスクイッグ軍団にも任せられるんじゃないか?現場監督が一人いれば…アイツら増殖したし」
と、フィルさんが苦笑いして外を指さした。そう…。戦争が終わってから、毒キノコの壁からエリンギマンが大量発生したのだ。胞子垂れ流しを許可したから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。飛竜の上から、村へ迫る百体以上のエリンギマンを見て「終わった…」、と半ば白くなりかけていたところ、ティナから、「サアラは王様だから、名前をつけなくても大丈夫。スクイッグはいうことを聞くよ」って言われて、その場に頽れたのはいい思い出デス…。
紙作りがストップした今、手すきになったエリンギマンたちは村をウロウロしているだけだ。知能が低い魔物で特別力持ちというわけでもないから、モルゲンの復興にはいまいち使えないんだよ。
「ああ…。そうだね。教えるか」
コンクリート混ぜ混ぜして、型に流し込んで突き固めて、平らに均すくらいなら、たぶんできる。よしっ!アイツらに仕事させよう。

三十分後…。

「ぃよっし!おいらに続けぇ!後輩ども!」
エリンギマンたちはよく働いてくれる。…ただし、現場監督は常に二人必要になってしまった。しゃしゃり出てきたエリンギマンAGのお守りに一人…。めっちゃ不安だったので、ティナに土下座して悪戯エリンギの監視をお願いした。この配置が思わぬ事態を引き起こすんだけど…それはもう少し後の話。

◆◆◆

フェリックスは、きょろきょろしながら村の中を彷徨っていた。

「いつまでも安全なこの家にいられると、本気で思ってる?」

「私はいつまでも無駄飯喰らいを養ったりしないよ。使えないなら、奴隷として売り払うかもしれないし、害をなすなら容赦しない。覚えておいて」

冷めきった声を思い出すと、不安で胸がドキドキする。彼は本気だ。役に立たないと知れれば、もっと酷い境遇に落とされる。
だから…フェリックスは、サイラスについてまわった。具体的に何をすればよいのかはわからない。でも、何もしないでいれば、きっと彼は先日言ったことを実行するだろう。
フェリックスは焦っていた。

何か…何かしないと、

けれど決まって壁にぶち当たるのだ。

何かって…何を?

フェリックスはベイリン男爵家の末っ子だ。教養として家庭教師から勉強は教わり始めていたが、それだけだ。ウィリス村民みたいに弓も扱えず、魔法も習っていない。いや…領地のことも、中央で父が何をしていたのかも、ほとんど知らない。バレン卿の名前は知っていたが、その領地の実態は知らなかった。いつも傍にいたアロガントのことも、よく考えれば知らないのだ。
人質としてここに来てから、アロガントは徐々にフェリックスへの態度を変えた。具体的に言うと、優しくなくなった。話しかけてもうるさそうにする。

フェリックスは彼にもう何も与えられないのだ。そうとわかったから、彼は態度を変えた。他の人質も同様。

大した知識もなく、情報もなく、フェリックスは独りになった。


サイラスを見失ってしまった。何処へ行ったんだろう。何か…何かできることをしないと…
焦る気持ちのまま歩いていると、前から来た人間にドンとぶつかった。

◆◆◆

己の前で尻餅をついた幼児が泣いている。フェリックスは黙したまま立ち竦んでいた。
「……。」
謝ってはいけない、ということだけはわかる。貴族たるもの、みだりに人に頭を下げてはならない。あらゆる勉強の前に教わることだ。自分は間違ってはいない…。
「おい、ミリア。どうしたんだ?」
幼児の泣き声に、近くにいた村の子供が駆けてきた。そして、立ち竦むフェリックスを見て、何が起きたか察したらしい。
「おい、アンタだろ。泣かせたの」
幼児を背に庇い、こちらを睨んできたのはフェリックスより体格のいい少年だ。何か感じ取ったのか、さらに数人の子供たちが集まってきて、フェリックスは取り囲まれた。

子供の社会というのは、実に単純な構造だ。わかりやすい正義、勧善懲悪という大義名分を元にした秩序と、時に残酷な弱肉強食――

フェリックスは、戦争を吹っ掛けてきた敵側の貴族。子供たちが『悪』と断じるのも、自然なことだった。そこに、彼自身の事情を慮る余地などない。わかりやすく言うと…

フェリックスは、ボコボコにされた。

無論、手加減はされているが、あくまでも村の子供流の手加減だ。骨折とか重傷を負っていないだけで、擦り傷青アザ鼻血くらいは普通に喰らった。
子供たちに囲まれ、地に転がったフェリックスの少し先を茶色っぽい地味な色のカモが呑気にヨチヨチと歩き、頭上を野球ボールくらいのカナブンみたいな魔虫がブンブン飛んでいる。
「アンタの兵士が〇〇のおっちゃんを殺したんだ!」
「アンタが指図したんだろ!」
「……。」
口々に投げつけられる追及。取り囲まれてのそれは、暴力を受けた非力な少年を怖がらせるに十分過ぎる。

そうだ…。戦争は命のやり取りだから…

当然、フェリックスの父はこちらの人間を何人も殺しているのだ。怒りを、憎しみを買っていて、当然だ。
今更…痛みという形で、身をもってそれを感じたフェリックスは震え上がった。御守り代わりに持っていた小瓶をギュッと握りしめる。小瓶には、真っ赤なルビーにも似た宝石が入っている。だいぶ前に、父の書斎で見つけてこっそり持ち帰った……よくある、親からくすねた宝物だ。子供は、光り物に弱い。
「コイツ、なんか隠してるぞ」
しかし、わかりやすい動作はすぐさま子供たちに見破られた。抵抗もロクにできないまま、手に握りこんだ小瓶を奪われた。
「あっ!」
あちこち痛む身体をどうにか動かして、フェリックスは取り返そうと手を伸ばす。
「返せッ!」
しかし、蹌踉けて小瓶を奪った少年に倒れかかってしまい、少年の手から地に落ちた小瓶が砕け散った。そして、散らばった紅い宝石を、ちょうど歩いてきたカモとカナブンの魔虫が素早くパクリと食べてしまった。

「グワアアアァァァ!!!」
「シャアアアァァァ!!!」

冬の森の木々を揺らして、巨大なカモとカナブンの雄叫びが村に響き渡った。
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