121 / 205
建国~黎明~編
120 起死回生の商品
しおりを挟む
「イライジャさん!パロミデスの職人さんにツテがあるって言ってたよね?左官さんって呼べる?」
朝っぱらから興奮して飛び込んできた私に、帳付けをしていたイライジャさんは、びっくりしたのか「はへ?!」と珍妙な声をあげた。
「おいおい、どうしたんだい?サアラちゃん…」
ああ。イライジャさんも私の本当の性別を知っているよ。というか、人質さん以外は知ってるんじゃないかな。声高に言わないだけでさ。
「ねぇ!こっちではモルタルに何を使うの?」
「え?え?も…もるたる??なんだそりゃ」
おい。モルタルだよ?あるでしょ絶対!
「なっ…ほら、石造りの建物作るときに目地に使うでしょ!アレだよ!」
けれど、イライジャさんはポカンとしている。ややあって、
「あー…。石造りの建物ってのはな、錬金術で形作るんだよ?知らないのかい?」
「はあぁ?!」
錬金術…いや、そういう職業の人がいるのは知っているけれども!
「サアラちゃん、石で建物造るには、石と石をくっつけなきゃいけない。石が糊でくっつくわけないだろ?釘だって使えないし。腕の立つ錬金術師に形状固定の術式を組んでもらってだな…」
イライジャさん曰く、錬金術師を雇うには大金がかかり、だから石造りの建物は貴族や大商人などの金持ちしか建てられない――一種のステータスだという。なんてこった!
「んで?左官ならパロミデスのギルドの知り合いに頼めば紹介してもらえるけど…」
「すぐウィリスに呼べる?!早馬っ!それから大急ぎで小麦運搬用の荷馬車をありったけ用意して欲しいんだ。砂利を満載しても壊れないヤツ!」
「はぁ?!砂利だぁ?!いや本当にどうした?!」
わけがわからない、という顔のイライジャさんに頼むだけ頼んで、私はバレン卿のもとへ走った。
「えぇっ?!バレン領へ行きたいんですか?」
案の定、バレン卿は面食らった。あの不毛の地へ何の用だ、と顔に書いてある。
「火山灰を採りに行くんだよ」
「オホッ!小僧よ、ついに血迷ったか!」
…出た。アロガントのオッサン。この人の顔には、ヒマでしょうがないって書いてある。
「…アンタも来る?ヒマなんだろ」
「なっ!?貴様庶民のくせに生意気なっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るオッサン。
「その庶民が、今は王配だから。アンタこそ、元・貴族で今は庶民だって忘れてない?もう、アンタを守ってくれる兵隊はいないんだよ。それから…ここは敵地だ」
釘を刺したら、オッサンは黙り込んだ。その辺りは理解しているんだろう。小屋から一歩も外に出ようとしないのは、復讐が怖いからだし。
「いつまでも安全なこの家にいられると、本気で思ってる?」
「……。」
オッサンは答えない。無言で私を睨んでくるだけだ。
「私はいつまでも無駄飯喰らいを養ったりしないよ。使えないなら、奴隷として売り払うかもしれないし、害をなすなら容赦しない。覚えておいて」
それだけ言って小屋を出た。
◆◆◆
翌日。ハチに荷物を積んでいると、意外な人がやってきた。
「僕も、行く」
フェリックス君だ。一人で…じゃないな。彼の後ろに太ましい柄がちら見える。
「おいらも~!」
…うん。エリンギマンAGはついてくると思ったよ。「ヒマだぁ~!」って喚きながら、子供みたいにひっくり返って暴れてたし。ティナがうるさがってた。
「念のため聞くよ。コイツに脅されたの?」
え?ちゃんと知ってるよ。このエリンギがフェリックス君につきまとっていたのを。相棒から報告を受けています。
「違う。僕の意思だ」
「そう。でも、かっ飛ばすよ?」
何せ国庫(?)が火の車だからね。実験してオーケーだったら、すぐに売り出したいし。
「でも…行く」
彼の目は本気だった。外に出る気になったと捉えてもいいかな?まだ子供の彼に多くを求める気はないけれど、できる限りのことはしてあげたい。貴族だ人質だと言ったって、彼を孤児にしてしまったから。
結局。
フェリックス君は私の前に乗せることにした。私なら、彼が万が一暴れても対処できるし、他の人に任せるのは、不安があったから。まだ子供だけど、ウィリス村の皆が彼に抱く感情は決して優しいものではないからね。
◆◆◆
バレン領まで、馬をかっ飛ばして十日もかかった。直通する街道がないからだ。距離的には王都に行くより近いはずなのに、倍の時間がかかるなんて…。ともあれ、辿り着いたバレン領は、卿から聞いた通りの灰色の街だった。灰色――火山灰の色だ。
「春と秋の年二回、風で灰が飛ばされてくるんです」
バレン卿が説明した。だから、この辺りの土は黒ずんでいるのだと。
「作物が育たない土地とは、アロガント卿から聞いたでしょう。でも、それだけではないのです。この辺りの川の水は、灰で濁ってしまってとても飲めたものではありません。降灰が酷い時には、屋根に積もった灰で家が潰れてしまうことも珍しくありません」
サラサラした土を手に、バレン卿は困りきったように眉を下げた。くっついてきたフェリックス君は、無言で灰色の街を眺めている。
「火山灰はそこら中にありますが…」
こんなモノをどうするんですか?と、バレン卿は私に尋ねた。
「モルタルを作るんだよ」
モルタルは、消石灰(石灰石を焼いて作る)と、火山灰と水を混ぜて作れる。建築では、石材同士をくっつける接着剤として使ったりするし、このモルタルに砂利を混ぜて嵩と強度を増したのが、ご存知コンクリートだ。配合はイチから実験しなければならないので、一緒に来てくれたロシナンテ傭兵団の工兵さんと試行錯誤して…
「できた!」
思っていたより固まるのに時間がかかるため、実験だけでさらに十日費やしてしまったけど。
コンクリート、完成しました!!
バレン卿もフェリックス君も目を丸くして、カチコチに固まった火山灰の混ぜ物を、触ったり叩いたりしていた。
「ハンマーで叩いても割れませんぞ!」
「少し前までドロドロだったのに!」
フフフ。人類が新石器時代から使っていた叡智だよ。
「けど、これをどうするんだ?」
フェリックス君、よくぞ聞いてくれました。
私はニヤリと笑ってみせた。
「全世界に売り出すのさ」
朝っぱらから興奮して飛び込んできた私に、帳付けをしていたイライジャさんは、びっくりしたのか「はへ?!」と珍妙な声をあげた。
「おいおい、どうしたんだい?サアラちゃん…」
ああ。イライジャさんも私の本当の性別を知っているよ。というか、人質さん以外は知ってるんじゃないかな。声高に言わないだけでさ。
「ねぇ!こっちではモルタルに何を使うの?」
「え?え?も…もるたる??なんだそりゃ」
おい。モルタルだよ?あるでしょ絶対!
「なっ…ほら、石造りの建物作るときに目地に使うでしょ!アレだよ!」
けれど、イライジャさんはポカンとしている。ややあって、
「あー…。石造りの建物ってのはな、錬金術で形作るんだよ?知らないのかい?」
「はあぁ?!」
錬金術…いや、そういう職業の人がいるのは知っているけれども!
「サアラちゃん、石で建物造るには、石と石をくっつけなきゃいけない。石が糊でくっつくわけないだろ?釘だって使えないし。腕の立つ錬金術師に形状固定の術式を組んでもらってだな…」
イライジャさん曰く、錬金術師を雇うには大金がかかり、だから石造りの建物は貴族や大商人などの金持ちしか建てられない――一種のステータスだという。なんてこった!
「んで?左官ならパロミデスのギルドの知り合いに頼めば紹介してもらえるけど…」
「すぐウィリスに呼べる?!早馬っ!それから大急ぎで小麦運搬用の荷馬車をありったけ用意して欲しいんだ。砂利を満載しても壊れないヤツ!」
「はぁ?!砂利だぁ?!いや本当にどうした?!」
わけがわからない、という顔のイライジャさんに頼むだけ頼んで、私はバレン卿のもとへ走った。
「えぇっ?!バレン領へ行きたいんですか?」
案の定、バレン卿は面食らった。あの不毛の地へ何の用だ、と顔に書いてある。
「火山灰を採りに行くんだよ」
「オホッ!小僧よ、ついに血迷ったか!」
…出た。アロガントのオッサン。この人の顔には、ヒマでしょうがないって書いてある。
「…アンタも来る?ヒマなんだろ」
「なっ!?貴様庶民のくせに生意気なっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るオッサン。
「その庶民が、今は王配だから。アンタこそ、元・貴族で今は庶民だって忘れてない?もう、アンタを守ってくれる兵隊はいないんだよ。それから…ここは敵地だ」
釘を刺したら、オッサンは黙り込んだ。その辺りは理解しているんだろう。小屋から一歩も外に出ようとしないのは、復讐が怖いからだし。
「いつまでも安全なこの家にいられると、本気で思ってる?」
「……。」
オッサンは答えない。無言で私を睨んでくるだけだ。
「私はいつまでも無駄飯喰らいを養ったりしないよ。使えないなら、奴隷として売り払うかもしれないし、害をなすなら容赦しない。覚えておいて」
それだけ言って小屋を出た。
◆◆◆
翌日。ハチに荷物を積んでいると、意外な人がやってきた。
「僕も、行く」
フェリックス君だ。一人で…じゃないな。彼の後ろに太ましい柄がちら見える。
「おいらも~!」
…うん。エリンギマンAGはついてくると思ったよ。「ヒマだぁ~!」って喚きながら、子供みたいにひっくり返って暴れてたし。ティナがうるさがってた。
「念のため聞くよ。コイツに脅されたの?」
え?ちゃんと知ってるよ。このエリンギがフェリックス君につきまとっていたのを。相棒から報告を受けています。
「違う。僕の意思だ」
「そう。でも、かっ飛ばすよ?」
何せ国庫(?)が火の車だからね。実験してオーケーだったら、すぐに売り出したいし。
「でも…行く」
彼の目は本気だった。外に出る気になったと捉えてもいいかな?まだ子供の彼に多くを求める気はないけれど、できる限りのことはしてあげたい。貴族だ人質だと言ったって、彼を孤児にしてしまったから。
結局。
フェリックス君は私の前に乗せることにした。私なら、彼が万が一暴れても対処できるし、他の人に任せるのは、不安があったから。まだ子供だけど、ウィリス村の皆が彼に抱く感情は決して優しいものではないからね。
◆◆◆
バレン領まで、馬をかっ飛ばして十日もかかった。直通する街道がないからだ。距離的には王都に行くより近いはずなのに、倍の時間がかかるなんて…。ともあれ、辿り着いたバレン領は、卿から聞いた通りの灰色の街だった。灰色――火山灰の色だ。
「春と秋の年二回、風で灰が飛ばされてくるんです」
バレン卿が説明した。だから、この辺りの土は黒ずんでいるのだと。
「作物が育たない土地とは、アロガント卿から聞いたでしょう。でも、それだけではないのです。この辺りの川の水は、灰で濁ってしまってとても飲めたものではありません。降灰が酷い時には、屋根に積もった灰で家が潰れてしまうことも珍しくありません」
サラサラした土を手に、バレン卿は困りきったように眉を下げた。くっついてきたフェリックス君は、無言で灰色の街を眺めている。
「火山灰はそこら中にありますが…」
こんなモノをどうするんですか?と、バレン卿は私に尋ねた。
「モルタルを作るんだよ」
モルタルは、消石灰(石灰石を焼いて作る)と、火山灰と水を混ぜて作れる。建築では、石材同士をくっつける接着剤として使ったりするし、このモルタルに砂利を混ぜて嵩と強度を増したのが、ご存知コンクリートだ。配合はイチから実験しなければならないので、一緒に来てくれたロシナンテ傭兵団の工兵さんと試行錯誤して…
「できた!」
思っていたより固まるのに時間がかかるため、実験だけでさらに十日費やしてしまったけど。
コンクリート、完成しました!!
バレン卿もフェリックス君も目を丸くして、カチコチに固まった火山灰の混ぜ物を、触ったり叩いたりしていた。
「ハンマーで叩いても割れませんぞ!」
「少し前までドロドロだったのに!」
フフフ。人類が新石器時代から使っていた叡智だよ。
「けど、これをどうするんだ?」
フェリックス君、よくぞ聞いてくれました。
私はニヤリと笑ってみせた。
「全世界に売り出すのさ」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・


このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。

悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる