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建国~黎明~編

117 戦の後に

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「俺は、この手で親友を…無二の友を討ったんだ」

乙女ゲーム、とある攻略対象の過去。
ヒロインが『カレ』の心に入りこむための、設定――。

アルスィル帝国メドラウド公爵子息アルフレッドには、幼馴染みの親友がいた。性格は明るく朗らかで、弓が得意な少年。攻略対象と並んでも遜色ないようにと考えたのか、魔法も使える見目の良いサブキャラ――それが、ゲームで設定されたサイラス・ウィリスだ。過去の回想シーン――彼の故郷は戦で焼かれ、家族を喪い、帰る場所をなくし、彼はその心に激しい怒りとやるせない悲しみを抱えてゆく。そして、彼の高い魔力と負の感情が、邪竜というバケモノを呼び寄せてしまう。次第に人の心を喪い、バケモノに取り込まれていった彼は、親友たる攻略対象の手によって討たれ、短い一生を終えた。
皮肉にも、討伐したバケモノはさらに力を増して、再び攻略対象の前に立ちはだかるのだが。

邪竜という存在は、『光の聖女』の続編における、全ルート共通のラスボスである。

◆◆◆

「…フラグは折ったはず、なんだよ」
彼の故郷を焼いた戦争って、たぶんこの戦だと思うんだ。結局、敗れたのはベイリンでサイラス君の故郷は無傷だ。だから…彼が邪竜に取り込まれるきっかけは消えた。

本当に…?

そんな、ゲームの内容を少し変えたくらいで安心できるのだろうか。そりゃ確かにゲームの筋書きよりはマシな未来になったと思うけど。
それでも…。
人を喪ったのは同じ。家族じゃなくても、彼にとっては村――故郷そのものが大切なはず。
(早く…会いたいんだけど)
彼らはベイリンからまだ戻ってこない。

ウィリス村、代官の家。
独立を宣言した今、このお世辞にも宮殿とは言い難い建物が、女王オフィーリアと王配サイラスの当面の住まいと決まった。
モルゲンの屋敷は、奪還の際に多数の飛竜が突っ込んだため損壊が激しく、急ピッチで修繕をしているのだが、何せ街自体もそこかしこに大穴が空いていたり、市壁や門が派手に破壊されていたりで、安全性を考えると無傷のウィリス村が最適、ということになったのである。家出王女イヴァンジェリンも、同じ家に滞在している。
「…ふらぐ??なんだそれ?」
護衛なのか見張りなのかわからないが、金髪紅目の背の高い少年がこてんと首を傾げた。引き締まった体躯に、凛々しい顔つきの彼は狩人らしい。
「ん~、なんでもないよぉ、リチャード君」
ちなみに彼は物言いがフランクでストレートだ。
「なぁ。アンタってネクロマンサーなぐぶふっ?!」
ほら。
「コラッ!王女様にアンタって言わないのっ!」
「ってぇよ、シェリル…」
で、今リチャード君の脳天に拳骨入れたおねーさんが、シェリルさん。儚げな感じの美人さんで、糸紡ぎのおばあちゃんがいる。
「サイラスの恋人って聞いたんだけどさぁ。アイツ、女だグギャッ」
「もぉ~。リチャード、ダメよ?」
儚げな見た目だけど、彼女は強い。元破落戸だっていうジャン・マリアの脳天にも、この前躊躇いなく拳骨入れてたし。この人には逆らっちゃダメだ。うん。
その時、階段をギシギシ言わせて誰かが上がってきた。
「ハゲケブカブタウサギが捕れた。今夜はシチューだ」
…ダドリー君、この際毛の有無も豚か兎かもどうでもいいよ。ただ、君が血まみれなのが非常に気になります。
「…それ、どんなモンスター?」
「?まあ、大きさは小型のグラートン並で、そこそこ凶暴だな」
「猛獣?!」
魔の森怖ぇよ!ダドリー君、大丈夫?!早く手当てして?
「あ?これ返り血だから。俺は無傷」
「……そっか」
前から思ってたけど。ウィリス村民レベル高すぎじゃね?いや、ハゲケブカなんちゃらがどんな猛獣かは知らないし、知りたくもないけどっ!
…魔法って、誰でも使えるわけじゃないんだよ。どっちかって言うと、魔力が弱い人や使えない人の方が多いのに。ウィリス村民、ほぼ全員が魔法を使える。しかも魔獣や猛獣を倒せるレベルの魔法を。これ、普通に脅威。
(はぁ…。よく今まで野放しにされてきたよねぇ)
腐っても王族の私は、村のこれからを思って眉間を揉むのだった。

◆◆◆

南部の反乱が鎮圧された。
私がその報せを聞いたのは、ベイリンからウィリスへと戻る途上でのことだった。
「一週間前にヴィヴィアンに兵が戻ってきたってことは、もうこの辺りは通り過ぎたのかな」
南部の反乱は、かなり広範な地域に渡ったと聞く。といっても南部全域が反乱軍で埋めつくされたのではなく、広い範囲に点々と蜂起した反乱軍がいたらしい。だから、鎮圧軍もその一つ一つを叩かなければならず、各領地から兵を派遣させて各個撃破していたのだ。
反乱を鎮圧したら、軍は各領地へと帰って行く。彼らが何事もなくモルゲン付近を通過していったなら、とりあえずは一安心だ。返す刀がこっちに来なきゃ、身構える必要もないし、復興に専念できるからね。
「商人にも聞いてみた。けど、食糧は値下がりしてるし、武器も売られている。今のところ、怪しげな兆候はないぜ」
とは、同行したフリッツの言。
…うん。戦争もう一回!という意思があるなら、食糧も武器も市場に流れない。値は横ばいか上昇かの二択になる。逆に戦争おしまーい!ということなら、余った食糧も要らなくなった武器も売ってお金に換えようとするのが人間だ。
「ベイリンが街道封鎖してモルゲンを孤立させようとしたろ?皮肉にも、敵さんの工作のおかげで情報も遮断されて俺たちは助かったってことさ。本来なら情報をやり取りする商人も行き来できないからな」
暗い顔するなって、とフリッツに軽く背を叩かれた。
そう。忘れかけているけど、街道は未だ封鎖されているんだ。モルゲン・ヴィヴィアン領境には、ベイリンと同盟関係にあるエレインの兵士が立ちはだかって、一歩も通してくれない。ベイリン・パロミデス領境も同様に兵士が立ちはだかっていたけど、こちらは金次第で態度を変える傭兵部隊だったため、対価を払って(アルに借金した)早々に退いてもらった。よって現在、モルゲン→ベイリン→パロミデスと経由すれば、ヴィヴィアン領に行けなくもない。ただ、このままにしとくわけにもいかない。何しろエレイン兵は精鋭揃いだ。普通に脅威だよ。…穏便に退いてもらう方法は、まだ思いつかない。頭痛のタネだ。
「とにかく、まずはウィリスに戻りましょう。復興もだけど、ニミュエ公爵や帝国、盟友の方々とも早めに会っておきたいわ」
お嬢様……いや、オフィーリアが言った。実は私たち、帰路は馬車に乗っていない。フェリクス様たちをはじめとした人質の皆さんを馬車に押しこんだので、私たちは騎乗しているのだ。その分、かっ飛ばしているけど。人質さんたち、酔ってるかも。
生まれたばかりのモルゲン・ウィリス王国の課題は、またしても防衛だ。こればっかりだね…。
兵士はさらに少なくなって、これで食糧まで足りてなかったら本物の地獄だよ。メドラウド公には頭が上がらないよ。復興には食糧もそうだけど、壊れた家や道を作り直す資材が山のように要る。具体的には木材と石材、硝子に釘に…数え上げたらキリがない。しかもベイリンを併合して自領にしたから、かの地から賠償金だとか言って搾り取るわけにもいかない。そんなの憎しみと恨みを買うだけだ。内紛やってる余裕はないんだ。何が言いたいかというと…

お金が欲しいっ!!

それに尽きる。
植物紙はできるだけ早く生産を再開するけど、ニマム村の設備も在庫も丸ごと失ってしまったから、すぐにお金にはならない。魔の森の腐り花も、売りはするけど焼け石に水だろうな。他には…
「当面の資金源は、ネーザル領の『美姫』かしら…」
オフィーリアも同じことを考えていたようだ。
「お兄様は…最後まで話して下さらなかったけど、ネーザルの『美姫』に釣られたんだわ。きっと…」
「ブルーノ様が?」
問い返した私に。オフィーリアは、ブルーノ様がベイリン側の使者として来たことを教えてくれた。
「…!」
目を瞠る私に。
「お兄様、ニミュエ領に行ったでしょ?そこにね…ネーザルと付き合いのある帝国商人の商館があるの。お兄様は、『美姫』の仕入先に渡りをつけたと言っていた…」
そこまで話して、オフィーリアは目尻の雫を拭った。
「私、あのとき何も知らずに手放しで喜んでしまったのよ。どうして疑わなかったのか…。お兄様は、釣られたのね。私を喜ばせようとして…ネーザルに」
泣き笑いのような顔で、オフィーリアは続けた。
「お兄様のことは…私にも咎があるの」
黙っていようかとも思ったけど、やっぱり話しておくわね、と。オフィーリアはルビーのような瞳を潤ませた。
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